17-2
まさに会話に華が咲く――。
「サファイアの宝石眼様とこうしてお話しできる機会に恵まれるなんて――」
「感無量ですわ」
「本当に」
令嬢たちが口ぐちに自己紹介をした後、宝石眼との不意打ちの会談の権利を得たことを興奮しながらその歓びを告げる。
「私も皆さまとお話ができて嬉しいです」
それに、サファイアの宝石眼が鷹揚に対応する。
周囲から見れば、完璧な淑女の集い。
どこにも不自然さは見受けられない。
「――本当に光栄ですわ。サファイア様」
「それは、こちらの台詞ですよ。……アンネ様」
この二人の見えない格闘に気付けないのだから。
「私たち、アンネ様がサファイアの宝石眼様とこんなに親しいなんて全く知りませんでしたわ」
「えぇ、本当に驚かされましたのよ?」
(それは、私もよ)
サファイアは、心中で令嬢たちの疑問に回答していた。
どうやら、昨夜の舞踏会でプフール伯爵を巡る恋の戦に降伏したことで、態度が劇的に軟化しているようだ。
でも――。
今のサファイアには、重大な使命がある。
だから、慎重に曲がりくねりながら、その絡まった糸を読み解く。
そのために、利用できるものはなんでも使う。
「そういう皆さまは、いつ頃からのお友達なんですか?」
「!」
サファイアの問いに、アンネの表情が曇る。
初めから、一気に攻め落とすには難攻不落な城門。
じわじわと首を真綿で絞めるように。
息の根を止める。
それを受けた令嬢たちは顔を見合わせる。
おそらく、クルスにも同じ質問をされた記憶がまだ新しいからだろう。
それでも。
そこまで、変わった質問ではない。
よくある、話の繋ぎに発生する質問の一つ。
別段、疑いは持たれなかった。
「……いつ頃、でしたかしら?」
「……そうね」
令嬢たちは、一斉にアンネを覗う。
おそらく、アンネ以外は昔からの馴染みなのだろう。
回答に思案しているようだ。
すると、アンネはまた、あの舞踏会のようにしおらしく、か弱い令嬢を演じてみせた。
「……実は、私は皆さまと違って幼少期より身体が弱くて。こうして公の場に出席できるようになったのも最近のことですの」
――だから、皆さまとそこまで親交は長い方ではありませんの、と語尾が消え入りそうな言い方で彼女は答えた。
深層の美しい令嬢――。
誰の目からもその典型的な例に当てはまると判断するだろう。
実際、そう見える。
(さすが、本物の令嬢……。でも、負けない!)
サファイアは闘志を燃やしていた。
「――まぁ、それは立ち入ったことを訊いてしまって、申し訳ありません」
サファイアは素直に頭を下げる。
「そんな、サファイア様の所為ではありませんわ。どうぞ、お気になさらないで下さい」
アンネが憂いを秘めた表情で扇子を口元に添えながら告げる。
一呼吸間を置く。
ここからが勝負所。
(演じてみせるわ!――私は悪役!)
サファイアの瞳がまた闇の中で煌めきだす。
「……こんな可愛らしい方がつい最近まで社交の場に出なかったなんて。さぞ、殿方からの接近にお困りだったでしょう?」
サファイアは、心配げな視線をアンネに向ける。
どう深読みしても褒め詞にしかならない。
だから、周りの令嬢も安心してそれに同調する。
「そうなんですわよ。アンネ様の初お披露目の日なんて、紳士のざわめきがまるで嵐のようで」
「もう、大騒ぎでしたのよ」
「ねぇ、一番舞踏の相手に誰が選ばれるのかって、皆牽制し合っていましたのよ」
令嬢が笑い合う。
「そんな……」
そう言って、お淑やかに照れる令嬢。
遠目からまた、その魅力の虜に陥る男の恍惚の溜息が漏れ聞こえる。
「――それで、その幸運を掴んだのは一体どんな方だったのかしら?」
アンネは寒気を感じた。
射抜くような視線。
周りを囲むお喋りな令嬢たちに様子の変化はない。
つまり、自分だけに向けられし、なにかを含んだ問い。
違う。
この女はもはや敵ではない。
だから、これはきっと気のせい。
ただの同性の嫉妬。
美貌を羨むのは仕方のない感情だから。
大丈夫――。
私の欲する者を奪う存在は、たとえ髪の毛一筋に至るまで、この世から消し去る。
だって、それが真の愛情表現でしょう?
