表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

笑みの理由は人それぞれ

 シルクが南門に着くと、既に戦闘は激しさを増していた。町の中にも、何度か砲撃を受けた後がある。


「第一から第五隊は攻撃に専念! 第六から第九隊は防御と治癒を優先! 市民兵は防御と治癒、好きな方を各自でやってくれ!」


 衛兵たちの中央にはガイの姿が見える。ある者は塀の上に登って魔砲台を操作し、またある者は防御魔法で敵の攻撃を防ぎ続けている。


「ガイさん! 今どういう状況なの?」

「シルク様!? どうしてここに!? ここは危険です!」

「そんなことは知っています!」


 普段のシルクからは想像もつかないような大声で怒鳴り返す。


「それでも、おばあさまの居ない今、クロックハルト家の一員として後ろでびくびくしているわけにはいきません!」


 一通り吐き出し終えると、いつも通りにこりと笑って最後にこう付け加えた。


「それに、この町で私ほど治癒魔法に特化した魔法使いは居ないと思いますよ?」


 笑顔のシルクにそう諭されて、さすがのガイも苦笑いをこぼした。


「わかりました。貴女の身はレンに守らせましょう。レン! シルク様の護衛、および状況説明をお前に任せる!」

「了解!」


 ガイの息子であり、衛兵団の、若き副長を務めるレンがこちらに走り寄ってくる。それと同時に、ガイは指揮を執りに戻っていった。


「レン、現状は?」

「あまり良いとは言えないな……」


 レンがぽつぽつと語る内容は、概ねおばあさまの言っていた通りだった。

 敵影を発見したのは約一時間前。見張りの衛兵によれば、数は数千〜一万。人口千人ほどのサイラムを襲うにしては圧倒的過ぎる数。

 近付いてきた敵本隊への交渉も無意味に終わった。幸いなのは、敵兵が門のある南側に固まっていてくれること。おそらくは一気に門を破壊する気だったのだろうが……。


「奴等にとって誤算だったのは塀に刻まれた魔法陣よりも、塀の材料がクルカの木だったって事だろうな」

「クルカの木……衝撃を受ければ受けるほど硬度を増す特殊な樹木、だったよね?」


 クルカと言う地方でのみ育つ白木のことを、クルカの木と呼ぶ。独自の方法でしか伐採できず、その硬度は上昇こそすれ下降することのない、不思議な樹木。


「今のところ門は閉ざしたままだから侵入の心配はいらないけど、代わりに上からの砲撃を防ぐので手一杯になってる」

「怪我人は?」

「いるけど、シルクが出るほどのやつはいないよ」


 その言葉にホッとするシルク。だがすぐに、そんな場合では無いと気を引き締め直す。今は気を抜いている場合ではない。


「せめておばあさまさえ居てくれれば……」

「そうですね〜。私さえ居ればなんとかなるかも知れませんものね?」

「――!」


 後ろからかかった声に慌てて振り向く。そこにいたのは――。




「あ〜あ、酷いことするね?」


 黒煙立ち上るドームの中で、ネロは見えない煙の向こう側にいる少女に声を投げた。もちろん、返事は返ってこない。


「治癒魔法を込めたと思わせて本当は爆破魔法だなんて。彼ら、即死だよ?」


 煙が晴れたドームの中央には既に二人の姿はない。ただそこに居たことを示すかのように、爆破によるクレーターとひしゃげたリングだけが存在している。遺体はおろか、肉片や衣類の断片すらも綺麗に消え去っている。ネロが持っていた血濡れの剣も、光とともに消え去った。


