9 初クエスト!
ギルドには日々、新たな依頼が入ってくるから、重要なもの以外は古いクエストからどんどん流れて消えていく。これは、消えるギリギリの依頼だ。
ランクE。獲得予測経験値、ゼロ。報酬、銀貨一枚。依頼者、サクタ・オトノミヤ。
「なんか、君がアースシアでやってた都市伝説明かしっぽいやつだよ」
「都市伝説?」
ユジュンが反応して、僕の顔に顔をくっつけるようにして、シートを眺め始めた。
「『白い壁から白い人が出てきます。白い人にお願いすると、なんでも願いを叶えてくれます。お姉ちゃんの病気を治して欲しいから、一緒にお願いして欲しいです』……? 霊かなんかかな。テンちゃんがいれば、すぐ分かったのになぁ」
ユジュンがちょっと寂しそうな顔をした。
「請け負ってみる?」
「うん」
ユジュンがバーコードを指輪に読み取らせた。
続いて、僕も指輪をバーコードにかざした。
「『オーダー』」
すると、今まであったシートが、ボードから消え去った。
「これで受領完了。詳しい話を聞きに行こうか。サクタくんのところへ」
僕たちは、依頼人が指定した待ち合わせ場所へと移動した。
サクタは桜の木の下に、体育座りをして、まんじりとも動かずに地面のアリの行列を見つめていた。
「君が、ギルドに依頼を出した、サクタ・オトノミヤくん?」
僕が努めて優しく声を掛けると、サクタは顔を上げて、しばし放心状態になった。
「ぼくの依頼を受けてくれた冒険者? 来てくれたんだ! でも、コドモかぁ」
喜んだり、がっかりしたり、サクタは忙しい。
サクタは亜麻色の髪の、僕たちより年下で、おそらく七歳くらいの幼児だった。
「少なくとも、君よりはお兄さんだよ」
「白い人って、この辺りで有名な都市伝説なの?」
僕を見た後で、ユジュンを目にしたサクタは、ぎょっとなっていた。
「うっわ、同じ顔だ。ふ、双子?」
両手で幻でも散らすように目を擦る。
ま、そこに一般人はまず、反応するよね。
「僕はナユタ。こっちは弟のユジュン」
僕はそう名乗った。
途端に、
「ちょっと待ってよ、なんでおれが弟なんだよ! どう考えてもおれのがお兄さんだろ?」
ユジュンが小声で抗議してきたけど、それを無視して、僕は話を進めた。
セラフィータは僕の左肩で大人しくしている。人間を危険視しているセラフィータは臆病で人見知りだ。第三者には特にその傾向が強い。口出しはしてこないだろう。
「白い人が出て来る、白い壁ってどこかな?」
「こ、こっち……」
サクタは立ち上がると、歩き出した。
その後をユジュンと一緒について行く。
「ギルドへの依頼は君が出したの?」
「んーん。難しいことは分かんないから、メーギはぼくにしてもらって、細かいことはお父さんにやってもらった」
「白い人って、どんなときに現れるの?」
ユジュンが訊いた。
「いつでも。気付いたら、ぼくの視界の端っこにいる。でも、話しかけようとすると、消えちゃうんだ」
程なくして、サクタに案内されたのは、雑草の生えた空き地だった。
隣の建物の壁が、白い。
真っ白すぎるくらいに、不自然に白い。
「あの壁がそうなの?」
「うん」
空き地の入り口にある生け垣の茂みに身を潜めて、白い壁を伺った。
「あれって、落書きされた上から白いペンキを塗って、なかったことにした結果じゃないの?」
僕は真実を口にした。
「そんなのどうだっていいんだ。確かに、白い人はあの壁から出て来るんだもん。お姉ちゃんが言ってた。あの壁から白い人は出てきて、サクタを見守ってくれるんだよって」
サクタがムキになった。
「まぁ、ひとまず、『ひとひらの言の葉を』」
僕は両手を合わせて、心の目を開いた。
