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女神

<アカネ>

 聖戦は終わった。アタシの大勝利という結果だった。

 そして戦いが終わった後に聖王国の首都に行って直談判するから、その時聖王神に皆を押し付ければいいよねと。そんなことを考えていた。

 ちなみにアルファは他にも溜まっている仕事があるということで、捕虜の捕縛後に一礼して転移で去っていった。


 最初は聖王国なんて欲しくもないので、このまま捕虜の皆を解放してて、アカネ聖国連合軍もこの場で解散する予定だった。

 しかしこのままでは捕虜になった百万の兵士たちが、山賊か野盗とかいうろくでもない輩に身を落として、周りの国々を荒らし回るかもしれないと思い至った。

 それなら皆に小金を握らせてアカネ聖国連合軍の護衛付きで本国帰還させ、この人たちは敵ながら立派に戦ったんだよ…という聖王国首都への凱旋パレードに、急ぎ計画を変更した。


 アカネ聖国連合軍の皆にも、戦費や食料やその間の給金はこっちが持つし、首都に着いた部隊から本国に帰還していいから、それまで付き合える人は付き合って欲しい。

 あと道中の略奪は駄目! 絶対…と、誠心誠意頼み込んだのだ。何故か反対意見は出なかったので、悪いとは思うけどお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 なお、辞退する人は一人も出なかった。いやいや、自分たちの国の防衛や他の仕事や家族は大丈夫なの? それとも皆バリバリの職業軍人なの? 不安になってそのような意見を交えて問い正したものの、先程よりも一層大きな声で問題なしと言われたので、アタシはそれ以上の意見は何も言えなくなってしまった。


 昼前に戦いが終わったので、取りあえず両軍の怪我人や死傷者の確認と治療に専念してもらった。これから聖王国の首都までの凱旋パレードが続くんだから、体調崩したりしたら大変だからね。

 それと、ロレッタちゃんとサンドラちゃんを呼んで、これからの食料や医薬品の輸送と、街道の整備を頼んでおいた。たった数時間で終わるとは思ってなかったから、一応余裕を持って用意しておいたけど、百万人の捕虜が追加で加わったのだ。

 念には念を入れておくに越したことはない。

 いつものようにいくつかの案だけ提示して、大体そんな感じであとはメイドさんと相談してよと丸投げする。優秀な子供たちとメイドさんが部下でよかった。


 アタシは最初大平原で睨み合ったまま長期の戦いを想定していたため、アカネ聖国から国境に続く街道は整備済みである。いつでも物資の輸送を行える。

 先程ロレッタちゃんに頼んだので明日には到着するだろう。転移を使えばすぐだけど、魔力に限りがあるのでそこまで連発は出来ない。ゆっくりな輸送でいいから無理しないでね。


 一通りの指示を出し終わったので、あとは聖王国の首都につくまで、アタシのやることは何もない。食っちゃ寝するだけである。

 そろそろ太陽が真上になったので、皆でお昼ご飯を食べることにした。


 この日はアタシが提案した聖戦に勝つという縁起を担いで、レトルトカレーと白米、そして油で揚げた後に氷魔法と風魔法でフリーズドライを行った豚肉だ。

 いわゆるカツカレーである。本当は福神漬やサラダも欲しいけど、一応戦時中なので贅沢は言えない、


 このような簡易的な食事を一か月分は用意しておいたので、百万人の捕虜の人にも十分に行き渡った。皆喜んで頬張っていた。中にははじめて見るカレーという食べ物に、青い顔をして口をつけるのを躊躇っている人もいたけど、別に毒は入ってないしこの後毒ガス訓練もしない。ちょっと色が排泄物に似てるけどね。


 結局アカネ聖国連合軍の人たちも聖王国の人たちも皆、美味しい美味しいと言ってくれていた。兵糧の量に余裕はあるし輸送ルートも構築済みだから、味さえ気にならなければじゃんじゃんおかわりしていいよ。

 捕虜の人たちが、連合軍の兵士がおかわりをしているのを羨ましそうに見ていたので、アタシは何だか無性に腹が立ってきて思わず口に出してしまった。


「食料には余裕あるんだから、戦いに負けたからっておかわりを遠慮するんじゃないの! そんなんじゃ首都に凱旋する前に、お腹が空いて倒れちゃうよ!」


 負傷者が出て部隊の足が遅くなれば、その分だけアタシの引き篭もり生活が遠のく。アタシは早く家に帰ってゆっくり休みたいのだ。

 転移で帰ってもいいのだが、これだけの大軍勢をお飾りとはいえ率いているのだ、アタシがいないうちに何か問題が起きたら、ワッショイワッショイと吊るし上げられるのは確実だろう。そんなのは絶対にごめんだった。

