6-2. ラー2
――7階層。
ファイが皆に葉っぱを配る。
ハクの上にいる咲が葉っぱを受け取ると、葉っぱは咲の体に合わせて小さくなった。便利である。
カミィは触れないので、口に念動力で咥えた。根性である。
コビトの世界に来てからカミィは根性の神になった、と自分で言っている。毛玉たちも口にくわえ、ヒヨコもくちばしで咥えた。小悪魔の子犬も咥え、……なぜか付いてきた6階層の子犬もつぶらな瞳でクーンとなくので、口の前に持って行ったら嬉しそうに咥えた。
ハクのお供は大勢である。
7階層の扉の前に立つ。三つのオーブを扉の窪みに入れると扉が輝きながらギギッーと開いた。扉の向こうは水だった。押しても破れない柔らかいい水が扉の内側全体を覆っている。押しても破れないが、押すと柔らかく凹む。ハクは口に葉っぱを咥えて、そっと手を入れてみた。スポッと手が入り、サラサラとした水の感触がフンワリと手の周りを包む。触れているのに紙一重で触れていない不思議な手触りだ。
そのまま、身体を水の中にめり込ませていくと水の中なのに呼吸ができ、サラサラとした水の中を泳ぐように進む事ができた。大きな広間の真ん中に円形のレンズが見えた。ハクはそのレンズをめがけて進み、その中に入った。
すると、レンズの真ん中に巨大な箱型の立体パズルが出現した。と同時にハクの手元にも四角い立体パズルが落ちてくる。ハクの前のレンズがせり上がりテーブルの形になり、テーブルの周りには透明な椅子が3脚、現れた。
目の前の巨大立体パズルが目まぐるしく動き完成形があっと言う間に出来上がった。
どうやらこのパズルを完成させるらしい。いつの間にか砂時計が置かれ、サラサラと時を重ねている。
何とか、時間内にパズルを完成させると、次はジグゾーパズルが現れた。四角いボードが降りてきて完成形が一瞬、表示された。
砂時計はまた、新しいのがでてきて隣りに並んだ。
ハクはジグゾーパズルはあまりしたことがないので戸惑ったが、横から咲がササッと手を出してきた。どうやら、得意らしい。
時間内に完成させると、次は円形のレンズを中心にしてその下の広間が青と白に別れた。市松模様である。8×8の64マスになっている。マスにはチェスの駒が整然と並んでいた。本来の色と違って透明感のある白と青の駒になっていて、キングとクイーンには金色の小さな王冠とティアラが付いていた。
そして円形のレンズも半分に色分けされていた。薄い色つきのガラスである。ハクは青色の方にいた。つまり、後手になるらしい。目の前にもチェス盤が現れた。どうやら、この盤を動かす事で下の駒もうごくようだ。
ハクは戸惑っていた。チェスはした事がないのだ。初めての本当の危機かもしれない。
「負けるかも」
《……ガンバレ! 根性だ》
「西洋将棋……であるな。やり方は知ってはいるが……」
ファイが眉を下げた。
「えっ、ボクできるよ」
咲の声に皆がびっくりした顔を向けた。
「イトリ、チェスが得意で、ゲスターチ帝国の店で賭けチェスしてるし、ゴバーン国でチェス喫茶もしてる。どうしたら勝てるかはよく見ていたから、分かるよ」
「賭けチェス?……」
「うん。賭け事って色々と便利だって言ってた」
「賭け事かぁー。ラーは時々怜のゲームを熱心に覗き込んでいたから、それでチェスを覚えたんだと思うけど」
《怜、ゲームは何でも強いから》
「ふっふ。怜は正統派。イトリは何でもアリ。だから大丈夫」
「……イトリ」
《まぁ、良かったじゃないか。できる人がいて》
「そうだね。じゃあ、まかせた」
「うん。任された」
という事で咲が指示するとおりに駒をうごかし
「チェックメイト」
あっさり勝った。
《咲ちゃん、強い》
「すごいな」
「でしょう。チェスも英才教育の一環だって」
「それにしても」
と、ゴゴゴッとチェスの駒がなくなり、大きな、大きな丸い水色の毛玉がポンと落ちてきた。
そして、ハクを見るとククッと触覚を動かし、小さくなって飛びついてきた。
「久しぶり、ラー」
「ピッピ、ピッピ、ピー」
