第四章 「レオ」
それからしばらくして。二人の距離は、いつの間にか大きく縮まっていた。リオネルはもう、獣人の暮らしを恐れてはいなかった。獣人の子供たちに囲まれて笑い、城の者たちと冗談を言い、森を歩くことを楽しむようになった。
そして、ある夜。二人きりの部屋で。リオネルが何気なくレオンハルトを呼んだ。
「ねえ、レオンハルト。」
レオンハルトの動きが止まった。
「……今、何と呼んだ?」
リオネルは自分でも驚いたように目を瞬く。
「え?レオンハルト。」
「前に一度呼んでくれたが、もうレオとは呼んでくれないのか?」
「レオ……?」
「もう一度。」
「……レオ。」
狼の耳が、ぴんと立った。大きな尾が、ぱたぱたと揺れる。
「嫌でしたか?」
「……逆だ。」
レオンハルトはリオネルを抱き寄せる。
「もう一度呼んでくれ。」
「レオ。」
「……もう一度。」
「レオ。」
レオンハルトは目を閉じた。
数か月前、人間の王から書簡が届いた。王の子供を一人嫁がせる、人間国は獣人の国に一切の手出しをしないので獣人国もこれを受け入れてほしい、という内容だった。いわゆる政略結婚の申し込みだ。
嫁がせるのは二人いる姫のうち好きな方を選んでよいとの事だったが、そちらの要求を呑むのでこちらの要求も呑んでほしいと、半ば嫌がらせのつもりで唯一の王子であるリオネルを自身の王妃に選んだ。
そのような形で決まった結婚生活で、相手への愛情が芽生えるはずはないと思っていた。だからといって冷遇するつもりは毛頭なく、最低限不自由のない暮らしを与え、彼が不満や困惑を覚えているようだったら使用人に改善させてきた。あとは可能な限り公務に同行させ、王妃として違和感のない振る舞いをしてくれればそれでよかった。
政略結婚の相手だったはずの王子から、人生で初めて与えられた愛称。それは彼にとって、何よりも嬉しいものだった。レオンハルトの胸に、今まで誰にも抱いたことのない感情が沸き上がる。これが”愛”なのか?
「……お前だけだ。」
「何が?」
「俺をそう呼んでいいのは。」
リオネルは笑った。
「じゃあ、僕だけの特別ですね。」
「ああ。」
「僕のこともリオと呼んでください。」
「リオ。」
「はい。」
「リオ……!」
「何ですか?」
レオンハルトの尾が、嬉しそうにリオネルの腰へ巻きついた。”二人だけの特別”がひとつ増えた。




