第22話 ウサギの恩返し 前編
ウサギさんが出てきます。
そしてあの天使(?)の意外な一面が…?
「はぁ~~~~~~~~~…」
…やってしまった…
早朝の狼の昼寝亭2階、客室。俺はベッドの上で身悶えていた。レナの病気が完治した昨日。その病室で泣いてしまうという大失態を犯してしまった俺。めでたい席で水を差すような俺の涙に、ベルクさん一家は動揺していた様子だった。恥ずかしくなって早足で部屋に引き返したけど…顔を合わせにくい。一晩泣いてかなりスッキリして、もう昨日のことはなかったことにしたいが、ベルクさん達からすればまあ無理だろう。
「だけど悩んでても仕方ないしなぁ………そうだ、服でも買いに行くか。」
一時的な時間稼ぎにしかならないけど結構イイ考えだと思う。長い時間一家と顔を合わせるのは今の状態では耐えられない。それにいつまでも毒液や泥の染みついた服を着ているのも不衛生だ。お金の心配もなくなったから着替え一式揃えるのもイイだろうし、エンゼルマリーで服でも買ってこよう。かなり早い時間だけど、この惨状を見ればマリーさんも融通を利かせてくれるはずだ。
俺は1階の食堂へと降りていった。
~~~~~
「すぅ…はぁ……。よし、おはようございます!」
「アッシュ…!お、おはよう。早いな。」
「あっくん、おはよぅ~。」
食堂ではベルクさんとアイシアさんが頭にタオルを巻いて木のフローリングを磨いていた。深みのある茶色の木目が鈍い輝きを放っている。狼の昼寝亭はいつもピカピカでいつ掃除しているのかと疑問に思っていたけど、こんなに早い時間から掃除してたんだな。
「すいません、ちょっと早すぎましたね。」
「いや、構わねえ。だけどまだ朝飯を用意してねぇんだ。」
「待っててねぇ、すぐに用意するから。」
…気を遣わせてしまってるな。アイシアさんは自然に接するように努力している(それとも素か?)みたいだけど、ベルクさんがいつもに比べてどうにも固い。アインもまだ寝ているみたいだし、やはり予定通り、しばらく時間を空けるために外出しよう。
「いえ、今日は気分を変えて屋台で適当に食べてきます。ついでに服も買い換えてきたいですし。早い時間ですけどマリーさんの店なら開けてくれます。」
「お前の服がダメになったのはレナのために治療薬の素材を探しに行ったのが原因だろう?待ってろ、金を…」
「いえ、大丈夫です!行ってきます!」
「あ、おい!」
俺はベルクさんの話を無理矢理打ち切って宿の外へ飛び出した。
~~~~~
「ちょっと無理矢理過ぎたかな…だけど変に気を遣われるのも疲れるしな。」
豆太郎に一声掛けた後、俺は商店街の屋台街まで逃げてきた。ベルクさんのあの態度も優しさからくる行動だから尚更タチが悪い。本当にどうしよう。ああ、泣く前の昨日に戻りたい…。
グゥ~~~~~
「悩んでいても腹は減る…か。」
腹に物を入れれば何かイイ考えも浮かぶかもしれない。お金を節約する必要もなくなったし、朝食は食べたい物を食べたいだけ食べよう。そうして俺は自分へのご褒美とばかりに、値段や量など一切考えず、欲望のままに屋台を練り歩いた。
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「おや、おはようアッシュ………ちょっと、どうしたんだい?」
「いえ、少し食べ過ぎまして…」
「あんたねぇ…」
エンゼルマリー前で、開店準備をしていたマリーさん。来るタイミングとしてはピッタリだったが彼女は俺の状況を見て固まっている。ボロボロの衣服に苦しげな表情、パンパンのお腹。ウーウー言いながら近寄るその姿はゾンビと間違って攻撃されても文句は言えないだろう。何があったと聞いてきたその問いに対する俺の答えに呆れ顔だ。
「それで?その服はどうしたんだい?」
「え、え~っと、水溜りで無茶しまして。」
嘘は言っていない。ちょっと規模は違うけど。
「…その汚れの色は毒だね。それに衣服の破れ方からして、締め付けでも受けたかい?」
「えぇぇっ!?」
何で分かるんだ!?あまりに的確なその指摘と鋭い眼光に変な声を出してしまった。ど、どうしよう、何か言い訳を…!
