10-6
「宝石箱のなかにある二粒の宝石が偽物であることは、すぐにわかりました」
サファイアが宝石鑑定士として鑑定結果を報告し始めた。
「どうしてすぐにわかる?まあ、こっちのひび割れた方はいかにも偽物っぽいが――」
タッキーは不思議がった。
「それは違うわ、タッキー。むしろ、そちらを本物だと思い込む宝石鑑定士の方が圧倒的に多いと思う」
「えっ?」
「これは、マトリックスを模しているのよ」
サファイアの詞に、クルスが肩を震わせた。
「マトリックス?」
「マトリックスっていうのは簡単に言ってしまえば、不純物のことよ。これが、ターコイズの硬度を決定づけているの」
サファイアは一呼吸おいた。
「ターコイズは、非常に硬度が低く天然物の産出量も年々減少しているの。だから、ひび割れのない本物のターコイズは、現在に至ってはほぼ皆無なの」
「――だから、こちらは偽物だと?」
クルスは、ひび割れのない一方の宝石を見ながら重々しく呟いた。
「……それは、おそらく合成樹脂でできているのでしょう?触れた瞬間温かみを感じましたもの」
「温かいと偽物なのか?」
「本物の宝石とは人の体温を受け付けないの。その冷たさで触れられるのを拒むのよ」
――それこそが、余計な加工を望まない宝石の本来あるべき姿なんだと思う、とサファイアは伝えた。
「それに、なかに泡のような流れ線も見えました。おそらくそちらは、なかを割れば中身は青色ではなく白色になるでしょう。外側を美しく塗りたくっても、内部まではそう簡単には隠せない」
クルスは無言を貫いた。
否定の材料が見つからない。
「じゃあ、こっちのひび割れはなぜ本物に近いんだ?」
「それは、マトリックスのなかでもターコイズに多く見受けられ希少価値が特に高い『スパイダーウェブ・マトリックス』を模しているからよ」
「?」
タッキーは、博識だがあまり宝石には詳しくないようだ。
「その名の通り、表面がまるで蜘蛛の巣のように、不純物による網目状の層が見られることからそう呼ばれてるの」
「蜘蛛の巣?まあ、確かに」
タッキーは再度宝石を凝視した。
「もちろん、宝石としては不純物がないそちらの合成樹脂のような滑らかな宝石が、もし本物なら価値が高く〝良い石〟と見なされるけれど……」
サファイアは語りかけた。
「でも、地域によって、特に信仰心の強い民族や部族の間ではこのマトリックスが覆われたターコイズの方がむしろ人気で、高価格で取引が行われています」
「なぜだ?」
サファイアは静かにクルスを見つめた。
ターコイズ。
その宝石が旅の守護石として名を馳せる理由。
それは、かの宝石が持った人間の災厄を代わりにその身で受け止めてくれるからと云い伝えられているためだ。
己に災厄が降りかかった時、なぜかひび割れを起こすのはかの石のみ。
自らの身を顧みず、己を信じ愛してくれた者を守り切る。
それこそ肉体的にも精神的にも相手に〝安心〟をもたらす巫術の石である恰好たる証。
「その人たちはターコイズという石が、己を守った証として傷つくことを知っているから。――わかっているのよ。だからその傷すら愛おしい。――愛さずにはいられない」
サファイアは胸に両手を当て、ゆっくりと回答した。
どちらも息を呑んだ。
自分でもそうわかる。
それほどに――。
宝石の想いを代弁する彼女は、いつも美しい。
いつだって、この瞬間彼女を宝石眼だと再認識させられる。
天空でのうのうと君臨する暇人にしてやられた、という気にさせるのだ。
ただの娘と思うなよ、と――。
「……希少価値があるから偽物ってわけじゃないんだろう?」
タッキーは、邪念を振り払うために話を戻した。
「もちろん。本物のターコイズは、そのひび割れの太さや大きさが均一であることは、まずないわ。マトリックスはその産出された場所で外側からの圧力をかけられてできる偶然の産物。均等に負荷が掛かっているわけじゃないから。それに必ずひび割れ部分は、歪なへこみがあって、表面がこんなに艶やかにはならないの」
「じゃあ、これも合成樹脂か?」
タッキーの詞にサファイアは首を横に振った。
「おそらくこれは練りターコイズよ」
「練り?」
「ええ。ターコイズ本来の粉末か、別の石の粉末を着色して、樹脂で練り上げたもの。もし、ターコイズを使用しているなら半人工で全くの偽物とは呼べないけど、人工的に作られた石に守護石としての価値はない、とツァール国では定められているの」
――だから、残念だけどこれも偽物として扱われるわ。
サファイアは、依頼人を見据えた。
「以上ですが、どうでしょうか?」
クルスは渋い表情のまま微動だにしなかった。