モロ太くんと脳記憶デバイス :約3500文字 :SF :モロ太系
今日も今日とて、やかましいモロ太くん。中学生になったのだから、少しは落ち着きというものを身につけてくれるかと思いきや、そうはいかないのでした。
思い立ったら一直線。勢いだけで生きているような少年です。
「パパやん、パパやん! 買うてほしいもんがあんねん!」
モロ太くんは居間へ飛び込むなり、開口一番そう叫びました。座椅子に腰を下ろし、のんびりテレビを眺めていたパパは驚いてお尻が浮き上がるほどに跳び上がりました。
「ど、どうしたんだい、モロ太。ブッシュから棒に」
「ああ? しょうもないこと言うとる場合ちゃうぞ。どないしても欲しいもんがあんねん」
「あー、でもパパ、今テレビ見てるからなあ……」
「そないなもんより息子のほうが大事やろ! もっと息子の顔見ぃや! しかも今コマーシャルやんけ!」
「いやー、でもコマーシャルも案外面白いもんだぞ。今どんなものが流行っているのか、みんなが何に興味を持っているかが見えてくるんだよ。モロ太もこっちに座って一緒に見ないか? 番組も面白くてな。衝撃映像百連発だってさ。えーっと、今何発目だったかなあ」
「そないなもん、ぼーっと見とったらアホになるで。オールドメディアはクソや」
モロ太くんは肩をすくめ、わざとらしく大きなため息をつきました。
「ほんで、買うてほしいもんはこれや」
モロ太くんはそう言って、持っていたタブレットをパパの鼻先へぐいっと突き出しました。
「なんだい、これ。脳記憶デバイス……?」
「せや。どたまん中に機械を埋め込んで、脳の記憶容量を増やすんや」
「ほー、そんな技術があるのか。すごいなあ」
パパは広告をまじまじと見つめ、感心したように息を漏らしました。画面には、目を見開いて満面の笑みを浮かべる若者の写真が掲載され、その横には脳記憶デバイスなる銀色の装置がこれでもかと大きく映っていました。背景にはなぜか青白いプラズマが激しく迸り、風が落ち葉を巻き上げるという、いかにも派手な演出が施されていました。
「パパやん……こないなもん、もう常識やで? ちょいとそこらのガキの頭かち割ってみ。十人に一人はブツ入っとるわ」
「そんなことできるわけないよ……」
「物の例えや、例え。ほんまにやるほどアホやったら、その頭ん中見てみたいわ。脳みそトゥルントゥルンやで。とにかく、学校でもちらほらやっとるやつ出てきとるんや。こら乗り遅れたら恥かくで」
「そうは言ってもなあ……脳の記憶容量を増やすって、どういうことなんだい?」
「つまりやなあ、残したい記憶やら、すぐ引き出したい記憶をクラウド上に保存して、必要なときにいつでも呼び出せるようにするんや」
「ほお、それはすごいなあ。お年寄りなんか喜びそうだ」
「アホか! 脳みそカスカスのジジババに、そないな新製品つけてどうすんねん。もったいないわ」
「でも、モロ太はまだ若いんだから、わざわざこんなものを付けなくたって思い出せるだろう。ほら、覚えているかい? 家族でピクニックに行ったときのこと。モロ太ったらお弁当を食べる前に、おやつを全部――」
「あんなあ、そんなクソみたいな思い出に浸っとる余裕、今の若いもんにはないねん。世は学歴社会や。ええ大学出て、ええ企業に入らな負け組。楽しみ言うたら、SNSで金持ちが炎上するん眺めるくらいや」
「そんなことないと思うけどなあ……。ああほら、このCMのプロ野球選手なんてすごいぞ。たしか彼は高卒だったろう」
「そないな極端な成功例を祀り上げてどうすんねん。ほんま呆れるわ。とにかく頼むで。これさえあればテストも楽勝や」
「ん? でも、それってカンニングじゃ」
「アホか! 行儀ようルール守って負けて、ほんでなんになんねん! 頭にボールぶつけたろかい!」
「いや、普通に勉強すればいいだろう」
「とにかく、ほら! ちゃっちゃと金くれや!」
「いやあ、でも高いよ。それに、なんだかこの広告怪しくないか? 『令和最新版!』って大きく書いてあるし、やたらプラズマが飛び散っているし……」
「そら最新やからやし、演出やないか。ああ、グダグダグダ、もう埒あかん! タイパ悪すぎや!」
モロ太くんはそう叫ぶなり、玄関へ駆け出し、勢いよく家を飛び出していきました。
