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ブラックサファイア  作者: 早紀
74/227

13-6


 やっぱり、そうだ。


 おかしいんだ。




 そう、結論づいた。




 昔、まだサファイアが〝黒目の忌まわしき娘〟と蔑まされていた頃。


 家から一歩でも外へ踏み出すことが、嫌で仕方なかった。


 でも、呪師(ツァオベラー)への謁見を(こいねが)い、初めて自ら外の世界へ踏み出した結果、様々な存在に邂逅を果たした。


 そこで、気づいたことは、世界は私の黒目を必ずしも否定しないという事実。


 狭い世界に留まっていたからこそ、卑屈になっていた。


 自分を嫌う人間がいる。


 それだけで、世界の全てから疎外されているつもりになっていた。


 それは、有り得ないことだ、と冷静になればわかったというのに。




 そして、今また同じ状況に自分はいる。


 サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)として覚醒して以降、あの館で過ごす時のなかで、己は別段変化を遂げてはいない。

 

 そう、思っていた。


 もちろん、己より遙かに不可思議な存在と、日々共にある所為もあるが。


 自分の価値はなに一つ変わっていない。


 それは、驕りでもなく、ただ、そうだと受け止めていた。


 しかし――。


 なら、この波はなに?


 私は、敬われるような人間ではなかったはずなのに。




 なぜ、何故、ナゼ――?




 もしかして、私は――。


 狭い世界にいると、己の価値など世界からの評価とは全く異なる。


 以前と真逆になっていたことさえ気づけない。




 私は、私そのものに関係なく、この瞳を皆の前に誇示しなければならない。


 それが、宝石眼(ユヴェールアオゲ)としての最低限行う義務となる。




 唐突。


 そう、唐突に理解する。


 


 私は、こんなに恐縮される身分でも存在でもないけれど。


 私の瞳は、過去の宝石眼(ユヴェールアオゲ)が築き上げた総てを観てきた尊きモノとして、皆に映る。


 だから、その瞳は今もこうして人々に鑑賞してもらわないといけない。


 それを、こうして望んでくれる人がいる限り。




 キューー――。


 いつだって、時を動かしてくれるのはあなた。


 たとえ、それにより、また例の悲鳴が漏れ聞こえたとしても――。




「キャッ!」


 二人の宝石眼(ユヴェールアオゲ)の登場に、些か魂を持って行かれていたのだろう。


 前回の公爵家の使用人より、はっきりと悲鳴が上がった。


 タッキーは、またキュッ!っと、その失礼な人間たちを威嚇した。


「すまないね。驚かしたかい?このレッサーパンダ君は、彼女の大事な、それは大事な愛玩動物(ペット)なんだ」

 ――もちろん公爵家の敷居を跨がせても構わないだろう?


 クルスは、そんな問いかけにもなっていない要求をした。




 宝石眼(ユヴェールアオゲ)に寵愛される存在。


 それを蔑ろにする人間は、この国にはいられない。


 最悪、迫害を受けて国外追放と処せられる。


 それを、受けて立つ愚者(ぐしゃ)はここにはいない。




「も、もちろんでございます。ようこそ、御出で下さいました」


 使用人たちは、タッキーにも同様に歓迎した。


「終わりましたか、お嬢様?」


 いやはや、なんとも自己中心(マイペース)な者たちの多いこと。


 フランソワーズは一切感動なく、普通に事の終焉を待っていた。


 人間の感情の起伏は、やはり人間特有の物なのだろう。


 厄介だけど、そこが人生に喜怒哀楽を齎すのだろう。




「さぁ。これ以上は遅れられない。行こう」


 クルスを先頭に歩き出す。




 戦場へ。


 まずは、宝石をこの瞳で見たい。


 そして、貴族にだって負けていられない。


 使用人でこの騒動なのだ。


 あの、華やかな場所ではこの比ではないだろう。


 自分で、なんとかする。


 私だって、選ばれてここに立っているのだから――。






 舞踏会。


 紳士淑女の場。


 今は、最終日に控える競売(オークション)への出品が決定している宝石の展示によって、更に会場一帯が華やかに彩られている。


 


 しかし。


 それ以上に、淑女(レディー)たちの注目の的は――。


 最も輝く宝石。


 それを携える人間。


 ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)


 次期国王が内定されている、ツァール国第一王子、ヴィレその人である。


 無論、公爵家嫡男のユーリも、同様に熱い視線を注がれている。


 つまり、二人に並び立たれてしまうと、非常に淑女(レディー)たちにとっては目に毒となってしまうのだ。


 自分たちは、公爵家の招待を受けた正式な客人。


 それでも、やはり話しかけられる身分ではない。


 そんな、はしたないことはできない。


 だから、狩人のようにひたすら見つめながら待つ。


 己の両親が自分を彼らに紹介してくれるのを。


 お伽噺のように、彼らの瞳に映り込み、恋に堕ちる二人を。




「大丈夫ですか、王子?」


 ユーリが小声で呟く。


 他者に盗み聞きされないように。


 それに対し、主は尊大な笑みを向けた。


「大丈夫だ。相変わらず毒花があちらこちらで、眼は痛いがな」


 ヴィレのその辛辣な表現に、ユーリは顔には出さずに、唇を噛んだ。


(やっぱり、社交界用の顔はそんな簡単に変わらないか。でもなぁ……。王としては、このくらいの威厳や冷徹さは備わっていておかしくないとも思うしなぁ)


 敬語の王は困るが、こちらは完全に主の不利にはならない。


 だから、無理強いして治そうとできない己がいる。


 ユーリは、自分の調子の良さに嫌気が差す。


 


 ザワッ――。


 そんな、悠長なことを思案している間に、急に人垣が割れる。


 その中心を堂々と歩みながらこちらへ歩んでくる二人の姿。


 いよいよお出ましだ。


 


 三大公爵家現当主には、それぞれ二つ名が付いている。




 〝フレウンド公爵家当主〟


 公爵家の『鬼門』。




 〝ウンシュルト公爵家当主〟


 公爵家の『鷹』。




 そして――。


 〝クヴェレ公爵家当主〟


 公爵家の『良心』。




 そう。


 いつも、笑みを絶やさない。


 彼が怒声を上げる姿を見聞きした者は、皆無とまで云われている。


 それほどに、穏和な当主。




 なのに――。


 三大公爵家を謀った者。


 その咎人(とがびと)らの制裁が最も重いと噂されるのは。


 クヴェレ公爵家、その当主の執行である。




 二度と、下界の土は踏めない。


 一体、彼らはどうなったのだろう?


 誰も、それは知らない。


 詮索もしない。




 良心ほど、怒らせれば恐ろしい。


 沸点が人と異なるから。


 それに達してしまえば、最後。


 安らかな死は望めない。




 ユーリが一歩前へ進み出でようとするのを、彼は制止させた。


 それに気づいているのか、どうなのか。


 彼は、まだ微笑み続ける。


 後ろに続くのは、可愛らしい彼の娘とも呼べる。


 彼の愛妻である。


 危険な遊戯が大好きな、残虐非道と呼ばれる女性。


 あの当主と、どうして結ばれたのだろうか。


 知らぬ者は囁く。




 しかし――。


 ここまで、お似合いの夫婦はいないようにも思える。


 似た者同士は一緒にいると、その被害が周りに倍となって襲いかかる。


 怖い、怖い。


 怒らせないようにしなければ。


 誰かが呟く。


 怒らせるようなことをしなければ、彼らは良心の名に相応しい対応を取ってくれるから。




 そう、怒らせなければね――。



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