復興
<アカネ>
皆が力を合わせることで、辛うじて(?)エンシェントドラゴンゾンビを討ち果たしたアタシは、自分の寝室で高級羽毛布団にくるまりながら、下着姿で悠々とごろ寝していた。
例の骨を倒すまでは自分が行うが、事後処理はいつも通りに丸投げなのである。本当に部下が優秀だと楽でいいね。これからも頼りにさせてもらいたいものだ。
さらに今回アタシが行ったことといえば、まずはハイエルフたちが聖なる大森林と呼ぶ聖地に転移し、おうおう、ハイエルフたちよー。お前どこ中よー? これ以上うちの島であんまり舐めたことしてると、キュッと絞めるよ? という感じに、これから貴方たちの崇拝する世界樹の神をボコボコにするから、邪魔だけはしないでよと、連合都市の全軍で周囲のアンデッドたちを倒してもらいながら、それとなく伝えた。
ちなみにハイエルフたちが信仰している世界樹は無傷だった。何か下級アンデッドを退ける神の結界的なものが張られていて助かった。
骨なら簡単に破れそうだけど、少数民族のハイエルフよりも美味しそうな獲物がいたのだ。
それは大勢の人間の住んでる帝国の町や村だ。骨は仲間のアンデッドをある程度増やしてはまた別の場所に行くということを繰り返していた。
それと巨大なドラゴンゾンビとして目覚める前には、冬虫夏草の苗床のように世界樹の地面の下で根から栄養を吸われながら、ひっそりと埋まっていたらしい。もはや骨しか残ってないので、これ以上は何も吸えなかったけどね。
連合都市の皆の頑張りを何もせずに遠くから黙って見守りながら、やがてハイエルフの森が静かになった後は巨大な骨の前に転移し、自己消滅をエンシェントドラゴンゾンビに無詠唱で打ち込む。
あとは皇帝陛下と名乗るおじいさんと少しだけお話して今回のアタシの出番は終わりだった。途中でロレッタちゃんが取り乱したのだけは予想外だったけど、何とか納得してもらえたようなので、まあよしとする。
連合都市の軍では結構な数の怪我人が出たが、メイドさんの回復魔法で全員無事にその場で完治したようだ。死者は出なかったのでよかった。
アカネ町の軍は自分たちの何十倍という数のアンデッドを相手に怪我人0、死傷者0のまま全滅させたと聞いたけど、何なのこの人たち? 本当に人間? いや、亜人だったね。
でも世間では亜人は人間や魔族以下という位置づけらしいけど、どういうことなんだろうね。やっぱり装備がよかったのだろう。うん、きっとそうだ。
普通の女の子であるアタシを崇めさせてくださいという、間違ったことを言い出す信者も現われなかったので、今回はアタシにとっては大成功と言えるのではないのだろうか。
皇帝陛下一人ぐらいなら、まあいいんじゃないかな。治めていた帝国は酷い有様だし、いい年したおじいさんなのだ。もしかしたら精神的にも色々限界な状態だったので、アタシを孫娘のように感じたのかもしれない。なので、所詮は一時的な気の迷いである。
メイドさんたちや皆の負担は増えても、アカネ町や連合都との関係の薄い帝国なら、もはやアタシの惰眠を脅かすことはないだろう。それともこれから関係が深くなるの? うん、あれ? 何か急にこのままだと不味い気がしてきたよ。
心配になったので、不安な気持ちを紛らわすために筆頭メイドを召喚する。
「アルファー! アルファーはおらぬかーっ!」
「お呼びでしょうか。ご主人様」
いつものようにアタシの寝室に音もなく転移してくる筆頭メイドは、もはやアタシが何処に居ても呼びさえすれば飛んでくるのではなかろうか。そのうち笛を吹いて呼び出しり、三人の名前付きのメイドさんを呼び出して命令したりするかもしれない。
「アルファ、アタシ今回上手くやれたよね?」
「ご主人様は、いつも上手くやっています。後のことは全て、私たちメイドにお任せください」
「うっ…うん、お願い。今回も丸投げしちゃってごめんね」
