第八楽章 「街道の魔物と、ハッピーエンド」
次の街、国境に位置する領都を目指すことにした2人。
領都へと続く街道は、整備されているとはいえ、人里を離れれば常に魔物の脅威に晒されている。
カイルは一定の速度で歩を進めながら、時折、隣で喘ぎながらついてくるミナトに声をかけた。
「視線が下がっているぞ、ミナト。足元ばかり見ていては、茂みの微かな揺れを見落とす」
「い、言われなくても……分かってるって。でもカイル、このカバン、地味に肩に食い込むんだぜ……。それにこの制服……通気性最悪だし、動きにくいし、もう限界……」
ミナトは制服のブレザーを脱ぎ、肩に掛けたカバンの位置を何度も直している。ローファーの底は薄く、石畳の硬さがダイレクトに足裏に響いていた。
カイルはため息をつき、周囲の気配に意識を配りながらも、ミナトの歩幅に合わせてわずかに速度を緩めた。昨日のいたずらで笑い転げていた時とは違う、少し厳格な、けれど年上の友人としての顔だ。
「……領都に着いたら、まず身なりを整えよう。その奇妙な装いは、街中では目立ちすぎるし、何より旅の道具としては失格だ」
「マジ!?助かる……! 異世界に来てずっとこの格好だったからな。あ、カイル、また抜き打ちテストの時間か?」
ミナトがぼやいた、その時だった。
カイルの足がピタリと止まる。
「……ミナト。十時の方角、岩の影だ。低く構えろ」
「えっ、あ、おう!」
ミナトが慌てて琥珀色の瞳を凝らす。そこには、周囲の岩肌に見事に同化した灰色の体躯を持つ魔物、『ロックリザード』が二匹、低い唸り声を上げながら獲物を定めていた。
「一匹は僕がやる。もう一匹の注意を引け、ミナト。倒そうとしなくていい。僕が動くまでの三秒、あいつの目を釘付けにしろ」
「三秒!? いやいや、カイル、俺を囮にする気かよ!?」
「二、一……行け!」
「うわあああ! こっちだ、このデカトカゲ! こっちのブレザー野郎の方が美味そうだぞ!」
ミナトはヤケクソで叫び、手に持っていた飲み干した『ペットボトル』を思い切り投げつけた。
空の容器が岩に当たり、カコォンと軽い音を立てる。
不意を突かれたリザードの首が、反射的にミナトの方へ向いた。
「――十分だ」
カイルの姿が、ミナトの視界から掻き消えた。
次の瞬間には、リザードの眉間にカイルの拳が叩き込まれていた。カイルは神としての力ではなく、鍛え上げた身体能力と最小限の魔力で、正確に急所を破壊した。そのまま流れるような動作でもう一匹の背後を取り、手にした短剣を首の隙間へと滑り込ませる。
「……ふぅ。ミナト、合格だ。三秒どころか五秒は稼いだね」
「ハァ、ハァ……心臓止まるかと思った……。カイル、今の動き、もう人間業じゃないだろ……」
ミナトは膝を突き、激しく上下する肩を抑えながらも、どこか誇らしげに笑った。泥に汚れた制服のズボンを叩き、カイルを見上げる。
「……意外と、君は度胸があるな。昨日のいたずらの時もそうだったが、君の反応は、僕の知っているどんな奴らとも違っていて、見ていて飽きないよ」
「それ、褒めてんのか? それともまたいたずらのネタにしようと?」
「さあ、どっちだろうね。ただ、君が慌てて騒いでくれると、僕の中の嫌な考えがどうでもよくなるのは確かだ」
カイルは微笑み、倒した魔物の素材を無駄のない動きで回収した。その様子を見ていたミナトが、カバンを背負い直しながら並んで歩き出す。
「……カイル、一つ聞いていいか? カイルって、なんでそんなに強いのに、時々……自分なんてどうなってもいい、みたいな動きをするんだ?」
カイルの足が、わずかに乱れた。
「……余計な分析はやめておけ。僕はただ、それが一番手っ取り早いと思っただけだ。僕が少し擦りむく程度で君が助かるなら、それが正解だろう?」
「いや、不正解だろ。俺を助けて、カイルさんもピンピンしてる。それが一番いいハッピーエンドだろ。俺の世界じゃ、そういうのを『最高』って言うんだぜ」
ミナトは誇らしげに琥珀色の瞳を輝かせた。
ハッピーエンド。そんな青臭い言葉を、カイルは久々に聞いた気がした。全員が笑って終わるという、最も難しく、けれど美しい物語の結末。
「……ふん。君は、本当に夢想家だな」
カイルはそっぽを向いたが、その口元はわずかに緩んでいた。
やがて、街道の先に領都の巨大な白壁が見え始めた。西日に照らされたその威容は、前の街よりも遥かに大きく、二人のこれからの旅路の険しさと広がりを予感させていた。
「着いたよ、ミナト。あそこが領都だ」
「しゃあ! やっと腰が痛くならない、まともなランクの宿に泊まれる……! 待ってろよ、領都!」
二人の足音は、夕闇が迫る街道に重なって響いていった。




