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ブラックサファイア  作者: 早紀
75/227

13-7


 二人は、その厚顔無恥な態度とは裏腹にしっかりと歓迎の礼を取った。


 たとえ、いけ好かない相手だとしても王族、宝石眼(ユヴェールアオゲ)への対応を違えることはない。


 だから、食えない相手なのだ。




「ようこそ、御出で下さいました。王子。そして、シリンフォード侯爵」


 先に男が口を開いた。


 柔和な笑み。


 本当に視界が広がっているのか、とすら思わせる細目の優しげな男。


 その物腰の柔らかい、公爵にあるまじき姿勢は、民や使用人から絶大な人気を誇っており、公爵家ではなく、彼自身を思慕し従事する者も少なくないという。


 人望溢れた模範的な公爵家当主。




 それでも一つ、欠点を挙げるとしたら――。


 〝欠点〟と呼ぶよりも〝不可思議〟なことだと言われる。


 それは、彼が生涯の伴侶として選定した愛妻の存在だけだろう。




「ごきげんよう。ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)。そして、シリンフォード侯爵」




 幼い――。


 そう印象を抱いてしまう。




 姿のみならず、言動や服装もそれを裏付ける。


 その水色の礼装(ドレス)は、クヴェレ公爵夫人として相応しい配色ではあるが。


(なぜ、袖口や裾、襟に至るまで装飾(フリル)が全面にあしらわれているんだ?)


 とても、隣のクヴェレ公爵の〝妻〟に見える格好ではない。


 それを全く気にしない悪戯な笑みで、夫人はヴィレを真っ直ぐに見つめた。


「ねぇ、ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)。ユズリハとツヴァイトは元気にしているかしら?」


 〝ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)


 彼女は、絶対に彼を王子と呼ばない。


 それが、なによりの証ではないだろうか。




 お前は、王子ではない。


 宝石眼(ユヴェールアオゲ)であるだけでいい。


 それ以上、なにも持たなくていい、と――。




 ヴィレは、そんな負の感情を一切相手に悟られずに高みから微笑みをくれた。


「えぇ。息災(そくさい)にしていますよ」


「まぁ、それは安心しましたわ!ここにいると、王宮内の情報はなかなか手に入りませんもの」


 眼の前の女性は、手を合わせて少女のように喜びを表現した。


 その、屈託ないように見える笑みを観ながら、ヴィレは、王宮内で垣間見る側妃の存在を思い起こしていた。


 側妃、ユズリハ・カムラッド・クヴェレは、彼が知る限り、今まで出会ったどの女性も敵わないほどに大柄な美女だった。


 あそこまで、己が見上げてしまう女性。


 父親である現国王よりもおそらく高身長であろう。


 あまりに不釣り合いのように感じられる二人。


 しかし、その際立つ美貌もまた目立つ要因である。


 その気高き優美さを讃え、人々は彼女を後宮のカサブランカ、『白百合妃』と呼ぶ。


 大柄な圧倒的な背丈と存在感を誇る百合。


 そのなかでも、大輪に咲くその華は、彼女にこそ相応しい。


 どこまでも美しい直線で背を伸ばす、その高き華。




 だからこそ(いびつ)だ。


 とてもこの夫人の娘には思えない。


 白百合妃は、その長身とは裏腹に思慮深い女性として評判で、ヴィレも滅多に詞を交わす機会は恵まれなかったが、相対したときには、厭な印象は一切受けなかった。


(だから、余計に不思議だ)


 本当に血の繋がりがあるのだろうか、と邪推してしまう。


 むしろ、あの白百合妃がこの夫人を産んだと言われた方が、まだしっくり来てしまう。




「今日も、シリンフォード侯爵とご出席ですのね。本当に双璧で圧倒されてしまいますこと。女として焼いてしまいそうですわ」


「チェルシー。王子に対し、失礼だよ」


「あら、私は褒めていましたのよ、あなた」


 妻は、非難の声を上げた。


 それに、公爵は穏やかに微笑んだ。


「無論、君に褒められることほど嬉しいことはないよ」


「まぁ!もちろん私の一番はあなた様よ」


 愛妻の茶化しを夫が(なだ)める。


 理想の夫婦像がそこには広がっていた。


 これが本物なのか、眉唾物(まゆつばもの)なのかは定かではないが。


 それよりも――。




(ツヴァイト――)


