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淑女が噂する。
本当に悔しい、と。
せっかくターコイズの宝石眼がそこにいるのに、舞踏に誘わせる機会も得られないほどのあの執着。
いくら同じ宝石眼といえど、口惜しいことこの上ない。
だって、ターコイズだけではないから。
身を焦がすような執着を受けているのは。
サファイアの宝石眼――。
噂は、この舞踏会に出席が叶う上流階級の淑女には、実しやかに囁かれてきた。
ダイヤモンドの宝石眼が変わられた原因。
それは、彼女にある。
変わったのは、なにも公務に専念することだけではない。
以前は、舞踏会に一度姿を現した暁には、幾人もの女と舞踏を踊っていたのに。
『申し訳ない。あなたのような可憐な方と踊ってしまえば、あなたを狙う幾千もの猟人に恨まれそうです。それを撥ね退ける関係になった時には、お誘い致しますよ』
どうして?
口調は相手に賛辞の限りを尽くしているのに。
そんな、逆に期待を持てない言い回し。
いつまでも、その〝時〟は来ないのでしょう?
それが、わからず、ずっと夢見る少女もいる。
しかし、はっきりわかる女性もいる。
その女性たちはお互い牽制しあってきた。
誰が、王子を――。
そのダイヤモンドの瞳の視界を奪ってしまったの?
そのなかで、密やかな仮説が立っていたのが、サファイアの宝石眼だという。
それが、今日嘘偽りない真実だったと、わかってしまった。
『必ず私とも踊ってくれる、と確約を頂ければ』
ナニ、ソレ?
同じ土俵にも上がれない者を愛したというの?
この世で、神にすら寵愛を受けているのに。
どうして人間も独り占めするの?
それを言の葉にすらできないなんて。
なんて不公平なの?
こんな不穏な感情を抱くことさえ、貴族の淑女にあってはならぬこと。
神の天罰は、己のみならず、その家まで巻き込むと云われている。
王子の断り文句を理解した賢明な女性ほど、それをまた想定できていた。
だから、狡い。
そんな国の宝を自分で持ってるくせに。
その身は、さらに安全なところから外れないのに。
あなたとは、恋の勝負もできやしない。
せめて――。
ずっと、この社交界に顔を出さなければ、その評判はガタ落ちだったのに――。
淑女の邪な感情の意味をサファイアは知らない。
サファイアが社交界に出席する。
とりわけ、クヴェレ公爵家の公式の場に出現し、あまつさえ、かの公爵夫人から口づけを頂戴してしまったことの、なんと時機の良かったことかを。
それを、誰かが見越してやったのなら。
さらに、出来過ぎている。
そんな頭脳班まで付いていては。
もう、綻びが見つけられない。
淑女たちの持つ雅な扇子が嫌な音を立てながら握りしめられていた。
何本も、何本も。
舞踏は始まっている。
しかし、参加者の注目の的は、二人の宝石眼に向いてしまう。
まるで、閃光を放ってるかのように、くるくると宝石の残像が回る。
それが、瞳だというのだから。
やはり、驚嘆させられる。
観ていても一向に飽きない。
これは、一種の芸術作品なのかもしれない。
人々が、何度観てもまた訪れる美術館に飾られる、過去の偉人が造り上げた宝と同様の価値。
いや、それを創ったのが人間ではなく、神なのだから、さらにそれを上回る。
とにかく、羨望の眼差しを一身に浴びている。
そんな二人に近づき聞こえるその興味深い会話とは――。
貴族たちは想像する。
彼らの交わす、その高貴な談話を。
それは――。
「だ、大丈夫かい、サフィー?」
「……クルス様。私、今どうなってます?」
とても、そんな眼差しを受ける憧れの存在には思えない密談をしていた。
サファイアは、視線が全く定まっていなかった。
いや、姿勢は教えを忠実に守っているのだが。
精神的に、本能が視界を見え辛くさせている。
(他の方々は、みんなサツマイモ、サツマイモ)
あれだけ呆れていたタッキーの文句まで勝手に拝借していた。
クルスは、知らずまた笑っていた。
本当に、わからない。
彼女は、確かに彼女のままなのに。
不意をいつも突かれる。
(あの呪師に出逢うこと。それが、サフィーを宝石眼に目覚めさせる鍵だったのかもしれないな)
クルスは、この場にいない者のことを思い見た。
幼いまま、もし彼女が宝石眼という責務を担っていたら、なにかが壊れてしまったかもしれない。
皆、必要な鍵を携えてから、宝石眼として目覚めるのかもしれない。
ヴィレは、王族という鍵を。
マハラートは、教会で神を信仰できる場所を得たという鍵を。
そして、己は――。
初めから、宝石眼を一人きりで担わなくてよかったから。
彼女が。
〝妹〟がいたから――。
手に力が入り、サファイアが微かに悲鳴を上げた。
それに、ハッとした瞬間に曲が終幕した。
二人は、唖然としながら、お互い一歩離れた。
なにかを感じ取った。感じ取らせた。
お互いが見つめ合う。
それを確かめる術もないまま。
後方から、声が掛かる。
さぁ、ここから様々な人間と彼女は接見していくよ。
どんな出会いとなるのか。
はてさて、謎は解けるのか。
やっぱり、物語には黒幕は必要不可欠ね。
誰かが、舞台を観劇しながら呟く。




