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ブラックサファイア  作者: 早紀
79/227

14-2


 淑女が噂する。


 本当に悔しい、と。


 せっかくターコイズの宝石眼(ユヴェールアオゲ)がそこにいるのに、舞踏(ダンス)に誘わせる機会(チャンス)も得られないほどのあの執着。


 いくら同じ宝石眼(ユヴェールアオゲ)といえど、口惜しいことこの上ない。


 だって、ターコイズだけではないから。


 身を焦がすような執着を受けているのは。




 サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)――。




 噂は、この舞踏会に出席が叶う上流階級(アッパークラス)の淑女には、(まこと)しやかに囁かれてきた。




 ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)が変わられた原因。


 それは、彼女にある。


 変わったのは、なにも公務に専念することだけではない。


 以前は、舞踏会に一度(ひとたび)姿を現した暁には、幾人もの女と舞踏(ダンス)を踊っていたのに。




『申し訳ない。あなたのような可憐な方と踊ってしまえば、あなたを狙う幾千もの猟人(かりゅうど)に恨まれそうです。それを撥ね退ける関係になった時には、お誘い致しますよ』




 どうして?


 口調は相手に賛辞の限りを尽くしているのに。


 そんな、逆に期待を持てない言い回し。


 いつまでも、その〝時〟は来ないのでしょう?


 それが、わからず、ずっと夢見る少女もいる。


 しかし、はっきりわかる女性もいる。


 その女性たちはお互い牽制しあってきた。


 誰が、王子を――。


 そのダイヤモンドの瞳の視界を奪ってしまったの?




 そのなかで、密やかな仮説が立っていたのが、サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)だという。


 それが、今日嘘偽りない真実だったと、わかってしまった。




『必ず私とも踊ってくれる、と確約を頂ければ』




 ナニ、ソレ?




 同じ土俵にも上がれない者を愛したというの?


 この世で、神にすら寵愛を受けているのに。


 どうして人間も独り占めするの?


 それを言の葉にすらできないなんて。


 なんて不公平なの?




 こんな不穏な感情を抱くことさえ、貴族の淑女にあってはならぬこと。


 神の天罰は、己のみならず、その家まで巻き込むと云われている。


 王子の断り文句を理解した賢明な女性ほど、それをまた想定できていた。




 だから、狡い。


 そんな国の宝を自分で持ってるくせに。


 その身は、さらに安全なところから外れないのに。


 あなたとは、恋の勝負もできやしない。




 せめて――。


 ずっと、この社交界に顔を出さなければ、その評判はガタ落ちだったのに――。




 淑女の邪な感情の意味をサファイアは知らない。


 サファイアが社交界に出席する。


 とりわけ、クヴェレ公爵家の公式(オフィシャル)の場に出現し、あまつさえ、かの公爵夫人から口づけを頂戴してしまったことの、なんと時機(タイミング)の良かったことかを。


 それを、誰かが見越してやったのなら。


 さらに、出来過ぎている。


 そんな頭脳班(プレーン)まで付いていては。


 もう、綻びが見つけられない。


 淑女(レディー)たちの持つ雅な扇子が嫌な音を立てながら握りしめられていた。


 何本も、何本も。





 舞踏(ダンス)は始まっている。


 しかし、参加者の注目の的は、二人の宝石眼(ユヴェールアオゲ)に向いてしまう。


 まるで、閃光を放ってるかのように、くるくると宝石の残像が回る。


 それが、瞳だというのだから。


 やはり、驚嘆(きょうたん)させられる。


 観ていても一向に飽きない。


 これは、一種の芸術作品なのかもしれない。


 人々が、何度観てもまた訪れる美術館に飾られる、過去の偉人が造り上げた宝と同様の価値。


 いや、それを創ったのが人間ではなく、神なのだから、さらにそれを上回る。


 


 とにかく、羨望の眼差しを一身に浴びている。


 そんな二人に近づき聞こえるその興味深い会話とは――。


 貴族たちは想像する。


 彼らの交わす、その高貴な談話を。


 それは――。




「だ、大丈夫かい、サフィー?」


「……クルス様。私、今どうなってます?」




 とても、そんな眼差しを受ける憧れの存在には思えない密談をしていた。




 サファイアは、視線が全く定まっていなかった。


 いや、姿勢は教えを忠実に守っているのだが。


 精神的に、本能が視界を見え辛くさせている。


(他の方々は、みんなサツマイモ、サツマイモ)


 あれだけ呆れていたタッキーの文句まで勝手に拝借していた。


 クルスは、知らずまた笑っていた。


 本当に、わからない。


 彼女は、確かに彼女のままなのに。


 不意をいつも突かれる。


(あの呪師(ツァオベラー)に出逢うこと。それが、サフィーを宝石眼(ユヴェールアオゲ)に目覚めさせる鍵だったのかもしれないな)


 クルスは、この場にいない者のことを思い見た。




 幼いまま、もし彼女が宝石眼(ユヴェールアオゲ)という責務を担っていたら、なにかが壊れてしまったかもしれない。


 皆、必要な鍵を携えてから、宝石眼(ユヴェールアオゲ)として目覚めるのかもしれない。


 ヴィレは、王族という鍵を。


 マハラートは、教会で神を信仰できる場所を得たという鍵を。




 そして、己は――。


 初めから、宝石眼(ユヴェールアオゲ)を一人きりで担わなくてよかったから。




 彼女が。


 〝妹〟がいたから――。




 手に力が入り、サファイアが微かに悲鳴を上げた。


 それに、ハッとした瞬間に曲が終幕した。


 二人は、唖然としながら、お互い一歩離れた。




 なにかを感じ取った。感じ取らせた。


 お互いが見つめ合う。




 それを確かめる術もないまま。


 後方から、声が掛かる。






 さぁ、ここから様々な人間と彼女は接見していくよ。


 どんな出会いとなるのか。


 はてさて、謎は解けるのか。


 やっぱり、物語には黒幕は必要不可欠ね。


 誰かが、舞台を観劇しながら呟く。



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