少しも考える素振りを見せずに喜んで肯定するアルファに、アタシは本当にこのままでいいのかと、時々は考えるのだ。
しかし自分が良かれと思って動くと、周囲をシッチャカメッチャカにかき回して余計に悪化させるだけなので、彼女たちに上手くまとめてもらうのが一番だ。事実、それで上手く回っているようだしね。
そもそもアタシは一年かに一度ぐらいならいいけど、そこまで汗水垂らして働きたいとは思っていない。皆と一緒にのんびりゴロゴロと日向ぼっこしたり、天気のいい日に気ままにお散歩したりして、悠々自適に過ごせればそれが一番幸せなのだ。
そんなことを考えていると、目の前のアルファが質問してきた。
「それでご主人様、帝国のほうはいかが致しましょう?」
「取りあえず、災害支援を送るよ」
皇帝陛下のおじいさんとも約束したことだしね。やっぱり自分が言ったことはきちんと守らないといけない。
「ご主人様、具体的にはどのように?」
「うっ…うーん。帝都にも地下鉄を繋げて、アカネ町とソルトの町で三角形のようにしようかな。こうすれば物資も現地に送りやすいと思うし」
アカネ町からだと負担も大きくなってしまうし送れる量も少ない。足りなくなったら連合都市の品物を買い上げて、ソルトの町からも支援物資を送ろう。
「なるほど、いい考えです。では地下鉄の出入り口は何処に作りましょうか?」
「それなんだよね。出入り口を作るには広い土地が必要になるから、帝都にはもう皆の家があるからね。なら郊外にということになるけど、それだと一番被害が酷い被災地から離れ過ぎちゃうし」
外の世界は家とは違って魔動車という便利なものはない。運搬には馬車がせいぜいだろう。ただでさえ帝都は帝国一の都市で広大である。足の悪い老人や小さな子供まで支援物資が行き渡るか少し不安がある。それが表に出てしまったのか。思わず口からポロリと溢れてしまう。
「いっそのこと帝都を更地にして、ど真ん中に作れれば輸送も楽なんだけどね」
「では、帝都を更地にしましょうか? それがご主人様の望みだと伝えれば、彼らは喜んで自分の家も破壊してくれるでしょう」
「ええっ!?」
一瞬、アルファの言っていることが信じられなかった。もしかして邪悪な心に目覚めたのかな? 帝都の人たちはアタシを女神と信仰してないんだよ? いくら何でも不可能でしょ? しかしアタシはそこまで考えて、いやいや待てよと思い直す。
「うん、更地…更地ね。崩れかけの建物は危険だし、どうせ今後何十年と住むから、簡易的な補修よりも建て直したほうが安く済むかも。大規模災害を機に、まとめて区画整備されることはなくもないし…」
そしてアタシは決めた。駄目で元々でも、取りあえずは適当な案だけ出して、いつものようにアルファたちメイドさんに丸投げしてしまおうと。
「それじゃアルファ」
「はい、ご主人様」
アタシはコホンを咳払いをして、大きく息を吸い込む。そして今思いついたことを頭の中で適当に並べながら、目の前の賢い筆頭メイドに話して聞かせる。
「まずは帝都全体を更地にして、中央にソルトの町と同様の施設を複数建設。
あとインフラと区画整備と住居の建設といった全体の都市計画を、帝国のお偉いさんたちと相談しながら一から練ってよ。
その間に皆の住む場所、つまり簡易住宅はこっちで用意するから。国内が安定するまでの治安維持とかその他もろもろは、五人の子供たちの軍を当てるから。
予算や資材は…今のボロボロの帝国じゃ厳しいだろうから、今回は全てこっちが出すよ。
無利子無担保のツケいうことで、返せる時払いでいいよ。ちなみに安定するまでの生活必需品は災害支援で無償提供だから」
思いついたことを片っ端から一方的に口から出した見たけど、これって災害支援にかこつけた大国の軍の派遣なんじゃ、しかし、少なくともアタシは完全な善意で行っているつもりなので、帝都の人たちも今回だけは目をつむって欲しい。復興してすぐに撤退すれば許してくれるよね?
