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二人は、その厚顔無恥な態度とは裏腹にしっかりと歓迎の礼を取った。
たとえ、いけ好かない相手だとしても王族、宝石眼への対応を違えることはない。
だから、食えない相手なのだ。
「ようこそ、御出で下さいました。王子。そして、シリンフォード侯爵」
先に男が口を開いた。
柔和な笑み。
本当に視界が広がっているのか、とすら思わせる細目の優しげな男。
その物腰の柔らかい、公爵にあるまじき姿勢は、民や使用人から絶大な人気を誇っており、公爵家ではなく、彼自身を思慕し従事する者も少なくないという。
人望溢れた模範的な公爵家当主。
それでも一つ、欠点を挙げるとしたら――。
〝欠点〟と呼ぶよりも〝不可思議〟なことだと言われる。
それは、彼が生涯の伴侶として選定した愛妻の存在だけだろう。
「ごきげんよう。ダイヤモンドの宝石眼。そして、シリンフォード侯爵」
幼い――。
そう印象を抱いてしまう。
姿のみならず、言動や服装もそれを裏付ける。
その水色の礼装は、クヴェレ公爵夫人として相応しい配色ではあるが。
(なぜ、袖口や裾、襟に至るまで装飾が全面にあしらわれているんだ?)
とても、隣のクヴェレ公爵の〝妻〟に見える格好ではない。
それを全く気にしない悪戯な笑みで、夫人はヴィレを真っ直ぐに見つめた。
「ねぇ、ダイヤモンドの宝石眼。ユズリハとツヴァイトは元気にしているかしら?」
〝ダイヤモンドの宝石眼〟
彼女は、絶対に彼を王子と呼ばない。
それが、なによりの証ではないだろうか。
お前は、王子ではない。
宝石眼であるだけでいい。
それ以上、なにも持たなくていい、と――。
ヴィレは、そんな負の感情を一切相手に悟られずに高みから微笑みをくれた。
「えぇ。息災にしていますよ」
「まぁ、それは安心しましたわ!ここにいると、王宮内の情報はなかなか手に入りませんもの」
眼の前の女性は、手を合わせて少女のように喜びを表現した。
その、屈託ないように見える笑みを観ながら、ヴィレは、王宮内で垣間見る側妃の存在を思い起こしていた。
側妃、ユズリハ・カムラッド・クヴェレは、彼が知る限り、今まで出会ったどの女性も敵わないほどに大柄な美女だった。
あそこまで、己が見上げてしまう女性。
父親である現国王よりもおそらく高身長であろう。
あまりに不釣り合いのように感じられる二人。
しかし、その際立つ美貌もまた目立つ要因である。
その気高き優美さを讃え、人々は彼女を後宮のカサブランカ、『白百合妃』と呼ぶ。
大柄な圧倒的な背丈と存在感を誇る百合。
そのなかでも、大輪に咲くその華は、彼女にこそ相応しい。
どこまでも美しい直線で背を伸ばす、その高き華。
だからこそ歪だ。
とてもこの夫人の娘には思えない。
白百合妃は、その長身とは裏腹に思慮深い女性として評判で、ヴィレも滅多に詞を交わす機会は恵まれなかったが、相対したときには、厭な印象は一切受けなかった。
(だから、余計に不思議だ)
本当に血の繋がりがあるのだろうか、と邪推してしまう。
むしろ、あの白百合妃がこの夫人を産んだと言われた方が、まだしっくり来てしまう。
「今日も、シリンフォード侯爵とご出席ですのね。本当に双璧で圧倒されてしまいますこと。女として焼いてしまいそうですわ」
「チェルシー。王子に対し、失礼だよ」
「あら、私は褒めていましたのよ、あなた」
妻は、非難の声を上げた。
それに、公爵は穏やかに微笑んだ。
「無論、君に褒められることほど嬉しいことはないよ」
「まぁ!もちろん私の一番はあなた様よ」
愛妻の茶化しを夫が宥める。