 アタシの言葉聞いてしばらくの間目を白黒させていた捕虜の皆は、やがて一人、また一人と嬉し涙を流しながらカツカレーをおかわりしはじめる。よっぽどカレーが美味しかったのだろう。うんうん、アタシもカレーは好きだよ。







 それから負傷者と死傷者の確認と治療を行いながら、念のために一日ほどこの場で待機する。

 そして次の日の朝、いよいよ聖王国の首都に向けてのニ百万と捕虜百万の軍勢による凱旋パレードをはじまった。

 あらかじめ部隊をいくつ先行させて、周囲の町や村に告知は行っているが少し心配である。石とか投げられたらどうしようか。

 アタシは早く全てを終えて帰って寝たいので当然第一陣を希望するが、他の部隊の皆に大反対されてしまう。前回の提案は賛成してくれたのに解せぬ。

 結局またも誠心誠意お願いし、各部隊の精鋭をつけることを条件に何とか許してくれた。


 聖王国は一応敵地なので、安全が確保されるまでは後続としてゆっくり進んで来るのが定石だろうけど、アタシはそこまで待っていられないのだ。

 最後の後続部隊が首都付く頃には十中八九、アタシはお家のベッドでスヤスヤ眠っているだろう。


 地方の民衆に戦争に勝利したのはアカネ聖国だということを知らしめる役目もあるので、進軍速度はかなりゆっくりだ。

 もっともアタシは神輿に座って揺られているだけなので、楽なものだけど。昨日全力で魔法を込めて作り出した、特性の低反発と酔い止めクッションをお尻の下に敷く。頼りにしてるよ相棒。







 そして座ってるだけだと暇だから周囲の景色を観察してるんだけど、思った以上に町や村の荒廃が進んでいる。

 途中で放棄されている荒れ放題の畑や、一部の壁が崩れている民家や人が住まなくなった空き家や、完全に崩れて瓦礫になった家はもはや珍しくない。

 そして通りがかる人たちも皆うつむいており、アタシたちの姿を見つけるとすぐに家の中に逃げるか、見つからないように何処かに慌てて隠れてしまう。そんなに警戒しなくても略奪なんてしないのにね。


 サンドラちゃんが一軍を率いて先行しているおかげで、街道はしっかり整備されているが、それだけである。

 アタシは近くで周囲の護衛をしている精鋭の一人である、アレク君に話しかける。

 ちなみに護衛はフィー君とレオナちゃんと、何故か魔王グレゴリオと大賢者もついて来ていたのだ。子供たちはアタシの護衛としてわかるんだけど、本当に何でそっちの二人がここにいるんだろうね。


「聖王国って何処もこんな感じなの?」

「そうだ。しかしこれは、昔よりも酷くなっているようだな」

「元々亜人奴隷に頼りきっておったのじゃ。それでもなお、変わらぬ社会制度を維持し続ければ、歪みが広がるだけじゃろうに」


 大賢者だけあって各国の状況に詳しいようだ。ただのレオナちゃん大好きストーカーではなかったようだ。

 そんな荒れ果てた聖王国の町の中を、アカネ聖国連合軍第一陣がゆっくりと前進を続ける。

 すると正面に綺羅びやかな服で着飾り恰幅のいい人たちが、整備された街道の真ん中で膝をついて頭を下げている姿が目に映る。

 その様子にフィー君が不愉快そうな表情を隠そうともせずに、アタシに小声で伝えてくる。


「この辺りを治める貴族のようですね。すぐに退かしてきますので、アカネさんはそのまま前進を」

「うーん…別にいいよ。彼らも何かしら言いたいことでもあるんでしょう? 全軍この辺りで一休みするから、他の部隊にも連絡しといてよ」


 フィー君は仕方ないですね…と小さく笑いながら、各部隊の隊長たちにしばらく進んだ後に全軍停止の指示を出すよう伝える。そのまま膝をついている集団の真ん前まで来て、アタシはここで止まるよう声を出す。


