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……別に全然好きとかじゃないけど、これからも話を聞いてくれる方がいいし、それなら一緒に学園に通ってた方が良いんだから!
そんな風に心の中で、彼を助ける言い訳を作ってから、バシンとデリックの背中を強めにはたいた。
「ちょっと待って、そこの三人組!!」
負けず劣らずミオは大きな声で言った。ミオに叩かれてデリックはびくっと背筋を伸ばして多少きりりとした。
「そこの三人組よ!! 獣の女神の聖者が何ですって? 言ってみなさい!!」
指をさしてずかずかと歩み寄って彼らに声をかける。そうすると周りの生徒も彼らに視線を移して彼らが当事者かと認識した。
「っ、か、彼が、俺をこの魔獣を使って襲わせたんだ! 獣の女神の聖者はやはり危険なんだ!!」
ミオに詰め寄られて男子生徒も負けずに大きな声で言った。それにすぐにしゃがみ込んでミオは「それってこの魔獣って言ってたわよね!」と確認するようにキョトンとしている小さなリスの魔獣を拾い上げていった。
「そうだ!! あんなに狂暴になるなんて、恐ろしかったんだぁ!!」
「そうよ! そうよ! 危険だわー!」
……だから貴方はそのセリフ以外なんか言えないの?!
相打ちを入れる女子生徒にそんなツッコミを心の中で言ってから、もうこの状況ではデリックが獣の女神の聖者だと否定することは出来ないと判断してすぐに別の案を考えついた。
多少危険だとわかっていても選択の余地はなくミオは彼らを睨みながら、その魔獣を連れてデリックの元へと戻りながら杖を手に取る。
「わかった! そこまで言いうのなら再現してみましょうよ!」
「へ?」
「え?」
「ミオ?」
ミオの言葉に男子生徒たちもデリックも間抜けな声を出して、驚いたその間抜けな声に少しスカッとしつつもミオは、デリックに厳しい視線を向けて、小さな魔獣を差し出した。
「デリックやって見せて!!」
「え、や、やりたくないっ、そんなことっ」
「いいからやって!!」
「でも、けが人が出るから、それに可哀想じゃんっ」
渋るデリックにずいっと魔獣を差し出した。これ以外に方法はない。たしかに魔獣は可哀想だけれど使役できるというのなら凶暴化しても元に戻してあげられるのだろう。
戻るのなら、初めて目にしたこの魔獣よりも、ミオはデリックの事を優先したい。いわれのない糾弾をされて、可哀想なのはデリックの方だ。ミオはそんなことは到底許せない。
「何とかする!! デリック……私を信じて」
説得するだけの時間もないし根拠もない。
それでもお願いとデリックを真剣見つめた。まだまだ少ない時間しか一緒にいないけれども、これから一緒に時間を過ごして彼とやっていきたいと思うのだ。
そう思うことは前の世界に対する、裏切りのような気がして今まで誰にもそういう事は求めなかった。
だから泣きたいときは一人で過ごしていたし、心の整理をつけられなかった。でももう、帰りたいと泣いているだけの子供ではいられない。居場所を与えてもらって気遣ってもらって、そして優しくしてもらった。
……私も、優しくしてくれたデリックに居場所を与えたい!
強くそう思えば、それはわずかに伝わったのだろう。デリックは震える手でその魔獣に手をかざして、ふわりと魔力のキラキラと光る粒が待った。
瞬間、ぶわっと風が巻き起こり、小さなリスだった魔獣は中型犬ほどの大きさになって地面に降り立ち、再現しようといったミオの言葉通りにジャッと地面をけって男子生徒に襲い掛かった。
「うわッ!!」
男子生徒はとびかかられて、立派になった魔獣の爪で今にも引き裂かれそうだ。
その瞬間を多くの野次馬たちは捕らえて、目を覆うもの、すぐさま魔法を使おうとするものなど様々だった。
しかし、魔法の展開は加護のあるミオが一番早く、杖を軽く振るだけでミオ想像通りの場所に瞬時に石の盾が形成されて魔獣の攻撃は盾を大きくえぐる。
「デリック止めて!!」
それから叫ぶように言った。するとデリックはすぐに獣の姿になって駆け出しすぐに人の形に戻る。その手の中には小さなリスに戻った魔獣が横たわっていた。
……よしっ!!
うまくいったが、気を抜かずにミオはそのまま杖を振って野次馬たちに見えるように石の盾を移動させて、高らかに言う。
「デリックは確かに獣の女神の加護を受けた聖者よ!! でも不用意に人を襲ったりしない!! 彼らは襲われたなんて叫んでいた時にこんな重症になる傷を負っていなかった!! 今の反応を見ていれば彼は攻撃を避けることなんてできないのもわかったはず!!」
周りの生徒はざわめく、続けてミオは言った。
「たしかに、怖い伝説はある! でもその伝説だってただ迫害を受けたからその仕返しをしたというだけ! 偏見にまみれてこうやって陥れようと嘘をいうような人たちに騙されて、また獣の聖者を迫害するようなことさえなければ人なんか絶対に襲わない!!」
息が切れて、体が震えたそれでも、無実を証明するためにミオは声を張り上げた。
「デリックは、現に襲われたなんて嘘をついた人の悪意に怯えて何も言えずにいた!! そういう心優しい聖者よ!! 伝説を使って他人を貶めようとするような人に騙されないきちんとした貴族の皆には理解してもらえたと思う!!」
人の上に立つものとして貴族たちはしっかりと己の目を使って学び、真実を見抜くために自分の考えをもって生きている、ミオはイーディスにそう教わった。だからこそ信じてもらえると思っていた。
しかし、彼らの視線は、まだ訝しむような懐疑的なようなそんな目線が多い。
……ここまでしても、信じてもらえないの?
不安になってさらに、続けようとした。しかし、小さな拍手の音がパチパチと聞こえて、ミオの演説が誰かの気持ちに届いたのだと思う。
その音は次第に広がって、誰が肯定するわけでもないが、この場の正義はミオにあるのだという雰囲気に包まれていく。
「……ありがとう。……騒ぎを起こしてごめんなさい、私たちはこのあたりで失礼します」
彼らが、正しく事を理解してくれてミオの留飲も下がり丁寧に言って、それからデリックを陥れようとした三人の名前だけでも知って帰ろうと振り向いたが、そこには誰もいなくて、今の間に急いで逃げていったのだとわかる。
……逃げ足だけは早いなんて、本当に悪党って感じ。
はぁ、とため息をついてミオはデリックを連れて、信じてくれた魔法学園の生徒たちにお辞儀をしてから馬車への道のりを戻ったのだった。




