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第六章 弱まる火花⑦

 一度口を開いてしまえばもはや引き返す理由はない。これまで胸の奥に押し込めてきたものをひとつずつ掘り起こすようにして、途切れないまま詳細を語り続けた。

 時間がどれほど経ったのかは分からない。

 小屋の外では夜の気配がわずかに移ろい始めている。風の冷たさが変わり、遠くで鳴いていた虫の声が減り、代わりに静寂の質が深くなっていく。それでも少年の言葉は途切れなかった。

 やり直し、シエラクロスの死、時間の巻き直し、その条件。そして何をしても上手くいかないという現実。

 選択を変えれば未来も変わるはずなのに、必ずどこかで歪みが生じ、最終的には同じ結末へと収束していくという不可解な流れ。

 誰かが意図的に仕組んでいるのではないかと思ったこと。先程襲われた謎の組織の存在。裏で何らかの思惑が巡っている。だから人為的にこの状況を生み出している何者かがいるかもしれない。

 しかしそれだけでは説明できない出来事。外部からの干渉があるようでいて、まるで内側から崩れるように終わることもあった。

 シエラクロスが自ら命を絶った周回。

 そして——言葉にするのを躊躇った事実も、最後には口にした。

 オルタディナ自身がシエラクロスを手にかけたことがあるということ。

 そこだけはほんのわずかに言葉が詰まった。が、それでも止めなかった。

 隠す意味はもうない。すべてを知った上で判断してもらうためにここまで話しているのだから。

 語り終えたとき小屋の中には再び静けさが戻っていた。ただ、その沈黙は先ほどまでとは違う。重いだけのものではなく、思考が巡っていることがはっきりと感じ取れる。そんな沈黙だった。

