第36話「新たなる翼」前編
「暇」
明けの明星と皇女派帝国軍の会談から1週間後。月の帝都にある武装法務隊本部でメイはそう呟いた。
「仕方ないでしょ。仕事無いんだし」
「事務仕事も無くなるなんて思ってなかったもん。お見合いも無くなったから良いけど……」
「まあまあ」
「……マイリアの友人という理由で、飼い殺しにする連中だ……期待なんて無理だろう」
「つーか、そんなんだったら呼ぶなっての」
マイリアと級友である彼ら、特に幼馴染のように親しかったメイは警戒され、武装法務隊の業務からは遠ざけられていた。家柄からか監視こそ付いていないものの、隔離されているようなものだ。
最近していることといえば、この暗赤色を基調とした軍服を着て、雑談に興じることくらいだった。
「でもさ、これで良かったんじゃない?だってマイリアと戦いたくなんてないでしょ、誰も」
「……ああ」
「むしろ、向こうに行きてぇよ。こっちはキツいだけだっての」
「私は、その……」
無論、彼らとしてもこの状況に甘んじるのは良くないと考えていた。というか、マイリアの方に立ちたいという重いが強い。
だがメイが結論を出さないため、先延ばしにしている状態だ。いや……結論を出さないというより、出したくないようにも見える。
「ちょっと、その話って昨日もしたでしょ」
「あ、すまん」
「まあ?答えないメイも悪いけど」
「ごめんなさい……」
「……ここに居続けるのは滅入るか」
「じゃあ、街行く?気分転換くらいできるんじゃない?」
「そうすっか」
「うん、良いかも」
そんな風に詰まった状態なので、良い意見が出るはずもない。気分転換は必要だろう。
もちろん、それは無断外出ではあるが……仕事も監視も理解も無い中で勤労意欲を保てるような面々では無かった。
「シア、どこに行くの?」
「じゃあ……新しいクレープ屋ができたって聞いたから、そこ行かない?」
「うん、行く。美味しいって私も聞いたよ」
「よし、決まり。確かこっちだったかな。地図は……あ、2人は護衛よろしく」
「……そのために誘ったのか」
「ま、仕方ねぇな」
「よし、見つけた。行くよ」
「うん」
行先も決めた4人はその勢いのまま本部建屋から出る。勤務時間中ではあるが、色々と問題が絡んでいるため、咎める人間はいない。彼女達はそんな扱いだった。
なお、軍服のままでいるのは気分が良くなかったため、宿舎で私服に着替えてから店へ向かった。
「私はイチゴかな。シアは?」
「あたしはチョコにしとく。メイ、あっちのベンチが空いてるから、向こう行かない?」
「うん、良いよ。はい、これ」
「あ、ありがと」
そして2人はクレープを受け取ると、近くの公園へ移動し、ベンチに座って食べ始める。それだけ見れば微笑ましい絵だろう。
だが職務上、それだけに構ってはいられない。護衛役に徹していたアクトが声をかけた。
「……今良いか?」
「なに?」
「どうしたの?」
「……新しい情報だ……帝都でテロの可能性があるらしい」
「え、そうなの?」
「本当だったら大変じゃん。でも、動きなくない?」
「……これ以上は自分の権限だと無理だ」
「じゃあ貸して。私のIDで……出たよ」
アクトの端末を借りたメイは自分のIDを入力し、全文を提示させる。
少佐になったメイの権限はかなり広がったため、見れない情報の方が少ない。
「あ?何じゃこりゃ」
「えっと……何これ?」
「抽象的過ぎない?」
「……だが、具体的なものもある」
だが、その情報は少しおかしなものだった。
素人だとしても、見ればすぐに分かるほどに。
「とりあえず、3日以内にテロが起きる可能性が高い、ってことで良いのかな?」
「……恐らく、そうだ」
「けどよ、警告範囲が微妙過ぎねぇか?」
「ここの近く、だけど……」
「この辺りに重要な建物なんて何もなくない?」
「無いよね?やっぱり」
「……住宅街だ……それも、古く区画整備が今と違う」
「意味ねぇだろ、それ」
彼女達が言う通り、テロの対象とするには余りにも無意味な地域だ。重要な施設は無く、人が集まるわけでもない。
明らかに変だ。
「うーん……何でだろ?」
「誤報じゃない?」
「でも、ここだと……あれ?消えた?」
「……誤報だったか」
「かな?」
「そうなんでしょ」
そんなことをしている間に情報ファイルが消えたため、4人は誤報だったと判断した。もしくは入力ミスかもしれない。
ともかく、これ以上気にする必要は無いだろう。
「じゃあ、食べたら別の所に行く?何も決めて無かったけど」