「この計画を帝国のお偉いさんたちと話して、許可されたらその日のうちから実行。
自分たちの国を他国に好き放題に弄くり回されるのと同じだし、このうちのどれか一つが通れば御の字だね。それじゃアルファ、あとのことは任せたよ」
「かしこまりました。ご主人様、吉報をお待ちください」
そう言い残してアルファの周囲の景色が歪み、次の瞬間には跡形もなく姿が消えていた。きっと転移で飛び、他のメイドさんを集めてアタシの計画の練り直しを行っているのだろう。
あのときの皇帝陛下は自暴自棄になっており、アタシに帝国を支配して欲しいと言っていたが、今ごろは正気に戻っている頃だろう。
本当に一つでも通ればいいかなというレベルだ。それに一つも通らなくても、優秀なアルファたちなら、すぐに代案を発表し、帝都の復興を推し進めてくれることだろう。
アタシは彼女が言っていた吉報を高級羽毛布団の中に頭を引っ込めて、眠って待つことにするのだが、何故か先程転移したはずの筆頭メイドが何か思い出したような表情を浮かべて、また目の前に現われたのだ。
「ご主人様」
「何?」
「ハイエルフたちはいかが致しましょう?」
「それ、アタシと何か関係あるの?」
アタシの疑問に少しだけ思案したアルファは、やがてこちらに向き直ると、ポツリと呟いた。
「よく考えたらありませんね」
「んー…放置で」
「了解しました。それでは、ごゆっくりお休みください」
そういうことになった。深々と一礼して再び転移で何処かに消えるアルファを見送ると、温かな布団にモゾモゾと潜り込む。
アタシのこの発言がきっかけとなり、ハイエルフの住む聖なる大森林は女神アカネ様により、何人たりとも触れてはいけない禁断の地に認定され、長い間人間どころか亜人さえ立ち入ることがない未開領域となるのだった。
結果的に奴隷狩りにも襲われることもなくなり、彼らは名実ともに安住の地を手に入れるのだが。気持ちよさそうにごろ寝しているアタシが知るはずもなく、また何の関係もなかったのだ。
<帝国 参謀>
私は帝国の参謀だ。偉大なる皇帝陛下の右腕とも言われている。まあ、帝国の知恵袋的な立場に近いだろうな。しかし、その私も復興前の会議では、女神アカネ様の優秀なメイドたちにコテンパンに論破されてしまったのだ。
何なのだ? 今まで見たことも聞いたこともない謎の施設は? 本当に帝国に必要なのか? 予算の無駄ではないのか? しかし、彼女たちに打ち負かされたものの、各施設の説明を聞くと、なるほど。これは確かに今後絶対に必要になると納得させられてしまった。
もっとも、他の知恵が足りない者たちは、メイドたちの説明を理解できずに半信半疑のままだったが。
そんなトラブルもあったが女神アカネ様のおかげで、帝都だけでなく帝国全体の復興も順調に進んでいる。いや、順調過ぎていると言ってもいいだろう。
私は何名かの兵士と共に、荒れ果てた城下町の視察を行っていた。すると、あるボロ屋の前に大勢の民衆が集まっていることに気づいた。
「参謀様、そろそろですね」
「うむ、そうだな。皆も元気があって大変よろしい」
白い手袋をつけて底が分厚い靴や、暗闇でもほのかに光る破れにくい丈夫な衣服、そして安全第一と書かれた兜を女神アカネ様より支給された民衆たちは、地面に置かれた木槌や工具を手に取り、代表者の号令を今か今かと待つ。
「よし! 次はこの建物だ! 女神アカネ様は帝都を更地にして、全民衆に新たな住居を用意してくれるとのことだ!
それと、安全には十分に気をつけろ! 女神様は血が流れるのを好まれない優しいお方だ! そのために俺たち全員に、このような素晴らしい道具まで授けてくださった!
