保護者(代理)面談
「よく来たわね、レニちゃん」
昨日の遠回りはなんだったのかと思うほどの迅速さで、王城の奥へと通される。待っていたのは王様ではなく、太后様だった。
ひょいっと細腕で抱き上げられて、ぎょっとする。
「可愛いドレスね、良い趣味。それに、とても似合っているわ」
「あ、りがとう、ございます、えと、これは、ベラが選んでくれて」
驚き過ぎてしどろもどろになるわたしに、気を悪くした様子もなく太后様は微笑んでいる。
「そうなの?可愛い」
そのままぎゅっと、ぬいぐるみのように抱き締められる。
「はい。その、フォルクナー侯とイルギニス侯のお取り計らいで、モルガン伯に仕立てて頂いたドレスなんです。生地とデザインは、ベラが」
「可愛い子の服を考えるのは楽しいものよね、ね?」
「そうですね、レニは可愛いので」
わたしを抱っこした太后様に問い掛けられて、絶世の美少女のベラが頷いている。
美少女にお世辞で可愛いと言われると、いたたまれないんだけどな。
「わたくしもベラちゃんって呼んで良いかしら?」
「身に余る光栄です」
「ありがとう。ベラちゃんも素敵なドレスね。それもベラちゃんが選んだの?」
わたしを抱っこしたままベラと話しつつ、太后様がソファに向かう。
「はい。と言っても、わたしは意見を出しただけで、デザインしたのは仕立て屋ですが」
「それでも魅せ方をわかっていないと、似合う服にはならないわ。仕立て屋の腕ももちろんあるでしょうけれど、ドレスの方針を決めたのはベラちゃん自身でしょう?誇って良いのよ。さ、立ち話もなんですから、座って」
「ありがとうございます」
そつなく太后様の正面へ座るベラとは対照的に、わたしは抱かれるぬいぐるみだ。ソファに座った太后様の膝に乗せられて、途方に暮れる。
「恐れながら、太后陛下?」
「ええ、なにかしら、モルガン伯」
「レニが困っているので、せめて隣に座らせてあげて貰えますか?」
見かねたベラの父からの助け舟。
「……」
にこっと黙殺する太后様。
「はじめの印象は大事ですよ陛下。意を酌んでくれない婚家だと思われたいのですか?」
食い下がるベラの父。
「……わかったわ」
渋々、と言った態度を隠さずに、太后様がわたしを横に座らせ直す。わたしは視線で、ベラの父へと感謝を示した。
「わたくしにとっても、こんな風に触れ合える相手は貴重なの。許してね」
困ったように微笑んで言われると、むげにもし辛い。
「えと、ベラで慣れてはいるので、触られるのは、平気です」
「ありがとう。ベラちゃんも、よろしくね」
ベラが差し出された太后様の手を取る。
このふたりの、魔力量の差は、どうなっているのだろうか。少し不安になったわたしに、ふたり分の笑みが向けられる。
「ベラちゃんの魔力はわたくしより少し多いわね。人間としては破格の魔力だわ」
「太后陛下の魔力は、姉さまより多くていらっしゃるわ。わたしに触れても、わたしが触れても大丈夫よ」
そうなのかと、安堵する。
「他人は気にするのね。自分が触れられるのは、気にしないのに」
「優しい子ですから」
ベラがあっさりとわたしを褒め、尋ねる。
「太后陛下とお話しするために、レニは呼ばれたのでしょうか」
「そうではないのだけれど、まだ揉めていてね。結論が出ていないのよ」
「一晩かけて、まだ、ですか?」
いや、昨日の今日は早いと思うよ。
「そうねえ。どんなに話し合ったところで、大枠は変わらないけれど、それに絡んだ利権が問題、と言ったところかしら?」
「大枠」
「レニちゃんの嫁ぎ先ね」
あまりにあっさり言われて、とっさに理解が追い付かなかった。
「可哀想だけれど、その点は家柄が良かったわよね。高過ぎず、かと言って、低過ぎることもない」
誰が、可哀想で、誰にとって、良かったのか。
「そうですね。しかも、レニに礼儀作法を教えたのは母です」
「そうね。まだ十二歳だからいくらでも学べるとは言え、基礎が出来ていて悪いことはないわ」
「あの」
彼女は、気にならない、のだろうか。
政治的な思惑がどうあれ。国の方針がどうあれ。
「太后様は、よろしいの、でしょうか」
このひとは、王様の、母だ。
「魔族でない娘が、王様の、妃となって」
「あら、どうして?」
「だってわたしは」
どんなに頑張っても、どうしようもなく。
「あなた方よりずっと早く老いて、死んでしまうのに」
太后様が目を見開いて、わたしを見下ろす。
「こう言う子なんです、レニは。理解して、諦めて下さい」
どう言う意味だろうか。それは、ベラのように天才でも賢くも美人でもないけれど。
「わたくしの夫も、人間だったわ」
「はい。だから、その」
こんなこと、会って二日の小娘が、言うことではないかもしれないけれど。
「寂しく、ありませんか?置いて、行かれて、しまって」
「そう、ね。寂しくないと言ったら、嘘になるわ。でも、わたくしには、息子たちがいるから」
美しく微笑んで、太后様が言う。
「ひとりではないわ。それにこうして、新しい娘もやって来てくれたもの。ふふ。孫を見るのが今から楽しみよ」
孫。なるほど。孫か。
「と言っても、レニちゃんと言うより息子の方がね。女の子どころかヒトに触れることすら初心者だから、気長に待つわ」
「あまり気長にされると、レニが老いますが」
「そうね。そこまでは待たせないでくれると良いわね」
太后様がわたしの頭をなでて、目を細めた。
「レニちゃんがまだ十二歳で、良かったわ。あなたと一緒に、あの子も成長出来る」
どこか悲しげな、笑みだった。
「わたくしが魔族で、夫が人間だったから、あの子を孤独にしてしまった。父母でさえ、あの子を満足に、抱き締めてあげられなかった。手を握り、頭をなでてやることすら、ろくに出来なかった」
ごめんなさいねと、太后様は呟く。
「嬉しいの。レニちゃんが見付かって。あの子の孤独を、癒せる子が現れて。それが誰を悲しませ、不幸にすることだとしても。母としても太后としても、わたくしはレニ・メレジェイを、王家に貰うわ」
底辺とは言え、わたしも伯爵家の娘だ。
「それが王の決定なれば、臣民として、謹んでお受け致します」
太后様が目を見開き、それから、ぎゅっとわたしを抱き締めた。
「ありがとう、レニちゃん。わたくしたちの天使」
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