ハクの手のひらの上で水色の毛玉はポンポンと跳ねてとても嬉しそうにピッピッーと歌った。他の毛玉も喜んで跳ねまわり、ファイとヒヨコも交えて皆でハクの周りを輪になって踊っていた。水の中にいたはずがいつの間にか、水は引いて明るい陽射しが上から降り注いでいる。と、ラーが突然止まり咲を見た。身体を傾げている。そして、カミィを見た。また、身体を傾げた。
小悪魔のマルムを見て
「ピシャー」
と3倍の大きさになった。毛が逆立ち威嚇している。
〈また、だよ~。ごめんっし~〉「ワフワフ」
「あー、ラー、これは使い魔になってるから特に危険はないし、力もなくなっているから」
《そう、うざいけど無害なんだ。あっ、俺は幽体だけど身体がないだけで、もうすぐ元に戻る予定だから。で、この子はカー様の子で咲。本当は普通の人間だけど、ここにきたら小さくなったんだ》
「羽、出したら大きくなれるけど」
《羽付きでも小さくても咲ちゃんは可愛い……、羽付きはうっとりするほど麗しい……》
「もう、カミィ」
「ほんとだよ」
「では、帰りますか?」
「そうだね。とりあえず、帰ろう」
《ここのダンジョンのクリア報酬は?》
カミィの問いにラーがガラステーブルの上を見た。そこには、きれいに箱に入ったチェスボードとチェスの駒のセットが置いてあった。
《これ?》
カミィが少しがっかりした声を出した。
ラーが肯くと、カミィにチェスの駒をひとつ取り差し出した。口もとまで持ってきたのでそのままパクンと口に入れると、甘かった。
《これ、チョコだ。うまーい》
「ええっ、ホント?! ああ! 美味しい」
と言いながら皆でチョコレートをつまんだ。久しぶりのチョコレートはとても美味しかった。
《チョコの存在を忘れてた》
「カミィ、すごく久しぶりなんじゃないか?」
《久しぶりだよ~。美味しい》
「何か、これ、回復薬? みたい」
「あっ、ほんとだ。回復効果があるね」
「それに、食べたのにまた戻ってる?……」
「ほんとだ。すごい」
「ピッ、ピ―」
ラーは胸を張った、ように見えた。
水のダンジョンからはチョコレート回復薬(チェスの駒形)を手に入れる事が出来た。
――乙女小路家
これで毛玉、もとい天使が5体揃った。後はアオとシュテアネだけである。乙女小路家の居間には沢山の小さい連中が集まっていた。なぜか……水のダンジョン、6階層にいた子犬もここにいる。子犬はシベリアンハスキーの子犬のように見えた。小悪魔のマルム(ヨークシャー・テリア)の横にちんまりと座って尻尾を振っている。
「どうして、付いてきちゃったんだろう」
「仲間だと思っているんじゃない?」
《マルムの?》
「マルムの」
「シベリアンハスキーとヨークシャー・テリアじゃ、全然違うけど」
「これ、犬の姿をしておるけど……」
ファイが言いずらそうに、小犬を見た。
「うん?」
「妖怪ではないか?」
《普通の犬じゃない……?》
「確かに、でもなんだろう?」
《ほら、ずっと前、カエルの王様って見たよな? あんな感じ? でも違うか……禍々しさがない》
「サルルサのサルサみたいな?」
「獣人……なのか?」
「クゥン」
子犬は尻尾を振っている。人の言葉は話さないようだ。
「とりあえず付いてきちゃったし名前、考えなきゃ」
咲がいうとハクとカミィが顔を見合わせた。
「名まえ、つけると……」
《眷属化しない?》
「ボクは神さまじゃないよ。半分人だし」
《半分宝玉だろう。あっ! 咲ちゃんって宝玉の乙女だ》
「乙女って……。ボク、まだ未分化だけど……」
《どうみても、美少女》
「やだなぁ。カミィ。でも、何となく女の子って育てられたから……? あれ? イトリは女の子っていうよりはイトリの弟子? あんまり女の子って感じには扱われなかった……ような?」
「咲ちゃんは、どうみても女の子に見える」
《可愛いし》
「もうカミィ、ありがと。カミィもきれいだよ」
結局、子犬はしばらくの間名無しで子犬と呼ぶことになった。後から皆で考える事にしたのだ。問題の先送りともいう。
――乙女小路家
乙女小路家の居間はまた一人、いや、一玉と一匹増えた。賑やかである。
夏の夕方は長い。もう7時だというのにまだ外は明るい。子犬は家の中にいたのだが、お腹が満足すると縁側で庭を見ながら「クゥーン」と鳴いた。
