第19話 守護を継ぐ者
走れ、アシュレー!
戦え、アシュレー!
あの子の笑顔を守るため!
レナの容態が急変した。
その言葉を残してベルクさん達はそのまま治療院の方向へ駆け足で立ち去った。
宿の前にぽつんと残される俺。
「………」
『固まってる場合じゃないよ、アッシュ。』「はっ!?」
いかん、思考停止してしまっていた。そんな俺の足元に、いつの間にかオオイさんがお座りしてる。
そうだ、こんな所で固まっている場合じゃない。「容態が急変」ということは、間違いなく危険な状態ということだ。何とか手段を考えないと。
「って、オオイさん!レナの病気ってまだ猶予があるんじゃなかったんですか!?」
障魔病は発症から死に至るまで約半年。その言葉を信じて活動を続けていたのに。
『そのはずだったんだけどね。…僕の予想になるけど、レナはかなり無理してたんだと思う。』
「無理?」
「うん。障魔病は発症から約半年で死に至る、これは間違いない。でもレナは4か月ほどで容態が急変してしまっている。ということは発症はもっと前だったということだ。」
「病気の症状を我慢していたってことですか?我慢できる症状なんですか?」
「魔力の循環障害だから、発症段階から全身に鋭い痛みがあったはずだ。大人ですら泣きが入るレベルなんだけどね…」
そんな症状、我慢するなよ…
今更どうしようもないことだが、あの小悪魔の我慢強さにビックリだ。
『呆けてる暇はないよ。何とか治療薬を用意しないと。』
「そ、そうだった!叔父さんが薬を用意してくれるって…」
『昨日の今日で用意できてるとは思えないけどね。』
「不吉なこと言わないで下さい!」
俺は宿の鍵を掛けた後、ダッシュで叔父さんの屋敷へ向かった。
~~~~~
「…ダメでした。」
『やっぱりね。』
叔父さんにレナの容態について知らせたが、薬を用意するには時間が掛かるとの返答だった。可能な限り急ぐとは言っていたが、最低でも2週間は必要だと言われてしまった。
『障魔病は珍しい病気だし、薬自体備蓄が無いんだよ。病気が発見されてから薬を調合するのがほとんどだ。』
「そんな………」
『…僕達で調合するか。』
「へっ?調合って、そんな簡単に出来るものなんですか?」
そんな「ちょっと買い物行ってくるわ」みたいなノリで。
『調合は僕がやる。素材さえ集まれば可能だよ。』
ど、どうしよう、オオイさんがカッコよく見える!体長30センチしかないのに!
「素材は知ってるんですか?」
『純水とピュアスライムの粘液、大鹿の体毛と白金だ。』
「用意できる物なんですか?」
『薬の値段を跳ね上げているのは白金だ。それ以外は何とかなると思うよ。純水は水魔法で精製出来る。ピュアスライムはここから南に30キロほど進んだ沼地に生息していたはずだ。大鹿は直ぐに用意できる。君もこの間見たはずだよ?』
「えっ?どこで?」
『時間がないから粘液の回収から始めよう。〈ゲート〉。』
俺の疑問を置き去りにオオイさんが唱えると、目の前の空間が水面のように揺らいだ。
『さあ、行くよ。』
「え、あ、ちょ…」
そう言い残し、オオイさんはその揺らぎに向かって歩いていく。そして揺らぎに吸い込まれていった。転移魔法〈ゲート〉。行ったことのある場所へ使用者を運ぶ魔法だ。
おそらくオオイさんはその沼地に以前行ったことがあるんだろう。だが、魔法初心者の俺を放置していくのはヒドイ。
「俺、この魔法初めてなんですから、ちょっとは気遣って下さいよ!」
さっさと先に行ってしまった薄情な神に文句を言いながら、俺はヤケ気味に揺らぎに突っ込んでいった。
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揺らぎを抜けた先は一面紫の沼地だった。
紫がかった土が明らかな土地の異常を知らせている。沼を水源としていたのか、沼の周りには木々が生えているが、全て枯れ果てている。そして何より異常なのは……
「超臭い!」
『犬の、僕の方が、しんどいよ……』
辺り一面に漂う、何とも言えない異臭。酸っぱくて、甘くて、苦い。鼻の不快を感じるセンサー全てが、この臭いに反応している。犬の身体を借りているオオイさんは特に辛そうだ。
「こんなヒドイ場所に、”ピュアスライム”なんて純粋そうな名前の魔獣がいるんですか?」