「深くは詮索しないよ。ただ、危ないことをするならそれ相応の装備ってもんが必要だ。戦いに行くのに準備をしない奴はただの自殺希望者かバカだよ。」
ごめんなさい。私はバカの方でした。
「奥に来な。それ相応の装備を見繕ってやるから。」
「あ、はい!」
マリーさん、マジ男前。そうして店へ入っていくマリーさんの背中には、普段感じることのできない迫力みたいなものがあった。まあ普段から体格は迫力満点なんだけどね。俺は店へと足を踏み入れた。
通常の衣類を売っているスペースの奥に、もっと無骨な雰囲気の一室があった。以前来た時には気付かなかったが、どうやら防具を陳列しているスペースらしい。壁際に盾や鎧、兜といった防具類が置かれている。壁に立派な賞状が何枚も飾られているし、もしかするとマリーさんって、その道では有名なのかもしれない。
「さて、正直に言いな。あんたはどんな戦い方をするんだい?それによって防具も変わってくるからね。」
「そう…ですね……弓、かな?」
「なんで疑問形なんだい。」
「とにかく軽装でお願いします。」
だって魔法なんて言えないし。
ギルド登録の使用武器は剣にしてたけど、実際剣は持ってすらいないし、まともな戦いはこの間のナーガ戦くらいだ。これからはあまり戦う必要はないだろうし、上から下まで重装備なんて必要ない。軽装で十分だろう。
「それじゃあ革素材を中心に、重要部位に金属を使う物が良いだろうね。あんたは子供だし直しが必要だから計測させてもらうよ。…ったく、お腹パンパンだね。何かリクエストはあるかい?雰囲気やら色やら。」
俺の胸囲や腕の長さを測りながらマリーさんが聞いてくる。
「う~ん、使ったことがないのでなんとも言えないです。派手な色じゃなくて、突拍子もない物でもない限り大丈夫です。」
「分かったよ。…よし、計測終わり。食べ過ぎで膨れた腹回りの計測は前の服から計算しとくよ。防具は1週間くらいで仕上がるからそれくらいを目途においで。普段着は前と同じ感じで良いかい?」
「はい。俺そういうの気にしないんで適当にお願いします。マリーさん趣味良いですし。」
「まったく…素材は良いんだから無駄にするんじゃないよ。」
そうして俺を衣類コーナーへ連れて行ったマリーさんは、あれでもないこれでもないと俺を着せ替え人形にして様々な服を着させていった。結果としてベージュ色のワイシャツと黒のパンツ、上に丈が長めのカーキー色のジャケットいうコーディネートに落ち着いた。うんうん、やっぱりシンプルが一番だ。お代は防具代と他の適当な衣類を何着か合わせて銀貨3枚。多分足が出てるしその分は払うと言ったが、”子供が遠慮するな”とのお言葉で一刀両断された。マリーさん、あざーす!!!
~~~~~
「さて、どうしよう。」
服を詰めた袋をぶら下げながら俺は呟いた。…することがなくなってしまった。今日もそうだがレナの病気の件が解決してしまったし明日からも俺に用事はない。叔父さんと約束した学校も来年からなので今現在、本当にやることがない。レナのお見舞いもベルクさん達と接触する可能性があるし行きにくい。
だけど荷物を持ったまま街中を徘徊するのもバカらしい。
「…まずは荷物を置いてこよう。その後、グリザイユ用のコートを取ってきて簡単な仕事をする。…よし、これでいこう。」
俺の身体能力で本気を出せば2階どころか3、4階くらいまで軽く飛べる。ベルクさん達と顔を合わせず自室へ戻るのは可能だろう。部屋にある変装用のフード付きコートを持ってこよう。暇な時にギルドで稼いでおくのは何の問題もないし、お金はあって困るものではない。…まあ、問題の先送りのために仕事をするっていうのは問題かな…。でも遊んでるっていうのも何か気が咎めるんだよな。
…ん、遊び?
何か忘れてるような…?