 彼女は何も言わない。視線を落とし、じっと考え込んでいる。その横顔には困惑よりも整理しようとする意思が強く現れていた。

 金髪の少年はその様子を見ながらゆっくりと息を吐く。


「(……終わった)」


 言うべきことはすべて言った。ここから先は彼女の判断に委ねるしかない。

 しかし思っていたよりも少女はずっと静かだった。

 もっと強く否定されると思っていた。荒唐無稽だと笑われるか、あるいは本気で疑われるか。そうなる可能性の方が高いとすら思っていた。

 それなのに目の前の少女はただ黙って聞いていた。

 最後まで。

 そのことにふと疑問が浮かぶ。


「……驚かないのもそうだが」


 思わず声が漏れる。


「てっきり信じてくれないと思ったんだけど」


 それは率直な感想だった。

 オルタディナはゆっくりと顔を上げる。

 その視線はいつも通りまっすぐで、だがどこか深く考えた後の静けさを帯びていた。


「……まあ、驚いてはいるわよ」


 素直に返すその声音に動揺はない。


「でもあんたがここで嘘をつくようには見えないし」


 わずかに肩をすくめる。


「それこそ、シエラが死んでしまった今だからこそ信じられる瞬間だったのかもね」


 その言葉は軽くはなかった。

 現実を踏まえた上での判断。

 フリントはそれを聞いて小さく息を吐く。

 完全に納得したわけではない。それでも否定されなかったことが思っていた以上に大きく、沈黙が少しだけ和らぐ。だが問題は何も解決していない。

 むしろここからが本題だった。

 彼はわずかに身体を起こす。


「……で、どうすればいいと思う?」


 率直に問いかける。

 自分一人ではもう限界だった。何度も繰り返し、そのたびに違う選択を試してきた。それでも答えは出なかった。だからこそ今は彼女の知恵が必要だった。

 赤短髪の少女はその問いにすぐには答えない。少しだけ視線を逸らし、思考を巡らせ、指先で膝を軽く叩きながらゆっくりと整理していく。

 やがて、小さく息を吐いた。


「……まだ考えがまとまってないけど」


 前置きを置く。

 その上で視線を戻す。


「つまり、これからやり直すのが確定してるってことよね?」


 確認するように。

 それにフリントはわずかに頷く。


「あ、ああ……多分な」


 確証はない。だがこれまでの流れからすればそのはずだった。

 オルタディナはその返答を聞いて小さく思案する。


「……そう。だったら先に結論を言うわ」


 短く呟き、少しだけ表情を引き締めた後に彼女は静かに言い切るように答えた。


「今回はこのやり直しの話をするのは大丈夫だと思うわ。けど——」


 わずかに言葉を区切り、視線が少しだけ鋭くなる。


「やり直し後に無闇に話すのはあまり良くないかもしれない」


 その一言にははっきりとした警戒が滲んでいた。

 フリントは眉をひそめる。


「……どういうことだ?」


 問い返す。

 するとオルタディナはゆっくりと息を吐く。

 理由を語り始める彼女の力強い眼がここから反撃の狼煙を確信していた。

 赤短髪の少女はフリントの問いを受けてすぐに言葉を続けた。


「まずはあんたが行動を大きく変える行為。それが何を指すのかを考えた時、私は“最初のやり直しが始まる前の世界”が本当の軸なんじゃないかと思うの」


 指先で地面を軽くなぞるようにしながら思考を整理するように語る。


「そこから外れるほど、歪みが大きくなる。だから本来あり得ないあんたの行動は周りの動きを大きく変えてしまう」


 静かながらも確信のある口調だった。

 少年はその言葉を受けてゆっくりと繋げる。


「つまり……最初から俺がお前やシエラに“やり直し”の話をするのは——」

「良くない方向に転がる可能性が高いわね」


 オルタディナは間を置かずに即答だった。

 そのまま視線をわずかに細める。


「これに関しては世界そのものがあんたを失敗させようとする可能性がある。シエラクロスの死を確定させて、“無かったこと”に戻すために」


 その言葉にはこれまでの話を前提にした推測以上の重みがあった。


「もしくは単純に信じてもらえずに結局未来を変えられないか」


 淡々とした補足。

 フリントはわずかに苦い表情を浮かべた。

 後者は理解できる。むしろ、それが普通だ。

 だが——前者も否定しきれず、もし推測通りに歪んでいくならゾッとする話だ。

 これまでの周回を思い返す。確かに予期せぬ方向へと流れやすかった。意図していない出来事が重なり、最終的にはより悪い形へと収束する。

 そして何より——。


「(……死ぬタイミングがズレてる)」


 最初は選抜戦の翌日だった。それが関わり方を変えるごとに早まっていた。

 場所は様々だったが、選抜戦が始まるより前に自殺した時や今回。


「(……明らかに、変わってる)」


 もしそれが、“本来の解決から外れた結果”だとしたら。やり方が間違っていたことになる。

 少年はゆっくりと息を吐いた。


「……だったら何が正解なんだ?」


 低く漏らすようなその問いに対してオルタディナはわずかに視線を上げた。

 答えに迷いはなかった。


「最初の、何も知らないあんた。そこが目指していた先が答えよ」


 静かに言い切る。

 その言葉はあまりにも単純で——だからこそ重かった。

 彼は一瞬だけ考え込み、そして言葉にする。


「……つまり、シエラクロスに勝つことか?」

「ええ」


 即答。一切の躊躇もない。

 その断言にフリントは思わず眉を寄せる。


