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第二楽章 「舞う少女と、凹む親友」

「――っかーー! フローラちゃん、マジで異次元の可愛さだわ。見ろよ、あの歩くたびに絶妙なリズムで揺れる耳! あれが右、左、って互い違いにピルピル動くたびに、俺の削れたHPが全回復していくのが分かる。昨日の夜まではカイルの腹黒フェイスしか見るもんがなかったから、視界の幸福度が文字通り天元突破してるぜ。これが、これこそが俺の求めていた異世界ライフの『正解』……。ああっ、尊すぎて直視できない、けどまばたきすらしたくない! 一生このパーティで添い遂げたい……!」


 領都の門を出てすぐの街道沿い、ミナトは早口でオタク特有の熱量を垂れ流していた。隣を歩くカイルは、呆れ半分で聞き流す術を心得ていたが、背後でカイルの裾を掴んで歩くフローラは、ミナトの理解不能な長台詞に、ただただ困惑して耳をパタパタと動かしていた。


「……ミナト。無駄口を叩く余裕があるなら、周囲の警戒を怠るなと言ったはずだ。君のその口から出る熱量で魔物が寄ってきたら、君を囮にするぞ」


「分かってるって! でも、こんなに可愛いフローラちゃんがいるんだから、俺の心のバリアは常に無敵状態。むしろ魔物も彼女の愛らしさに毒気を抜かれて、道を開けるレベルなんじゃないかって――」


 ミナトの楽観的な言葉を遮るように、街道脇の林から、鋭い風の音が響いた。

 現れたのは、領都周辺で恐れられている『ウィンドライガー』。強靭な脚力と、風を纏った鋭い爪を持つ中級魔物だ。そいつは餓えた瞳で、最も弱そうな獲物――ミナトを定めて低く唸った。


「ヒッ、出た!? カイル、出番だぜ、お願いします!」


「いや、いい機会だ。ミナト、君はそこで見ていろ。……フローラ、頼めるかい?」


 カイルが静かに問うと、フローラは無言で頷き、一歩前に出た。

 

「……え、ちょっと、フローラちゃん!? 危ないって! 俺の背後に隠れて……って、ええぇ!?」


 ミナトが手を伸ばそうとした瞬間、フローラの姿が掻き消えた。

 次の瞬間、ミナトの目に映ったのは、もはや「可愛い女の子」のそれではない、戦場を支配する断罪の舞だった。

 

 フローラは双振りのダガーを逆手に持ち、ライガーが放つ風の刃の僅かな隙間を、流れるような身のこなしで潜り抜ける。一跳びで魔物の頭上を取り、空中で一回転。


 「――っ」


 彼女が息を吐くより早く、銀色の閃光が三筋、空を切り裂いた。静寂の中、風だけが切り裂かれる鋭い音が耳を突く。

 

 フローラは着地と同時に再び地を蹴り、驚異的な反射神経で魔物の懐へ滑り込む。ダガーが鮮やかに閃くたびに、魔物の急所が寸分の狂いなく刻まれていく。彼女が舞うたびに、返り血が花びらのように舞う。それはカイルによって磨き上げられた、純粋で過酷なまでの「技術」の集大成。


 着地した瞬間にふわっと広がるスカートの裾と、冷徹に獲物を射抜く瞳のギャップ。ミナトはその美しすぎる殺劇を前に、言葉を失い、唾を飲み込むことさえ忘れていた。

 

 最後に、フローラは魔物の背を駆け上がり、喉元を深々と一突きにした。

 絶命した巨体が砂塵を上げて倒れる。フローラは返り血を一滴も浴びることなく、ふわりと軽やかに地面に着地すると、ダガーを静かに鞘へ収めた。


「……おわ、った」


 カイルが満足げに拍手をする中、ミナトは、急激に襲ってきた「自分の惨めさ」に打ちのめされていた。

 

(……なんだよ、それ。めちゃくちゃ、強いじゃん……)


 可愛い、守ってあげたい。そんな不遜なことを考えていた自分が、急激に恥ずかしく思えてきた。

 フローラのダガーは一瞬の迷いもなく敵を断ち、その足取りは凛としていて美しい。対する自分はどうだ。魔物が現れればすぐに震え、自分の身すら守れず、たった一回のギフトに縋るだけの存在。

 

 魔物の返り血を払い、涼しい顔で戻ってくるフローラ。

 泥のついた自分の安い靴、震えが止まらない情けない手。

 その視覚的な「格差」に、ミナトは持っていた短剣を力なく握りしめ、地面を見つめてシュンと肩を落とした。


「……俺、何やってんだろ。……マジで、ただのゴミじゃん……」


 その呟きは、誰に届けるつもりもなかった。自分自身の無力さを、ただ噛み締めていただけだった。

 だが、不意に、自分の頭の上に「ポン、ポン」と、柔らかな、けれど温かな感触が降り注いだ。


「……?」


 顔を上げると、そこにはいつの間にか傍に来ていたフローラが立っていた。

 彼女は、何も言わずに、少し背伸びをして、ミナトの頭を優しく撫でている。

 その瞳には、侮蔑も哀れみもなく、ただカイルをずっと見てきた彼女なりの、静かで深い感謝が宿っていた。


「……ミナト…殿…。勇者様を……笑わせてくれた。……ありが、とう」


 カイルが一人で泣いていた夜、ミナトがそこにいてくれたことを、彼女は知っている。その「明るさ」が、自分たちの技よりもどれほどカイルを救ったかを、彼女は鋭い感覚で悟っていた。

 

「……ううっ! フローラちゃん……っ! マジ最高ぉぉぉーーーー!!!」


 ミナトは一瞬で立ち直り、涙目で叫びながら、フローラの優しさに完敗してその場にのたうち回った。


「カイル! 俺、決めた! 強さは無理でも、一生お二人の『精神的支柱』として君臨するぜ! ポジティブ・シンキングの魔術師って呼んでくれ!」


「……やれやれ。その立ち直りの速さだけは、僕も感心するよ。……行こうか、僕の大事な友人ミナト。そしてフローラ」


 カイルは呆れたように笑いながらも、三人の間に流れる新しい空気感に、確かな安らぎを感じていた。

 三人の旅は、一人の強すぎる少女という戦力を加え、さらに賑やかに、そして温かなものへと変わっていくのだった。


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