第23章
その後も私はトマスと何回か結婚式に関する打ち合わせをした。
そういえば、と私は思った。
原作だとアンはこんな盛大な結婚式はしていないはずだ。
原作でもアンは正式にヘンリーとは結婚したが、それ以外の相手とは結婚していない。
そのヘンリーとの結婚式だが、タブーを犯して義兄のチャールズを積極的に誘惑した悪女という噂に、原作では当時のアンは塗れていた。
それに、私がアンの結婚式に反感を持ち、父やチャールズを出席させなかった。
それで、ヘンリーとアン、ヘンリーの娘マーガレットだけが出席して司祭が執り行うという質素な結婚式になった。
しかも格式的には第2夫人としての結婚式だった。
ヘンリーもさすがに醜聞塗れのアンを大公妃としては結婚できなかったのだ。
こちらの世界ではきちんとヘンリーと大公妃になる結婚式をアンは挙げることになった。
でも、アンにとってはこちらの世界の結婚式の方が地獄の思いがするものになったのではないか。
実の叔父の教皇猊下が結婚式を執り行い、更に身内全員が揃う盛大な結婚式と披露宴を執り行う。
それなのに、花嫁にとっては地獄の思いがする結婚式と披露宴、寒々しい思いが私にはして仕方ない。
最もそれを主導しているのが私なのだから、それこそお前がいうな、の世界ではある。
ついでに大公家にとって帝都争乱の際の軍事動員の演習もしようと言うのだから、本当に酷い結婚式である。
トマスと打ち合わせが最終的に済むまでに5回ほど書簡のやり取りをし、3回、会うことになった。
結婚式の警備については、教会で行われることから、トマスは教会騎士団を使いたがった。
だが、その場合の費用清算が面倒なことになることを表向きの理由にして、大公家の騎士を使うことにした。
直接警備に当たるのが50騎、予備が50騎である。
帝室も文句を付けられない。
大公家当主の結婚式で、教皇猊下が執り行うのだ。
万全の警備を行いたいと言う大義名分を掲げられては、どうにもならない。
それにしても自分の結婚式で、軍事動員演習を行うとは、発案したヘンリーに感心するべきなのだろうか、それとも呆れるべきなのだろうか。
確かに軍事動員演習をするということは、戦争を想定するということで表だってできるものではない。
しかも相手が帝室、つまり国家との対決準備である。
国家を乱しているのは、元皇帝なのだから、正義はこちらにあるというのが主張だが、どこまで味方の騎士が付いてきてくれるやら。
取りあえず目の前のことを一つずつ、私はそう割り切ろうと努めた。
「ジュリエット、実家から連絡はあった?」
「ありました。50騎が間違いなく、結婚式の2日前に到着するとのことです」
「ありがとう」
私は、ジュリエットからの報告に肩の荷が下りる気がした。
私はそういうことに興味が無かったので、今回のような事態になるまで知らなかったのだが、ジュリエットの家は軍事貴族の名門だった。
大公家の傍流に当たり、州長官を代々歴任し、騎士同士の争乱等があった場合、鎮圧に当たってきた。
私の前世で言えば、河内源氏や伊勢平氏の宗家のようなものだ。
大公家が軍事争乱を想定した場合、間違いなくジュリエットの実家が大公家の軍勢の主力になる。
結婚式の直接間接の警備に当たる100騎の半分を今回も担当している。
ちなみに謝礼はというと。
「ヘンリーが確約したわ。ジュリエットの夫は今度、州長官に復帰できるわ」
「ありがとうございます。父、夫、長男、義弟が同時に州長官を務められるとは」
「これだけの警備をしてくれるお礼よ」
私は微笑んだ。
帝国の貴族は約400人いるが、実際に働いているのは半分ほどだ。
働いていない下級貴族はみじめなもので、荘園からの少ない収入に頼ることになる。
だから、下級貴族の子爵、男爵の猟官運動は凄まじい。
特に州長官は子爵、男爵にとっては実入りが多く、毎年約20ずつ交代される州長官は凄まじい争奪戦になる。
ジュリエットの実家で4つの州長官を同時に務めるというのは破格の扱いだ。ジュリエットの実家は大公家に間違いなく忠節を誓ってくれるだろう。




