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眼の前に立たれると、余計驚いた。
艶やかな金髪に豪華な礼装。
そして、それに見合った美貌。
(貴族って、なんで皆美しいのかしら?)
サファイアは、今度こそはっきりと僻んだ。
それだけ金と時間を掛けているのは頷けるが、こうも皆眩くては、自分の居場所がとても見つからない。
壁の華にだってなれそうもない。
むしろ、輝きすぎて皆同じに見えてくる。
各々、一番に目立ちたいはずなのに。
これでは、本末転倒な気さえする。
そんな、場違いな思考に囚われていたサファイアの前に令嬢は躍り出た。
たった一人きりで。
それは、本来ありえない、あってはならぬ光景。
それを理解していないのか、その令嬢は、あれだけ身に巣くっていた負の感情を一切隠して微笑み、優雅に礼をした。
「お初に御目にかかります。サファイアの宝石眼様。私は、アンネ・トート・ハッセン男爵令嬢と申します。まさか、こんなところで御噂に名高いサファイアの宝石眼様にお逢いできるなんて光栄ですわ」
とても可憐な女性だった。
だから、その詞の節々に棘を感じる言い回しがされていると勘繰るのは私の思い過ごしかもしれない。
それなら、いい――。
『こんなところで』
つまり、こんな上流階級が集う場にお前は相応しくないと言われてる気がするのは、本当に場違いな被害妄想ならそれで――。
「こちらこそ、御初に御眼に掛かります。サファイア・ローにございます。……えっと」
サファイアは、返礼しながらも内心では動揺を隠せなかった。
なぜ、こうも不作法に話しかけられたのか。
令嬢の行動は、淑女としては、御法度の行為だと言える。
まさか、自ら一人で、仲人も介さず名乗り出に来るとは。
それは、貴族たる者、犯してはいけない最低限の尊厳である。
「アンネ……」
隣から、少々乾いた声が聞こえた。
呆れたような、怒りを含んだかのようなその音に、令嬢が悲壮な顔をし、慌てて彼の元へ駆け寄った。
「ごめんなさい、ヴルム様。でも……私――」
「大丈夫。君の気持ちは理解しているよ。ただ、サファイアの宝石眼に失礼な態度だったことは詫びるんだ」
ヴルムはとても穏やかに、しかし、はっきりとなにか弁解を述べようとする彼女を諌めた。
先ほどの乾いた音色は、気のせいだったのだろうか。
サファイアにも、二人は仲睦まじく感じられた。
(恋人同士なのかしら?でも、確かプフール伯爵には特定の恋人や婚約者はいないはずだけど……)
サファイアは疑問に思いながらも、彼らの動向を窺った。
ヴルムに諭された令嬢は、唇を噛んだ。
厭なことを強制されているときの反応だ。
サファイアには、その一瞬を見逃せなかった自分に、逆に落ち込んだ。
それでも、令嬢は伯爵の指示通り、また可憐な表情でサファイアに近づいてきた。
「サファイアの宝石眼様。舞踏の最中に不躾な行いをしてしまい申し訳ありません。どうか私をお許し下さい」
令嬢は、そう言って静かに頭を下げた。
周囲に少しのざわめきが起こる。
よく見れば、令嬢は震えており、そのか細い手で涙を拭く仕草をしている。
傍から見れば、サファイアが一方的になにか男爵令嬢に謝罪を強いているように映るよう計算して。
(やられたかしら?)
サファイアは、心の中で舌打ちをしたい気分だった。
彼女の行為は、明らかに嫉妬から来るものだろうが、初の公の場では性質が悪すぎる。
何事も初めが肝心なのだから。
サファイアは、ゆっくりとした動作で令嬢へ近づきながら、脳内では素早くこの悪循環から解き放たれる道を模索した。
そして、令嬢の前へ辿り着く。
彼女は、更に怯えの演技を増幅させて他者へ見せつけた。
サファイアは、ゆっくりと令嬢の手を掴み――。
ヴルムへと導いた。
「「えっ?」」
二人が同時に疑問を呈す。
それに彼女は、愉しげに微笑む。
慈愛という名に相応しい柔らかな視線で彼らを見つめながら。
「お似合いの二人を引き離すことは、神であろうと赦されない。白魚の手を持つ人魚姫。ここは、物語の世界ではありません。堂々と、王子様と踊って。あなたには素敵な声と足がいつでもあるのだから」
――涙を流す必要はないわ、と彼女は自ら一歩下がった。
令嬢が目を見開く。
彼女にとって、確かに彼は唯一無二の王子様。
その欲望とまで呼べる〝愛〟に囚われているから。
周りは、皆恋敵と思ってきた。
だって、こんな素敵な人のためなら、たとえどんな沼にだって堕ちてみせる。
女だったら、全員が例外なくそう思うはず。
でも、これでは――。
公の場で、自ら舞踏の相手を譲る。
それは、事実上相手に降伏したことを意味する。
つまり、この瞬間、サファイアはヴルムを巡る恋の戦に参戦しない旨を宣言したことになる。
こうも、あっさりと。
(確かに、素敵な方だと思うけど、私はちょっと……ね)
もちろん、数多の女性に恋の詩を頂戴してきただろう、大人なこの伯爵に自分が選ばれる、とは微塵も期待していないが。
自分は、あんな台詞をずっと傍では聞き続けられない。
相手に対し、永久に一緒にはいられない、と思った時点で、その人に恋をしていないということだろうと、サファイアは納得していた。
それに――。
この令嬢の想いはおそらく他者を凌駕する。
彼女は、他の令嬢と違い、彼以外にも飛んでいく渡り鳥ではないようだ。
(そこまで想ってくれる相手を、伯爵だって当然憎からず想っているはずだもの)
サファイアは唖然とする二人に再度礼をし、そのまま立ち去った。
あとは、どうぞご自由に。
まるで恋の媒介者にでもなったような満足感があった。
だから、高揚した面持ちで会場を後にした。
ほんの少し、夜風に当たりたいと思ったから。
今思えば、この時後ろを振り向けば良かったのかもしれない。
そうすれば、気づいたのかもしれない。
己の行為が、ただの〝自己満足〟だったことに――。
令嬢の白魚の手が、本物の魚のように凍りついており、魚の骨のように痛々しい細さだったことに――。




