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ブラックサファイア  作者: 早紀
27/227

6-3


サファイア――。


 かの宝石は、魔除けに用いられ、肉体、精神のみならず魂をも癒すことが可能だと伝えられし宝石である。



 

「……サフィー。あなたはサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)だったんですね」


 ヴィレが独り言のように呟いた。


 傷の痛みは嘘のように感じない。


 これがサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)の力の恩恵。




「小娘……」


 タッキーですら、茫然自失としていた。





 この辺りで死ぬのも悪くない。


 小娘が啼きながら必死に手を握ってきた瞬間、そう(おも)った。


 善呪師(グーテツァオベラー)として、普通のレッサーパンダの三十倍以上の時を過ごしてきた。


 いつしか、寿命という詞の意味すら失念してしまった。


 しかし、自分は不死身ではなかったことをようやく思い出した。




 予感は、していたのだ――。


 俺を訪ねてくる客のなかで、最も莫迦で、最も慈愛に満ちた望みをするこの小娘と出逢った時に。


 だから、矢が小娘を狙ってると感付いた瞬間迷いはなかった。


 むしろ刺された後に自分が盾になったことに気付いた。


 本当に、こんな幕引きとは。


 俺も、人間と長く交わり過ぎたということか。


 そう、懐ったのに……。



(こんな、どんでん返しアリか!)


 タッキーは己に激しく訊き返していた。




 ジャリッと、地面の石を削りながら足音が聞こえた。


 ユーリが足取りをふらつかせながらサファイアに近づいてきた。


「……今までの非礼をお詫びいたします。――サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)様」


 ユーリがサファイアにも膝をついた。


「……え?」


 サファイアが、こちらを向く。


 その瞳はすでに黒目ではなくなっていた。


 確かに黒であっても、本質は蒼。


 その壮大な蒼さは、何物にも代えがたい神秘の魔力を秘める。


 そんな瞳を携えた少女。


 いや、女性を改めて目の前にすると、息もそぞろになる。




「あなた様は四人目の宝石眼(ユヴェールアオゲ)。この国に恩恵をもたらす尊き存在。そうとは知らず今までの無礼をお許しください」


 ユーリは、なんとか礼をする。


 震えるこの身が悩ましい。




「……サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)?」


 サファイア自身、その詞がただの単語に聞こえる。


 会話にならない。


「はい。そのサファイアの(トレーネ)が証。後はそれを祭壇で神へ献上すれば、宝石眼(ユヴェールアオゲ)として認められます」


「献上……?」


「はい……それが、どうかしましたか?」


 サファイアは、それきり空を見上げたまま無言になってしまった。


 ユーリは、心配し声を掛けるが、それすら届いていないように見える。




 ずっと引っかかっていた。


 初めから、ズレているような感覚。


 サファイアは、彼らとの会話を追憶した。




『人は、動機があるからこそ罪を犯す。それが通説だ』




『実際その日も午前中にはダイヤモンド、アメシストの宝石眼(ユヴェールアオゲ)のお二方が順に宝石を確認したのみでしたから』




『今回、恥を忍んで宝石が盗まれた経緯を大司教様へ報告したところ、このアメシストを頂戴いたしました。さらに、神への説得もしていただいている最中です』




『アメシストは宝石眼(ユヴェールアオゲ)のなかでも神への信仰心を司っている存在。ゆえに、唯一宝石眼(ユヴェールアオゲ)のなかで神の声を聴き届けられる才を持っております』




『私からも私自身に仇なした人間の命を奪わないことを大司教に付き添ってもらい神の前で誓ったのです』




『父が先ほど急に大司教様にお逢いするため王宮へ出向いたと報告がありました』





 そうか――。


 細き糸が今、確かに繋がった。




「サフィー?」


「……わかった」


「なにがです?」


「――犯人、わかりました」


「えっ!」


 男たちが一斉に声を上げた。




「行きましょう。犯人の元へ――」


 彼女は、塔を目指し歩みだした。




 その後ろ姿に迷いはなかった。


 そこにいたのは、自分を隠し宝石箱のなかに住むか弱き少女ではない。


 騎士の如く自ら道を切り開き、戦地へ赴く強き女性がいた。





 サファイアのなかでもブラックサファイアが司ると言い伝えられる効力。



 それは〝騎士道精神〟


 守るべきもののために命を費やす。




 最初からきっと持っていた――。


 ここに来て、やっと誰からの眼にも伝わった。


 彼女は、守られていては生きていけない。


 守ることで強く気高く生き抜ける人なのだと。




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