第31話 始まりの鐘
学園編、いよいよスタートです。
ゴォーーーン…ゴォーーーン……
「流石にここまで近いと大きく聴こえるなぁ。すごい迫力だ。」
普段なら遠くから聴く鐘の音を、俺はその間近で体感していた。
腹の底まで響いてくるような、直接身体を震わせる音の波に圧倒される。
おおよその時間の目安くらいにしか感じていなかったそれは、今日この時から違うものになっていくだろう。
重厚な造りの、赤茶色のレンガが積み重ねられた学舎。その傍らに見えるこの街のシンボル、時計塔。
5年間通うことになる場所を眺めながら、俺はこれから始まる新しい生活に胸を踊らせていた。
「アシュレー君!早く早く~!」
「おっと…今行くよ!」
校門を進んだ先の並木道からアインが俺を呼ぶ。
溢れる興奮を隠そうともせず、学園の制服に身を包みはしゃいでいる。
女子の制服はセーラー服という物で、白を基調に紺色のラインがアクセントになったデザインになっている。
男子はブレザーと呼ばれる服で、こちらは逆に紺を基調に白のラインが入っている。
スカートが若干短く感じるがアイン曰く、長いと可愛くないとの事だった。
ちなみにそれを聞いたオオイさんが『最近の若い者は…っ!』とプリプリしていた。
俺が「オヤジくさいですね」と言ったら『ズガビーン!!!』と謎の擬音を発し、物凄いショックを受けて小屋に引っ込んでいった。
まあ服の話は置いておいて、本当に元気になって良かった。
いつかのヒョロヒョロ&フラフラが嘘みたいだ。
むしろ反動か最近は逆に太っ…
ゾワッ
「アシュレー君?何か失礼な事、考えてない?」
「…………いえ?(震え声)」
実際太ったというのは語弊があるか。肉付きが良くなった感じた。
いわゆる女からすればもっと痩せたいと言う体型、男から見ればブラボーと言える理想の体型だ。
10才の子供に使う表現ではないが、アインってば発育イイからな。下手な大人より胸あるし。恐るべし、アイシアの血族…!
それと体調の回復と共に妙に勘が鋭くなった。
あと俺が怯える程の殺気を放つようになった。
最初に会った頃の、あのアインが懐かしい…何もかも皆、懐かしい…………いかん、どこかの髭の艦長みたいになってきてる。
俺は気分を切り替えアインに向かって駆けていった。
~~~~~
誘拐事件から約半年。俺とアインはイザベラ学園へ入学した。
フォレストサイトにおける10歳からの義務教育。
叔父さんが他の貴族の人達と協力して始めた制度で、この制度の導入により王国内でのフォレストサイトの子供達の平均学力は地方都市にも関わらず王都に次いで2番目らしい。
流石は叔父さん、俺も鼻が高い。
以前約束したとおり、俺は平民扱いで学園に入学した。
特別扱いは御免だし普通の学園生活を過ごせればそれで良い。
A組だけは少数の貴族の子供で構成されているらしいが、ここには入らない予定だ。
叔父さんもこんなクラスは作りたくなかったらしいが、他からの要請でやむなく作ったそうだ。
意識の高い子供が多いから関わらない方が良いよとの叔父さんからのアドバイスを受けている。
まあ、頼まれても関わらないけどね。
父さん達からは事件の後に更に手紙が来た。
俺が見つかっていない時に叔父さんが送り返した手紙への返信だったので、俺が見つかっていない事を前提に書かれていたものだった。
叔父さんに俺の検索について感謝している事、俺が両親にとってどれだけ大切な存在なのかが書かれていた。
手紙は鳥の脚に括る物だからそんなに大量には書けない。
小さな紙に少しの隙間もなくびっしりと書かれた文字を見て、俺の涙腺がカタストロフィを起こしたのは言うまでもない。
直ぐに叔父さんが返信し、俺も紙を半分使って自分の近況を報告した。
次の手紙にはきっと明るい話題が載るだろう。
~~~~~
「あ~~長かった…」
始業式の理事達によるありがたいお言葉に生徒3人が保健室に運ばれた頃、ようやく俺達は解放された。
どうして大人というのはこう話が長いんだろうか。
文句を言いながら首をボキボキ鳴らし廊下を歩く。
長い長い大人達の話の中で結局記憶にあるのは学園長の短い挨拶と最後の言葉だけだ。
「どうか楽しんで下さい。」
主語もなく、何の飾りもないとても短い言葉だったが、心に残る言葉だった。
それだけの想いがこの言葉の中に込められているという事だろう。
まあ美人だったのも大きな要因かもしれない。周りの男子は圧倒的な美貌に終始満面の笑みだったしな。
ちなみに俺は母さんやアイシアさんで美人耐久度が高かったので無事だ。
歩いてしばらくして、俺は自分が籍を置く教室までたどり着いていた。
茶色の横開きのドアの上、金色のプレートにお洒落な筆記体で刻まれたCの文字。式後のクラス別けの発表で、俺はC組になった。
アインとも同じクラスになれれば良かったのだが、残念ながらアインはB組だった。
アインは発表の掲示板の前で「ズガビーン!!!」と叫びながらショックを受けていた。
その場で崩れ落ちるアインに、ちゃんと教室に行くよう声を掛け俺はその場を離れた。
ていうかこの「ズガビーン」て、もしかして流行ってるのか?
