第19話 Believer
皆は真似しちゃダメだよ!by涼君
「こちら、アルファ・ツー。所定の位置につきました。オーバー」
「こちら、アルファ・ワン。標的を発見。これより所定のポイントまで誘導する。以後、標的に感づかれる恐れがある為、返答はできないものとされたし。こちらからの通信は、緊急以外ないものと思われたし。オーバー」
「こちら、アルファ・ツー。了解です。ご武運を。オーバー」
「こちら、アルファ・ワン。ああ、通信を終わる」
俺は首飾りから手を離し通信を終え、息を吐く。俺たちは今、西区の冒険者ギルドの前にいる。正確には、冒険者ギルドの建物と横の建物の隙間の道にいる。ここなら、誰もいない上に何かあっても、逃走経路もあるので問題ない。更に逃走用の煙幕弾も作成済みだ。
しかも、マスターさんが人払いの魔法をかけるといった念の入れようである。よっぽどの事がない限り、これで関係ない人が迷い込んでくることはないであろう。
まぁ、みんな分かっていると思うが、勿論ターゲットとはエリーさんだ。俺とマスターさんは考えうる限りの人を挙げていったが、やはりエリーさんに落ち着いた。もう、この魔法はあの人だけの魔法と言っても過言ではない。
そして、服装だがもし見つかっても顔がバレないように、俺はマスターさんが貸してくれた、認識疎外の魔法が組み込まれたフード付きのローブを羽織り、更に仮面を被っている。ここが日本なら完璧不審者だが、こちらでは結構着ている人がいるし、フードをかぶって顔を隠している人がいるので悪目立ちはしない……多分。
そして、何よりこの場所には罠が仕掛けてある。さらに、万が一バレてしまった時の為に『ドッキリ大成功!』パネルまで作成した。正直ここまでする必要がなかったのだが、作戦に対し、俺たちはテンションが果てしなく上がってしまった為、ノリで用意したのだ。ノリとは本当に怖いものだ。
そして、通信を終えた俺は物陰に隠れ、ターゲットが来るまで息を殺し待つ。
体感で数分間ぐらい待っていると、じゃりじゃりと誰かが歩く音が聞こえた。
俺はターゲットが来たと思い、その姿を確認すると案の定エリーさんだった。そして、エリーさんは荷物を両手で持ち足元が見えていない。こちらには好都合だ。
今日のエリーさんの恰好は白のシャツに、ロングスカートとシンプルかつ清楚な格好だった。スカートがロングスカートとは、多少難易度は上がるが問題ないだろう。どうやら、マスターさんは上手くやったらしい。流石、決める時は決める男だ。
ゆっくりと歩くエリーさんは目印を置いた位置を通過する。その瞬間俺はロープを引いた。
ロープはピンと張られ、足を引っ掛け転ばせるような単純な罠だ。断わっておくがこの罠にかかって、エリーさんが怪我をしないように、マスターさんが地面をクッションの様に性質変化させてある親切設計だ。
まぁ、やっていること鬼畜の所業なのは変わらないがな!
「きゃっ」
エリーさんの可愛らしい悲鳴と共に前のめりに倒れる。ここだ!俺達が狙っていたのはこの瞬間である。エリーさんがコケた時に、偶々神の悪戯でめくれてしまうスカートを狙ったのだ。
そう、世間で言うなら『ラッキースケベ』だ。それは神に愛された者しか恩恵を受け取れないという伝説の光景。それを俺たちの手で実現させようという壮大な計画なのだ。
だが、現実とは厳しく、俺はエリーさんを見るが彼女のスカートはめくれていなかった。どうやら、俺の『神からの愛』では足りなかったらしい。仕方がなく、俺は魔法を唱えた。正直、初めは魔法の練習の為だったのだが、もう俺たちの目的は変わっていた。
「『草花に恵みを、暖かで穏やかな、春の訪れを知らせる風よ』吹け≪春風≫」
俺の初めての魔法は無事成功し、俺の右手から出現した暖かい風が、エリーさんのスカートを襲う。
やった!そう思った瞬間、凛とした声が聞こえた。
「『我は戦の女神の加護を受けし者。我らを守る鉄の壁を』阻め≪鉄壁≫」
すると、舞い上りもう少しで生足が見えかけていたスカートが、不自然に治まっていく。
「なん……だと……!?」
「そこの物陰に隠れている奴出てこい!か弱き乙女になんという狼藉を!」
その声の主は、美しい若い女性だった。ミニスカと二―ガードとすね当てで、素晴らしい絶対領域を兼ね備えた脚。キリッとして整った顔立ち、モデルの様な体型、長く伸びた美しい髪を後ろで括っている。どこかで見たことあるような、鋼鉄の鎧を所々に纏い騎士のような恰好をした……美人だ。
普段ならそんな美人の登場に泣いて喜んだのだが……俺の心は「あの女!なんという事を!俺たちの努力を!」もう、そんな気持ちで全てが埋め尽くされていた。
皆もお分かりだろうが悪役は完璧俺達の方だ。でもね、あと一息だったじゃん!こっちは、めっちゃ悔しいんだよ!