では、今日も張り切って壊すぞーっ!」
おーっ! という他の民衆たちの声を受けて、壊れかけの建物が完全な瓦礫へと変わっていく。やはり作るよりも壊すほうが速いようだ。
私は少し前に女神様の使徒のサンドラ嬢より、しばらくここに住むように伝えられた簡易住宅を見せてもらった。
家の中を覗いて見ると、驚くほど快適な作りをしているということがわかった。しかも、今目の前で行われている破壊作業よりも、遥かに早く簡易住宅が建っていくのだ。
使徒たちの力を借りられれば、帝都の復興も一気に進むのではないかと考えたが、女神アカネ様はそれを否定された。
何でも、一方的に与えられることに慣れると、それが当たり前になって元に戻れなくなるから駄目。…とのことだ。確かにあれ程の圧倒的な神にも等しい力と便利さ、または快適さを一度でも体験してしまえば、二度と元の生活には戻れそうない。
災害時の炊き出しと非常食でさえも、私たち帝都の人民が今まで食べていた物よりも遥かに美味だったのだ。皇帝陛下も嬉しそうに皿の底まで舐めて、さらにおかわりまでしていたのが印象的だった。
女神様から与えられた布団も、帝都の布団よりも遥かに柔らかで暖かかく、民衆たちも驚いていた。皇帝陛下の欲しがりようからも、皇族の使っている物より質が良いことは、もはや隠しようがない。
さらには銭湯という施設も、使徒の五人の希望により、他の何を犠牲にしたとしても、最優先で建てられることになった。
最初は何故この施設にこだわるのかと訝しんでいたものだが、一度使ってみれば納得だった。皇帝陛下も私もすっかり風呂の虜になり、今では毎日綺麗なお湯で体を洗わなければ、気が済まなくなるほどだ。
つまりはそのような便利な状態が長く続けば続く程、人は元々の不便な状態には戻りたくなくなるのだ。女神様の救いの手である彼らが帝国に留まるうちはいいが、もし復興が完了して帝都から帰ることになったら、環境の変化にとても耐えられそうにない。
なので、人が自分たちの力で自立できる必要最低限の施しのみを与え、あとは帝都の民たちで実現可能な快適さの階段を、無理せず一歩一歩登っていくのがいいのだろう。
もし女神アカネ様がこの世界からいなくなってしまったとしても、皆が二度と道に迷わないようにと、そう考えているのだろう。
そのことに気づいている者はまだ少数だが、復興が進んでいくごとに皆も次第に気づきはじめるだろう。彼女がどれだけ私たちのことを愛おしく思い、救いの手を差し伸べ、今なお優しく育ててくれているかをだ。
その事実を自覚した者たちは、万一女神アカネ様がこの世から去られてしまった後、果たして耐えられるのだろうか。悲しみのあまり愛しい女神様を追い求め、自らの死によって後を追うかもしれない。
またはその後の人生に絶望し、死ぬまで何も感じずに虚しく生き続けるのかもしれない。その他にも多くの可能性があるが、どちらにせよろくな結果にはならないだろう。かく言う私も女神様が去られたあと、狂わずにいられる自信はない。
やがて目の前の建物は完全に瓦礫へと姿を変えて、額から汗を流しながら満足気に笑う民衆たちを、何人かの兵士たちと一緒に私は微笑ましく眺める。
「参謀様、女神アカネ様のおかげで、帝都の復興に希望が持てましたね」
「ああ、私もそう思う。復興は当然として、女神様が来てくれなければ、とっくの昔に帝国は滅んでいたのだからな」
あの時あのタイミングで女神アカネ様が軍を派遣してくれなければ、帝都が滅ぼされて帝国全土が不死者が闊歩する地獄へと変えられていたというのは、想像に難しくない。
今は掃討戦ということで、帝都には使徒の五人は誰も残っておらず、少数の部下のみが治安維持や万が一に備えて残ってもらっている。
皆それぞれ帝国各地へと部隊を分けて、世界樹の神が生み出したとされるアンデッドを滅ぼしに行っているのだ。
もっとも、使徒サンドラさんの構築部隊だけは、帝都から各都市に繋がる街道の再整備及び再構築を担当しているようだが。
黒くて固く水を弾く新しい街道のおかげで、女神様からいただいた災害支援物資は腐らせることなく各地に素早く運ばれている。