同じく、ユジュンもいっとき遅れて、同じようにしていた。
すると、しばらくして、白い壁から、にょきっと頭が生えてきて、ゆっくりと這いだしてきた。確かに人の形ではあるけれど、単に頭と両腕と胴、両足が分かれている、という程度で、呪術で使う人型の依り代によく似ていた。
その白い人は、しばらく観察していると、空き地内をうろうろしていた。
埒があかないので、僕は茂みを出て、白い人の前まで行った。
「あなたは誰ですか? どうしてサクタの周りに現れるんですか? 本当にお願い事を叶えてくれるんですか?」
白い人はじっとしたままだ。
背後に、ユジュンとサクタが追いついてきたのを気配で感じた。
「すごい……話しかけても、消えないや」
サクタが感嘆の声を上げた。
「どうすんの? ナユタ」
ノープランだったんだろう、ユジュンが困惑の面持ちでいる。
「とりあえず、悪いものではないみたいだ」
白い人が動き出した。
僕は目でその動きを追った。だけど、白い人は空き地の四角をなぞるように三周したあと、道路へと出て行った。
「追おう」
僕たち三人は目を合わせると、頷きもって、白い人の後ろを追った。
白い人は大人の歩くスピードくらいで、すーっと音もなく移動する。僕たち子供は早足で離されないよう歩いた。
「あ、あれ? この道って……」
サクタが辺りを見回した。
「知ってる道なの?」
僕はサクタを振り返った。
「お姉ちゃんが入院してる、病院に行くときに通る道……」
サクタは不信感を募らせている。
「もしかしたら……」
僕はとある仮説を立てたけど、口にはしなかった。
サクタの予感が当たり、白い人は病院に入っていった。
僕たちも後を追って病院に入った。
白い廊下を、白い人は真っ直ぐ進み、階段を上ってとある病室の前で止まっていた。
まるで僕たちが追いつくのを待っているかのように。
「ここ、お姉ちゃんの病室だよ……!」
サクタとユジュンは息を切らせている。サクタはともかく、ユジュンはちょっと頂けない。全く、これしきのことで息が上がるとは。
僕はと言えば、至って通常運転だ。
「ん?」
僕はドア越しに歌声が聞こえてくるのに気が付いた。
「歌が聞こえる」
「きっと、お姉ちゃんだよ。歌が好きだから」
「うん、なるほど」
僕は頷いたけど、
「なにが?」
ユジュンは事情が飲み込めていない。
白い人が、ドアをすり抜けて、病室の中へと消えていった。
スライドドアを開けて、僕たちも中へ入った。
「あら。サクタ。……と、新しいお友達?」
お姉さんが僕らに気が付いて、歌うのを止めた。と、同時に白い人が消えた。やっぱりね。
お姉さんは齢十四歳くらいの痩せ型。病院服を着用して、ベッドから半身を起こし、開け放った窓に向かって歌っていたらしかった。
「白い人は、お姉さんが歌うと現れるんですね」
僕はストレートに本題に入った。
「そうなの? マリエお姉ちゃん」
不安なのか、サクタはユジュンの身体にしがみついている。
「あら、バレちゃった?」
マリエは舌を出して、肩をすくめた。
どうやら僕の立てた仮説は正しかったみたいだ。
「もう、わたし、長くないの。余命三ヶ月から半年って宣告されてて。サクタが寂しくないように、あの白い壁におまじないをかけたの」
「それで、サクタにお願い事が叶うとか、吹き込んだんですか?」
「あれはウソだったの?」
「うん、ごめんね、サクタ。ただ、あなたをずっと見守ってるわって言いたかったの」
要するに、サクタに白い人を認知させるための、でっち上げだったってことか。
「お姉ちゃんの嘘つき! ぼくは、白い人にお姉ちゃんの病気が治りますようにってお願いしようと思ってたのに!」
