鉄の剣は回想する〜鉄の剣の始まり
単なる鉄の剣が過去を振り返ります。
吾が輩は鉄の剣である。
名前なぞ無い。ただの剣だ。
こんな、森の最奥の、デカイ巨木の前の岩に真っ直ぐ突き立って、曰くありげにツタなんぞ纏っていても、単なる鉄の剣である。
いつか、このまま風雨に曝され、朽ちて、へし折れる運命なのだろう。
……どうしてこんな事に。
吾が輩とて、当時は帝国製の最新モデル……いや、止そう。
どんなモノさえ「当時は最新モデル」なのだ。
言ったところで空しくなるだけだ。
……吾が輩にも夢はあった。
いずれ名のある剣士の手に渡り……いや、無名だろうと、吾が輩を振るいて名を上げるでも良かった。
兎も角「おぉ、これこそが彼の名剣士が振るった剣」と、博物館か何かに後生大事に祭り上げられ、未来永劫その誇りに浴する事を夢見ていた。
……それが、この様だ。
どうして、何故、こんな事に……
……そうだ、元はと言えば、あの若造、あの裏切り者のせいで、こんな……
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【 鉄の剣の始まり 】
あれは、今から105年ほど前の事。
吾が輩は王国と帝国のヴァラス平野を巡る3度目の争いに備え、帝国によって造られた。
帝国は工業が進んでいる。
王国や公国であれば、剣や鎧は職人頼り。
それ故、一流の職人であれば素晴らしい品を造れるが、それはほんの一握り。
王国の場合、多くは三流。
なまくらを造るのが精々だ。
公国は国によって技術継承の制度が定められており、王国の職人よりは水準が高い、が、全てではない。
帝国は、一流の職人は生まれにくいが、ほとんどが二流以上の職人である。
また、王国の兵は農民や傭兵だが、帝国は全て正規兵だ。
当然、帝国では剣や鎧は支給品。
吾が輩は、そんな支給品の一振りとして生まれたのだ。
だが、吾が輩は熟練騎士への更新装備としてではなく……新兵への支給品として充てられた。
その時点で嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感は見事に的中した。
吾が輩を支給された新兵は結局、戦場に出ても吾が輩を抱えたままガクガク震えるばかりで、一度も吾が輩を抜く事なく、どこからかヒョロヒョロと飛んで来た矢に射られて呆気なく死んだ。
戦場では、戦況が落ち着いた人気のない場所となると、戦いもせず死体漁りをするような連中が時折いたりする。
そんな傭兵……いや『野盗』連中に、吾が輩は拾われた。
それはそうだろう。
一度も使われていないピカピカの新品だ。
目を付けられるのは当然だろう。
そして、『良いもの』はボスが持っていくと相場が決まっている。
戦いから1年後、吾が輩は野盗の頭の手に収まり、王国の村人を斬っていた。
その事自体はどうでもよい。
所詮、剣は道具だ。
国を守るも、汚すも、使い手次第。
吾が輩には人間の機微など解らんしな。
だが、頭が下手クソな事だけは解った。
村の女の背を追い吾が輩を振るった、が、恐らく足の腱でも狙ったのだろうそれは、背中をザックリと斬ってしまった。
死なない程度に収めて、後で女を楽しむつもりだったのだろう。
目論見が外れて頭は憤った。
……まぁ、結局は他を部下に押し付けて腹立ち紛れに女を息絶えるまで組み敷いてはいたが。
此奴、思いきりの良さというか、豪腕っぷりだけで頭を張っておる種類の人間らしく、剣の腕は『からっきし』だった。
それを言うに事欠いて、吾が輩の重心が自分に合わないせいだと難癖つけて、事が終わったら寂れた武器屋に吾が輩を売り払いおったのだ!
そのせいで吾が輩は10年近く、その寂れた武器屋の店主の顔を眺めるだけの時間を過ごす事になってしまった。
……奴が吾が輩を買いに来るまではな。