〈くそ! カワイイ。本物だっし〉「ワフッ」
「フフッ、お外に出たいの?」
そう言いながら咲が子犬を抱き上げて外にだした。
「ボクもここの庭がどうなっているか見て見たいし」
《あっ、俺も久々に何か生っていないか見たい》
「ああ、そういえば、この内庭と近場の家庭菜園ばっかりで他は見ていなかった。荒れてないかな……」
「雑草畑になっていたりして」
《おお、どうなっているかな~》
毛玉たちもキャッキャッと言いながら一緒に外に出てきた。外庭は家庭菜園からバラ園、日本庭園が続き幼稚園の庭に繋がっている。片側は山なのでそれに沿って遊歩道のようになっていた。
「あれ、おかしいな」
《きれいに整えられている》
「誰がしたんだろう?」
「通りすがりのコビト?」
《コビトに所有の感覚はないから単にしてみたい、と思ったとか? でも、住んでいないのか》
「この乙女小路家は生活感が満載だから遠慮したんじゃないか」
「そうかも。日本庭園の入口近くに桜の花が植わっているんだ。今は夏だから花はないけど」
「精霊の国はいつでも桜の花がフワフワ舞っているよ」
《なつかしいな~。桜の花びら》
「カミィが乗ったら桜の精みたい」
「元々、カミィはゲスターチ帝国で桜の花の神さまだったんだ」
《ハク~》
「カミィも桜の神でいいのに。桜の神は笛人がなったけど、」
《笛人が笛の神でないのが不思議だ》
「本人もすごく驚いていたって」
「どうやって、どの神になるのか決まるのかな?」
「さぁ?」
《というか、俺も神、じゃないけど神になるのか……。神ってなんだろう?》
「うーん。わからないけど、神になると神になったってわかるらしいよ」
《それなら、俺たち、みんなまだ神じゃないな》
「そうだな」
「神じゃないから、ここにいる」
「うん。ボクなんて、人が半分。でも、人である時を大切に、ってカー様が言う」
《人って何だろう?》
「弱いけど、可能性の塊。何にでもなれるし、何だともいえない」
「神と人の境界線は?」
「うーん。人は永遠の命に耐えられない」
「永遠と命、というかその生が続くと……」
《それ、俺だよ。なんか相当長く生きているし》
「カミィはすごいよ」
「うん。カミィ、えらい」
《えへへ》
という話をしつつ、日本庭園に差しかかると、先にそこへ付いていた子犬がちんまりとお座りして待っていた。
子犬の前には小悪魔のマルムが首を振りながらウロウロとしている。
桜の花びらがいくつも風に乗って流れてきた。
「桜?」
《あれ? 今は夏だよな》
「夏に咲く桜って……?」
山裾を曲がると、そこには見事な山桜が咲き誇っていた。満開である。
《うわー》
「すごい。きれい」
「どうして……あっ! ああ……」
《ハク!? どうした?》
「……」
ハクは突然、拳を握りしめるとギュッと目をつぶり、それから山桜をジッと見た。他の皆は山桜を見つめるハクを見ていた。ハクは長いため息をつくとゆっくり首をふり、
「思いだした。どうして、忘れていたんだろう。俺はここで『来るべき災厄』ドラーンアゲルを押さえこんでいた。ずっと、彼と一緒だったんだ……」
「……」
「天使の封印っていうのは……封印の要が対象の力や能力を押さえて、その力を他の陣の抑えにいる天使に流して徐々に浄化していくものだ。まるで、寄生植物のように宿主の養分をすいとるようにドラーンアゲルの力を抜き取っていくんだ」
「……」
《……》
「この桜の木は桐ちゃんの一部だ。ドラーンアゲルは桐ちゃんを一部とはいえ破壊する事ができなかった。本当はこの天使の結界でドラーンアゲルを封印する事は無理だった。ただ、ドラーンアゲルのヴェルテネエへの愛が彼自身を縛っていた。
彼はヴェルテネエの幸せを祈っていた。心の奥底で、本来のドラーンアゲルが感じられた。最初はすごく怒っていて、破壊衝動がすごかったけれど、段々力が弱るとともに本来のドラーンアゲルがでてきたみたいだ。色々取り込みすぎておかしくなってしまっていたんだ」
「桐ちゃんと闇の女神、ヴェルテネエは違う、よ」
「違うけど、本質は同じだ。カー様も桐もそして、咲ちゃんも違う人間、いや神、というか宝玉だけど、ヴェルテネエの本質を受け継いでいる」
