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第19章

 アンのいる離れに入る前に、私は深呼吸した。

私の最愛の妹だったアン、そのアンとおそらく決別せねばならない。

いつか和解できるときが来ればいいが。


「アン」

私がいきなり、離れに表れて声をかけてきたことに、アンやその周囲の侍女は慌てふためいた。

「アンとその乳母のソフィアだけ残って、後の全員は離れから出て行って」

私は父の代行、この家の当主代行として命じた。

アンとソフィア以外は全員、私の権幕に圧されて黙ってすぐに出て行った。

離れは3人きりになった。


「アン、あなたの結婚相手を決めてきたわ」

私はいきなり言った。

「誰が私の結婚相手なの」

アンは問い返してきた。

「大公家当主のヘンリーよ。名誉なことだわ。あなたにヘンリーから求婚してきたの」

「ヘンリーですって」

アンは絶句した。


「私より20歳以上年上の子持ちじゃない。嫌よ」

「あなたに選択の余地はないわ。嫌なら一生、独身のまま修道院に入るのね」

私は冷たく言った。


「メアリー様、どうしてそこまでアン様に冷たいことを」

ソフィアが抗議してきた。

「私の夫を誘惑しておいて、そんなことを言えるの」

「誘惑なんか」

アンは抗議しようとしたが、私は身振りで遮った。


「キャロラインを育ててきて覚ったの。それに最近、キャロラインをあなたはよく訪ねてくるわね。義理の姪が相手にしては態度がおかしくない」

私の一言にアンは沈黙した。

下手に口を開くと自分がキャロラインの実母だと認めかねない。

そうなると自分の身の破滅になるし、チャールズにも迷惑がかかることに気づいたのだろう。


「安心して。ヘンリーは、あなたを後妻として迎え、大公妃として扱うと言ってくれたわ。光栄なことでしょう」

実際、大公妃ということは、公式な席での帝国内の女性の地位としては、皇妃よりは上で、皇后、皇貴妃に次ぐ地位になる。

皇妃とはいうものの本当は皇妃は単なる皇帝の愛人と言うのが、この帝国の決まりだ。

皇貴妃より上の准皇后というのがあるが、これは、高位の身分の女性(皇女等)の一部に与えられる基本的に臨時の地位で、常時置かれるものではない。


 私はアンに公的には頭を下げざるを得ない立場になるのだ。

私との正式な結婚前とはいえ、私の婚約者になっていたチャールズを寝取った妹アンに対しては好待遇もいいところだろう。

表向きはだが。

今のアンにとっては針のむしろに思えているだろう。

だが、アンに選択の余地はないのだ。


「チャールズが何か言ったの」

アンはぽつんと言った。

「チャールズは否定したわ。でも、私が問い詰めたら黙ってしまった」

そう私は甘いのだろう。ここでアンにチャールズについて嘘を吹き込めるのに、正直に話してしまうのだから。


「ヘンリーは私を大公妃として扱うのね」

「ええ」

これは本当だ。

それに大公妃として扱わないと、周囲が奇異に思うのは間違いない。

仮にもアンは皇帝の孫娘なのだ。


 原作と違い、表向きアンはスキャンダルを起こしていない。

帝室からの正式な求婚を断っておいて、大公と結婚しながら、大公妃になれないのは何故なのか。

周囲が好奇心から真実を暴いては大公家にとって大問題になる。


 それにアンに対してヘンリーが好意を持っているのは何よりも本当だ。

私の表向きは憶測、真実は前世の記憶によるアンとチャールズの関係の話をヘンリーは聞いてくれた。

そのうえで、2人が二度と関係を持たないように監視してのアンとの結婚に踏み切ってくれたのがその表れだ。


「分かったわ。ヘンリーと結婚する。その代り、私は叔母さんになるわ。もう2度とお姉さんと呼ばない」

アンは言った。

「分かったわ。叔母さん」

私はそう言ってやった。

原作とは違う形で、私はアンと絶縁関係になった。


 実際問題、ヘンリーと結婚したら、アンは私からすると義理の叔母になる。

本当は、ヘンリーと私が結婚して、チャールズとアンが結婚したら全て丸く収まるのだろうが、実際の物事はそううまくいかないのだ。


「キャロラインは大事に育てるわ。安心して」

私は敢えて誰の子かを言わなかった。

キャロラインがアンの子だということについては沈黙を守ると暗に伝えたのだ。

アンは私の真意を覚ったのか黙って頭を下げた。


 私はそれ以上は話さずに黙って、離れから出て行った。

私が離れから出るのを見たアンの侍女たちは慌ててアンの下に駆け付けてきた。

何だかんだ言っても、アンは侍女に慕われているようだ。


 私は離れから自分の個室に戻ると、声を出さないようにしながら涙をこぼし続けた。

本当はチャールズと別れるべきなのかもしれない。

だが、私は別れたくない。

となると自分はアンと絶縁して、アンを家から追い出すしか無い。

私はそう自分に言い訳をし続けた。

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