↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだら地獄でまた会った! ~戦国武将たちの「墓場まで持ってきた話」~  作者: スグル【戦国時代好きの40代】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/21

北条家の誇り〈北条氏康と北条氏政 第三話〉

【地獄小田原城にて 北条氏康と北条氏政】



「食事に対するお前の考え方も正しかった。だが私は、それを一方的に否定しかしなかったということだ」


「俺の食事と北条家の滅亡が、どう関係するんだ?」


「北条家は、室町幕府の要職に就いていた、私の爺さんが作ったのだ。当時は伊勢家だったがな。しかし私の親父(氏綱)の代から、幕府や朝廷との繋(つな)がりが薄くなっていった。関東公方(くぼう)や関東管領と争うことになってしまったせいでもある。

 私も室町幕府や朝廷とはほとんど関係を持たず、独自の領地経営をした。北条家は独自性が高いと言われるのはそのためだ。

 室町幕府は京にあり、構造や文化は朝廷に似ていた。鎌倉幕府はそうではなく、質実剛健を旨とする武家政権だった。関東を拠点にした北条家代々の統治も、鎌倉幕府を意識したものだ。そもそも北条を名乗ったのもそのためだったしな。

 だがその、中央政権を軽視するような家風が、国が統一に向かう中で、孤立を深める要因になったとも言える」


「そうか。執権 北条氏を強く意識し、室町幕府の構造や文化を拒み、鎌倉幕府的な家風だった。それが北条家の誇りだったが、同時に時代との齟齬(そご)でもあったのか。そして孤立し、滅亡…」


「そうだ。だがお前には、幕府や朝廷とも上手く付き合える素質があったのかも知れない。それがよく現れていたのが食事だ」


「ああ、なんとなく分かってきたよ。俺の食い方は、ただ必要な物を腹にかき込むだけの、武士の食事とは違ったってことだな」


「物の食い方は一つの例に過ぎないがな。私は食事に、味わいや作法などは無駄なものだと思っていた。時間をかけるべきでもない。だからお前が、何度も汁を飯にかけて食っている姿に苛立ちを覚えたのだ。

 だが京の文化には、私からは無駄に思えるものが多くあった。茶を飲むのにさえ面倒な作法があり、茶器に法外な値が付く。建物には金銀の華美な装飾を施す。

 私には到底 理解できなかったが、お前なら、そういう文化を受け入れ、北条家の家風を変えられたのではないだろうか」


「その答えは分からない。しかし、それができた可能性もある。少なくとも、親父にできなくて俺にできることを探せと言われたら、それくらいしか なかっただろうな。厳格で合理主義の親父とは違う、俺のこのボンボン体質も、悪いことばかりじゃなかったんだな」


「幼い頃に短所だと思っていたことが、成長してからはむしろ、長所になることもよくある。そういうこともお前に教えてやれなかった」


「親父がそんなに自分を責めると、俺はさらに惨めになるからやめてくれよ。今 言われたことに、自分で気づけなかった俺の責任なんだ。それに俺が北条家の家風を変え滅亡を回避しようとしていたら、北条家の誇りは、捨てることになったかも知れない」


「北条家の誇りか。親父が遺した言葉…」



ー以下、北条氏綱の遺訓ー


一 大将も諸将も皆、義だけは絶対に守れ。義を違(たが)えてまで領地を拡大しては、後世の恥となる。たとえ運に見放され滅びようとも、義を違えていなければ、後世に悪名を遺すことはない。義を捨てての栄華より、義を守っての滅亡のほうが遙かに良い


二 武士から農民、庶民に至るまで、役に立たない者はいない。人を適材適所に置くのが大将の仕事である。何の役にも立たないと人を切り捨てるのは、器が小さい大将がやることであり、人が力を発揮するかしないかは、全て大将次第である


三 武士は威張り散らさず媚びへつらわず、自らの身の程を弁(わきま)えろ。決して身の程を超える見栄を張ってはならない


四 何ごとも倹約しろ。上に立つ者が華美なものを好むと領民を苦しめてしまう。武士、領民双方が豊かならば、その大将の軍も強くなる。武士は全てにおいて古風であるべきだ。流行のものを好む者は軽薄に見られる