電車を乗り継ぎ、息を切らしながら走り続けて、たどり着いた先はとある研究所。高い金網にぐるりと囲まれたくすんだ白壁の建物です。窓の奥では時折、何かの実験でも行われているのか青白い光が不規則に瞬いておりました。
いかにも近寄りがたい雰囲気でしたが、そんなことでひるむモロ太くんではありません。躊躇なく金網によじ登り、向こう側へ飛び下りると、そのまま弾丸のような勢いで建物へ飛び込み、一目散に博士のもとへ駆けていったのでした。
「博士! この頭にピッカピカの最新版ぶち込んでくれや!」
「ぐふぅ……なんだね、君は。いきなり頭突きとは……」
博士はおなかを押さえながら苦しそうに顔をしかめ、よろよろと後ずさりしました。
「ここで脳記憶デバイスの研究をしとることはわかっとんねん。ネットに出とったわ」
「き、君、ネットの情報を鵜呑みにするのは危険だぞ……」
「やかましいわ! 結果的に当たっとったんやからええやろ! ちゃっちゃと脳記憶デバイス埋め込んでくれや! いたいけな子供の頼みやで! 少子化の今、子供を大事にせんでどうすんや! おおん!?」
モロ太くんは唾を飛ばしながら一気にまくし立て、博士にぐいぐい詰め寄りました。博士は後ずさりを続けましたが、とうとう壁際まで追い込まれてしまいました。
それでもモロ太くんの勢いはまったく衰えません。額を博士の喉元へぐいぐい押しつけ、白衣の襟元を引っ張り、断じて逃がさない構えでした。
「わかった、わかったから……! とにかく一度、ご家族を連れてきてくれないかね。こういうものは保護者の同意が――」
「死んだわ」
「えっ」
「全滅や。犬まで死んどる」
モロ太くんは俯き、肩を小さく震わせました。
「なあ、博士ぇ……その話はしとうないねん……。わいはな、ただ家族との思い出をずっと忘れとうないだけなんや……」
あまりにも急激な態度の変化に博士はうろたえ、夢でも見ているかのような気分になりました。もちろん、悪夢です。
「君……よし、わかった。さっそく手術を始めよう」
「そうこんとな!」
モロ太くんはぱっと顔を上げ、拳を握り締めました。
「ただし、まだ開発されたばかりの技術でね。不安定な部分もあるし、副作用が出る可能性も――」
「説明なんかええねん。時代はタイパやで」
そうしてモロ太くんは手術を受け、脳記憶デバイスを頭の中に埋め込んだのでした。
頭の中で念じるだけで残したい記憶を丸ごとネット上のサーバーに保存し、必要なときには瞬時に呼び出せるという画期的な代物です。昨日の晩ご飯の献立からゲームの攻略情報、学校の宿題、授業で聞いた内容に至るまで、あらゆる記憶が自動的に分類され、まるで巨大な本棚に整理整頓されていくような感覚でした。
世に出たばかりの新技術だけに、ネット上では『危険ではないのか』と疑問や不安視する声も少なくはありませんでしたが、そんなことはモロ太くんの耳には入りません。家に帰るなり、学校の教科書を全冊丸ごと記憶領域に保存しました。
「これでテストもなんも怖いもんなしや!」
と満足げに頷き、すっかり勝ち誇った様子でした。
ですが――。
「なんなんやこれ!」
その日の夜。居間で、モロ太くんは手に持っていたコップを勢いよく床に叩きつけ、怒鳴り声を上げました。
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「頭ん中、カスみたいな広告でパンパンやないかい!」
記憶を呼び出そうとするたびに、脳内にけたたましいコマーシャルが次々と雪崩れ込んできました。
視界いっぱいに点滅する広告、耳元で鳴り響く宣伝文句、頭を揺さぶる無意味に壮大なBGM。それらを最後まできっちり再生し終えないと、目的の記憶にたどり着けないのです。一つ見終わったかと思えば、次の広告が始まり、ようやく終わったかと思えば今度はポップアップ広告が何枚も重なって現れました。当然、それらも一つひとつ意識の中で閉じる操作をしなければ消せないのでした。
「消去や消去! あ、あああああ! 教科書の内容まで消えてもうたわ! クソが!」
頭を抱えて絶叫するモロ太くんを尻目に、パパは相変わらず座椅子に腰掛けて、ぼんやりとテレビを眺めるのでした。
「やっぱり広告はちゃんと見ないとなあ」




