第一章 政略結婚
人間の国と獣人の国は、長い間争いを続けていた。十年以上前に結ばれた和平条約によって戦争は終わったものの、両国の間には未だに深い溝が残っている。
そんな中、人間国の王子―リオネルに一つの命令が下された。
「獣人族の王、レオンハルトと婚姻を結んでもらう」
それは、和平を確かなものにするための政略結婚だった。たとえ王子でも国王の命令には逆らえない。
そんな父・ボルス王の決定に従うしかないリオネルは、従者に連れられ獣人族の王宮へ向かう。せめて父の顔に泥を塗らないよう精一杯努めようと心に決めながら。
初めて会ったレオンハルトは、黒い髪に金色の瞳を持つ大柄な男だった。男の自分が嫁ぐのだから相手はてっきり姫君だとばかり思っていたが、まさか結婚相手は彼なのか?
頭には狼の耳、背中には大きな黒い尾。人間とは明らかに違う彼の姿に、リオネルは思わず息を呑む。
「……怖いか?」
低い声で尋ねられる。
「少しだけ」
正直に答えると、レオンハルトは意外そうに目を細めた。
「そうか」
「でも、逃げるつもりはありません」
「なぜ?」
「この婚姻が、二つの国の争いを終わらせるために必要だからです」
レオンハルトはしばらくリオネルを見つめていた。そして静かに言った。
「ならば、俺もお前を粗末には扱わない」
それが二人の始まりだった。
二人の婚姻の儀はそれから数日後に執り行われた。来賓は少なく、そのほとんどがレオンハルトに近しい獣人だった。リオネルの両親の姿はなく、人間国から参列したのは幼いころからリオネルの世話役だった執事のスチュワードのみ。彼は婚姻の儀が終われば人間国に帰ってしまい、人間はリオネルただ一人になってしまった。
まだ愛情などない。ただ、平和のために結ばれた二人の婚姻に、両国の民の多くは祝福などしていない。男の自分が獣王の妃に選ばれたのは、両国の血を引く跡継ぎなどいらないということだとリオネルは理解した。
しかし、この時すでに運命は動き始めていた。両国の争いを望む黒い影と共に―。