五 戦で何度も勝つと気が緩み、敵を侮ったり義に反したりしがちになるが、そのようなことがないようによく慎め。勝って兜の緒を締めよという言葉を忘れるな



「そうだよ。北条家は少なくとも、後世に悪名を遺してはいない」


「北条家が悪名を遺さなかったのは、お前が最後まで義を守ってくれたからだ」


「それは俺だけじゃないよ」


「そうか…」


「あと、俺も親父に教えてやりたいことがある。飯には、米や麦に粟(あわ)や稗(ひえ)も入っていて、時期によってその割合いが違う。それは作物を無駄なく食うためだ。味噌汁も毎日同じ味のようだが、味噌の発酵具合や出汁の取り方で味が違う。だから食事には、それ以上の無駄な味付けは必要ない。

 食事は質素なものであるべきだという、親父の考えは正しい。もちろんそれは、食事に限ったことじゃなく、親父は限られたものを常に、領民のために最大限に活かそうとしていた」


「なるほど。良いことを教えられたよ」


「それなのに京では、武士や公家が、華美で高価なものを愛でて愉しんでいた。そんなのは、飢えた領民がいるのも知らない大馬鹿じゃないか。

 飢饉のときに、黄金も茶器も食えない。そんな無駄を省き領民に多くを還元した親父は、倹約に努め、義を守ったんだ。義を捨てて繁栄するくらいなら、義を守って滅亡したほうが良いって、爺さん(北条氏綱)が書き遺したんだろう?」


「そうだ」


「あの爺さんが遺した言葉もすべて正しい。いつの時代にも通用する真理だ」


「お前は、あの言葉をよく理解しているな」


「当たり前だ。俺はこれでも北条家の四代目当主だ。でも一番すごいのは、あの言葉を北条家の家訓にした親父だよ」


「私のために書き遺してくれたものだが、私だけの胸に秘めておくのはもったいなかった。あれを代々守り続けることが、北条家の誇りになると思った」


「間違いなく、誇りだよ。あの言葉がいつも俺を支えてくれた」


「やはり子は、親が何を教えようが教えまいが、勝手に、そして逞(たくま)しく育つのだな。

 さて、お前が言うように、現世にはまだ飢えた民がいるようだし、私たちが食い物を無駄にはできんな。この謙信の飯を食ってしまおうか」


「味が濃すぎるのも、ちょっと無駄な気もするが…。でも謙信殿には、これが必要なんだよな」


「ああ、そのようだな。しかしあいつは、限度というものを知らん」


「それは汁を何回もかけてみれば良いよ」


「血圧はどうなんだ?」


「ああ、そっちは心配だが、どうせもう、どこの血管が切れたとしても、死にはしないよ」


――――――――


「なあ、氏政」


「なんだ」


「辛いな」


「辛いな。味も濃すぎて肉か魚かも判別できない。舌も麻痺してきた」


「こんなものばかり食っていたから、謙信は寿命が縮んだのだろうな」


「雪国の越後では、冬の間の食い物を保存するために塩漬けにしたんだ。しかし…」


「ものには限度というものがある」


「やっぱり、謙信殿がちょっと早死にしたのは、塩分の摂り過ぎのせいだった気がする」


「頭の血管が切れたらしいからな」


「俺から見ると、上杉謙信は親世代の最後の兵(つわもの)ってイメージなんだが、冷静に考えると、親父より俺のほうが年齢が近いんだよな」


「そうだ。私と謙信は十五歳も離れている。だが武田信玄や私と死闘を繰り広げたせいか、あいつも同年代のようなイメージを持たれやすい」


「親父は謙信殿と、関東を巡って激しく争っていたよな。だが一度だけ同盟を結んだことがあった。敵になったり味方になったりは当たり前の時代だったが、本当のところ、親父と謙信殿は、個人的にどういう間柄だったんだ?」


「互いに手強い敵ながら、心の底では認め合ってもいた…… などということは一切なく、もし人を一人殺せるとしたら誰を選ぶかと問われたら、迷わず上杉謙信と答えただろう、というくらい仲が悪かった」


「それが今では飲み仲間なのか」


「あいつは図々しいやつだからな。酒と食い物を大量に持って来て勝手に上がり込み、最低でも一週間は粘ろうとする。あいつが現世で一度、大軍で小田原城を包囲した時は、兵糧不足で一週間も保たずに撤退したせいかな。とにかく追い返すのもひと苦労だ」


「でも親父も、謙信殿に付き合って飲んでるんだろう?」


「そうだな。地獄(こっち)では、現世での敵味方は関係なくなるのだ」


「つまり、気が合うのか合わないのか、どっちなんだ?」


「…合わない」


「そうか。相変わらず、嘘は下手なんだな」


「うるさい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。