北条家の誇り〈北条氏康と北条氏政 第三話〉
【地獄小田原城にて 北条氏康と北条氏政】
「食事に対するお前の考え方も正しかった。だが私は、それを一方的に否定しかしなかったということだ」
「俺の食事と北条家の滅亡が、どう関係するんだ?」
「北条家は、室町幕府の要職に就いていた、私の爺さんが作ったのだ。当時は伊勢家だったがな。しかし私の親父(氏綱)の代から、幕府や朝廷との繋がりが薄くなっていった。関東公方や関東管領と争うことになってしまったせいでもある。
私も室町幕府や朝廷とはほとんど関係を持たず、独自の領地経営をした。北条家は独自性が高いと言われるのはそのためだ。
室町幕府は京にあり、構造や文化は朝廷に似ていた。鎌倉幕府はそうではなく、質実剛健を旨とする武家政権だった。関東を拠点にした北条家代々の統治も、鎌倉幕府を意識したものだ。そもそも北条を名乗ったのもそのためだったしな。
だがその、中央政権を軽視するような家風が、国が統一に向かう中で、孤立を深める要因になったとも言える」
「そうか。執権 北条氏を強く意識し、室町幕府の構造や文化を拒み、鎌倉幕府的な家風だった。それが北条家の誇りだったが、同時に時代との齟齬でもあったのか。そして孤立し、滅亡…」
「そうだ。だがお前には、幕府や朝廷とも上手く付き合える素質があったのかも知れない。それがよく現れていたのが食事だ」
「ああ、なんとなく分かってきたよ。俺の食い方は、ただ必要な物を腹にかき込むだけの、武士の食事とは違ったってことだな」
「物の食い方は一つの例に過ぎないがな。私は食事に、味わいや作法などは無駄なものだと思っていた。時間をかけるべきでもない。だからお前が、何度も汁を飯にかけて食っている姿に苛立ちを覚えたのだ。
だが京の文化には、私からは無駄に思えるものが多くあった。茶を飲むのにさえ面倒な作法があり、茶器に法外な値が付く。建物には金銀の華美な装飾を施す。
私には到底 理解できなかったが、お前なら、そういう文化を受け入れ、北条家の家風を変えられたのではないだろうか」
「その答えは分からない。しかし、それができた可能性もある。少なくとも、親父にできなくて俺にできることを探せと言われたら、それくらいしか なかっただろうな。厳格で合理主義の親父とは違う、俺のこのボンボン体質も、悪いことばかりじゃなかったんだな」
「幼い頃に短所だと思っていたことが、成長してからはむしろ、長所になることもよくある。そういうこともお前に教えてやれなかった」
「親父がそんなに自分を責めると、俺はさらに惨めになるからやめてくれよ。今 言われたことに、自分で気づけなかった俺の責任なんだ。それに俺が北条家の家風を変え滅亡を回避しようとしていたら、北条家の誇りは、捨てることになったかも知れない」
「北条家の誇りか。親父が遺した言葉…」
ー以下、北条氏綱の遺訓ー
一 大将も諸将も皆、義だけは絶対に守れ。義を違えてまで領地を拡大しては、後世の恥となる。たとえ運に見放され滅びようとも、義を違えていなければ、後世に悪名を遺すことはない。義を捨てての栄華より、義を守っての滅亡のほうが遙かに良い
二 武士から農民、庶民に至るまで、役に立たない者はいない。人を適材適所に置くのが大将の仕事である。何の役にも立たないと人を切り捨てるのは、器が小さい大将がやることであり、人が力を発揮するかしないかは、全て大将次第である
三 武士は威張り散らさず媚びへつらわず、自らの身の程を弁えろ。決して身の程を超える見栄を張ってはならない
四 何ごとも倹約しろ。上に立つ者が華美なものを好むと領民を苦しめてしまう。武士、領民双方が豊かならば、その大将の軍も強くなる。武士は全てにおいて古風であるべきだ。流行のものを好む者は軽薄に見られる
五 戦で何度も勝つと気が緩み、敵を侮ったり義に反したりしがちになるが、そのようなことがないようによく慎め。勝って兜の緒を締めよという言葉を忘れるな
「そうだよ。北条家は少なくとも、後世に悪名を遺してはいない」
「北条家が悪名を遺さなかったのは、お前が最後まで義を守ってくれたからだ」