そう思って狼の昼寝亭の前まで来たところで俺はその忘れていた存在を視界に捕らえた。
「(ソワソワ)」
「………危ねぇ、忘れてた。」
狼の昼寝亭の軒先。頬をピンクに染めながら、流れるような黒髪にウサ耳の少女が落ち着きなく髪を整えている。服は昨日と同じ黒の上品なワンピース。きっとお気に入りで何着か持っているのだろう、細部の装飾が違うような気がする。昨日と違うのは綺麗な髪を飾る銀の髪飾りくらいだ。
…やばかった。遊びの約束が完全に頭からすっぽ抜けていた。偶然でも会えて本当に良かった。…でも待ち合わせの時間は昼過ぎなのに、何でもうスタンバイしてるんだ?約束の時間までまだ4時間近くあるぞ。…いや。だがこれは時間を空けるのに非常に好都合だ。あまり褒められた動機ではないが彼女と遊びに出よう。俺は2階の自室の窓から買った衣服を放り投げ、彼女に近付いた。
「おはよう、早いんだね。」
「!!!お、おはよう、なのじゃ。」
「近くに用事でもあった?待ち合わせまで結構時間があるけど。」
「えっと、えっと、そ、そうなのじゃ!近くで用件があったのじゃが思いのほか早く終わってしまってのう!散歩がてら近くを見て回っておったのじゃ!」
うん、すんごい嘘が下手。たとえ用件があったとしても、いじめられっ子の彼女が散歩なんておかしい。それに歩いてなかったし。まあ、元から遊ぶ予定だったんだし、前倒ししよう。
「それじゃあ暇なんだ?俺も今日はこれから予定がなくて暇なんだ。今から遊べる?」
「う、うん、大丈夫なのじゃ!」
「そっか。それじゃあ行こう?」
そう言って俺は彼女の柔らかい手を握り、広場の方へ歩き出した。ちょっと恥ずかしいがここにいると誰かに見つかる可能性があるからな。
遠くから犬の悲しげな鳴き声が聞こえた気がした。
~~~~~
「と、ところで1つ聞きたいのじゃが!」
「ん?何?」
2人で広場の方向へ歩いていると、彼女が口を開いた。道すがら彼女の服装の違いと髪飾りをほんの少し褒めてから、彼女のテンションは上限を知らずに上がり続けている。
「あの、名前、名前を教えて欲しいのじゃ!」
「ああ、そういえばそうだったね。俺は…」
「待て!待つのじゃ!こういうのは聞く前に自分から言うのが礼儀なのじゃ!妾はターニャ…じゃ。よろしくなのじゃ!」
名前を言い終わった後に間があったな。たぶん苗字を隠そうとしてるんだろう。一目見てお嬢様だと分かるし、何といっても父親が政治に関わる仕事をしていると話してたしな。ターニャは結構有名な家柄なのかもしれない。突っ込むべきところではないだろうし、こっちも流そう。
「俺はアシュレーだ。こちらこそよろしく、ターニャ。」
「と、ところで1つ聞きたいのじゃが!」
「ん?何?」
ていうかさっき1つって言ったじゃん。まあイイけど。
「アシュレーは貴族、なのかの?」
「………えっ?」
ばれてる?なぜ?俺は一般的な格好をしてるし、言葉遣いも普通のはずだ。もしかしてこの子、俺のことを誰かに調べさせたりしたのか…?思わず不信の目を向けてしまう。
「ご、ごめんなのじゃ!魔法を使ってたから、そういう家の者だと思ったのじゃ!聞かれたくないことだったかの?ごめん、ごめんなのじゃ!」
「あ、ああ。そういうこと…」
魔法は上流階級のみが使用できるというのがこの世界の通説だし、普通はそう考えるよな。いかん、俺の態度にターニャが今にも泣きそうになっている!俺ってこの子のこと泣かせてばっかりだな。
「お、怒った、かの…?」
「いやいや、怒ってないよ!そうだよね、魔法を使ってたもんね。」
さてこの質問、どうやって答えよう。この子が上流階級というのは間違いないだろう。そんな子に”魔法は使えるけど平民です”という回答をして、後々何か問題が起きないか。平民の魔法使いなどおそらくこの世界にはほぼ存在しないだろうし、この子が漏らすつもりがなくてもウッカリ、ということもあり得る。下手に誰かの耳に入ればトラブルの元にしかならないだろうし、ここはぼかそう。
「まあ、そうだね。一応、そんなような感じかな。」
「や、やっぱりそうなのか!本当に良かったのじゃ~!」
「?どういう意味?まさか”平民風情が妾と友達など片腹痛いわ!”とか?」
「ち、違うのじゃ!だって貴族なら父上に頼んでけっk……」
「え?何?」
「何でもないのじゃあぁぁぁ!!!」
「そ、そう?」
最初は気の弱い子だと思ったけどそうでもないのかな?まあ自然にできてるならそれは良いことだ。俺はターニャの叫びにのけ反りながら、そんな風に思った。
結構ボリュームが出てしまったので前編後編に別けます。
ちなみにアイン&豆太郎は後方追尾中です。