「ええと、こういうのってアタシが許可しないと駄目なの? 面倒だね。目の前で膝をついている者たち、顔をあげて口を開くのを許可するよ」


 アタシはお飾りの偽女神なのに、何でこんなに偉そうに振る舞わなければいけないのだろうか。平民系小娘が本当に偉いわけじゃないのに。

 こんなのは窮屈過ぎるから早く屋敷に帰って、いつもの運動着の気ままな生活に戻りたいと強く思う。

 やがて感極まったように豪華な服装で着飾った集団の、もっとも前に出ていた男が顔をあげて口を開いた。


「女神アカネ様、お会いできて光栄でございます。私はこの周囲を治める領主、レイモンドでこざいます。そして後ろの者たちは、私の家族となります。隣から…」

「自己紹介はいらないから、用件を言ってよ」


 アタシはレイモンドの言葉を容赦なく遮る。何で見も知らない人の家族構成とか教えてもらわないといけないのか。そんなことよりも本題に入って欲しい。

 微妙に引きつるレイモンドとその家族とは逆に、護衛の皆からは小さな笑い声が漏れる。


「はっ…はい、女神様もご存知かとは思いますが、私の領地はこの通り荒れ果ております。

 町や村からは人々の笑顔が消えて、近頃は野盗たちが幅を利かせる有様」


 目の前の男レイモンドは芝居がかった動きで天を仰いで悲しみを表現する。


「私たち領主も必死の努力を続けておりますが結果は芳しく無く、領民の皆も日に日に弱っていき、やがて木は枯れ、水は濁り、畑は荒れ、森の動物たちも…」

「だから用件は? まだ続けるのなら時間の無駄だし、アタシたちは先に行くよ」


 説明が長い。貴族って毎回こんなに面倒なのかな。それとも目の前の男が特別なのだろうか。アルファのように要点を絞って聞かせてくれるならまだしも、何が言いたいのかとても回りくどい。

 アタシはこれ以上は時間の無駄だと判断して、レイモンドに用件を催促する。


「はっはいっ! しかしそんな明日をも知れずに救いを求める私たちの目の前に、女神アカネ様のお姿が! この通りです! どうか! どうか私たちをお救いください!」

「嫌だよ」

「…へっ? あっ…あの、しっ…しかし都市同盟、帝国、魔王国は女神様がその手でお救いになられたのでは? ならば私たちの領地も…」


まだ何か言い続けるレイモンドに、アタシははっきりと宣告することに決める。


「都市同盟と帝国と魔王国が救われたのは、その国の人たちが必死に頑張ったからだよ。

 アタシが救いの手を伸ばしたわけじゃないし。それにアタシが救いの女神だというなら、聖王神はどうなの? 貴方たちは貴方たちで、聖王国の神様に助けを求めればいいじゃない?」


 本当に神様がいるならこの状況を何とか出来るはずだ。でもここまで荒れ放題で何もしないとなると面倒になって放置しているか、それとも統治能力が致命的に下手なのかのどちらかだろう。でもそれをアタシが肩代わりするなんて絶対に嫌だ。

 ちゃんと地元の神様がいる土地で好き放題して、おいおい、お前何処中よ! っと目をつけられたくないのだ。だがそれ以上に、アタシは目の前の男のために働きたくはなかった。


「元々聖王神や教皇や王や貴族の治めてる土地で、他国の女神が好き放題するのって不味くないの?

 まあアタシは女神じゃなくて普通の女の子だけどね。それでもやっぱり波風が立っちゃうよ」


 アタシのこの言葉に正面の貴族たちは呆然とし、護衛や辺りで黙って聞いている兵士たちは、普通の女の子? 誰が? アカネ様が? 冗談? っと言った声が聞こえる。

 偽女神の洗脳が全然解けないのが本当に辛い。早く皆正気に戻って欲しい。


「まあ、そういうことだから。今回はご縁がなかったということで。貴方たちの今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます」


 言うべきことは言ったのでこのまま会話を切り上げようとするが、レイモンドは譲らなかった。


「それでは、私たちは明日からどうやって生きていけばいいのですか!」

「豪華な服や宝石売って身銭を切ればいいんじゃないの? それにね。貴族とか王族は領民を守るためにいるんだよ。

 民を食い物にするなんて最低だよ。少なくてもアタシは嫌いだよ。見たところ貴方たちはいい生活してるようだけど、そこの所はどうなの?」


 正面の貴族の家族は皆血色もいいしあちこちに脂肪もついている、着ている服も豪華絢爛だ。アタシという偽女神に会うためにわざわざ用意したならまだしも、普段から贅沢をしているのなら、少し生活態度を改めればまだ領地経営次第で立て直せる範疇だろう。


「わっ…私たちは潔白です! 女神アカネ様! 信じてください!」

「それはアタシじゃなくて、守るべき領民に言うべき台詞だよ」


 その言葉を受けてレイモンドは辺りを見回すと、いつの間にか幽鬼のような暗い表情をした多くの領民が、薄暗い家々の影から貴族たちの様子をじっと観察していることがわかった。


「少なくともアタシが聖王国のためにすることは。じゃなくて、この場合は出来ることかな? そっちは何もないよ。聖王神に助けを求めるのが駄目なら、領民の皆に助けてもらいなよ。互いの間に信頼関係が築けてるなら、喜んで協力してくれるはずだよ」


