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ブラックサファイア  作者: 早紀
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16 嵐の前の静けさ


「おい」


 スースー。




「おい」


 スースー。




「おい!」


 ビクッ!!


 サファイアは、飛び起きた。




 眼の前のふかふかな毛布の上に重みのある物体が乗っている。


 よく見れば、それは彼女の師匠だった。


「タ、タッキー……」


「いつまで寝てるんだ?よくもまぁ、他人の家でそこまで熟睡できるもんだな」


 タッキーの呆れ声にサファイアは、時間を確認する。




 日の出は大分前に終了していた。


 日が遙か高く上空に見える。




「嘘!ごめんなさい」


 サファイアは、慌てて寝台(ベッド)から降りた。


 昨夜、どうしてもクルスの話の続きが気になってしまい、なかなか寝付けなかった反動が来たようだ。


 でも、申し訳ない。


 クルスには、長椅子(ソファ)で寝てもらい、結局、フランソワーズに至っても然り。




「私、元々人間ではありません。寝床は狭いところが良いのです」


 と、笑顔で拒否されてしまい、あの広々とした寝室を独り占めしてしまっていた。




 そこで、気づく。


「タッキーはどこで寝てたの?」


 サファイアの疑問に、タッキーは普通に告げる。


「俺は、調べ物があったから夜遅くまで寝なかったんだ。それが終了してからは、お前の隣の寝台(ベッド)で寝てたがな」


 ヴィレが聴いたら、痛恨の一発になりそうな衝撃告白をあっさりしていた。


 しかも、恐ろしいのは――。




「あっ、そうなんだ。良かった。私だけで、この部屋使っちゃったのかと思った」




 それを、喜ぶ年頃の女性の存在だろう。


 いや、確かに今、タッキーは彼女の愛玩動物(ペット)


 そうでなくとも、人間ではないのだから。


 一見、サファイアの意見の方が正しいはずなのだが。


 恋敵に設定している相手とあっては、心穏やかにはいられないだろう。


 それを知らぬサファイアは、しっかりと覚醒し、行動を開始する。


 フランソワーズが、それを見計らったかのように入室してくる。




「お嬢様。おはようございます」


 そのまま、サファイアの起床の準備を始める彼女と入れ替わりにタッキーは、部屋を出ていく。


 そこで、真意に気付く。


「……もしかして、私起こし難かった?」


 その問いに関して、彼女の侍女は苦笑のみを漏らした。




 たとえ人間でなくとも、今はサファイアの侍女である。


 主人を自分の勝手で起こせるわけもなく。


 クルスに至っては、入室することだって叶わない。




(タッキー。厭な役回りを引き受けてくれたんだ)


 不器用な師匠の他者への優しさに頬が緩む。


 それを、またフランソワーズに不思議がられたが。


 人間はやはり理解できない生き物だとでも、思われているのかもしれない。




「あっ、そうです。お嬢様。実は……」


「えっ、なに?」


 だから、その疑問についてなにか訊ねられると思っていたのに――。






 身支度を整えて客室へ行くと、クルスが手を振る。


「良かった。今、侍女(メイド)に朝食を持ってきてもらうよう頼んでしまったから」

 ――丁度良かった、と彼は気を使って言ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 サファイアは恥ずかしくて、ただお礼を述べることしかできなかった。




 すぐに運ばれた朝食を食べ進めながら、各々が本日の予定という名の作戦会議を話し合う。




「とりあえず、宝石も判断できた。後は、何事も事件が起こらず、競売(オークション)を迎えられればいい」


 タッキーの詞に皆無言で頷く。




 〝ムーンストーン〟




(あの宝石は、確かクヴェレ公爵が、他国に寄贈された品をまた買い取ったって噂で聞いたけど……)