俺の居る場所もバレているし、相手は人払いの魔法を諸共しない実力。どうせ、俺程度の戦闘能力ではこの女には勝てないだろうし、逃げきれないだろう。
ならば……ならば死なば諸共だ!俺は物陰から出て行き、騎士の恰好をした女とエリーさん二人に、とっておきの魔法を行使する。
「まだだ!俺は諦めない!信じる者は救われるんだ!そんな、優しい世界があってもいいじゃないか!『風よ、我が呼び声に応えよ。神が与えたもうた奇跡をもう一度』吹け≪モンロー風≫」
この魔法は、あのマリリンさんが出演する映画の名シーンとして知られるアレだ。急に下から舞い上がる風は対象の虚をつき、スカートを捉え、そして、一気に巻き上げる。そう!これなら、回避不可能だ……
これぞ奥の手!真理を求める者は日々進化するのだ!俺はあの日以来、魔法を使ってエリーさんのスカートをめくるイメージトレーニングを欠かさなかった。
くらえ!これが俺のオリジナル魔法――俺の魂の一撃だ!
急に下から上に吹く風に、彼女達のスカートは揺れ浮き上がる。だが、それまでだった。直ぐに不自然な重力が仕事をする。そう、『鉄壁』の名は伊達じゃなかった。俺のとっておきの魔法は負けたのだ、たった一枚の布に。
――遠い。そして、壁は頑丈だ――
これが現実なのか?信じる者は救われるんじゃないのか?変態だって、夢を見たっていいじゃないか!くそっ!俺には越えるべき壁が高過ぎたのか?
俺が恋い焦がれ、その先を見たいが為に編み出した魔法は、そのたった一枚の布を越えることができなかった。
「これでも……ダメなのか……」
俺が絶望に打ちひしがれ膝を屈しかけた、その時。
どこからか声が聞こえる。
それは、聞き慣れた変態紳士のヒーローの声だ。
「いや、良く時間を稼いだ。ヒーローは遅れてくるモノだろう?そして、最後の魔法は実に見事だった!」
俺の後ろからいつの間にか、俺と同じローブと仮面を身に纏ったマスターさんが現れた。
『我は願い奉る。我が敵を打ち払う力を、我に勝利を、我に奇跡を与えたまえ』
そして、マスターさんは両の掌を合わせ、祈るように呪文を唱えた。
「これで、チェックだ!さぁ、舞え≪極小・神風≫」
マスターさんが「パァン」と手を叩くと、俺とマスターさんの後方から風が吹き荒れる。
「な、なんだ?風が!きゃぁああ」
「きゃっ」
騎士風の女とエリーさんは悲鳴を上げる。
神風――それは船を沈める程の激しい風、全てを吹き飛ばす風、勝利をもたらす神が与えた奇跡、人はそれを神風という。
そう、この風なら鉄の壁など関係ない、鉄壁と呼ばれるスカートをめくるだけの申し分のない威力を持っているのだから。
エリーさん達はその場にしゃがみ込んで、風から身を守るために手で顔を隠す。そして、エリーさん達の無防備なスカートがめくれかかる。
「みえ――」
――たと、思ったらその先は真っ暗だった。
皆は知っているだろうか?テレビのアニメ放送で「DVDではお見せします。でも、TV版では無理なんです」と言わんばかりの不自然な暗闇の存在を。何人の猛者がアレに涙し、DVDを購入したことか。
この仕打ちは、酷い。何者かの作為が読み取れるほどだ。こんなところにも日本の放送規定が適用されるのか?表現の自由は嘘だったのか?
「誰だ!こんな酷い仕打ちをしたのは!?」
俺は心の底からその者への敵意をあらわにする。誰だ!?神か?神なのか?ここまでやるのか?なぜ、こんな邪魔をするんだ!!
その時……何者かが俺たちの前に舞い降りた。
「吾輩だ!お前ら店の手伝いもしないで、一般人を相手に何をしておる?」
この吹き荒れる風を諸共せず、腕を組み立つ威風堂々とした姿。2本の天を突く様な大きな角。赤い髪に鋭い眼光。そして、2メートルを超える大きな体躯。
そう。魔王様の降臨だった。
「さぁ、なんのことでしょうか?どなたかとお間違いでは?それより、我々の邪魔はやめていただきたい!」
「シラをきるというのか?」
俺はおやっさんからの目には見えないプレッシャーに押されながらも答える。
「知らないといっている!」
恐い、今すぐ逃げ出したい。震えだす足を気合いで押さえつける。
そうだ。男には……男には、やらなければならない時があるんだ!
「くっ、ヤバいな!流石にあいつが来ては……旗色が悪い!ここは引くぞ!」
「しかし!!目標は!……我々の夢は目の前ですよ!!」
「あいつが来たんだぞ!残念だが今回は無理だ!」
「……ですがっ!!」
「死にたいのか!?」
「く、くっそぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
おやっさんから逃げる為、俺はありったけの煙幕弾を使い、マスターさんは妨害魔法を行使する。そして、俺たちは全力でその場から離れた。
撤退する最中、走る俺の目から何かが溢れる。止まらない。そう、これは涙だ。今回は偽ることができない。悔しい。ただその感情が涙となり次から次に溢れる。
「……次こそは」
俺は呟くように言う。
「次こそは……絶対に……」
そう、俺は誓うのだ。
「次こそは、あの壁を越えてみせる!」
この日、俺は誰にでもない。
そう、自分自身に誓いを立てた。




