056 極限環境スライム
「というか、この結晶体を生み出したその透明なスライムはなんなんですか」
イッシキさんの言う通り、この塊がそんなとんでもない代物だとしたら、それを生み出したガラスラくんはなんなの!?
ただ透明でキレイなスライムじゃないことは確かだけど……。
「ほんまな、一体このスライムはなんなんや、サキはん」
「ホントですよ! 一体何なんですか! このスライムは! ね、アルテミス!」
「え……私ですか、マスター……?」
困惑するアルテミスを見れて、私は満足です。
……いやごめんね、召喚した私もこの子が何なのかよく分からないの。
私の召喚って、ノヨカさんにもらった力と【運】任せだし……。
「どうして誰も分からないんですか」
あの無表情なイッシキさんが、ほんのわずかに呆れたような声を出した。
はい、その反応はごもっともです……。
「いやな? 実は色々事情があってやな……」
そう前置きしてから、パンさんがかくかくしかじかと、これまでの経緯を説明してくれた。
「……異常個体ばかり召喚する召喚士。その上、当の本人にも何が出てくるかわからない──と。……もしかして、あなたがサキさんですか?」
「えっ? はい、そうですけど……」
「あ、そういえばこっちの紹介がまだやったな。ウチらはグランベルジュっちゅう冒険者ギルドや。ウチがギルドマスターのパン。で、こっちが件のサキはんと、その召喚獣のアルテミスはん。ほんで、錬金術師のリンドールはんや」
「……なるほど。あなたたちが……」
イッシキさんのこの反応……私たちのこと知ってたのかな?
そう感じたのは私だけじゃなかったらしく、パンさんがそのまま問いを重ねた。
「なんや、ウチらのこと知っとったんか?」
「耳に入ってきています。剛体種ゴブリンの軍団を従えてギルドバトルを蹂躙した、新興の野良ギルド──グランベルジュ」
「……まあ合っとるけど、改めて他人の口から言われると意味わからんな」
「…………」
イッシキさんは突然、何かを考え込むように黙り込む。
「どうしたんや?」
「──いえ。それよりも、この透明なスライムの話に戻りましょう。少しお待ちください」
そう言うと、イッシキさんは静かに立ち上がって本棚の方へ歩いていった。
迷いなく背表紙を目で追い、やがて目的の一冊を見つけると、ずしりと分厚い本を棚から引き抜いた。
「その本は……」
「魔物図鑑です。ただし、一般に出回っているものではありません。黒塔──ひいては黒ギルドの情報網を用いて編纂した、内部向けの資料です」
「ほー、普通の図鑑とはどう違うんや?」
「一般向けの図鑑は、あくまで広く確認されている標準的な魔物だけを扱います。目撃例の少ない魔物や、詳細が判明していない個体──たとえば、剛体種ゴブリンのような稀少種や、異常個体は載りません。絶滅したとされる魔物や、噂や断片的な目撃情報しか残っていない魔物も同様です」
……まあ、それはそうだよね。
昆虫図鑑を買って、中に「詳細不明だけど、たぶんこんな虫がいたらしいです!」みたいなのが載ってても困るし。
図鑑って、ちゃんと分類されていて、存在が確認されていて、ある程度まとまった情報が載っているからこそ意味があるわけで。
「通常はそれで十分なのですが、今回のように異常個体を調べるとなると話は別です。この図鑑には、そういった例外的な個体についても、確認されている限り記録が載っています。もっとも──」
イッシキさんはそう言いながら、本を手早くめくっていく。
「……やはり、該当する記載はありませんね。そのような透明なスライムについては載っていません。つまり、そのスライムは黒塔の情報網でもまだ把握できていない異常個体──新種である可能性が高い、ということです」
「新種とはまた、凄い発見やなぁ。……発見って言ってええんか分からんけど」
「興味深いですわよね。極端な温度変化を起こすスライムだなんて……」
「……ちょっと待ってください。極端な温度変化とは?」
リンドールさんの一言に、イッシキさんは図鑑をめくる手をぴたりと止めた。
そのままゆっくりと視線を上げ、今度は私たちの方をまっすぐ見る。
「ああ、イッシキはんにはそこまで話しとらんかったな。このスライムやけど、リンドールはんの錬金失敗作で超高温になってな、今度は水を与えたら逆に超低温になるんや」
「まさか……まさかなのですが、まさかかもしれません」
「いや、全然伝わらんで?」
珍しく動揺しているイッシキさんの話を、私なりに整理すると──
はるか昔、神話に謳われるような時代。
魔力の乱れによって世界の環境が大きく変動した時代があったらしい。
超高温と超低温が短い周期で入れ替わり、吹雪の直後に溶岩嵐が起こるような、生命にとっては地獄みたいな時代だったんだとか。
そんなとんでもない環境に適応していた魔物の系譜が、今も現存していることは分かっている。
一方で、スライムは生態系の基盤みたいな存在だから、どの時代にもいたはずだと考えられているのに、肝心の情報がほとんど残っていないらしい。
つまり、そうした極限環境に適応したスライムがいた可能性も十二分あるわけだ。
もっとも、それは実在が確認された魔物ではない。
あくまで神話や生態系から逆算された、仮説上の存在。
ただ、自身の身体を高温にも低温にも変化させることで、苛烈な環境をやり過ごしていたと考えられるそのスライムを、研究者の間では便宜上”極限環境スライム”と呼ぶことがあるらしい。
ガラスラくんのあの性質は、遥か昔の極限環境を生き延びるために獲得したもの……なのかもしれないね。
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