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屋敷に戻ると、二人を出迎えるために、アルバートが外に出て待っていてくれていた。ミオはデリックにゆすられて起こされて少しぼんやりした頭で馬車から降りた。
それから癖できょろきょろとイーディスを探してしまった。なんせいつもミオたちが出かけるときには、行きと帰りに必ず外に出て見送りと出迎えをしてくれる。
それが今日はアルバートしかいなくて首をかしげてから、彼女が最近休日に出かけていたことを思い出す。
行き先は聞いていないが、帰ってくるとイーディスは悟られないようにしているみたいだったがとても疲れた様子が伺える。
心配だねなんてダイアナとデリックと話をしたのが記憶に新しい。
「おかえりなさい、二人とも。今日は問題なくテストを終えられましたか?」
「……ルチア、どうして今日は姉さまについていないの?」
今日の学園の事について聞いてきたアルバートを無視してデリックはアルバートの肩に乗っていたルチアに話を振った。するとルチアは「かぁ」と鳴いてすぐにばさりとデリックの方へと移動してくる。
「カーッ!」
「え、嘘」
「カァ!」
「うん……そうなの?」
デリックは何か主張のある様子のルチアと真剣に話をしていて、アルバートと二人してミオは彼らの会話が終わるのを待った。
少しして一頻り話しは終わった様子でなんの話だったのかすぐに聞きたくなったが、デリックの深刻そうな表情に、ミオはせかすこともなく、彼が話し出すのをただ待った。
「……兄さま、姉さまはここ最近、教会の資料の為にジェーンに会いに行ってるって……本当?」
「……」
「一人であの人のところに行って、酷いこと言われて、それでも説得するためにいつも休日はいないって……ルチアが言ってる」
……ジェーンって……アルバート兄さんの元婚約者のやばい人だったっけ?
二人を女性恐怖症になるまで虐めて、今でもデリックに必要な古い文献を渡さない酷い人だったはずだ。そんな人のところに毎週会いに行っていたからあんなに疲れた様子だったんだとわかった。
「ジェーンは怖い人だ、兄さまっ! 姉さまは優しい人だから絶対、酷い事されてる以上の事になってるじゃんか」
「……それは」
「俺の為に、姉さまがそんな風にされてんの俺、嫌だよ!」
デリックはアルバートに詰め寄って、辛そうに言った。イーディスからミオも獣の女神の伝説についてとデリックの今後の為に資料が必要だという話を聞いている。
それを手に入れるためとは言え、イーディスが自分たちが恐れて逃げ出すような相手に立ち向かっていると知れば当然のことだと思う。
「兄さまはそう思わないの?」
どんと兄の胸板を叩いてデリックは問いかけた。それに先ほどからずっと煮え切らない態度だったアルバートも難しい顔をして、相変わらず気弱に返した。
「思うけど……俺が行っても、助けにはなれません。イーディスの足を引っ張るだけなら、いない方がましでしょう?」
「っ、じゃあ俺の事なのに、姉さまに辛いこと全部預けてしまえばいいって、思ってるって事っ?!」
「デリック、俺も貴方も何もできません。ジェーンの元に行って、彼女に逆らえますか!」
デリックの言葉に触発されたように、アルバートも声を荒げて、デリックの肩を掴んだ。いつの間にかデリックは泣き出してしまいそうな様子で、彼らはお互い苦しそうだった。
「でもっ無責任じゃんか! 俺の問題なのにっ」
「それでも……イーディスの邪魔をするわけには……いかないですよ。彼女なら……何かうまくやるかもしれませんし……」
絞り出すようにアルバートが言った言葉はとても無責任だったし、そんなのは空想だと思う。
でも、アルバート自身、イーディスが酷い目に合って、デリックとアルバートの代わりに情報を手に入れるために傷ついてもいいと思っている様子ではないのは、その表情からわかった。
「だから……待つしかありません。デリック、ここにいてください」
「兄さまっ!」
たしなめるように言うアルバートに、納得いかない様子でデリックは兄を呼ぶ。今、ミオに言えることはない様子だったし、この件に関しては完全に他人だ。
それでも、ミオは筋が通らない事が嫌いで、アルバートは気弱で、とてもじゃないけど、イーディスより頑張って元婚約者を何とかできるとは思えなかったけれどそれでも、今と昔は違うと思う。
「……アルバート兄さん。……私も、イーディス姉さんのところに行った方がいいと思う」
「ミオさん、貴方まで……」
「ただ、イーディス姉さんが心配だから言ってるんじゃないの。……やってみないと変わってるってわからない事ってあると思う」
デリックと同じように窘めようとしたアルバートにミオは続けていった。
彼は確かに大人で、仕事もしていてミオよりもきちんとした人だ。少し気弱だけど。
それでも、ミオの中にある実体験は他人にアドバイスできるだけのものだと思う。
「私、この世界に来てしまって、絶対に元の世界の事も忘れられないしずっと悲しいままだって思ってた」
「……」
「でも、イーディス姉さんたちに沢山面倒を見てもらって、それでも変わらないって思ってたけど……前を向いてみると案外、できるんだなって自分でもびっくりした」
ただ人から与えられて、受け取っただけのミオが偉そうなことは言えないと思うけれどそれでも、アルバートだって、きっとイーディスに救ってもらった、だから同じだ。
「アルバート兄さんには、頑張って守りたいって思える人がいるでしょ。だって夫婦なんだから、それより優先することなんかないよ。……私、二人なら大丈夫だって思う!」
「お、俺も!」
「イーディス姉さんがいれば、アルバート兄さんは強くなれるよ!絶対!」
「そうだって兄さま、姉さまは少し抜けてるから、助けてあげないとっ」
「そうよ、そうよ!」
二人してアルバートなら何とかなると応援すると彼は、何かを言おうとした。しかし、一度言い淀んでから「そうですね」と返して、彼はいつもは見せないとても難しい顔をしてルチアを呼び寄せた。