 昨夜のクルスの話と統合すれば、ゼーレという男の子の瞳に似ていると告げたかの宝石と同一の品。


 そう、推測が立つ。




 大事な家族の瞳に模した宝石。


 だから、欲しいのだろうか。


 また、彼を己の所有物にするために。




 でも、それでは――。


 なにも変わらないのだろうか。


 無理矢理、なんでも己のモノにすれば、それは一生その者の手に収まり続けるわけではない。


 かの宝石も、結局は他国まで去ったのにまた本国へ舞い戻ってきた。


 価値あるものほど、移ろい()く時の狭間で、巡り巡り、その身を移動させていくものではないだろうか。


 そんな気がしてならないのに。


 クルスの気持ちがまだ、サファイアにはわからなかった。




「じゃあ、こっちから意気込んでも仕方ないね。今夜の舞踏会まで、自由行動にしようか」


 クルスが、笑顔で提案する。


 サファイアは、一瞬面食らったが、確かに今すべきことは相手の出方を待つことのみ。


 なにも仕出かしてない犯人を特定するのは至難の業である。


 容疑者をこの館に集う総ての人間だとするならば、それは更に難易度を増す。




 前に出ることだけが策ではない。


 後方で、茂みに隠れて獲物が来るのをひたすら待つことも、狩りの上級者の技術(テクニック)である。




「そうですね」


「俺もそれで構わない」


 話がまとまったところで、クルスが席を立つ。




「よかった。実は、個人的にシリンフォード侯爵に用があったんだ。自由行動が赦されるなら、今行ってくるよ」


 クルスは、そう告げてさっさと部屋を出て行った。


 サファイアはそれを見送りながら、頭では別のことを思い巡らしていた。


「……舞踏会まで。舞踏会かぁ」


 サファイアは、なぜかにこやかだった。


 心の中の声が、漏れ聞こえてしまうほどに。


「舞踏会がどうしたんだ?」


 タッキーが、珍しく華やかな世界に乗り気な弟子を不思議がった。


 それに対し、サファイアは少し頬を染めて訊ねる。




「えっ!そ、そうかな……。ねぇ、タッキー。二夜続けての舞踏会でも、初日に踊った人とまた踊っちゃいけないなんて規則ないわよね?」

 ――礼儀(マナー)に違反したりしてないよね、とサファイアは不安げに告げる。

 

「お嬢様。どなたか、もう一度一緒に舞踏(ダンス)をしたいお相手がいるんですか?」


 フランソワーズが遠慮なしに訊ねてくる。


 サファイアは、それに視線を彷徨わせる。




「……シュタオエン侯爵か?」


 タッキーは、溜息を吐きながらその名を正確に告げた。


「!ど、どうしてわかったの?」


(というより、どこから見てたの?)


 サファイアは、思考を読まれたことより、呪師(ツァオベラー)のその能力に畏怖した。


 しかし、タッキーの呆れた表情を見て、その詞を押し込めた。




(私はただ……昨夜と違って、今日は笑顔で踊ってくれるんじゃないかって思っただけで……)


 いや、笑顔は贅沢すぎるかもしれない。


 ただ、自分に無表情以外のなんらかの感情が動けば。


 それだけで、満足である。


 サファイアは、必死に自分に言い訳をしていた。




「――惚れたか?」




 タッキーのその低い声で問い掛けられた詞が、自分に向けられていると、一瞬理解できなかった。




「……えっ?」


 それは、ただ純粋な疑問を示していた。


 それは、タッキーにとって意外ではなかった。




 異性への好意なんて、本人は無意識の段階から、他者に見抜かれる。


 それで、初めて自覚し、『恋』になる。




「私が、シュタオエン侯爵を……?」


「違うのか?」


 タッキーは、まるで父親のように気難しそうに腕組みをしながら、追求してきた。




(私が、シュタオエン侯爵様をお慕いしている?)




 詞に描き出しても、意外過ぎてピンとこない。


 でも、不自然な響きにも聞こえない。


 それが意味することは――。




「……そうなのかもしれない」


 ただ、そう認めていた。


 フランソワーズが興奮した様子で、人間の恋についての情報を得ようとサファイアへ語りかける姿を余所に、タッキーは渋い顔をする。


「……お前なら、あのへんてこなクヴェレ公爵夫妻とも上手くやれるんじゃないのか?」


 投げやりに言われた詞に首を傾げる。


「それはないわ」


 サファイアは、きっぱりと否定した。


 これは、タッキーにとって意外だった。


「なんでだ?」




「だって、私初恋と同時に失恋したみたいだから」

 ――侯爵様は、私を選ばないわ。


 サファイアは、僻みもなくそう告げた。


 それに、タッキーは目を見開く。




 確かに、他の男性とは違う対応を取られた。


 その強烈な第一印象は、サファイアの心に深く突き刺さった。


 恋の芽は出ていたのかもしれない。


 でも、それに蔓が伸びたきっかけは。




 大事な女性を守るために、なにも厭わず真っ直ぐ自分の元へ走ってこれる。

 

 そして、自分の間違いを誠心誠意罰せられる。




 その潔さに、恋をした。




 きっと、自分はあの美しい青の瞳を持った女性を慈しむ彼を、愛したのだ。




 だから、もし彼女以外を。


 そう、たとえば、彼女から自分へ、その愛情を移ろわせたとしたら、それはもはや、自分が好きになった彼ではないから。




「私、絶対結ばれない人を好きになったみたい」


 サファイアは、そう言いながら微笑む。


 失恋したという割に、全く悲しんでいない。




 普通、この詞は悲観的に使われることが多い。


 でも、もしかしたら。


 それは、とても未来を明るくする詞かもしれない。




 『初恋は実らない』




 だって、今回学習したから。


 次、好きになる人は、誰かを好きな誰かではなく。




 自分と愛し合える人を好きになろうと想えるから――。


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