第24章
「結婚式と披露宴の準備は順調に進んでいます。警備計画も問題ありません」
「いやいや、中々のものです」
私はヘンリーに結婚式の準備を報告していた。
警備計画というが、実際には帝室との戦争の際に転用可能な大公家の騎士の動員計画だ。
何で女性で素人の私がこんなことをしているのだろう。
私はため息を内心で吐いた。
ヘンリーは私が提出した文書に目を通している。
ちなみに結婚式と披露宴本体の報告書より、警備計画の報告書の方が分厚い。
こんな結婚式と披露宴、私の知る限り、私の前世でも存在しない。
ちなみにアンには警備計画は伏せてある。
結婚式と披露宴の報告書は、アンに当然、渡しているが、アンは目を通そうとしないらしい。
それはそうだろう。
アンにとっては、自分の死刑計画書を読めと言われているような気分にさえなっているだろうから。
「ところで、チャールズにも警備計画の詳細は内密ですか?」
「内密にします。秘密を知る人間は少ない程いい」
私の問いかけにヘンリーはさらっと答えた。
「しかし、チャールズに内密にするのは」
私はそこで言葉を呑みこんだ。
ヘンリーが私を睨んだからだ。
「いいですか。チャールズは確かに私の甥で、大公家の跡取りです。ですが、今回の結婚の警備計画は帝室にも内密の代物です。腑抜け状態のチャールズがうっかり帝室側の誰かに漏らしたら、取り返しがつきません。それに女性のあなたが、いざと言う場合の詳細を把握していると帝室側の誰が思いますか」
「確かに言われる通りです」
私はあらためてヘンリーの意見の正しさに肯かざるを得なかった。
全くアンとヘンリーの結婚式が近づくにつれて、チャールズの精神状態は良くなるどころか悪くなる一方だ。
宰相の職務でもチャールズは時々失敗し、ヘンリーが尻拭いをする羽目になっているらしい。
そんなことを考えると私が警備計画という名目の動員計画を把握しておかないとどうしようもない。
「それに自信を持ってください。軍事に詳しいのは上流貴族にはほとんどいません。私でも軍事貴族の助言に多くを頼らざるを得ないのが実情です。あなたがこれ程詳しいとは。全く意外でした」
ヘンリーの称賛に私は身が小さくなる思いがした。
私が詳しいように見えるのは、前世の記憶とこの世界の軍事史研究の組み合わせによるものだ。
前世の記憶が無ければ、私は役立たずだったろう。
「ところで、教皇のトマスとの提携についてはどうされますか」
「好意的中立でとどめておきたいところですが、結婚式の警備にどこまで協力してくれるかで判断します。大公家の騎士の宿舎に教会騎士団の空いた宿舎を使わせてほしいと打診してください」
ヘンリーは私に指示を出した。
教会騎士団の宿舎を素直に貸してくれるならば、確かに信用できそうだ。
教皇のトマスのあの動きを見ていると、大公家と帝室を両天秤にかけている可能性が全くないとは言えないのがつらいところだ。
それに大公家としても教会が荘園をさらに大規模に保有しようとするのは見過ごせない。
場合によっては、教会の荘園削減を大公家が主導しないといけない可能性すらある。
実際問題として、地方から帝都に集結させる騎士の宿舎をどうするか、私は考えあぐねていた。
教会騎士団の空いた宿舎は、その問題解決に絶好の物件だ。
「こちらの打診が教会にすぐに受け入れられたら、教会は味方と言うことですか」
「いえ、帝室に対する揺さぶりの材料にするだけです。大公家と教会が提携しているように見える、帝室は悩むでしょう」
ヘンリーはそういった。
やれやれ、結婚式の新郎の科白とは思えない。
原作では帝室と大公家の対立は、この時は熾火段階だったが、こちらの世界では大公家は臨戦体制に移行できるように準備をする段階に達している。
私が、事情があったとはいえ、帝室からのアンへの求婚を断り、大公家当主のヘンリーとアンを結婚させようとしたせいだ。
原作の方が私やアンが幸せだった気さえしてきた。




