16-7
その頃、別の舞台でも火花がメラメラと散っていた――。
「そう、睨まないでほしいな」
豪華な椅子に腰かけ、優雅に足を組んだ男は、面白そうに眼の前の二人の男に肩を竦めて言った。
両手だけは、しっかりと降参を表現するように挙げているのに、そんな先達の宝石眼に対して、ヴィレとユーリは構わず睨みを利かせていた。
「じゃあ、説明してください。サフィー殿とはどこで知り合ったんですか?」
ユーリは、主の代わりに訊ねる。
自分が訊ねなければ、宝石眼同士で争う大抗争の目撃者かつ被害者になってしまいそうな状況だったからだ。
それにも、クルスは優雅に紅茶を一口、見せつけるかのようにゆっくりと口に運ぶ。
その間すら、彼らを苛つかせる。
「……別に、おかしいことじゃないだろう?俺だって宝石眼なんだ。新しい宝石眼の後輩に逢いに行ったって」
「逢いに行った?あなた自ら?」
「そこまで、不思議なことかな?」
「……あなたは、サフィーの就任式にすら出席しなかったではありませんか?なのに、どうして今更?」
ヴィレは静かに詞を紡ぎ、問いかけ続ける。
その節々に怒りが見え隠れするのに、なぜかその声はとても冷静に聞こえた。
ユーリは、主の意外な反応に戸惑った。
思えば、この様子は昨夜。
そう、舞踏会終了後から顕著に現れた。
客室に戻った途端、乱暴に上着を椅子に投げつけながら、その椅子に大きな衝撃音がするほど、痛々しく座り込んで表情を隠していたのに。
そこから、少しずつ落ち着きを取り戻していく姿。
闇にもまた、ダイヤモンドはよく映える。
その時、ユーリはその表情の意味をヴィレに問わなかった。
そして、その夜が過ぎ去っていくのも引き留めなかった。
答は急かさない。
口は雄弁だ。
なにが助言となってしまうかわからない。
最初から最後まで一人で間違いを正せるか――。
ユーリはそれが知りたかった。
〝王〟というこの国で最も位の高い頂に登れるのはたった一人。
彼は――。
孤独のなかで、活路を見いだせる存在か。
そこから、後ろに何千、何万という兵を従わせられる存在か。
その遥か高見に選ばれる存在か。
ただ、知りたいだけ。
結果に、左右されないから。
共に登るか堕ちるか。
(俺は、どちらでもあなたに付き従うから――)
「……ダイヤモンドの宝石眼は、サファイアの宝石眼をこの舞踏会に連れてきたことをお怒りなのかな?」
まるで、諭されているかのような訊ね方。
クルスは、穏やかな表情でヴィレを見つめる。
年長者の圧倒的な余裕の表情。
それを打ち崩す術が、今の自分にはないから。
ヴィレは、顔を上げる。
同時にユーリは、目を見開く。
朗らかな笑みを浮かべる主を目の当たりにしながら。
クルスも、無意識に足を組むのを止めた。
「――いえ。サファイアの宝石眼にとって、その地位に就いたからこそ発生する役目を果たせる、非常に効果的かつ印象的な手法だったと思います。これで、サファイアの宝石眼は更に民衆に認められた存在になれることでしょう」
――彼女に代わって、礼をする、とヴィレは、高らかに宣言した。
(――勝った)
ユーリは、ただそれだけを噛みしめられた。
別になにかと勝負を競い合っていたわけではない。
しかし、彼もまた己の父親と同じように主に恵まれていたようだ。
愛する人を守ることが、愛する人の地位を脅かすこともある。
そういった、優しさ、情、思いやり。
そんな善意から生まれる悲劇ほど、語るのは忍びない。
だから、気づいて欲しかった。
愛する人を見守る強さを――。
ユーリはヴィレに求めた。
クルスがヴィレから視線を外し、席を立った。
そのまま窓辺に立ち、外を見渡す。
黄昏るその後ろ姿に見えるは、哀愁漂う背中。
何かを問い掛けているようにも見えて、無言で突き放されているようにも感じる。
正反対な、相対する感情が渦巻いているように見えた。
「……君は、間違わなかったようだね」
「えっ?」
ヴィレが聞き返す。
それに呼応するように、クルスが振り返る。
「俺は、女性を見誤ったのは、これで二回目だよ」
そう、言って嗤った。
いや、啼いたのか。
それは、判断できなかった。
だって、たとえ涙が溢れていても、その瞼から零れなければ、その瞳の輝きに吸収されて色を失わされるから――。
水たまりってね、本当は青色じゃないんだよ?
でも、水色だよ。
違うよ。
空の青が反射して、こうなっているだけ。
空に、本当の色を隠されちゃってるだけなんだよ。
そうなんだ、知らなかった――。
「……二回目?」
ヴィレの問いに彼は、微笑みつつそれ以上口を割らなかった。
だって、すでに約束してしまったから。
(先に、必ず全てを話すと約束した人がね……)
「そうそう、忘れてた!」
「「!?」」
いきなりの大声に二人が慄く。
打って変わって、また彼は幼い無邪気な少年を演じる。
もはや、演じているのかも怪しい。
本当に、彼のもう一つの人格。
逃げ道に見えた――。
「俺、シリンフォード侯爵に頼みたいことがあったんだ」
「私、にですか……?」
いきなり名指しされたユーリは、思わず己を指さし訊ねた。
「うん!……あのね――」
クルスは、まるで秘め事のように語りかける。
それに、ユーリは少々面食らう。
「それは、構わないですが……。なぜ、そんなことを?」
「まぁ、いいから、いいから。――じゃあ、頼んだよ」
そう言い残すと、まるでするっとすり抜けるかのように、軽やかな足取りで部屋を退出する。
残された二人。
がらんとした部屋。
それなのに。
なぜか、ふいにユーリは笑みを溢す。
「ユーリ?どうして笑うんで……笑うんだ?」
「いや、今日は祝杯でもしますか?」
「?」
不思議がる主を余所に、ユーリはその微笑みが止められない。
今日くらい、少し浮かれよう。
しかし――。
ターコイズの宝石眼からの依頼。
(不思議な依頼だったが、サフィー殿のため以外にも彼がこの舞踏会に出席したことには、なにか意味があるのだろうか)
ユーリは、締まりのない表情とまとまらない議題に悩みながら、その日を過ごすこととなった――。