「……わかっていて使わせたくせに、よく言う」

「ふ、ふふっ。だって君が、そんなにすぐ協力的になるとは思えなかったからね。保険だよ、ほ・け・ん」


 何も無くなった右手を握り開きしながら、ミラへ近付く。穴のあいたを踏まないように気をつけながら。


「いくら遺体が残らなくても、君が殺したことに変わりはないだろう?」


 異変を察知して駆け付けた三人の兵士を視界に入れることもなく、愉しげに話すネロ。


「一体君は、何人殺せば音を上げるかな〜?」


 駆け付けた兵士たちを招き寄せると、ミラの膝の上に再びリングを乗せる。


「さぁ、次はどうする? もう少し分かりやすく殺ってくれると助かるな」


 魔法を込めているミラに視線を奪われる兵士たち。その一人の腰から剣を引き抜き、おもいっきり首をはねた。抵抗どころか、疑問に感じる時間さえ与えない。


「――――」


 首をはねられた当人もそれを目撃した者も、誰一人言葉を発することは無かった。

 数瞬の後、宙をくるくると回る首や置き去りにされた胴、ネロの持つ剣が白く淡い光に包まれ――光片となって霧散した。そこにあったことさえ分からぬほどの完全なる消失。

 この世界での死とは『こういうもの』だった。『死=消失』という、ある意味分かりやすい定義。


「おっと、調子に乗ってやり過ぎたね」


 さして気にした様子もなくミラの膝の上のリングを拾い上げる。もう魔法が込められているのは確認済みだ。


「ネロ様!? これはいったいどうい ――  !」


 ネロに詰め寄ろうとした兵士が青ざめた顔で口をぱくぱくとさせている。かと思えば糸の切れた人形のように不自然な形で崩れ落ちる。

 それもそのはず。彼の喉元には、一本の剣が刺さっているのだ。気道と脊椎のみを貫かれたが故に即死もできず、なすすべもない彼をドームの中央へ引きずってから、呆然と立ち尽くしたままの兵士のこりものに笑いかける。

「お願いだからさ……生け贄になってよ」




 アインに相対する二人の若い兵士はいまだにくっちゃべっている。


「つかさ、このコかわいくね〜? マジ殺すのもったいね〜んだけど〜」

「お前はこういうのが趣味か。俺は強気な女に興味無いな」

「いやいや、こういうのを時間かけて捩じ伏せんのが楽しいんじゃんよ〜。分かってね〜な〜」

「だったら手足バラして好きにしろよ。バレなきゃ問題無いだろ」

「かな? かな!? んじゃ顔とか胴体とか狙うの禁止な? 手足削いで〜、何しよっかな〜」


 右耳に赤い剣のピアスを着けた男がギャイギャイ騒ぎ、左耳に黒い盾のピアスを着けた男が鬱陶しそうに返す。さっきからずっとこんな感じだ。はっきり言って虫酸が走る。そろそろ殺るかと考えていたとき、黒ピアスがこちらを見た。


「もう待てないらしいぞ。準備しろ」

「お? バラされる覚悟できた? ならヤろっか〜?」

「――言っておくが」


 調子に乗っている三下を蔑み言う。


「貴様ら程度では私に触れることさえできん。訓練を受けていようが魔具を持っていようが、どうせ結末は同じだ」


 挑発が効いたのか二人の目の色が変わる。お互いの剣を合わせると、赤ピアスが先に突っ込んできた。


「――っはぁ!」


 右から左への容赦なき一閃。アインはそれを、素手で受け止めた。


「らぁ! このっ! くそっ! どうなってやがる!?」


 剣とアインの手が交差する度にギィィンという鈍い音が響く。もちろん、アインの身体には傷一つない。


「怖いか?」

「い――っ!」


 赤ピアスの剣を素手で捌き続けるアインの口元は、笑みを形作っていた。


「自分の知らないもの、見えないもの、理解できないものと戦うのは怖いだろう? だが、それもすぐ終わる」


 アインの伸ばされた腕が赤ピアスの喉に触れる――その寸前、黒ピアスが赤ピアスの脇腹を蹴り飛ばした。必然、赤ピアスは地面を転がることになるが、少なくとも死ぬことは無かった。