「あ、良いんじゃない?メイはどこか行きたい所ある?」
「ううん。シアは?」
「あたしも特に無いんだよね。服買う?」
「何回も買ったよね?この前の、まだ着てないもん」
「ごめん、忘れてた。それに、こいつらにファッションショーを見せるなんてアレだし?」
「ひでぇなおい」
「……気にするな」
行きたい所が特に無いというか、暇過ぎて色々と行った結果、候補が尽きたと言うべきだろう。
そんな状況であったが戻る気にはなれなかったため、とりあえず街の通りを歩くことにした。
人はそこそこいるものの、平日の昼間であるためか、あまり目立ってはいない。
「そうだ。ねえ、メイ」
「どうしたの?」
「リントのこと、まだ引きずってる?」
「ぁぅ……うん」
「やっぱり。時々暗い顔してたからね……何考えてるのかはさっき気付いたんだけど」
「だって、私、あんなことしちゃったし……リントだって、私なんて……」
「ウダウダし過ぎでしょ、まったくもう」
「でも……!」
「はぁ……」
そんなことを宣うメイに文句を山ほど言いたくなったシアだが、言っても効果が無いことは知っている。経験則として。
そのため、結局新しいことは何も言わずに終わった。自分ではこれ以上は無理だと、改めて確認したために。
「ま、それはもういいや。メイ、行くよ。ゲームセンターとかなら良いんじゃない?」
「あ、良いかも。行こ行こ」
「やっと乗り気になったけど、負けないよ。あたしだってゲームは得意だし」
「私も色々やってたよ?」
「リントと2人で行ったりしてたでしょ?」
「う、うん……あれ?」
強制転換された話題により、どうにかメイの機嫌が直った。そのまま4人は、というよりメイとシアは目的地へ進もうとする。
だがその時、少し先の路地から変なものが見え、メイは首を傾けた。
「メイ?」
「ちょっとごめん。さっきここに……」
少し慌ててそろ路地を覗くと、横道へ入っていく黒マントの姿が見えた。
「待て!」
それを認識した瞬間にメイは走り出し、不審な黒マントを追いかける。
後ろの3人は状況を理解できなかったが、とりあえずメイの後を追った。
「ちょっとメイ!どうしたの!」
「不審者!テロリストかも!」
「マジかよ⁉︎」
「さっきの本当だったの⁉︎」
「……急ぐか」
メイ達4人は隠し持っていた拳銃を取り出し、追いかける。だが、2人の黒マントとの距離はほとんど変わらず、追い付けない。
メイ達が角を曲がると、次の角を黒マントが曲がっているところが見える程度だ。
「何だあいつら、速えぇ」
「走って!追いつかないと……!」
「分かってるけどよ!」
「この先、確かさっきの情報の場所じゃない?」
「それって、危ない!」
「えっ⁉︎」
黒マントは2人組だが、背の高さは大きく異なる。アンバランスにも関わらずこの2人は息が合っている。
そして、背の高い方は銃弾を放ってきた。サイレンサー付き亜音速弾使用拳銃なため銃声こそ響いていないが、狙いは正確だ。
4人の方はメイが気付いて避けたり避けさせたりしたため無傷だが、反撃はできていない。
「撃ちやがった!」
「……要注意、か」
「気をつけてね」
「ありがと、メイ。あとごめん」
「良いよ。それより行こう」
銃撃の頻度は高くないものの、距離を詰めようとしたタイミングで撃たれるため、黒マントとメイ達の間はほとんど変わらなかった。
「また!」
「危ねぇ⁉︎」
そんな追いかけっこを始めてから約10分後、ようやく終わりが見える。
「あいつら!いつまで逃げるんだよ!」
「そりゃ逃げるでしょ!」
「……確か、あの先は行き止まりだ」
「なら、やっと!」
そしてようやく、黒マント2人を行き止まりに追い詰めた。
メイは拳銃を構え、問答を行う。
「誰?そんな格好で、何でここに……」
「メイ、後ろ!」
だが、追い詰められたのはメイ達の方だった。
4人の後ろにも黒マントが2人現れ、そちらは既にアサルトライフルを構えている。
「……囲まれたか」
「ちっ、てめぇら!」
「失敗した……!」
「何のつもり?私達を人質にしても……」
「いや、違う」
黒マントはフードを取る。すると……
「久しぶりだな」
「え、リ、リント……」
その下から、凛斗が顔を見せた。
また、他の3人もフードを取って素顔を晒す。その中の1人、クリスも声をかけた。
「やっほー、みんな元気?」
「生きてたのね、クリス。良かった」
「うん。リント君に守ってもらってたから」