 それじゃ、首都に向かって出発進行と、アタシは皆に号令を出す。

 貴族の家族はまだ何か言いたそうにしていたが、アカネ聖国連合軍の部隊に退かされて、自らの領地の民たちに囲まれてしまう。

 実際のところ彼らが白か黒かはわからないけど、アタシに判断を委ねられても困るのだ。自分の国の問題ぐらい自分で解決してもらわないと。


 あちこちで小休止を取りながら首都へ向かって前進を続け、通りがかる土地の領主から、女神アカネ様を歓迎するために宴を開きたいという申し出を何度も受けた。

 そのたびにアタシは当然のように断り、じゃあ女神歓迎の宴に使うお金を全て領民の生活を向上させる計画につぎ込んでよ。そっちのほうがアタシも宴に参加するより嬉しいし、と返してあげた。

 宴に参加したくない理由は色々あるが、まず一つが平民の小娘には貴族の作法などわからない。

 二つが出てくる料理の種類が少なくて不味い。特に生まれ故郷の美食の情熱は凄まじいので、不味い飯を食べるとそれだけで不機嫌になるのだ。

 ちなみに現在のアカネ聖国の美食のレベルは世界一だと思う。隠者のフードをかぶり、正体を隠して子供たちと一緒に女神のお膝元で外食したとき、とても美味しかったので間違いはないはずだ。


 しかし聖戦のときの対面した百万の軍勢も、今思えばかなり顔色が悪くて殆どの人が枯れ木のようにやせ細っていた気がする。普段何食べてるんだろうね。野草か森の木の実な? 

 サバイバル生活やってるんじゃないんだからね。今は支援部隊の手厚い介護もあって、少しずつ顔色がよくなってきていると報告が入っているので、ようやく一安心出来た。








 やがて長い苦難の末にようやくアタシたちは、聖王国の首都にたどり着いたのだった。ここまで本当に辛かった。

 何が辛いのかというと進軍中の、飯、風呂、寝るの三つである。お家と快適性が全然違うので、引き篭もり生活に適応し過ぎたアタシには地獄の宴である。

 ちなみに護衛の皆も一同に疲れた顔をしていた。そんなに辛いのなら家に帰ってもいいんだよ。君たちはお飾りの神輿であるアタシとは違うんだからね?


 しかしおかしい。ここが神のお膝元であるならかなり近寄ったはずなのに何も感じない。聖王神は強大な魔力とか、そういうのを隠すのが得意な神なのだろうか。世界樹の神はまだ何かしら感じたんだけどね。


 聖王国の首都に凱旋したアタシたちは、民衆からの熱烈な歓迎を受けていた。

 ここまで通ってきた町や村とは違い、皆の顔も明るし、建物の何処も壊れてないし、町中も綺麗である。聖王神の加護か民衆の努力かは知らないけど、地方と大きく違い過ぎることに驚きを隠せない。


 そのままアカネ聖国連合軍は、大勢の民衆が歓迎する大通りを真っ直ぐに進み、首都の中心の小高い丘の上に建つ大聖堂を目指して歩き続けた。

 アタシは豪華な神輿に揺られているだけだけどね。ずっとお尻の下に敷いていた特性低反発酔い止めクッションも、そろそろお役御免だ。長旅の間中ずっとお世話になった相棒とのお別れである。しかしせっかく作ったのでお家でもお世話になるつもりだ。だがその前にレオナちゃんに取り上げられて、アタシの魔法解析担当のメイドさんに回されるかもしれないけど。





 やがて小高い丘の上に建てられた大聖堂から伸びる長い階段の前までたどり着くと、ローブを着た聖職者と鎧姿の騎士や魔法使いたちが、どの人も身分が高そうな白を基準とした装備を身に着けて、神殿に続く階段の前でズラリと整列してアタシたちを出迎える。


 この先は長い長い石の階段なので神輿に揺られるのもこれで終わりだ。アタシは部隊の皆にここで停止するようにお願いし、ゆっくりと地面に降りる。

 そして並んでいた聖職者の一人が顔をあげて、こちらに向かって話しかけてくる。


「ようこそおいでくださいました。女神アカネ様」

「うん、アタシは女神じゃないけど来たよ」


 絶対に認めない女神ガール。ここでアタシが自分を女神であると認めてしまえば、面倒な女神信仰者の数が加速度的に増えると、そんな嫌な予感がするのだ。なので断固拒否である。

