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ブラックサファイア  作者: 早紀
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14 容疑者たちとの接見


主人(マスター)。どうして、お嬢様に祈りを捧げさせたんですか?」


 フランソワーズが、舞踏会の大広間から僅かに隠れた場所で様子を窺う彼へ訊ねる。


 何事にも探究心は尽きない。


 疑問があるなら追求する。


 それが、知識を増やす第一歩である、と彼女は知得している。




「――あいつの〝祈り〟には力があるからだ」


「?」


 よく、解らない回答をされてしまった。


 フランソワーズは首を傾げた。




「あいつが強く祈り願ったことは、間接的に相手へ強く影響を及ぼせる」




 思い起こされる。


 あいつに助けられた日のことを。


 死ぬべき瞬間だった。


 なのに引き戻された。


 あの時、感じた。


 これが、あいつの能力だと。


 魔に囚われぬ祈りを叶えられる――。


 なんと呪師(ツァオベラー)にとって嫉妬してしまう才能だろう。


 ただ、祈るだけでその願いを神が聴き届けてくれるのだから。




「あいつは、なんだかんだで道を一度も踏み外さない。自分では何度も間違った気でいるがな」


 タッキーが呟く。




 あいつが願ったことで唯一叶わなかったことは、己の寿命を差し出すことだけだった。


 あとは、結果的に総て思い通りだ。




 あいつは、望みを叶えようとして(グーテ)呪師(ツァオベラー)を選択できた。


 助けたい、と願った者たちを救って来れた。


 姉に幸福な結婚をさせてやれた。


 好きになったものへ、加護を与えられた。




 結局、なにひとつあいつは立ち止まらなかった。


 


 だからこそ――。


「そろそろ、潮時だったしな」


 最後の呟きだけは、傍らに控えるフランソワーズにも意図的に聞こえないようにした。


 兎にも角にも、ここまではへまをしていない弟子を彼は温かく見守った。




 そう、温かく見守っていたのだが――。




「皆さま、私どもの余興にお付き合い頂き感謝いたします。皆さまをご不快な想いにさせた贖罪(しょくざい)として、我が公爵家秘伝の『水』にて生成された葡萄酒(ワイン)、『ユヴェール・アクアマリン』を本日は特別にご堪能下さい」


 公爵の宣言に、歓声が割れる。


 しかし、貴族の反応の大きさも、この動物の比ではなかった。




「なにぃーーーー!?」




『ユヴェール・アクアマリン』は、この公爵家を潤わした筆頭に挙げられる、最高級品である。


 過去のアクアマリンの宝石眼(ユヴェールアオゲ)の恩恵により、様々な農作物に多大な影響を与え、爆発的にその質を高めた、件の清らかなる水。


 それを多分に含んだ葡萄酒(ワイン)は、国外からも大変な人気を誇る。


 さらに、そのなかの最高傑作を、彼らの祖先はその恩恵そのものを名前として販売した。


 もちろん、貴族でも滅多にあり付けないほどの価格設定で。




「なんてことだ!おい、フランソワーズ。俺たちも飲みに行くぞ!」


 タッキーの目が輝きだした。


 そんな一流品。


 指を咥えてここから眺めていては、胃に悪すぎる。




主人(マスター)……。申し上げにくいですが、その姿では無理です」


 侍女が冷静に宣告した。


 しかし、彼はすっかり我を忘れていた。


「なら、仕方ない。人間に変化して……」


 なにやら物騒な響きが聞こえた。


主人(マスター)。その望みは目的が〝(グーテ)〟に相応しい時しか使えないのでは?」


「ぐっ!」


 タッキーはその場に崩れ落ちた。


 なんてことだ。


(こんなことなら、面倒くさがらず、俺もなにか理由を付けて舞踏会に潜り込めばよかった)


 華やかな世界も感動的な光景にも彼の食指は動かないのに。


 いくら最高級品と言えど、葡萄酒(ワイン)一本でそれは動くのだ。


 そして、この終焉のような落ち込みぶり。




(おもしろい。……人間の次は呪師(ツァオベラー)を研究しよう)


 フランソワーズが無表情にそんな不埒なことを過ぎらせていたとは、今のタッキーには見破れなかった。






 葡萄酒(ワイン)が給仕され、どんどん参加者の手に渡る。


 もちろんサファイアは丁重に断り、飲まなかったのだが。


(なんだか寒気がする……なにかしら?)


