第四楽章 「街道の商隊と、即席の用心棒」
領都を離れ、西へと続く街道を歩き始めてから三日が経過した。
道幅は広く、石畳もしっかりと整備されているが、景色は少しずつその表情を変えつつある。右手に広がるなだらかな平原は色を失い、代わりに左手の西側から迫りくる【星屑の背骨スター・スパイン山脈】の巨大な影が、旅人たちに無言の圧力を与えていた。
「……っかー! 歩いた、マジで歩き倒したぜ。カイル、異世界の街道って、地図で見るより三倍は長く感じるんだけど。俺のスマホの万歩計が生きてたら、今ごろ余裕で記録更新して一万歩なんて軽く超えてるぞ」
ミナトは新調したばかりの靴の感触を確かめながら、額の汗を拭った。装備は身体に馴染んできたが、一日の大半を歩いて過ごすという生活は、現代日本でエスカレーターや電車に頼り切っていたミナトの足腰を容赦なく削っていく。
「運動不足の解消には丁度いいだろう。ほら、弱音を吐く暇があるなら足元を見ろ。石の隙間に引っかかって転ばれては、フローラの足を止めることになる。君の役割は、彼女を疲れさせることではないはずだ」
カイルは息一つ乱さず、一定のペースで歩を進めている。その隣で、フローラはカイルの裾を軽く摘みながら、周囲の風の音や、茂みの揺れに鋭い感覚をそばだてていた。彼女にとって、この旅は「勇者様を護るための戦い」の延長線上にあるのだ。
「……あ。勇者様、あっち。……おおきな、におい」
フローラが北西の街道の先を指差した。
カイルが目を細めて視線を向けると、地平線の向こうから土煙が上がっているのが見えた。しばらくすると、十数台の大型馬車を連ねた、重厚な商隊が姿を現した。
「……自由商業連合リーブラの西進商隊か。時期的に、騎士団国ヴァルカスへ冬越しの物資を運ぶ連中だろうね」
「商隊か! いいな、なんか旅番組っぽくてテンション上がるぜ!」
ミナトが浮足立つのを余所に、商隊の先頭を走っていた護衛の騎兵が、三人の姿を認めて馬を止めた。カイルは警戒心を解かず、けれど敵意がないことを示すように両手を軽く広げて歩み寄る。
「……止まってくれ、旅の御仁。俺たちは連合所属の『金貨の天秤』商隊だ。この先、山脈の麓まで向かうが、あんたらも同じ道か?」
騎兵は、カイルの整った容姿と、その後ろに控えるミナト、そして何よりフローラの姿を見て、僅かに驚きの色を見せた。
「ああ。僕たちは北の屋敷へ帰る途中でね。よければ、国境付近まで同行させてもらえないだろうか。……相応の路銀、あるいは道中の『手』は貸そう」
カイルが知略家らしい交渉術で切り出すと、商隊の責任者らしき恰幅のいい老人が、馬車から顔を出した。
「ほう。……その娘さんは獣人か。しかも、その身のこなし……ただの迷子ではなさそうだな。最近は山脈の西側から迷い込んできた魔物が街道を荒らしていてね。護衛の数はいくらあっても困らん。いいだろう、乗りなさい」
こうして、三人は臨時の「用心棒」として商隊に加わることになった。
大型馬車の荷台に腰を下ろすと、ミナトは「ふぅ……」と大きく息を吐き、足を投げ出した。だが、一息つく間もなく問題は起きた。
「おい、見てみろよ。あの娘、本物の獣人だぜ。珍しいな」
「耳がピクピク動いてるぞ。ありゃあ、市場に出せば高く売れるんじゃないか?」
商隊の下働きの若者たちが、物珍しそうに、あるいは下卑た視線でフローラを見つめ始めたのだ。一週間、地獄のような孤独を味わってきたフローラにとって、こうした無遠慮な視線は、魔物の牙よりも鋭く彼女を傷つける。
フローラが不安そうにカイルの影に隠れようとした時、その前に割って入ったのはミナトだった。
「――おいおい、お兄さん方。見学料は払ったのか?」
ミナトは、カイルの不敵な笑みを不器用に真似ながら、若者たちの前に立ちはだかった。
「彼女は、俺たちの『大事な仲間』だ。そんなにジロジロ見てると、俺の……ええと、俺の特別な力が暴発して、あんたらの今日の晩飯が全部消える呪いがかかるかもしれないぜ?」
ミナトの現代人らしい凄み方に、若者たちは毒気を抜かれたように「なんだこいつ……」と後ずさった。
もちろん、実際にはカイルが背後から僅かな圧力を放って彼らを威圧していたのだが、ミナトは自分が彼女を護ったのだと誇らしげに胸を張る。
「……ミナト殿、助かった。……ありがとう」
「へへっ、いいって。俺だって、いつまでも撫でられてるだけじゃないからな!」
フローラの小さな感謝に、ミナトは顔を赤くして笑った。
その様子を馬車の隅で眺めていたカイルは、小さくため息をつきつつも、どこか満足げに口角を上げた。
「……ふん。少しは頼もしい防壁になったようじゃないか」
「おいカイル、今ボソッと言っただろ! 褒めてくれたんだよな、今の! 素直に認めろよな!」
「空耳だろう。……それより、前方に注意しろ。風の匂いが変わった」
カイルが眼鏡を直し、鋭い視線を上げた。
フローラも同時にダガーの柄に手をかける。
西から吹き下ろす山脈の風が、不穏な獣の体臭を運んできていた。
三人の「用心棒」としての初仕事が、すぐそこまで迫っていた。