 同じように並んでいた他の騎士と聖職者と魔法使いが、アレク君、フィー君、レオナちゃんの姿を見つけて感極まったとばかりに嬉しそうな声を漏らす。


「おおっ! お前たちは! いっ…生きていたのか! それに女神アカネ様の使徒だったとは! これで聖王国は蘇るぞ!」

「誰のことだ? 俺にはまるでわからんな」

「人違いじゃないですか?」

「全然知らない人」


 聖職者の言葉に、あからさまに顔をそむけて知らんぷりをする三人、知り合いじゃないのかな? そんな彼らに階段前に立っていた人たちは、それぞれ前に出て親しそうに話しかけてくる。


「そんなことはない! 自分の息子の顔を見間違えるものか!」

「そうよ! 私たち小さな頃からの親友じゃない! ねえ…また最初からやり直さない? そして、今度こそ婚姻しましょう!」

「数年前に行方不明になった妹じゃないの! ああっ、どれだけ会いたかったことか! もっと顔をよく見せてちょうだい!」


 何か父親と親友…それとも彼女? お姉さんもいるようだけど、アタシ席外したほうがいいのかな? 取りあえず子供たち三人に気を使うことにする。


「それじゃ、お互い積もる話もあるだろうし、あとは若い者たちに任せて、アタシは席を外し…」

「待ってくれ! 俺には親父なんていないんだ!」

「そうです! 僕の昔馴染みは皆、不幸な事故で!」

「姉さん? 刹那で忘れた」


 これは三者三様の複雑な事情がある気がする。アタシに立ち入っていい問題でもなさそうだし、ここは身内で解決してもらうしかない。

 しかし、このままでは埒が明かないのも確かなので、まずは関係性をはっきりさせることに決める。


「じゃあまずはアレク君、どういうことなの? パパっと説明してよ」


 年齢順に進めていくことにする。忌み子とか言われてたことは知っているので、その辺りに関係してそうなのは何となくは察するんだけど。その先がわからない。

 やがて観念したように、アレク君が渋々と口を開いた。


「コイツは俺の親父だ。それは間違いない」

「おおっ! アレク! やはり俺の息子だったか! 聖王神様に仕える聖騎士として、誇りに思うぞ!」


 彼の言葉を受けて騎士の鎧を着た親父さんのほうも、ニコニコ笑顔で嬉しそうだ。これは家族関係の修復も問題なさそうかな?


「だが、親父は俺に魔法の才能がないと知った途端に切り捨てた。他の家から魔法に優れた養子まで迎え入れて、そいつに家を継がせようとしたんだ」

「そっ…それは…! 代々の聖騎士には剣と魔法、両方の才能が必要になるから、しっ仕方なく…だな」


 どうやら聖騎士の家系の生まれのアレク君は、魔法の素質が乏しかったようだ。代わりに身体強化魔法は大得意なんだけどね。そして親父さんの声も段々と尻すぼみになっていく。


「何が仕方なくだ。養子に家督を継がせるときに、俺が生きていると後々問題になるからって、模擬戦の事故に見せかけて殺そうとしやがってよ。

 おまけに俺とアカネさんの関係が利用できると知った途端に掌返しだ。まるで今はじめて息子がいることを知りましたと、感動の再会の演技までしてな。

 今さらこっちの実家なんて何も興味はない。せいぜい養子と仲良くやることだな」

「あっ…アレク…」


 まあ使徒の五人の名前と顔はアカネピックで全世界放送されてるし、知っていて当然だよね。

 これは完全に修復不可能のようだ。鈍いアタシでもわかる。完全に沈黙したアレク君と親父さんを放置して、気持ちを切り替えて次に行ってみることにする。


「それじゃ、次はフィー君お願い」

「はい、目の前の女性とは将来を誓いあった仲でした」

「フィー! 覚えていてくれたのね! 嬉しいわ!」


 将来まで誓い合っていたなんて、ずいぶんと仲が良さそうだね。今度こそ関係修復出来るのかな?

  誓い合った仲と言われた自分の両手をギュッと握っている彼女を観察する。別に見た目は問題なさそうだし、フィー君が望めば保護者として結婚を許可してもいいかな?


