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ブラックサファイア  作者: 早紀
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10-7


 しかし、これでは決着とはいかない。


 そこは、譲れない。


 追求しなければ、自分がこんな馬鹿げた賭け事に踏み切った意味がない。




「……確かに、その二粒の石は偽物です。しかし、だからといって、そのくすんだ石が本物である理由にはならない」

 ――ターコイズを本物だと断定するのは、宝石鑑定士(きみたち)でも難しいはずだろう?




 彼の言う通りだった。


 ターコイズは数ある鉱物のなかで、その贋作の圧倒的な多さから宝石鑑定士(プロ)でも、様々な器具を用い検証しなければ真贋ができない代物とされている。


 一度でも間違った価値をその宝石に付けてしまえば、それは宝石鑑定士として命取りになるからだ。


 だからこそ、本来触れもせず対象物を本物だと断定するのは、自ら崖に飛び込もうとするような危険な行為だといえる。




「そうだぞ、小娘。だいたいこのくすんだ模様はなんだ?汚れが内部に溜まって濁ってるんじゃないのか?」


 タッキーが同調をした。


 しかし、サファイアは冷静に首を横に振った。


「さっき、マトリックスの話をしたでしょう?マトリックスにも種類があるの。一番有名で人気なのは、さっきのスパイダーウェブ・マトリックスだけど、これはおそらくウォーターウェブ・マトリックスよ」


「ウォーター?水ってことか」


 タッキーは察しが良い。


 頭の回転が良すぎるのだ。


「そう。宝石内部をまるで水が流れているように映るから、見ようによっては濁って見えるの」

 ――逆に神秘的にも見えるけど。


 サファイアは付け加えた。

 



 これも反論できない。

 

 それでも、それだけで決定づけてしまうのは、愚か者がすることだ。


 正解を急ぐ者ほど、沼に嵌ってしまい、結局余計な時間を掛けてしまうものだ。


 クルスの声なき訴えをサファイアは受け止めた。




「……あなたを信じました」


「えっ?」


「あなたは最初に、ここからたった一粒ある本物の宝石を真贋してくれと私に頼みました。そうですよね?」


 クルスは、静かに頷き肯定を示した。




「――私は宝石鑑定士です。依頼人は、己の大切な宝石の価値を判断するために、私を信じて託してくれます。だからこそ、私も依頼人を全面的に信用する義務があります」


 信じてくれた相手を信じられなければ、この宝石の価値は永遠に付けられないまま時の片隅で忘れ去られてしまう。


 それは、赦されない罪だと、サファイアは持論する。


「だから、この宝石箱には必ず本物のターコイズが存在していると確信していました。それを踏まえて、他の二粒が偽物だったことで、最初に自分が心魅かれた宝石が本物であると自信を持ちました」

 ――あなたはターコイズという宝石に対し、決して偽りを述べないと、そう思いました。


 サファイアが穏やかな口調で言った。




 クルスの心中にざわざわとした何かが込み上げてきた。


 眼の前の女性は、いきなり出現し館にまで入り込んだ侵入者である己を。


 あんなに愛してやまないだろう宝石よりも先に人間(じぶん)を。




 躊躇なく信じたのだ――。




 そして、心魅かれたという、なんと純粋な理由で真贋を決定づけたのだ。


 誰かが、きっと言うだろう。


 正気の沙汰ではない、と。




 クルスは、トスンッと今度は力なく椅子に座り込んだ。


 よく見れば、あのへんてこな動物はそんな彼女を気づかれないように、やれやれといった感じでどこか嬉しそうに覗き見していた。


 これが、彼女にとっての普通、日常、彼女自身。


 それを体現されているかのようで悔しい。


 なぜ、お前が彼女を全て知っているような顔をする。


 そんな、自分でも意味の解らない嫉妬とも呼べるような胸焼けを感じた。


 



 そんな感情、いかに自分には持つ資格がないことかを十分承知した上で――。



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