16-2
タッキーも、一通り会話が終了すると、するっと窓から出て行ってしまった。
確かに、普通に扉を出て廊下を歩き回ったら、悲鳴の嵐だろうが、こういうところは、本当に弁えている。
見習わなければならない。
サファイアは、すぐに予定を決めて行動し始めた男たちと違って、なんの指示もなければ、勝手に行動していいのかもわからない。
ここでは、己が宝石眼であることを隠してはいない。
無闇に犯人の手掛かりを捜索しようとして逆に迷惑を掛ける恐れもある。
それは、避けたい。
(でもなぁ……)
サファイアは、苦悶していた。
もし、クルスの狙う宝石を犯人も対象にしてくれれば、正直ありがたい。
絶対、奪われないから――。
でも、もし、別の宝石を狙われてしまったら。
私たちにはどうすることもできない。
ただ指を咥えてみていることしかできない。
本当に、その宝石を落札したいと望む人たちもいるはずなのに。
それが、たとえ誰に宛てた贈物でも、その想いは偽りなき本物で。
自分の私腹の肥やしにしようなどという野蛮な目的から強奪するのではない。
普段のサファイアなら速攻犯人捜しに乗り出していた。
しかし、今回はそれができない理由があった。
あれは、クルスが依頼を行って一週間後に迎えに来ると宣言して去った後すぐのことだった。
『おい、小娘』
『なに?』
『今回だけは、絶対に犯人を見つけようなどと無駄な正義感を出すな』
『――!?』
サファイアは、眼を見開いた。
そんな先手を打たれるとは思わなかったからだ。
『どうして……』
『お前は、俺に敵うと思ってるのか?』
タッキーは、少々凄みのある声を響かせ訊ねる。
『え!無理だよ……』
『――なら、止めておけ』
たったそれだけで会話は終了してしまった。
それだけで、察しが付く。
(本当に悪呪師が関わってるんだ……)
サファイアに厭な緊張感が押し寄せる。
タッキーに勝てた試などない。
いつだって、忠告され、諭されて、やっと前進できる自分がいる。
それと同等の力を持つ者。
きっと自分は、片手で捻り潰されるくらいの存在だ。
いざという時、なんの役にも立たない。
しかも、もしタッキーの身になにか危険が及んだ時。
宝石眼だからという理由で、自分だけ生かされてしまう可能性がある。
それこそ、サファイアの最も望まない結果だ。
「お嬢様、紅茶冷めました。淹れ直します」
フランソワーズが杯を持ったまま微動だにしない彼女に声を掛ける。
「あっ!……大丈夫よ、冷めててもおいしいから」
サファイアは、慌てて残りを飲み干した。
なにかきっかけが欲しかった。
どちらを選択するか、その最終決定を自分に下せるなにかを――。
フランソワーズに頼み、ここの使用人に、庭の噴水を訪れても良いのか許可をとってもらいに行ってもらった。
暫くしてして、許可を取ってもらったフランソワーズが、一人の老紳士と共にやってくる。
よく見れば、それはあのとき自分に救いの葡萄酒を授けてくれた神様だった。
「あ、あの時の!」
「お待たせしました、お嬢様。よろしければ私目が案内役を務めたいと存じます」
「えっ?そんな、ご迷惑ですから……」
「いえいえ、可憐なお嬢様の御相手をこんな爺に任せていただけるならですが」
執事が、哀愁漂う微笑を向ける。
サファイアは、自然とそれを了承していた。
「お願いします」
その詞に、執事は笑みを深くして、また深々と頭を垂れる。
噴水は、昼間であってもその優美さも神秘さも変わらない。
圧倒的な存在感だった。
「キレイ……」
本来、こんなゆったりとした時間を過ごしている場合ではないのだが、この過去の宝石眼がなにか助言をくれるのでは、と期待してきたのだ。
他力本願は良くないが、それでも、自分一人では決めきれずにいたのだ。
先輩の胸を借りたかったのだ。
やはり、そこは公爵家内でも一つの観光名所なのだろう。
噴水の周りには、多数の貴族の紳士淑女が談笑しながら集っていた。
サファイアは、女神像を見上げながら執事に訊ねる。
「この中央にいらっしゃる像は、やっぱり?」
「はい。当時のアクアマリンの宝石眼様を彫刻家が実際観察しながら彫られたそうです」
執事が説明する。
やはり、理解がある者に案内役を務めてもらうのは、ありがたい。
本当に観光で訪れているようだ。
「そうなんですね……そうだ、まだお名前を伺ってなかったですね。私は、サファイア・ローと申します。先日は貴重な葡萄酒をありがとうございました。本当に助かりました」
サファイアは心の底から感謝を述べた。
執事は、それに微笑んだ。
「いえいえ。お役にたてたなら本望です。――私の名は、グラオ・ザームと申します。以後お見知りおきを」
丁寧に自己紹介をしてくれた。
それに微笑み合った時だった。
「サファイア様!」
嬉しそうな声と共に掛けてくる女性と、その後ろからも何人か淑女が淑やかに向かってくる。
その令嬢には見覚えがあった。
初日の舞踏会で自分をただ一人、憎悪で射抜いた男爵令嬢。
「……アンネ様」
サファイアは唖然と告げた。
昨夜と打って変わった彼女の表情に。
『お前は、どうしてそんなに厄介事に巻き込まれる性質なんだ?』
以前、タッキーにそんな小言を告げられた記憶があるが。
今、それが改めて身に染みた気がした。