理想の夫婦像がそこには広がっていた。
これが本物なのか、眉唾物なのかは定かではないが。
それよりも――。
(ツヴァイト――)
ヴィレは、脳裏に義弟の姿を映像にして映し出していた。
最後に詞を交わした日は、いつだっただろうか。
その際、自分はなにを話したのだろうか。
彼は、それになんと返したのだろうか。
姿も声もなにもかもが、鮮明にいつでも想い出せるのに。
そこに、想い出はない――。
なにを今更。
そう、今更になってなにを嘆いているのか。
これは、己が責務から逃れようとした結果なのに。
「そういえば、王子。最近はご公務に大変熱心でありますな。一臣下として、喜ばしい限りです。我が屋敷の舞踏会にまで御主席頂き、恐悦至極にございます」
公爵が改めて礼をする。
詞は限りなく清廉されているのに、なぜか狂気を孕んでいるようにも聞こえる。
(やはり、来るか)
ユーリは身構えた。
主への障害は、たとえ己よりも上位の相手でも怯むつもりはない。
それが、ウンシュルト公爵家の家訓だ。
『常に己が正しいと判断する道を歩め』
彼は、父がくれたその後押しを心強く感じた。
心に炎が燈っている。
消えることのない、その熱が。
「それは、心配をかけたな。これからは、今まで以上に公務に臨むつもりだ」
「それは、それは」
――心強い限りです、と公爵は恐縮して述べた。
なんとも嘘くさい三文芝居。
それは、お互い様か。
「ねぇ、ダイヤモンドの宝石眼。私は、それよりも聞きたいことがありますのよ」
夫人が会話を大きく遮った。
貴族の女は、政治の話に疎い者が多く、またそれが望ましいと云われるが、彼女は興味すらないに等しいらしい。
「なんでしょうか?」
ヴィレの問い掛けに彼女はふふっ、と口元に手を当てて言い募った。
「噂話ですわ!――先々王と同様に、ダイヤモンドの宝石眼が、サファイアの宝石眼を寵愛して独り占めにしているって」
「「!」」
二人は瞳を見開いた。
サファイアの宝石眼――。
就任式にてお披露目されて以降、一度も公に姿を現さない、幻の宝石眼。
〝漆黒の蒼〟という、歴代のサファイアの宝石眼とは一風異なる配色の瞳を持つとされるその女性を、見たいと望む者は後を絶たない。
しかし、それを王宮に打診しても一切通らない。
門前払いが常。
彼女の所在は霧に隠れ、もはや存在しているかも判断できずにいる状態。
それを可能にしているのが、ダイヤモンドの宝石眼であるヴィレの差金だと、彼らには筒抜けになっていたらしい。
冷や汗が垂れた。
動揺が、鼓動の高鳴りが、抑えられない。
(なにが、王宮内の情報はなかなか手に入らないだ。ふざけている)
ヴィレは、怒りを噛み殺すのに必死になっていた。
それを、やはり夫人は気にせず続ける。
これこそ、残虐非道の名に相応しい。
「そこまでダイヤモンドの宝石眼に愛される存在ですもの。きっと素敵な女性なのでしょうね。――でも、いくら尊きお方といえど、国の宝を独り占めなんて、そんな意地悪はなさらないでしょう?」
夫人が訊ねる。
その先は決まっている。
彼女を舞台へ引きずり出せ、と要求しているのだ。
ヴィレは握り拳に力が入る。
どうして。
ただ、守りたいだけなのに。
なぜ、国は。
ユヴェール神は、それに同意してくれない。
ヴィレは唇を噛んだ。
そして、声を上げようとした。
誤魔化そうと思った。
なんでもいい。
彼女をこの薄汚い世界へ連れ込まないようにするためなら――。
その時、一際高い歓声が上がった。
皆の視線が逸れる。
視界に久方ぶりにその姿を現した、ターコイズの宝石眼が捉えられた。
誰かを伴っている。
その人物を理解したとき、はっきり息が止まるのを感じた。




