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まだら牛の祭り  作者: 杜若表六


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 指窮於爲薪 火傳也 不知其盡也

 指を薪と為すこと(きわ)むれば、火傳(つた)わりて、その()くるを知らざるなり。

 (火が消えそうなときは)その指先を火に近づければ、火は伝わって、消えることがない。

 ――――荘子


 ようこそ、『まだら牛の祭り』の世界へ。


 さっそくで悪いのだが、まずは、私の独り言を聴いてはくれないだろうか? なんだって? 時間がない? いや、ほんの少しの間だけで構わない。たぶん、五分とかからないさ。けして、〝お暇な読者よ〟――なんてことは言わない。今は、そういう時代だ。

 それはそうと、私は今、おかしなことを諸君に頼んでいる。『独り言を聴いてもらう』――これは、明らかに矛盾した言葉の表現ではないか?

 そう、それこそが私の悩みなのだ。

 私の頭から常に次のような疑問が離れない――なぜ、人は時に矛盾した表現をするのか? 特に言葉の領域で……。

 そして、それがこの小説の主題だ。

 世の中には実際に〝心地良く退屈な音楽〟があり、〝胸のすくほど下手くそな絵画〟がある。しかしながら論理というのは矛盾を許さないから、言葉も必然として矛盾を許さない。つまり〝魅力的なほど胡散臭い小説〟などありえない。そのはずだ。

 だが、ありえないと言われていることに情熱を費やすことでしか発展はない。人類の悲願とは竟に〝完全に矛盾した矛盾〟を自らの手で創り上げることではないか? 

 たしかに〝神々しいほど不気味〟だとか、〝明確に意味不明〟だとかいった概念を表現するには、非常に長い時間と労力が必要である。この小説に読者がそのような矛盾した感慨を抱いてくれるかどうかはわからない。解釈は諸君に任されているということは言うまでもない。

 ただ、〝無理難題に対して努力する〟という命題自体は、けして矛盾ではないだろう。それが矛盾だとしたら、人類の歴史そのものがすべて矛盾にまみれたものということになってしまうではないか?

 そんなはずはない。少なくとも私はそう信じる。堕落した皮肉屋ではないから。かといって達観した覚者でもないから。上から見下ろしても、下から見上げても、どちらにせよ、世の中は正しく見えない。もちろん、正しく世の中を見ることが必ずしも人生の目的なのではないが。〝独自の視点〟という賞賛の言葉もあるにはある。それに、……。

 おっと、話が脇にそれてしまった。私の悪い癖だ。

 結局のところつまり、この小説の主題は矛盾しており、錯綜しており、恐らくは破綻しかかっているだろう。多少、あるいはひどく馬鹿々々しい筋立てもあるかもしれない。登場人物が何を言っているかわからない場合もありえる。しかしそのことが、まさにそのことこそが、この小説の本当に表現したい事柄なのだ。是非ともそこを諸君にも理解していただきたいのである……。


 さて、独り言はここまでとしよう。なんにせよ、この小説は一つの試みである。そう、賽の目は投げられた!

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