「いや、ちょっと待てよ。理屈は分かる。けどなそれはもう何回か試してる」


 わずかに自嘲気味に笑う。


「勝つのが難しかったから、やり方を変えたんだぜ?」


 その言葉に対して、オルタディナは静かに首を振った。


「そこが一番の問題ね」

「……どういう意味だ?」


 少年の表情がわずかに険しくなる。

 問い返す声は低い。だがオルタディナは揺るがない。


「あなたとシエラクロスの間には表面上では見えない何かがある」


 ゆっくりと、言葉を選びながら。


「因果……いえ、因縁に近いものかもしれない」

「因縁?」


 あまり多用しないその言葉に実感はない。ただ完全に否定もできなかった。

 彼女はそのまま続ける。


「そもそもやり直しが発生する理由が“シエラクロスが死ぬから”だって本当に断定できるの?」


 その問いは予想外の着眼点であり、フリントの思考が一瞬止まる。


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出る彼へ赤短髪の少女は構わず言葉を重ねる。


「逆に考えれば、あんたがシエラに負ける未来そのものが原因の可能性だってある」


 その一言が、空気を変える。

 少年はすぐに反論する。


「待て待て。模擬戦から選抜戦までの時間を全力で対策して、鍛えた。けど——」


 言葉に力が入る。


「それ以上に、あいつは強くなってるんだよ」


 実感として。確信として。


「言ってることは分かる。けどな、それを逆に言えば——シエラが死ぬ未来の中に、“俺が絶対に勝てないように”設定されてる可能性だってあるだろ?」


 その言葉はこれまでの積み重ねから出た結論だった。

 オルタディナはフリントの言葉を受けてわずかに首を横に振った。


「それはあんたのこれまでを聞いた上での結論になるけど……可能性は低いわ」


 迷いはなかった。ただ否定するのではなく、整理した上で切り捨てている響きがある。

 彼は短く問う。すると彼女はすぐに言葉を続けた。


「単純よ。あんたが負けた場合、もしくは選抜戦そのものを避けた場合——シエラクロスが死に向かっているからよ」


 その一言は静かに、しかし確実に核心へ触れていた。

 フリントの思考が一瞬だけ止まる。そしてこれまでの光景が脳裏に蘇る。

 選抜戦から逃げて何もしなかった時。もう群青の少女の死を観測しないように考えた今回の展開。関わらないことで回避しようとした結果、より早く訪れた“死”。

 確実に——彼女は死んだ。シエラクロスに勝てずとも負けない為に動いても関係ないと証明されていた。

 少年はゆっくりと息を吐く。


「……なら」


 言葉を繋げる。


「俺が負けるか、逃げるかした時点で……その時点でもう失敗ってことか」

「ええ。そう考えた方が今までの流れに筋が通る」


 その答えはあまりにも明確だった。

 彼の中でばらばらだったものが繋がり始める。


「そうか……っ!」


 思わず声が強くなる。


「やり直しの条件って……シエラが死んでからじゃないのか。俺が失敗した時点でもう“次に進む準備”が始まってる……!」


 呼吸が少しだけ荒くなる。


「だったら……どんなやり方でシエラの死を回避しようとしてもそもそも前提が崩れてるってことか」


 オルタディナはその言葉に対して静かに肯定を重ねる。


「ええ。だってこのやり直しの流れ——どう見ても、“あんたがシエラに負ける”ことを起点にしてるようにしか見えないもの」


 淡々とした言い方だったがその内容は重かった。

 フリントは黙り込む。

 視線を落とし、思考を巡らせる。

 これまで何度も試してきた。

 回避。調査。先回り。干渉。逃避。だがすべてが後手だった。

 なぜなら——。


「(……正規の未来に進まない時点でもう終わってるからか)」


 その結論が胸の奥に沈む。

 ただそこでひとつの違和感が浮かび上がる。


「……いや、待て」


 ゆっくりと顔を上げ、まだ引っ掛かりが残る違和感について言及をする。

 否、再開する。


「掘り返すようで悪いが、やはりひとつおかしい。どうしても分からないんだ」


 視線が鋭くなる。

 オルタディナもその変化に気付き、静かに視線を向けた。


「何?」


 短く促す彼女に少年はわずかに息を整えてから口を開く。


「因果、因縁があるとしたらどうすればシエラクロスに勝てるんだ?」


 その言葉にわずかな重みが乗る。


「何が理由であいつは強くなってしまうんだ? まるで、“俺が勝てない状態”を作られてるみたいなんだよ」


 静かに吐き出される言葉。

 それはただの不満ではない。観測した結果から導いたひとつの仮説だった。


「……どう考えても、あれは普通じゃねえ」


 フリントはゆっくりと視線を上げる。

 その声は、低く、重く。


「何でだ? まるで俺が勝つのを阻止するかのような比例してしまう彼女の強さ。その原動力とは何なんだ?」


 空気がわずかに張り詰める。

 赤短髪の少女は即答しなかった。ただ、 静かに思考を巡らせている。

 彼の伝えたいもの、知りたいものは分かる。ならばそこから導かれる結論はひとつだった。


 ——シエラクロスそのものに何かがある。或いは強くなる目的、理由、彼等が知らない事情がある。


 だがそれが何なのかはまだ分からない。分からないまま二人の思考だけがさらに深く沈んでいった。

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