「おいおいリント、こんな所に来て大丈夫かよ?」
「大丈夫じゃないな。だから要件は手早く済ませたい。ただ、その前に話がある」
そう言うと、凛斗はメイに向き直る。
メイは少し怯えるような姿を見せつつも、凛斗を正面から見据えた。
「メイ、俺はメイが慕ってた人を殺したんだな」
「うん……でも、私も殺しちゃったんだよね?凛斗の大切な人を」
「ああ……殺した、殺された。そんなの今まで何回もあったし、仇討ちは終わりにしたんだけどな。俺は……」
「私は、嫌だったから……誰かがいなくなっちゃうのが嫌で……」
凛斗とメイ。同じであり、違う人間。同類であり、異なる世界で暮らした存在。
「けど」
「でも!」
だからこそ、この2人は理解し合うことができた。
一方的ではなく、双方で知ることができた。
「メイ、俺はお前に兄貴を殺させた自分自身を恨んでた。なのに、自分勝手な思いを押し付けた。最低だよな」
「私は、守れなくて、悲しくて……なのに、それを全部リントに押し付けちゃって……本当は違うのに……」
「だから、俺に恨みなんてない。いや、違うか……あんな戦い、やる必要なんて無かったんだ。本当は……ごめんな、メイ」
「うん、私も……ごめんなさい」
「けど、もう心配しなくて良い」
「え……?」
「大丈夫だ。俺は今、ここにいる」
「うん……」
泣きそうになるメイの頭を撫で、宥める凛斗。懐かしく、求めていた光景。それは同じ時を過ごした誰もが願ってきたこと。
なおその頃、2人から少し離れた位置では……
「ほら、やっぱり同じだった。だよね、マユちゃん?」
「ちょっとクリス、わたしは……」
こんな会話が行われていたのだが、2人は知る由もなかった。
「それでリント、要件って……やっぱり?」
「ああ。俺達は今、皇女派に協力してる。そしてマイリア、皇女殿下はお前らにも来て欲しがってる。考え方はこっちなんだろ?」
「でも、今は……武装法務隊に入っちゃってるし……」
「はぁ……」
そう言うメイに対し、凛斗は溜息を吐きつつ、言葉を選ぶ。
彼女の本音はもう理解していた。
「なあ、メイ。その場所はそんなに居心地が良いのか?」
「それは……違う、けど……」
「隠すな。今のメイは何かに……いや、自分自身の出す結果に怯えてる。何かをして、何も出来ないことが怖い。さらに悪くすることが怖い。そうだろ?」
「っ⁉︎」
「やっぱりか」
「うん、そうだよ。だって私は……」
「それなら、俺を頼れ」
「え?」
その言葉が予想外だったのか、メイは上目遣いに凛斗を見上げた。
その可愛らしさに倒れそうになるが、彼は話を続ける。
「もし世界の全てがメイの敵になったとしても、俺だけは絶対にメイを裏切らない。もう二度と、メイを悲しませたりなんてしない。俺は未来永劫いつまで経っても、メイの味方だ。メイがどんな選択をしたとしても、絶対に受け止めてやる」「リント……」
「だから……だから来いよ、メイ。俺と一緒に」
「……うん、うん!」
それを聞き、感極まったようで、メイは凛斗で抱きついた。そして凛斗はしっかり受け止め、抱きしめる。
ようやく、あるべき所にあるべき相手が収まった。そういう思いが2人を満たしていた。
「凛斗……」
「ごめんね、マユちゃん」
なおこの時、繭が悲しげな眼をしていたことに気付いたのはクリスだけだった。
それには気付かなかったものの、凛斗はメイを抱きしめながら、他の3人にも語りかける。トラン達は呆れつつもそれに答えた。
「お前らも同じで良いか?」
「良いんじゃない?どうせ、メイを説得できたらそうするつもりだったんだし」
「説得失敗しちまったけどな」
「……結果的には良いだろう……だがリント、説明は求める」
「分かってる。ただ、その話は後だ。戦いが待ってるぞ」
「げっ、マジかよ」
「当然だろ。とりあえず、ここから逃げ出さないとダメだな。暴れるぞ」
「了解だ。で、どうすんだよ?」
「そっちの3機の格納庫は協力者が確保してる頃だ。向かってくれ。俺達は来た所だな。繭、聡、クリス、向こうは任せる。先に出てて良いぞ。メイ、ついて来い」
「うん」
トラン達は格納庫が違い、繭達とは乗ってきた輸送艦が違うため、凛斗とメイは他6人と分かれる。そして、2人は走り出した。
ついでに、凛斗は祝福の言葉をかける。
「ああ、そうだ。メイ」
「なに?」
「誕生日おめでとう」
「あっ……ありがとう、リント」
その言葉をどれだけ待ち遠しにしていたか、それを知っているのはメイだけだった。