「そんな、幸運だなんて……」
令嬢は、その頬を朱に染めながら答を焦らす。
自分の口から話すなんて、不作法だし自慢に聞こえてしまう。
計算高い人間ほど、ここは他人の口から言わせる。
それが、最も相手に好印象だから。
「決まっているではありませんか、サファイアの宝石眼様」
「だって、昨夜サファイアの宝石眼様もお逢いになられたでしょう?」
そして、声を揃えて甲高く宣言する。
「「「――プフール伯爵様に!」」」
噂話好きな令嬢はその口を閉じ続けられない。
狂ったように囀る。
雀は舌を切られなければ、それを止めないから――。
だから、気づかない。
自分たちが、好きに話していると思っている詞の数々が。
実は、誘導尋問から発することを強制されている、台本の台詞だということに。
勝手に舞台出演。
それも、友情出演させられていることとは、露程にも知らずに。
二人の女に、操り人形にされている――。
なにも、問題はないと思っていた。
だって、昨夜の舞踏会を自分たちだって観劇していた。
確かにサファイアの宝石眼は、自分たちの友人に想い人を譲っていた。
それは、彼女自身に、伯爵への邪な感情が一切ない証。
だから、つい話した。
この話題を出しても、なにも変わらないと思ったから。
それなのに――。
目の前の宝石眼は、その表情を急に曇らせる。
その姿に皆、目を丸くし――。
〝恐怖〟した。
この国の民として、身分関係なく子供に親が教える順守する法律。
子供が守る最低限の人としての法律から、大人になったら行わなければならない国のための法律まで。
それは、およそ国境を越えても変わらない。
人を傷つけてはならない。
納税はしっかりとしなくてはならない。
でも――。
この国にしかない法律もある。
〝宝石眼〟に、決して厭われることはするな――。
そうしないと、その身に災いが起きるから。
母親が、我が子にまるで寝物語のように何度も伝える教訓。
ほかの罪は、もしかしたら相応の償いをすれば、赦されることもある。
しかし、宝石眼に同じことをすれば、その機会さえ得られることなく、この世から抹消されるだろう。
だから、口を酸っぱくして、たとえ子供から疎んじられようと、言い続ける。
それこそが、大切な我が子を助けることになるのだから。
なぜか、冷気が自分たちの周りにだけ訪れた。
急に凍った湖に投げ落とされたような感覚。
心許なく、そこから寒さを緩和する術も思いつかない。
つまり、絶体絶命の状況に類似する。
「……そう、ですか」
サファイアの宝石眼が一言、そう呟いて心なしか下を向く。
その表情は読み取れない。
しかし、良い感情を抱いていないことだけは、いくら鈍い彼女たちでも察することができた。
そちらの方が、心の安寧は失われていくのだとしても。
冷や汗が流れる。
対等に話し過ぎたのだろうか。
宝石眼という畏怖の存在。
でも、彼女の笑顔が優しくて。
本当の友人のように会話してしまった。
昨夜の彼女が起こした宝石眼の奇跡を目の当たりにしていたというのに。
自分とは、決して立場が比べられない高みにいる存在だと恐れを抱いたのに。
彼女の無垢な笑みに引っ張られていた。
たいした役者。
食われてしまったようだ――。
次の瞬間、彼女は顔を上げて悲痛な面持ちで口を開く。
鬼が出るか蛇が出るか――。
令嬢たちは、怯えることしかできなかった。