「ボケッとするな、殺すぞ」

「……って〜な。もうちょい優しくしろよ」


 そう言う二人の目は完全に本気だった。


「さぁ、来なよ。暗殺者アサシンらしく、無惨にお前らを屠ってやるから」


 にやりと笑って、彼女は制圧を開始した。




「おばあさま!?」


 驚愕に目を見開くシルクとレン。その声につられてよそ見をした面々も、一様に驚きを隠せないでいた。


「あらあら、そんなに驚くことかしら?」


 いつでも微笑みを絶やさない祖母に、周囲を代表してシルクが聞いた。


「今までどこに行ってたんです? 探したんですよ?」


 心配そうに言うシルクに向かってラインは、


「ずっとこの町に居ましたよ? いざという時のためにね」


 その言葉に唖然とする一同。そんな中、ラインが自分から説明を始めた。


「おそらく相手は私の魔法を警戒していたのでしょうね。一線を退いたとは言え、まだまだ私も有名ですね」


 そう言って笑うラインは少し誇らしげだ。


「なので、しばらく町を留守にするよう見せかけて待ち伏せてみたんです。まさか、その日のうちに来るとは思っていませんでしたけど」


 しかし、そう言う彼女はここに来る以前に異変を察知していた。アインとレオンが塀を越えて行くのを見送っていたからだ。


「さて、あの子たちが帰ってくる前に終わらせましょうか」


 スタスタと門に近付いていくライン。誰もがその背中を見送った。この町の主であり、この戦争を傾けさせるほどの実力を持った、一人の魔法使いへと。



「さて、どうしましょうか」


 門を開けてもらい外に出ると、その軍勢の大きさが目につく。不揃いな鎧や武器。所属を表すはずの旗が真っ黒に塗り潰されていることから、個人の運営する寄せ集めの兵であることが予想できる。

 いきなり門を開けて堂々と出てきた自分を訝しんでか警戒してか、どちらにしろ一時的に砲撃は止んでいる。

 彼女が唯一手に持っているのは簡素な杖。おそらくは一本の木の枝から切り出されたのだと思われるその杖の先端は細く尖り、軽く地面に突き立っている。上に向かってだんだんと太くなっていくそれは、とても滑らかに作られていた。傷やささくれの一つもない。そしてその杖の頭。杖と一つながりの満開の花が、静かに佇んでいる。

 重苦しい音をたてて閉じていく門に何を思ったか、敵兵が魔砲台を一発撃った。当然、その軌道上には門の前に立つラインがいる。そんなことはお構いなしに進んでいく炎塊を、彼女はただ見つめ――。


 ――炎塊が、火の粉を振り撒きながら掻き消えた。


 何が起きたのか分からない様子の敵兵たち。その視線は一点に集約されている。


「ふふっ、鈍っていなくて良かったわ」


 一人微笑む初老の女性。彼女の身体には火傷どころか、火の粉すら降りかかってはいなかった。

 既に門は閉まりきっている。それでもなお諦められないのか、はたまた目の前で微笑む初老の女性に恐怖を覚えたのか、続けざまに三発の砲撃。その炎塊が容赦なく肉を喰らい、木製の塀に穴を穿つ――はずだった。


「な、なんだよあいつ!」

「直撃したはずだぞ!」

「どんな魔法を使ってやがんだ!?」


 やはりラインは何事も無かったかのように笑んでいる。


「今度はこちらの番ですね」


 彼女がすっと杖を掲げると、待ってましたと言わんばかりに塀の上で待機していた衛兵が砲撃を開始する。

 それに対する敵兵の反応も素早かった。即座に防御魔法を展開。大きさも防御力も、普通の砲撃なら易々と受け止められたはずだ。そう――普通の砲撃なら。


「うわあぁぁぁ!!」

「なぜ!? なんでだ!?」

「もっと分厚く防御魔法を展開しろ! 怯むな!」


 ガラスの砕けるような音とともに、炎塊が流星のように降り注ぐ。見た目は敵兵の放った炎塊と同じ。しかし、その威力はラインの『あろ魔法』によって異常と思えるほどに強化されている。

 その圧倒的な力の前に、兵たちの士気は下がっていく一方だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