「しかし、それは過去のことです。今は違います」

「酷いわ! 私はこんなにもフィーのことを愛しているのに! 昔の優しかったフィーは何処に行ったというの!?」


 フィー君は昔からこうだった気もするけど、この人頭大丈夫かな? それともアタシが拾う前の彼は、もっと別人のような性格をしていたのだろうか。


「僕は昔から変わりませんよ。むしろ、変わったのは貴方のほうです。より裕福で地位の高い婚約者に乗り換えるために、僕の両親と結託して毒殺しようとするなんて」

「それは…その…! そっそう! フィー! あれは事故よ!」


 肉親にも許嫁にも裏切られて殺されそうになるとか、怖いね。まだ何か言おうとしている彼女をフィーは鼻で笑って一蹴する。


「事故ですか。それより、僕の後釜の婚約者はどうしたのです? 近くにはいないのですか?」

「そんなのいるわけないじゃない! 私の恋人は今も昔もフィーだけよ!」


 まだ諦めていない彼女をアタシは心の中で応援する。本当に事故なら関係修復出来るかも知れないし頑張ってもらいたい。


「ええ、いるわけありませんよね。何しろその後釜も貴女がお金目当てで毒殺してしまったのですから」

「ひっ…酷いわ! フィー! あんまりだわ! そんなの濡れ衣よ!」


 かなり不味い。フィー君の元恋人から危険な匂いがプンプンしてきた。何だか開いてはいけない釜の蓋を開いてしまったような気がする。


「そう言えば僕の両親はまだ元気ですか? 貴女は親しかったので当然知っていますよね?」

「そっ…それは、数年前の流行り病で二人とも突然…」


 元恋人はアウト過ぎる物件なので、取りあえずフィー君との関係修復は諦めて、早くこの忌まわしい過去を忘れようと最終選手にバトンを渡す。


「はいっ! フィー君はここまで! あとは聖王国の司法に任せようね! 次はレオナちゃん! 頑張ってね! アタシに癒やしをちょうだい!」

「んっ…任せて」


 レオナちゃん、キミにきめた。お姉さんと仲直り出来ると信じてるよ。アタシがそんなことを考えていると最終選手の姉が先に攻撃を仕掛けてきた。


「レオナ! 本当に懐かしいわね! 貴女が女神アカネ様の側にいたと聞いて、とても嬉しくて誇りに思うわ!」

「私は嬉しくない」


 温かい再会の挨拶なのにいきなり関係が冷え込んできた気がする。しかしお姉さんは諦めない、


「そっ…それにしても、レオナは魔法使いをしてたのね。よく似合ってるじゃない。ああ、本当に昔を思い出すわ。あの時はよく二人で一緒に、聖王教会の裏庭で魔法の練習をしてたわよね」


 懐かしそうに瞳を輝かせているお姉さんから、何だか微笑ましい思い出が語られている。これなら期待できるかな?

 そう思ってはいるものの、前の二人が二人なので、油断は禁物だ。


「あの時は毎日が地獄だった」

「どっ…どうして? 一緒の魔法の練習は楽しかったじゃない。姉さんが手取り足取りレオナに教えてあげてたでしょう?」


 何だかレオナちゃんの目から光が消えて周囲の空気が微妙に重くなる。彼女はそのままポツリポツリと、アタシに過去の思い出を話して聞かせてくれた。


「毎日のように姉に攻撃魔法の実験台にされた。

 何度痛い、もう止めてと言っても止めてくれなかった。大丈夫よ。回復魔法で綺麗に治るからと、そればかり言ってた」

「あのっ…れっレオナ? それは…そう! 愛のムチよ! 貴女の将来のためを思って厳しく指導したの!」


 かなり苦しい言い訳にアタシだけでなく周囲の皆からも生暖かい視線が送られる。そのままさらにレオナちゃんは、暗く重い過去を明らかにしていく。


「神官や両親や知り合いに姉の暴挙を訴えても、誰も信じてくれなかった。後で調べたら姉から私が訴えてもそれはぜんぶ嘘だから、信じてはいけないと皆に根回しされてたことを知った」


 何だか児童虐待の過去を聞いている気分になってきた。これはトラウマものである。

 よくここから社会復帰出来たよね。偉いよレオナちゃん。よく頑張ったね。


「姉の暴挙は私に魔法の才能があるとわかってから、目に見えて酷くなった。

 死にかけたことは一回や二回じゃない。あの苦痛と絶望に満ちた毎日には、もう絶対に戻りたくない」


 周囲からの刺すような視線を受けて、お姉さんは口を開けずにいる。どうやらここまでのようだ。アタシはスリーアウトチェンジでの、試合終了を宣言する。


「レオナちゃん、もうそこまででいいよ。皆も辛い過去を教えてくれてありがとう。

 後は聖王国の皆に任せるよ。子供たちは全員女神アカネが引き取って育てるから、そちらの実家や知り合いとは、何の関係もないということで、…それでいいよね?」


 三人の関係者たちは、まだ何か言いたそうにしばらくの間口をモゴモゴとしていたが、やがて諦めたのか、辛そうに深く頷いた。

 こういう時は女神の御威光とか便利なんだけどね。でもアタシがただの小娘だとバレたときの皆の反応が怖いけど、今回はありがたく使わせてもらうことにする。


「それじゃ、色々待たせちゃって悪かったね。

 勝利宣言する場所は大聖堂の何処になるのかな? やっぱり聖王神の目の前? ちょっと聖王国の神様に直談判したいんだけど、取り次いでくれないかな」


 神殿付近まで近寄ったはずなのに、やはり神の存在は感じない。試しにソナー魔法を打ち出しても同じく反応なしだ。魔力の届かないところにいるのか、それとも今までずっと心の底で思っていたけど考えないようにしていた、最悪の結果なのだろうか。