アンデッドの被害を受けた地域からは連日、女神アカネ様に感謝を伝えるために、言葉や手紙、物品、中には女神様の信徒となりたがる人たちまでもが、援物資を運び終わって軽くなった馬車に乗せられ、止むことなく帝都に届けられている。
やがて建物を壊し終わった民衆は、次は別の場所に向かうようで、楽しそうに談笑を交えながらゾロゾロと移動を開始する。その姿を眺めているお付きの兵士たちからも笑顔が溢れる。
「これから帝都は大きく変わりそうですね」
「いいや、帝都だけではないぞ。帝国全てが生まれ変わるのだ。女神アカネ様に救われた国としてな。さて、これからは連合都市には負けていられないぞ」
付き従う兵士たちも皆、私の言葉に深く頷く。
本当に負けていられないのだ。どちらが女神アカネ様の一番の属国を名乗るのに相応しいか、この私と皇帝陛下で証明してやるとしよう。
もっとも彼女はそのような国は欲しくはないと断固として拒否するだろうが、それでも構わないのだ。
帝国だけでなく、連合都市。アカネ町も、ただ愛しい女神様の隣で、自分たちは貴女のおかげでここまで立派に育ちました…と、そう胸を張って報告出来さえすればそれでいいのだ。
例え何も言葉を返してくれなくとも、黙って聞いて下さるだけで私たち人間や亜人たちは皆幸せなのだと。今ははっきりと感じることが出来るのだった。
女神様への信仰に身を震わせていると、私はあることを思い出して、付き従う兵士に質問を行う。
「それはそれとしてだ。例の締め出しはどうなっている?」
「はい、全て順調に進んでいます。もはやこれからの帝国には、聖王神は必要ありませんからね。いえ、最初からいらなかったのでしょう」
幸か不幸か今回のアンデッドの襲撃により少なくない被害は出たものの、聖王教会の無能さが帝国全土に露呈することになった。
聖職者たちが聖王神に祈りを捧げようと魔法を唱えようと、教会に避難した人たちを一人も守ることは出来なかったのだ。中でも酷いのが、大半の聖職者たちは避難民が囮になっている間に、自分だけ裏口や魔法を使い、こっそりと逃げ出したというのだから、本当に救われない。
「聖王神の関係で犠牲になった被害者や遺族には、手厚く保護してやってくれ。確か、女神様が言うには障害補償、または遺族補償と言うらしいな」
「まさに慈愛の女神様ですね。働けなくなった者たちにも手厚い介護を行うなんて。しかもそれにかかる経費も、全てアカネ様が出してくれるとは。…これは何としても」
怪我や病気で働けない人も、ハローワークに通うことにより、新たな働き口が見つかるかもしれないということだ。もっとも、その施設はまだ詳しい説明を受けていないので、実際に建てられるのは、もう少し先になりそうだが。
今は帝国の民たちと力を合わせて、出来ることを一つ一つ確実に積み立てていく時なのだ。
「うむ、聖王国への根回しは連合都市と連携して行えば、より深くまで楔を打ち込むことが出来るはずだ。差し当たり国内の聖王教会関係者の締め出しが急務だ。
女神アカネ様と共同で行う復興計画に口を挟まれては堪らんからな」
「はい、それは十分にわかっています。それで、聖職者不在の教会はどのように?」
周りの兵士たちと私は、我慢しきれずに思わず笑みを漏らす。本当はわかっているのに、私にわざわざ質問を行うのは、これから例の計画を実行するのが楽しくて仕方ないのだろう。
「ああ、女神アカネ様の教えを皆に伝える教会だ。何なら元の聖王教会を更地にして、新しく建て直しても一向に構わん」
「はっ、ではそのように…」
いい聖職者もいたがそういう者は大抵、帝国民をアンデッドから守ろうとして殉職している。
そのように名誉ある戦死を遂げた者たちの遺族にも保障を与えることになるので、他の志のある聖職者たちの受けもよく、女神アカネ様への改宗もより進むかもしれないなと、私は頭の中で色々と策を巡らす。
そうしていると、周りの兵の一人がこの私に質問してきた。
「参謀様、それで今後の聖王国への対応はいかが致しましょうか?」
兵が知りたいのは国内の聖王教会を全て、女神アカネ様を崇める教会へと染め上げたあとのことだろう。