 密かに、師匠の本気の呪いを感じ取っていた。


 人々に赤みが差し、徐々に安堵が広がっていく。


 それを見越し、公爵が手を挙げる。


 華やかな楽団が次の演奏を再開する。


 


 さぁ、いよいよ舞踏会の始まりだ。


 紳士淑女の社交の場。




 踊って、踊って。


 楽しそうに。


 踊って、踊って。


 軽やかに。


 今宵限りかもしれぬ、その宴で――。




「――サフィー」


 


 その声に改めて彼を見る。


 本当に懐かしく感じる。


 あの日を境に、同じ宝石眼(ユヴェールアオゲ)とは思えないほどその距離は遥か遠く。


 だからかもしれない。


 共に過ごした濃い日々を夢幻(むげん)のように感じてしまうのは。




「お久しぶりです。――王子」


 サファイアは、深くお辞儀をした。


 ここで、彼の名を気安く呼ぶことは赦されない。


 それが、今の彼と彼女の正しい距離、関係、現実。




 ヴィレは、痛む胸を気づかれぬように微笑み返礼した。


「本当に、久しぶりですね。――いや、久しいな」


 〝逢いたかった〟


 そう続けられぬ自分自身と状況に失望しながら――。





 まるで勝利の美酒かのように。

 

 その葡萄酒(ワイン)を飲み干した人間たちが踊る。


 サファイアたちも同様にしなければ、礼儀に反する。


 そして――。


「悪いですね、王子。今夜の彼女は俺の同伴者(パートナー)でね。一番は戴きますよ」


 同伴者(パートナー)と踊ること。


 それを破ることも、また、礼儀に反する。




 歯ぎしりしたいほど恨めしい。


 それをおくびにも出さず、彼は敢えて余裕の振りをした。


「当然です。……必ず私とも踊ってくれる、と確約を頂ければ」


 ヴィレは熱情秘めた瞳でサファイアに依願する。


 淑女は、紳士からの誘いが(いや)なら笑顔で首を横に触れ。


 そう、タッキーは教えてくれた。


 しかし、サファイアはただ一度頷いて見せた。




 それは、断ることができなかったのか。


 そうしたくなかったのか――。




 本人ですら持て余す、名もまだ付けられぬ感情。


 それの行先が見渡せぬうちに、相手は彼女の了承を胸に素直に引き下がった。


「ありがとう、……それでは、後ほど」


「えっ、王子!?」


 そのまま、踵を返す彼に最も違和感を抱いたのは、ユーリだった。


(あの強烈な嫉妬はどこへ行ったんだ?)


 もう、一波乱、二波乱あっておかしくない場面。


 それが、どうして?


 相手は、思慕し続けた愛しの女性なのに。


 ユーリは、慌てて、それでも完璧な礼を二人に取ってから主の後を追いかける。


 淑女がそれを合図に二人へ近づこうと群れを成す。




 彼らが、遠眼で消えてしまう前に。


 サファイアは、もう一度声を掛けようとした。


 それを、制止された。


 幾分、強めに腕を引かれた。


 己の同伴者(パートナー)に――。




「クルス様?」


「――さぁ、踊ろう。サフィー」


 そのまま彼もまた踵を返した。


 サファイアを伴って――。




 二人は、気づいたのだから。




 守れない相手に必要とされる方法は。


 相手に並び立つ存在となること。




 いつも己の(もと)で、雛鳥のように自分だけを見るように刷り込ませる愛が望みなら、同じようにそれを望む女性を選ばなければならない。


 戦場で、背中を預けられる騎士に愛されることを望むなら、自分がその役目を担わなければならない。




 だから、一旦冷静になれ。


 今、己がしなければならないことを思い出せるように。




 俺が今することは、彼女を嫉妬心で痛めつけることではない。


 王子という責務を十二分に熟すことだけだ。




 俺が今することは、彼女を同情心で彼へ譲渡(ゆずりわた)すことではない。


 呪師(ツァオベラー)の指示を十二分に遂行することだけだ。




 覚悟はとっくの昔にした。


 今更なのに。


 また、覚悟した。


 たとえ、綱渡りのような細い足場でも、渡り切らないと自分が生きていけないと知っていれば。


 人は、死ぬ気で頑張る生き物なのだから。



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