「それは俺だけじゃないよ」
「そうか…」
「あと、俺も親父に教えてやりたいことがある。飯には、米や麦に粟や稗も入っていて、時期によってその割合いが違う。それは作物を無駄なく食うためだ。味噌汁も毎日同じ味のようだが、味噌の発酵具合や出汁の取り方で味が違う。だから食事には、それ以上の無駄な味付けは必要ない。
食事は質素なものであるべきだという、親父の考えは正しい。もちろんそれは、食事に限ったことじゃなく、親父は限られたものを常に、領民のために最大限に活かそうとしていた」
「なるほど。良いことを教えられたよ」
「それなのに京では、武士や公家が、華美で高価なものを愛でて愉しんでいた。そんなのは、飢えた領民がいるのも知らない大馬鹿じゃないか。
飢饉のときに、黄金も茶器も食えない。そんな無駄を省き領民に多くを還元した親父は、倹約に努め、義を守ったんだ。義を捨てて繁栄するくらいなら、義を守って滅亡したほうが良いって、爺さん(北条氏綱)が書き遺したんだろう?」
「そうだ」
「あの爺さんが遺した言葉もすべて正しい。いつの時代にも通用する真理だ」
「お前は、あの言葉をよく理解しているな」
「当たり前だ。俺はこれでも北条家の四代目当主だ。でも一番すごいのは、あの言葉を北条家の家訓にした親父だよ」
「私のために書き遺してくれたものだが、私だけの胸に秘めておくのはもったいなかった。あれを代々守り続けることが、北条家の誇りになると思った」
「間違いなく、誇りだよ。あの言葉がいつも俺を支えてくれた」
「やはり子は、親が何を教えようが教えまいが、勝手に、そして逞しく育つのだな。
さて、お前が言うように、現世にはまだ飢えた民がいるようだし、私たちが食い物を無駄にはできんな。この謙信の飯を食ってしまおうか」
「味が濃すぎるのも、ちょっと無駄な気もするが…。でも謙信殿には、これが必要なんだよな」
「ああ、そのようだな。しかしあいつは、限度というものを知らん」
「それは汁を何回もかけてみれば良いよ」
「血圧はどうなんだ?」
「ああ、そっちは心配だが、どうせもう、どこの血管が切れたとしても、死にはしないよ」
――――――――
「なあ、氏政」
「なんだ」
「辛いな」
「辛いな。味も濃すぎて肉か魚かも判別できない。舌も麻痺してきた」
「こんなものばかり食っていたから、謙信は寿命が縮んだのだろうな」
「雪国の越後では、冬の間の食い物を保存するために塩漬けにしたんだ。しかし…」
「ものには限度というものがある」
「やっぱり、謙信殿がちょっと早死にしたのは、塩分の摂り過ぎのせいだった気がする」
「頭の血管が切れたらしいからな」
「俺から見ると、上杉謙信は親世代の最後の兵ってイメージなんだが、冷静に考えると、親父より俺のほうが年齢が近いんだよな」
「そうだ。私と謙信は十五歳も離れている。だが武田信玄や私と死闘を繰り広げたせいか、あいつも同年代のようなイメージを持たれやすい」
「親父は謙信殿と、関東を巡って激しく争っていたよな。だが一度だけ同盟を結んだことがあった。敵になったり味方になったりは当たり前の時代だったが、本当のところ、親父と謙信殿は、個人的にどういう間柄だったんだ?」
「互いに手強い敵ながら、心の底では認め合ってもいた…… などということは一切なく、もし人を一人殺せるとしたら誰を選ぶかと問われたら、迷わず上杉謙信と答えただろう、というくらい仲が悪かった」
「それが今では飲み仲間なのか」
「あいつは図々しいやつだからな。酒と食い物を大量に持って来て勝手に上がり込み、最低でも一週間は粘ろうとする。あいつが現世で一度、大軍で小田原城を包囲した時は、兵糧不足で一週間も保たずに撤退したせいかな。とにかく追い返すのもひと苦労だ」
「でも親父も、謙信殿に付き合って飲んでるんだろう?」
「そうだな。地獄では、現世での敵味方は関係なくなるのだ」
「つまり、気が合うのか合わないのか、どっちなんだ?」
「…合わない」
「そうか。相変わらず、嘘は下手なんだな」
「うるさい」