 やがて最初に出迎えてくれた聖職者が、何とも辛そうな表情でアタシに教えてくれた。


「勝利宣言ならば、大聖堂の奥の聖王神像の前がいいと思います。それと、聖王神様は…その、ここにはおられません」

「いないの? じゃあ、首都じゃなくてもっと別の町?」

「いえ、聖王神様はこの世界にはもう…」


 どうやら可能性の一つとして思っていた、悪い予感のほうが当たってしまったようだ。

 アタシは思わず天を仰いだ。元々覚悟はしていたのでそこまでショックは受けていない。

 でも、名前しか知らない知り合いに遠くから会いに来たら、二度と手の届かない何処かに引っ越していたのを家の前で知らされたような。何となく寂しくもあり虚しくもある微妙な気分になった


「そっか、聖王神はいないんだ」

「はい、女神アカネ様には申し訳なく思いますが…」

「いやいや、別にそこまで気を使わなくてもいいよ。

 でもまあ、一応アカネ聖国連合軍の勝利宣言はさせてもらうから、その聖王神像の前に案内してくれるかな」


 目の前の聖職者は申し訳なさそうにしていたが、アタシが気を使わないでいいと言うと、少しだけ嬉しそうな表情に変わり、こちらですと背を向けて案内役を買って出てくれた。


 最低限の精鋭を護衛につけてアタシは目の前の神官に案内に従い、長い階段抜けて大聖堂の中へと入る。

 大きく美しいステンドグラスや飾られている装飾品は、どれも素晴らしい出来だった。それに内部もかなり広く、既にアタシは訪れることが知らされているのか、多くの聖職者が大聖堂に詰めかけていた。


「こちらになります。では女神アカネ様、この先へどうぞ」


 中央だけ大衆の間の道になるように開いた大聖堂を、一歩ずつ奥へ奥へと進み、やがて建物を抜けた広い中庭の真ん前にそびえ立つ、太陽の光を静かに受け止める巨大な聖王神像の足元にたどり着く。

 王というだけあってやはり人間の男性を表現しているようだ。しかしどのような事情があったにせよ、彼はもうこの世界にはいないのだ。


 アタシとは実際何の関わりもないけど。目の前の石像になった聖王神が中途半端で捨ててしまったものを、拾って面倒見るのも悪くないかもしれない。

 自分のことながら生まれ持った捨てられない性格は面倒だなと。少しだけ自嘲気味に微笑む。


 そのまま、聖王神像に背を向けて、集まった聖職者たちに視線を合わせて、世界中の聖王教会に魔法で一斉生放送と拡声を行う。

 自分の魔法がきちんと発動したことを感覚的に察知して、アタシは一言ずつ皆に伝わるように言葉を話す。


「知っているだろうけど、アタシがアカネだよ。今回の聖戦で聖王国は敗北して、アカネ聖国連合軍が勝利したよ」


 ここまでは聖職者たちも予想していただろうが、問題はここからだ。

 果たして敗戦国である聖王国に何を要求されるのかと、戦々恐々としていることだろう。

 何しろアタシのことはこの国では邪神扱いされているのだ。国民全ての命を要求すると思われてもおかしくないだろう。


「アタシの要求は聖王神像を全て女神アカネに変えること。そしてこれから人民は皆このアタシを信仰すること。差し当たって目の前の聖王神像をちょっと変えさせてもらうよ」


 そしてアタシは巨大な聖王神像の足元にトコトコと歩くと、そっと手で触れて自分の魔力を送り込む。

 すると石の像の全身が瞬く間に黒い光に包まれ数秒ほどで光が消えた後には、漆黒のドレスを身にまとった演説中のアタシを、そのまま巨大化させたような石像に変わっていた。

 その像を見た大聖堂の大衆が、大きくざわめく。


 自分のことながら、なかなか上手く魔法が使えたと思う。ドレスのシワやバストサイズに至るまで、まさに寸分違わない出来と言ってもいいだろう。まあ、見た目が平凡で地味な小娘なのは諦めてもらうしかないけど。

