6-5
「神、が犯人?」
ヴィレはそのような単語、初めて聞いたとでもいうような顔をした。
「そして、実行したのはこの世でただ一人、神の声を聴き届けられる存在」
二人が恐る恐る祭壇を向いた。
彼は、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
予想していたが、やはり息を呑んだ。
恐ろしいほどに美しい男だった。
もはや〝男〟という概念の枠に収まらない生きる芸術。
地に届きそうなほどの真っ直ぐでしなやかな銀髪。
その瞳には人を己だけに瞑想させる強制力さえある宗教的、霊的権威の高き色の宝石が埋め込まれていた。
「実行犯は、アメシストの宝石眼である大司教、あなたですね」
サファイアの推理は神への冒涜と取られてもおかしくない。
だが、二人も気づいていた。
そんな彼女の詞をなに一つ否定しない大司教の姿に。
「前に、タッキーに言われたんです。人は、動機があるからこそ罪を犯す。それが通説である、と。だからこそ、今回の事件は犯人が絞り込めなかった」
大司教は無言を貫き、サファイアへ先を続けるように手を翳した。
それに、彼の後輩は従った。
「今回の動機として考えられたのは、王子の王位継承権剥奪または三大公爵家同士の争いかの二点です。しかし、どちらも宝石眼として大司教の地位に君臨されるあなたにとっては俗世の問題。関わり合いが全くなかった。だから、あなたは疑われなかった。でも、タッキーはこうも言いました。人は、一人ずつ全く異なるものに価値を見出し、異なるもののために動機を生み出す、と」
「善い言葉だ」
大司教が口元を緩ませた。
「えぇ、本当に。……だから気づきました。もし、あなたが普通の人間以上に、神という存在に価値を見出しているなら、その神のためなら罪を犯すことも厭わない。あなたにここまで辿り着かなかったのは、自分の動機ではなく他の者の……神の動機で宝石を盗んだからです」
サファイアは、言い終わる頃にはまた啼いていた。
大司教が一度瞳を閉じ、また開く。
「……半分だな」
「え……?」
「半分正解というところだ」
「――どういうことですか?」
大司教は、手に抱えていた聖書と木箱を机の上へ置いた。
おそらく、木箱の中身はダイヤモンドの涙だ。
「神は、我に宝石を盗めなどという野蛮な望みをおっしゃるはずはないだろう」
「……では、どうして?」
彼は、静かに昔話を始めた。
「……我は、三歳である教会の前へ捨てられた孤児だった」
全員初めて聞く話に面食らった。
「そこの神父によれば、我が入っていた籠にはたくさんのじゃがいもが一緒に添えられていたらしい」
「じゃ、じゃがいも……ですか」
サファイアは訊き返した。
あまりにこの男と不釣り合いな野菜に。
「あぁ。どうやら我は農夫の息子だったのだろう。しかし、不幸なことに我の瞳は三年という年月を経ても開かなかった」
サファイアが口を手で覆った。
「農家に生まれて目が見えないというのは致命傷だ。仕事を継ぐことはできない」
「だからって、それで自分の子供を……」
「君はそう思うかい?――我は逆に両親に感謝している」
大司教は、笑っていた。
本当に、そう思っていることがわかった。
「感謝?どうしてですか?」
サファイアには理解できなかった。
だって、サファイアは黒目の忌まわしき娘だったのに家族に愛された。
もし、自分の目が開かなければ、同情こそされ、気味悪がられることはなかったかもしれない。
大司教は、また己の心情を語った。
「我がもし、そのまま農家の家で育てば、いずれ両親の役に立たないこの身に我は苛ついただろう。両親が亡くなれば、目の見えない我は物乞いでもするしかなくなる。きっと両親は、そんな我の先の将来を見越して教会へ預けたのだろう」
――あの籠一杯のじゃがいもは、我への両親の〝愛〟だ、と彼はサファイアたちを正面から見つめ宣言した。
ただ、感嘆とするしかなかった。
自分を捨てた両親への愛情を迷いなく信じられるその崇高な心に。
「我は毎日のように神へ感謝の気持ちを祈り続けた。自分をこの教会へ導いてくれたことを。目の見えない我でも祈りを捧げることは目の見える人間となんら変わりなく行える。それが我には嬉しかった」
間違いない。
彼はアメシストの宝石眼だ。
サファイアは深く納得していた。
「そんなある日、我は階段に気付かず足を踏み外しかけた。それを寸でのところで神父が助けてくれた。大事には至らなかったが、軽傷を負った神父の血の匂いに我は彼が死んでしまうのでは、と教会へ捨てられてから初めて大声で啼いた。そこでアメシストの涙が生まれ、我の瞳も開いた」
「壮絶な話ですね……」
ユーリは唖然としながら呟いた。
他の者も同じ思いだった。
「それから我は、アメシストの宝石眼として今日まで常に神と共に在り続けた。全てを捧げて一つでも多く神託を与えられるように身を清めてきた。しかし……」
大司教は押し黙った。
「ど、どうされたんですか?」
サファイアは不安げに訊ねた。
「様々なお声を賜った。しかし、一つだけ何度お訊ねしても返答をいただけない質疑があった」
「それは?」
「……他の宝石眼の所在だ」
大司教は固く瞳を閉じた。
その苦悩の表情に、彼が長い長い生の中で、何千、何万回とその望みを神に問いかけたのが伝わってくる。
「なるほど。宝石眼を十二人揃えれば、民の神への信仰もさらに厚くなるってことか」
タッキーの詞に大司教は微笑を洩らした。
「確かにそれもある。しかし、我は単純に捜しだしたかったのだ。――この手で」
大司教は己の手のひらを見つめた。
「長年、その声を求めたが叶わなかった。そして先に……我が老いた――」