サクタは泣き出した。その頭を、ユジュンが無言で撫でている。
「マリエさんが歌わなくなったら、つまり、死んでしまったら、白い人は二度と現れないんじゃないですか?」
「いいえ。わたしは死んだあとも、ずっと、歌い続けるわ。サクタのことをどこからでも見守っているから」
マリエがあの壁にかけたおまじないとは、おそらく言の葉だろう。言の葉の種類にもいろいろある。術者がこの世を去っても、効果が未来永劫続くもの。そんな類いもあるのだろう。
病人に無理をさせてはいけない。僕たちは早々に切り上げて、病室を出た。
サクタがもといた桜の木の下まで戻る。
道中、サクタはユジュンに手を引かれながら、ずっと俯いていたけど。
「あの白い人は、マリエさんの強い思念なんだよ。これからもずっと、サクタの側にいて、見守ってくれるよ」
僕はなるたけ噛み砕いた説明をサクタにした。
「………」
「サクタ、平気?」
ユジュンがサクタをおもんぱかるように尋ねた。
「うん! 白い人はお姉ちゃんだったんだ! 確かめてくれてありがと。ナユタ、ユジュン!」
サクタは涙を堪えて、目いっぱいの笑顔を僕たちに向けた。いじらしいとこもあるじゃない。
「これにて、依頼完了で、オッケー?」
ユジュンが右手を向けると、
「おっけー!」
サクタがその手にハイタッチした。
サクタとはそこで別れた。
「あ、この依頼のタイトル、『白い人へのお願い』だって」
ユジュンが早速指輪から投影された情報に見入っている。
「タイトルが明滅してるでしょ?」
「うん、してる」
「それがクエストを成就したあかしだよ」
あとはギルドに戻って事後処理をするだけ。
受付には、さっきとは別のお姉さんがいた。シフトが入れ替わったんだろう。
「クエスト、終わらせてきました」
「はーい! じゃ、こちらに指輪を読み取らせてね」
ゆっさゆっさと牛みたいな爆乳を揺らして、お姉さんが小型のスクリーンをこちら側に向けた。僕は示された場所に指輪をかざした。順番に、ユジュンも同じように。
スクリーンを少々操作したお姉さんが、
「コングラチュレーション! クエスト達成おめでとうございまぁす」
クラッカーでも鳴らしそうな勢いで祝ってくれた。
「こちらが報酬の銀貨一枚になります」
すっと、お姉さんが銀貨一枚を乗せたトレイを差し出した。
僕がユジュンを見ると同時に、向こうも僕を見た。
「これは、ユジュンがもらっときなよ」
「でも、おれ、なんもしてない」
「サクタの面倒、ずっと見てたじゃない。初仕事だし、お金はあっても困らないでしょう」
「う、うん……じゃあ」
ユジュンはこそこそと銀貨を手に取って仕舞った。
「手続きはこれで終わったから、また、画面が変化してるはずだよ」
僕がそう言うと、ユジュンは指輪からクエストスクリーンを呼び出して、確かめていた。
「あ。文字がさっきより暗くなってる。それに、頭にメダルが付いてる!」
「コンプリートしましたってこと」
「へぇーすごいなぁ、ギルドって!」
「良かったわねぇ、ユジュン。ナユタについてっただけで、クエストが片付いて、おまけに銀貨一枚までもらえて」
セラフィータは嫌味たらたらだ。
「うるっさいなぁ」
二人は犬猿の仲。どこまで行っても平行線だ。交わることがない。
その後、ギルドを通じての経過報告によれば、マリエがこの世を去ったあとも、サクタの視界の隅に白い人は映り込んでいるらしい。そして、人生の節目には必ず姿を現して、見守っているそうだ。
トルキア・コソコソ話。
「白い人」の元ネタが某アニメであることは明白だね。でも、サクタとマリエは筆者の親戚の親子の名前だよ。