俺が時代のムーブメントに乗り遅れてるだけなのか?帰ったらオオイさんに聞いてみよう。
「お?お前もC組か?」
「ん?」
教室前で考え込んでいた俺に後ろから声が掛けられた。
そこにいたのは背丈が俺と同じくらいの少年。
短めの赤髪に日焼けした肌が印象的で、気持ちの良い笑みを浮かべている。
「君もC組?俺はアシュレー、よろしくね。」
「オイラはテッド。こっちこそヨロシクな!」
2人で自己紹介しながら教室へ入っていく。
中には既に生徒が数人座っていた。
机の数からしてクラス全員の数は20人程度だろう。
俺達を除けば空いている席は2、3席だけだ。
黒板に席順が書かれた紙が貼られていたのでその通りに座る。
「お、席近いな。ラッキー。」
「ああ。今日って授業あるのか?」
「初日は学園の説明だけだってさ。一学年上に姉ちゃんがいるんだけど、そう言ってた。」
「じゃあ今日は結構早めに終わるんだ。」
俺の席は窓際の最後尾。ティムはその前の席だった。
快適な位置だが叔父さんが気を遣ってくれたのだろうか?
まあ偶然でも特別扱いでも、これ位ならカワイイものだろう。
テッドも話した感じ裏表の無い性格みたいだし、良い友達になれそうだ。
この席を用意してくれたかもしれない異様な若さのイケメンを思い出しながら、俺は静かに感謝した。
「ねえ、メガネ君。」
「………」
「ねえ、メガネ君ってば、無視しないでよ。」
「………ん?ああ、俺か!」
テッドと雑談していた俺に声を掛けてきたのは右隣の席の女の子だった。
クリクリとした大きな目と小動物のシッポの様に揺れる栗色のポニーテールが印象的だ。
”メガネ君”なんて呼ぶから一瞬誰のことか分からなかった。
未だにこのメガネは慣れない。
「ごめんごめん。自分がメガネ掛けてる事忘れてた。」
「何それ?最近掛けたばっかりって事?」
「知り合いに平和のために掛けろって言われた。」
「平和?どういう意味?」
「さあ?俺も聞いてみたけど教えてくれなかった。」
自分の顔に感じる違和感。入学式前にアインから渡されたメガネがそこにあった。
度は入っていないがかなり大き目&分厚いレンズで、顔があまり見えない。
「何故にメガネ?」と聞いてみたがめっちゃ真剣な顔で「…平和のため」と言われた。ベルクさんとアイシアさんがその脇で苦笑いしていたのが印象的だった。
オオイさんからも『平和な日常を望むなら外では掛けなさい』と、神としてのお告げを受けた。
このメガネ、そんなに重要なの?
何か、こう、後々邪神を封印するためのキーアイテムになるとか。…ないか。
まあそんな理由で学園では可能な限りメガネを掛ける事に決めたわけだ。
「私はユキカゼ。そっちの赤いのもよろしくね。」
「オイラは赤くねぇ!いや、確かに髪は赤いけども!」
「…俺はアシュレー。こっちはテッドだ。呼び方は名前で頼むよ。」
”メガネ”に”赤いの”ではあんまりだ。
「ごめんごめん。アシュレーにテッドね。」
「ユキカゼって、この辺じゃあんまり聞かない響きの名前だな。」
「私、この学園に通うために田舎から学園寮に入ったの。王国領の辺境にあるヤマトって言う地域なんだ。2人はこの街の出身?」
「オイラは生まれも育ちもフォレストサイトさ!家は昔から服屋をやってて防具なんかも結構充実してるんだぜ!」
「(どこかで聞いた品揃えだな…?)俺はユキカゼと一緒かな。住んでた俺ですら名前も知らない田舎の農村だった。」
「そうなの?アシュレーってテッドと違って垢抜けた雰囲気だけど。」
「え、オイラ、ナチュラルにディスられてる?」
「ぷっ…あははっ」
この子、自覚なく毒を吐くタイプか。ただこの子自身に悪気が無いから聞いてても不快にならない。
これが人徳ってやつだろう。
テッドも突っ込みを入れているがその顔は笑っている。
これから始まる学園生活は間違いなく楽しくなる。
ワイワイ騒ぐ級友2人を見て、俺はそう確信出来た。