確かに聖王神を信仰しており世界中への影響力がもっとも大きい国だ。慎重になるのもわかる。もっとも、それはもはや全てが過去の栄光になってしまったのだが。
「そこまで警戒する必要はない。あの国はもはや横から口を出す以外は何も出来ん。
それに今回の件では聖王国の内部が混乱していたとはいえ、何の支援も行わずに帝国の聖王教会でさえこの有様だ。世論的にもこちらが何をしようと沈黙を通すはずだ」
あの国は信じる者は救われると常日頃から何度も言っておきながら、帝国が緊急の援軍要請を送っても静観を貫き、今回の事件で帝国内の全聖王教会の腐敗も強制的に明らかにされてしまった。
孤立無援状態でもはやこれまでと諦めかけていた私たちを、唯一救ってくださったのが女神アカネ様だ。
「今の帝国全土は聖王教会への不満と女神アカネ様への感謝の祈りで混沌とした状況だ。ここに聖王国が何かを言おうものなら…。相手もそれぐらいはわかっているはずだ」
いくら女神アカネ様を邪教だ。偽女神だと主張しても、もはや火薬庫とかした帝国に強硬策を行うことはないだろう。聖王神という本物の神が後ろに控えているとしてもだ。
もっとも、女神様が世界樹の神と呼ぶ、巨大なドラゴンゾンビが現われたときにも聖王国は沈黙を保っていたのだ。
本当に聖王神が控えているのかと考えると、疑問しか沸かない。
しかし今の帝国には、本人は神ではなく普通の女の子だよ! …と必死に否定していたが、女神様に守られているのだ。
そして守る気はないから帝国の人たちで適当に頑張って欲しいとも言っていたが、あの慈愛に女神様のことだ。私たちが苦境に陥ったときに何処からともなく現われ、困ったような面倒臭そう表情を浮かべながら、救いの手を差し伸べてくれることは確実だろう。
そんな風に考えて表情の崩れた私を疑問に思ったのか、兵士の一人が声をかけてくる。
「参謀様、何だか楽しそうですね」
「実は帝国に、もし聖王国が攻めてきたらどうなるかと考えていてな」
「絶対に女神様面倒そうにブツクサ愚痴りながらも、我々を助けくれますね」
「やはりお前たちもそう思うか?」
同意を示す周りの兵士たちと大声で笑いながら、この先の帝国の未来はきっと明るいものになだろうと、そのような予感を感じるのだ。
あとは将来のためにも連合都市と協力して、聖王国に出来るだけ多くの楔を打ち込んでおくとしよう。愛しい女神様にも働き者信徒は必要だ。本人は絶対にいらないよ! …と言うだろうが、彼女の優秀なメイドたちなら有効に使ってくれるはずだ。
何も全てを報告する必要はない。女神アカネ様は今まで通りに過ごしてもらい、私たちの聞き役として隣でニコニコと微笑んでいてくれれば、それだけでいいのだ。
そのために私や帝国の人民たちは自分の手を汚すことに躊躇はしないのだから。
しかし、今の皇帝陛下が引退するときには、私も共にアカネ町に引っ越したいものだ。今度メイドたちに進言してみよう。いわゆる特別報酬というものだ。
将来的にこれぐらいの我儘は許されるはずだろうと、私は視察の続きを行うことを周りの兵士に伝え、帝都が壊滅する前よりも遥かに明るくなった帝国の民たちを、微笑ましく見守るのだった。
女神アカネ様に遣わされた五人の使徒たちは、それぞれの部隊を率いいて帝国の復興に尽力する。
古く朽ちかけた建物全てを壊し、女神様の理想の帝都を作るという、帝国の民と連合都市、そしてアカネ町の皆と力を合わせる壮大な復興計画が、今はじまったのだ。
アカネ聖国記より抜粋。
三ヶ国が協力して行う大規模災害援助及びアカネ聖国が主導となり推し進める復興計画は、当時としては異例であった。
そもそも他国の軍が入ることは侵略行為に受け取られるため、被害を受けたとしても、受け入れられるものではない。それだけアカネ聖国は帝国に対して影響力が強く、復興を通してますます植民地化を固めていったことがわかる。
当然のように聖王教会も改宗を強要したため、アカネ聖国の仮想敵国は聖王国だということは、この時点でもはや確定していたと言っても過言ではない。
なお、この復興にはアカネ町を作る前の亜人たちに提供した技術がより効率よく使われることとなり、アカネ聖国における今後の災害援助のノウハウを積み上げることになった。