 小さく溜息を吐いてアタシは自分の石像から再び皆に向き直る。


「これからの聖王教会は、全てアタシの所有物になるからね。

 当然資金援助だけじゃなくて色々と口を挟ませてもらうからそのつもりでね。それじゃ、以上! 解散! 閉会!」


 そう言って拡声と魔法映像を解除し、皆にあれこれ言われる前に転移魔法を発動して長旅の間待ち焦がれた寝室へと移動する。


 間を置かずにそのまま服を乱暴に脱ぎ捨て、柔らかなベッドにジャンプする。

 何となく自分の心に小さな穴が開いたような、少しだけ寂しい気持ちを味わいながら、明日はお風呂に入って美味しいものを食べてと、色々と楽しいことを考え、またメイドさんや子供たちの負担が増えるのを申し訳なく思いながら、アタシは温かな布団に包まりながら、ゆっくりと目を閉じる。


 しかし眠りに落ちる前にあることを思い出す。

 今回の要求は聖王国限定と言ってなかったのだ。しかしあの場の雰囲気で、聖王国限定だと察してくれるはずだ。

 何も国の垣根も関係なく全世界の聖王神を、女神アカネに変えるとは思わないはずである。もし本当にそんなことになったら恐怖しかない。全世界の人間や亜人、魔族にアタシを女神と崇めるように強要したことになるのだ。

 ただの平凡な小娘には荷が重すぎる。これではますます外に出たくなくなり、魔の森の奥の敷地に引き篭もる生活に依存してしまう。


 聖王神がどのように生きてどのように消えたのかは知らないし、知ろうとも思わないが、あれだけの大国を築き上げた神も途中で消滅したのだ。

 平凡な小娘であるアタシが女神の真似事を続けても、いつか取り返しのつかないことになるのは想像に難くない。

 早く本物の神様を見つけてバトンタッチしなければと思いながら、まさかずっとこのままじゃないよね? …と、信じたくないのに確信めいた嫌な予感をひしひしと感じてしまうのだった。


 女神アカネ様は聖王国の大聖堂にて、聖王神像を美しい女神アカネ様の像へと変え、全世界に自分を信仰するようにと宣言した。

 そして多額の援助と皆の生活の安全を保証するとも堂々と言い放ったのだ。

 この聖戦の終結により、女神アカネ様と天使、そして五人の使徒が治める、永遠の平和と安寧が約束される千年王国の計画が、ついに動き出したのだ。

 アカネ聖国記より抜粋。




 この日を境に女神アカネが表舞台に姿を現すことは、少しずつ減っていく。歴史学者の間では、元々彼女は体が弱く長時間の活動は難しかった。それが聖戦後の遠征で体調が悪化してしまったのではないかと考えられている。

 しかし、千年王国の名に恥じない程長く平和が続いていることは、現代に住む我々が一番よくわかっている。

 彼女がいなくなった後の世界の平和は、今度は私たち一人一人が守っていかなければならないだろう。


 なお、五人の使徒の最後の一人が天寿を全うし、壮大な国葬が行われて全世界の人々が悲しみに沈んでいるときに、彼女は自らの使徒の屍の前に姿を見せ棺に向かい一言二言何かを呟いた後、大勢の参列者の方を向き、今後も皆それぞれの人生を後悔せずに生き抜くことと励ました後、姿を消してそれっきり二度と姿を現すことはなかったのだ。

 聖王国への凱旋から体を崩していたと思われる女神アカネが、この年まで生きたことは本当に奇跡であった。しかし女神アカネの国葬は一向に行われることはなく、実はまだ何処かで生きているのでは? と、現代になってもまことしやかに囁かれている。


 その後も歴史の節々に女神アカネを名乗る黒髪の少女が現われては、道に迷った人々を導くため、また世界の危機を救うために奔走する姿が見られるが、それは善の心つ少女やその仲間たちが、女神アカネの名を使い皆を奮い立たせることで、一丸となって危機に対処しようとしたからであり、過去に全世界を一つにまとめた女神アカネ本人ではないことは、想像に難くない。






「…と考察されていますが? ご主人様はどう思われますか?」

「えっ? 別に何も思わないけど?」

「しかし、多くの歴史的解釈が間違っています」

「うーん、それアタシの悠々自適な引き篭もり生活に何か関係ある?」


「それは、…よく考えれば関係ありませんでしたね」

「ならばよし、放置で! 今回の定期報告はこれで終わり?」

「はい、ご主人様の手を煩わすような問題は起きていません」


「じゃあまた明日。お休みアルファ、メイドの皆、子供たちもね」

「はい、お休みなさいませ。ご主人様…また明日」



女神アカネと五人の使徒 …終わり


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