 ヴィレは、脳裏に義弟の姿を映像にして映し出していた。


 最後に詞を交わした日は、いつだっただろうか。

 

 その際、自分はなにを話したのだろうか。


 彼は、それになんと返したのだろうか。




 姿も声もなにもかもが、鮮明にいつでも想い出せるのに。


 そこに、想い出はない――。




 なにを今更。


 そう、今更になってなにを嘆いているのか。


 これは、己が責務から逃れようとした結果なのに。




「そういえば、王子。最近はご公務に大変熱心でありますな。一臣下として、喜ばしい限りです。我が屋敷の舞踏会にまで御主席頂き、恐悦至極にございます」


 公爵が改めて礼をする。


 詞は限りなく清廉されているのに、なぜか狂気を孕んでいるようにも聞こえる。




(やはり、来るか)


 ユーリは身構えた。


 主への障害は、たとえ己よりも上位の相手でも怯むつもりはない。


 それが、ウンシュルト公爵家の家訓だ。

 

『常に(おの)が正しいと判断する道を歩め』


 彼は、父がくれたその後押しを心強く感じた。


 心に炎が燈っている。


 消えることのない、その熱が。




「それは、心配をかけたな。これからは、今まで以上に公務に臨むつもりだ」


「それは、それは」

 ――心強い限りです、と公爵は恐縮して述べた。


 なんとも嘘くさい三文芝居(さんもんしばい)


 それは、お互い様か。




「ねぇ、ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)。私は、それよりも聞きたいことがありますのよ」


 夫人が会話を大きく遮った。


 貴族の女は、政治の話に疎い者が多く、またそれが望ましいと云われるが、彼女は興味すらないに等しいらしい。


「なんでしょうか?」


 ヴィレの問い掛けに彼女はふふっ、と口元に手を当てて言い募った。


「噂話ですわ!――先々王と同様に、ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)が、サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)を寵愛して独り占めにしているって」


「「!」」


 二人は瞳を見開いた。




 サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)――。


 就任式にてお披露目されて以降、一度も(おおやけ)に姿を現さない、幻の宝石眼(ユヴェールアオゲ)


 〝漆黒の蒼〟という、歴代のサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)とは一風異なる配色の瞳を持つとされるその女性を、見たいと望む者は後を絶たない。




 しかし、それを王宮に打診しても一切通らない。


 門前払いが(つね)


 彼女の所在は霧に隠れ、もはや存在しているかも判断できずにいる状態。


 それを可能にしているのが、ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)であるヴィレの差金(さしがね)だと、彼らには筒抜けになっていたらしい。




 冷や汗が垂れた。


 動揺が、鼓動の高鳴りが、抑えられない。


(なにが、王宮内の情報はなかなか手に入らないだ。ふざけている)


 ヴィレは、怒りを噛み殺すのに必死になっていた。


 それを、やはり夫人は気にせず続ける。


 これこそ、残虐非道の名に相応しい。




「そこまでダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)に愛される存在ですもの。きっと素敵な女性なのでしょうね。――でも、いくら尊きお方といえど、国の宝を独り占めなんて、そんな意地悪はなさらないでしょう?」


 夫人が訊ねる。


 その先は決まっている。


 彼女を舞台へ引きずり出せ、と要求しているのだ。


 ヴィレは握り拳に力が入る。




 どうして。


 ただ、守りたいだけなのに。


 なぜ、国は。


 ユヴェール神は、それに同意してくれない。




 ヴィレは唇を噛んだ。


 そして、声を上げようとした。


 誤魔化そうと思った。


 なんでもいい。


 彼女をこの薄汚い世界へ連れ込まないようにするためなら――。




 その時、一際高い歓声が上がった。


 皆の視線が逸れる。


 視界に久方ぶりにその姿を現した、ターコイズの宝石眼(ユヴェールアオゲ)が捉えられた。


 誰かを伴っている。


 その人物を理解したとき、はっきり息が止まるのを感じた。



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