17-3
「プフール伯爵様は、どういった方なのかしら?」
宝石眼の質問は、令嬢たちにとって不可思議なものだった。
会場を一層華やかにする豪華絢爛な照明がシャランッと音を奏で揺れる。
風など吹いてはいないのに――。
令嬢たちは混乱し、顔を見合わせる。
昨夜逢った相手のことを、なぜ我々に訊ねる。
それには、必ず意図が隠されているはずだ。
ちらっと、令嬢たちはアンネを盗み見る。
この回答は、自分たちには荷が重すぎる。
彼をよく知る彼女にこそ、口を開いてもらわねば。
しかし、その彼女の表情を垣間見た令嬢たちは目を見開く。
いつも、共にいるだけで、華やかな輪の中心にいられる。
微笑むだけで、異性が集まってくる。
その彼女に嫉妬こそすれ、味方でいる内は、自分に不利益はない。
むしろ、普段なら会話すらできないような身分の高い独身貴族とお近づきにもなれる。
そんな邪念を持たなかったといえば嘘になる。
だからと言って、本当に高飛車な令嬢とは仲良くなれないとも思っていた。
交友を持ったのは、そんな令嬢ではないと判断したから。
それが今、間違いだったのではと疑念が湧いてしまった。
それほどまでに、常闇に潜む感情のない表情を彼女がしていたから――。
「……どうして、そんなことをお聴きになりますの?」
その表情を改めず、アンネは問い掛け返す。
本来、そんな視線を宝石眼に向けてはならない。
そう、習うはずだ。
普通の両親に育てられた子供なら――。
しかし、サファイアの宝石眼はそれを全く気にしない。
それどころか、むしろ、笑みを浮かべた。
とても悪い、その瞳にお似合いな黒い笑みを――。
「……実は、アンネ様にご相談したいことがありますの」
その笑みは幻だったのかと思わせるほど、辛い表情と声でアンネに提案する。
「えっ?」
「……できれば二人きりで」
サファイアは上目使いで申し出る。
それを、アンネは訝しんだ。
昨夜も昼間も、自分と長く時を共にすることを嫌がっているのには気づいていた。
それなのに、手のひらを返したようなこの態度。
アンネは、答を窮した。
それを見越したかのように、サファイアが他の令嬢に聞き取られぬように、その耳に唇を寄せる。
「……プフール伯爵様についてですの」
「――!?」
サファイアの耳打ちに、アンネは表情を変える。
恋をしても溺れてはならない。
正しい判断力を鈍らせる恋など、身を破滅させるだけ。
それを理解しても、人はそれに陥る。
それほど、〝恋〟とは甘美に響く魔力なのだ。
「――わかりましたわ」
アンネが了承をするのを確認してから、サファイアは友情出演の令嬢たちに謝罪する。
「申し訳ありません。席を外させてもらってもいいですか?」
そこで、令嬢たちはハッとし、慌てて返答する。
「は、はい」
「もちろんですわ」
「それでは、またね、アンネ様」
令嬢たちは、そのまま二人から離れる。
自分たちの出番は終了した。
後は、舞台の袖で、観客と同じようにその舞台上を見つめる。
終演まで、何事もなく進行していくことを望みながら――。
ヒューー。
音を立てる夜風がやけに肌に突き刺さる。
階段付きの豪華な壁面空間には、この寒さからか、その広さとは裏腹に人の気配はなかった。
秘密を語るにはうってつけ。
サファイアは、その階段を背にし、相手に向き直る。
(本当にキレイ……)
サファイアはアンネの顔を見て、改めてそう思った。
その顔が偽りにはとても見えない。
彼女の正体を見破る、その方法。
それは、彼女の背中だ。
痛々しい傷跡。
抵抗した顔とは異なり、無防備な状態で鷲に襲われた背中の方の傷は、見るも無残な状態だったそうだ。
その醜い傷跡は消えないはずだ。
顔は、しらを切られるかもしれないが、もしその背中に傷一つない滑らかな肌が露わになれば、彼女はアンネ嬢ではない。
それには、令嬢の礼装を乱さなくてはならない。
男性にとって、困難な注文。
しかし――。
同性のサファイアなら、それを行える好機がある。
女同士の取っ組合いの喧嘩。
その際なら、多少衣服が乱れてもおかしくない。
つまり、彼女を怒らせること。
それこそが、サファイアの狙い。
(プフール伯爵様には悪いけど、お名前を拝借させて頂きます)
サファイアは、嘘を吐くことに引け目はあったが、それでも、彼女が偽物なら、その正体は。
〝悪呪師〟かもしれない――。
女性という発想はなかったが、ありえない話ではない。
ただ、タッキーだけは納得していなかったのが気がかりだった。
おそらく、彼の知る悪呪師は男性で、女性になど身を窶す人物ではないらしい。
それでも、疑いの芽はなんでも取り除いていかなければならない。
そうして、最後に残ったものこそ、真実となる。
さざめきのなかで、なにか音がした。
それに、アンネがビクッとその方角を見渡す。
その表情には、はっきりと怯えが感じられた。
「アンネ様?」
サファイアは、首を傾げる。
「あっ!……申し訳ありません。なんでもありませんの。――それで、プフール伯爵様がどうかされましたの?」
アンネの詞に、サファイアは視線を外しながら、相手を覗うような素振りを見せる。
切り出し辛そうなその表情が、余計に相手の不安を増長させる。
「……実は、昨夜の舞踏会の後、プフール伯爵様がもう一度、私の元へ訪ねて来られたんです」
「……えっ」
アンネは、思いがけない相手からの詞にたじろいだ。
その驚愕にサファイアは、攻めるなら今しかないと詞を続ける。
悪女が、純真な令嬢から想い人を横取りする――。
安い三文芝居に使われそうな脚本。
それでも、その者を本気で愛し抜いている存在には、悪質過ぎる芝居。
だからこそ、サファイアが適任だったのだ。
昨夜、ヴルム本人から舞踏を申し込まれた姿を相手はその瞳でしっかりと見ていたのだから――。




