表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏楽神話 〜君≠を救い出す旅路〜  作者: ぱんどいっち 
半神と異世界転生者の二重奏 第1番
11/22

第十楽章 「白銀の甘味、あるいは致死量の幸福」

 宿を探しつつ、家族についての情報を集めるカイルとミナト。

 領都での聞き込みは、前の街以上に骨の折れる作業だった。

 あまりに巨大な人の流れは、個人の痕跡を容易に塗り潰してしまう。カイルは知略を尽くし、ギルドの裏手や情報の集まりやすい中央広場を巡ったが、家族に繋がる有力な手がかりは、今日もまた指の間をすり抜けていった。


「……はぁ。カイル、一旦休憩。休憩しようぜ。俺、もう足が棒どころか、湿気た割り箸なんだけど。この新しい靴、馴染むまでが地獄だぜ……」


 新調したばかりの丈夫な革靴を引きずり、ミナトが情けない声を上げて広場のベンチに崩れ落ちた。


「……やれやれ。まだ半日も歩いていないだろう。……だが、集中力が切れた状態で動いても効率は上がらないか。あそこの店で少し休むとしよう」


 カイルが指差したのは、大通りから一本入った路地にある、こぢんまりとしたテラス付きのカフェだった。蔦の絡まる白い壁が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「お、いいな。あー、甘いもん食って糖分補給したい……。脳みそがガス欠寸前ですよ」


「ほう、君も甘いものは嫌いじゃないのか。それはいいことだ」


 カイルの瞳が、一瞬だけキラリと、奇妙に純粋な光を宿した。疲れ切っていたミナトは、それがカイルの「知略家」としての顔ではなく、もっと本能的で、かつ危険な領域への扉が開いた合図だとは気づかなかった。

 店に入り、年季の入った木のテーブルにつく。カイルはメニューも見ず、手慣れた様子で、店員に「この店の特製果実ケーキと、それに合う飲み物を二つ」と注文した。その淀みのない所作は、まるで一流の食通のようだった。


「カイル、注文スムーズだな。……あ、きたきた。うわ、見た目はマジで最高じゃないか!」

 運ばれてきたのは、この世界の特産である深紅の果実を贅沢に使い、真っ白なクリームが雲のように盛られた大ぶりのケーキだった。その上に、カイルはさらにおもむろに小瓶を取り出した。


「カイル、それ……何?」


「ああ、これかい? 以前の街で調達しておいた、最高級の蜂蜜をさらに煮詰めた特製シロップだよ。店指定の味も悪くないが、少し『深み』が足りなくてね」


 カイルは慈しむような手つきで、自分と、そしてミナトのケーキに、粘り気のある黄金の液体をドロリと注いだ。

 ミナトは、喉を鳴らした。期待からではない。本能が警鐘を鳴らしたのだ。だが、目の前のカイルは、至福の表情でフォークを手にしている。


「さあ、召し上がれ、ミナト。この世界の恵みを存分に味わうといい」


「……あ、ハイ。いただきます……」


 ミナトは一口、大きく掬って口に運んだ。

 その瞬間、ミナトの全神経が悲鳴を上げた。


「んぐっ…………ッ!?」


 甘い。という言葉では、この暴力的な現象を説明できない。

 脳髄を直接、砂糖の塊で殴打されたような。あるいは、血管の中に直接蜜を流し込まれたような、逃げ場のない、圧倒的な「糖」の極大魔法。


「な、なんだこれ……! 喉が、喉が焼ける……ッ! カイル、これ、死ぬ! 俺、死んじゃう!」


 ミナトは悶絶し、椅子から転げ落ちそうになった。だが、正面に座る男の姿を見て、さらなる衝撃を受ける。

 カイルは、とろけそうなほど目を細め、頬を緩ませていた。

 いつもは冷徹に世界を観測し、鋭い知略を巡らせているあの瞳が、今はただの「甘いものに目がない子供」のように、ゆるみきっている。彼はミナトが絶命しかけている「甘味爆弾」を、事も無げに、それどころか宝石を扱うような丁寧さで次々と口へ運び、飲み下している。


「……ふぅ。やはり、これくらいの『甘み』がないとね。ミナト、どうしたんだい? 手が止まっているよ。ここの特製ソースは、素材の酸味を活かした『控えめ』な甘さが売りだと思ったが……少し物足りなかったかな?」


「控えめ……!? どこが!? これ、現代地球だったら、一口で糖尿病予備軍の仲間入りだぜ!」


 ミナトは慌ててセットの紅茶に手を伸ばした。

 無糖の紅茶、せめてその渋みでこの地獄のような甘さを中和しようとしたのだ。だが、カップを口に含んだ瞬間、ミナトは再び絶望の淵へ叩き落とされた。


「……っ、ふがっ……!? ちゃ、茶まで甘い……ッ!!」


「ああ、飲み物には僕がこっそり、角砂糖を五個ほど溶かしておいたよ。君も酷く疲れているようだったからね。親切心・・だよ、遠慮しなくていい」


 カイルは、一点の曇りもない、聖者のような微笑みを浮かべていた。

 ミナトは悟った。この男、性格が腹黒いだけじゃない。味覚の仕組みそのものが、根本的にこの世界の住民――いや、生物として、致命的に「甘党」の方向に振り切れている。


「……カイルあんた、家族と一緒にいた時も、こんなこと……」


「ああ。よくガイアスには『ドブネズミでも食わねぇぞ』と吐き捨てられ、セシリアには『カイル様、お仕置きが必要ですね』と静かに微笑まれたものだが……」


 カイルはそう言って、悪戯っぽく、けれどどこか遠くを見るように目を細めた。


「不思議だね。一人で食べるより、こうして誰かが隣で顔を青くしているのを見ながら食べる方が……ずっと、美味しい気がするよ」


 その、寂しさを隠しきれない柔らかな表情を見てしまっては、ミナトに「食えるか!」と突き返すことはできなかった。

 ミナトは「絶対に虫歯になる……」と心の中で自分への遺言を書きながら、致死量の甘みを、泥水を啜るような覚悟で飲み込み続けた。


 カイルの不器用で、暴力的なまでの「お裾分け」。

 それはミナトの胃袋を破壊し尽くしたが、同時に、カイルの胸に居座っていた「家族を失った空虚」を、ほんの一時だけ、甘い砂糖の色で塗り潰していた。

 ――琥珀の瞳を持つ少年は、甘すぎる紅茶を飲み干し、決意した。

 この味覚障害の神様を早く家族に返さないと、自分の健康寿命が保たない、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