「そうか……」
《……》
「……」
「あっ、あれ」
咲が指さす先には赤く光る小さな珠があった。幹の真ん中あたりでほのかに光っている。
「きれいなハート……」
「えっ?」
《いや、ルビーみたいに丸いよ、な?》
「丸い」
「球形だ」
「ううん。ハートの形」
と言いながら、咲はスーッとその珠に近寄り、そっと触った。と、その珠はポロッと取れて咲の手のひらに落ちてきた。
《サキ!》
「咲ちゃん」
ハクとカミィはあわてて咲からその珠を取ろうとしたが、……咲は泣いていた。ポロポロと大粒の涙をこぼし、手の中の珠を見つめながら、泣いていた。
「すごく、すごく伝わってくるの。あい、愛しているって。ただ、それだけ……」
「……」
《さき……》
カミィは唇をかんだ。この気持がどこからくるものかはわからないが。
「最後の核と、愛、が残った……か」
《……》
「わかっている。これはボクへの気持ちじゃない。でも、揺さぶられる」
《さき……》
「咲ちゃん、ごめん」
そういうと、ハクは桜の木に手をかざした。満開の花を咲かせていた桜は見る見るうちに小さくなり、桜色の小箱になった。ハクはその小箱を開くと、そっと咲の手を持ち、ルビー色の珠を小箱に移した。そうして、その小箱をなんでもしまえる結界にしまってしまった。
「……」
咲はまだ、涙を流していた。
カミィは咲に近づくとそっと抱きしめた。と、カミィの身体は、咲の身体に吸い込まれていった。
「ええー、うそ!」
《うわっ!》
「カミィ!」
《あ、あれ、どうなってるんだ?》
「もう、カミィ! ボクの中にカミィがいるよ」
《えーと、咲ちゃんと同化? してる?》
「カミィが咲ちゃんにのり移っている感じ?」
「いや、憑りついている、というのが正しかろう」
ファイが咲を見ながら言った。
「これは、お祓いをすれば離れる」
《いや、やめて。悪霊じゃあるまいし》
「カミィ、根性で抜け出せるんじゃないか?」
「あっ、カミィって根性の神だっけ?」
《違うよ~。咲ちゅん~》
「あれ、咲ちゃんの指先からカミィの影? が少し出てる?」
《ハク、それ! それ、ちょっと引っ張って!》
「ハク、お願い」
ハクは咲の指先からちょっと出ていたオーラのようなものを触った。が、すり抜けてしまった。どうやら、ハクに幽霊はさわれないようだ。生身であるからだろうか。
で、ファイは触れたのでファイと毛玉たちが皆で一列になって、引っ張ってみた。
掛け声は
「せーの、大きなカブ。よいしょ!」
すると、ズルズルと白いカブ、もとい、白いカミィが引きずられてでてきた。ズルズル、ズルズル……。
無事にカミィは幽霊に戻る事が出来た。
「お祓いの言葉は大きなカブであったか」
「プッ、ふっ、ハハハ」
《お祓いじゃないって~》
「フフフッ、ハハハ、ああ、おかしい」
ケタケタ、ハハハ、フフッ、アハハ……。皆の笑い声がコダマした。
「あ~あ。あんなに悲しかったのに、何だか笑ったら、吹っ切れちゃった」
「それは何より」
「カミィのおかげ」
《まぁ、良かった……のか?》
「良かったよ。悲しい事もつらい話も笑って飲み込むんだって」
「それ、イトリも言っていた。飲み込んで身の内に入れて、それから、吹き飛ばしにいくんだって」
「……」
《それって、仕返しに行くってこと?》
「えっ? えっ、そうなのかな? イトリはよく、3倍返しっていっていたけど、とりあえず、やられたらやり返すのはお約束だって」
《イトリ~》
「さ、咲ちゃん、イトリ、普段はなにしてた?」
「ボクと一緒にフラフラしてたよ」
「フラフラ……」
「時折、印籠をだすのがカッコいいんだって」
《印籠……。イトリに会うのが、恐いような》
「カミィ、イトリに「そこになおれ」とか言われたりして」
《ハハッ、笑えない》
「えっー、笑えるよ。イトリ、本当に印籠、出すんだから」
「……」
実は、イトリは乙女小路家で昔のドラマにはまっていた事があったのだった。……。
そして、一旦は悲しい雰囲気になったのが一掃され、一同は乙女小路家に再び帰ったのである。
次回「アオ」