『この変化は予想してなかった…。ピュアスライムは水の綺麗な場所に住み着く、無害な魔獣なんだ。全域がこの状態になっているなら生息の可能性は絶望的かもしれない。…僕が知らない間に、何か悪い存在が住み着いたみたいだね。』
「悪い存在?」
『沼地とは言ったけど、この場所は周囲一帯の雨水が土地の起伏で流れ込む貯水地なんだ。そのお陰で動植物の活動も活発だったし、このフォレストサイトという場所自体も魔獣が少ないから、昔から非常に平穏で静かな土地だ。だけど、そんな場所だからこそ、一度異物が入ってしまえば自浄機能は無いに等しい。』
その異物が原因でこの有様って訳か。異物の正体は十中八九、魔獣だろう。しかも環境を変化させるほどの大きな力を持った魔獣。それが自分の近くに隠れているかもしれない…枯れ木の隙間から何かが覗いているような気がして、俺は周囲を見回した。
恐怖で足が竦みそうになるが、ここで引き返す訳にはいかない。引き返せば、そこにはレナの死があるだけだ。
「可能性が高い場所は、どこですか。」
『…行くのかい?さっきも言ったけど、可能性は低いよ?』
「行かないで後悔するより、行って後悔したいです。それとも他に採取できそうな場所があるんですか?」
『あるにはあるけど、場所が遠い。〈ゲート〉の有効距離は1回50キロメートルが限界だ。それも僕が魔力を精一杯込めてその距離だ。行くには距離がありすぎるし時間が掛かりすぎる。何より魔力が持たないから行けたとしても帰ってこれない。』
「だったらこの場所に賭けるしかないでしょう?俺は何を言われても行きます。」
『…分かった。ただ、戦闘になる可能性がある。これを渡しておこう。』
言葉の直後、オオイさんの目の前の一振りの鉄剣が現れた。長さは俺の身長より短い位で、だいたい1メートルちょっと。装飾などは施されていないが、シンプルで使いやすそうな両刃の直剣だ。おそらく創造魔法で造ったのだろう。
「もっと良い物を渡そうと思ったんだけど、先日、ちょっと現世に影響を与え過ぎてしまってね。今はこれを渡すのが限界だ。」
「いえ、これで十分です。」
限界というのは以前話していた神様の決まり事のことだろう。現世への影響の話はよく分からないが、俺への加護のことかな?でも言い方からして別件っぽいな。
まあ、今まで俺に良くしてくれてるし、加護も突き抜ける程貰ってるから文句は一切ない。むしろ文句を言ったらバチが当たる。
俺は剣を手に馴染ませるように数回素振りした。
『可能性があるとすれば、奥の水源近くしかないだろう。異物と接触する可能性もあるから警戒は怠らないようにね。』
「はいっ!」
初めての冒険が命懸けとは、本当についてない。だけど、俺はベルクさん一家が悲しむところは絶対に見たくない。
俺は俺の我儘のために、命を懸けて素材を集める。恐怖を振り切るように、俺は奥へと駈け出した。
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『この辺りはさっきの場所よりまだマシみたいだね。』
「もしかしたら、さっきの場所が一番酷かったのかもしれませんね。」
沼地の奥へ進むと少しずつだが土の色が戻り、水が澄んできた。背丈を超える岩盤層の隙間から水が沼地に流れ込んでいる。土地の起伏で水が集まるという話だったから、これがその水なのだろう。この調子で奥へ進めば、ピュアスライムに会えるかもしれない。沼地の上に浮かぶ大きな丸い葉っぱの上をテンポ良く進んでいく。
すると、何かが俺の感覚に引っかかった。俺が足を止めると、オオイさんが声を掛けてきた。
『よく、気付いたね。』
「…やっぱり、そう簡単にはいきませんよね…」
振り返るとそこには水辺から首を伸ばし、こちらを見つめる漆黒の瞳。同じ漆黒の鱗に覆われた丸太のように太い胴体を躍動させ、真っ赤な舌を出し入れしながらこちらを威嚇している大蛇。これが異物か。
「オオイさん?」
『何だい?』
「俺、チビリソウデス。」
父さんとの訓練や子供のケンカとはレベルが違う、魔獣との実戦、命のやり取り。通常、実戦訓練はスライム等の危険の低い魔獣から入るのがセオリーなのだが、いきなりこれ。震える足を必死に抑え込みながら、俺は正直にオオイさんへSOS。
『大丈夫、見守ってる。死んでも1回だ。』
「……………………えっ、終わり!?」
『さっきも言ったろう?しばらく僕は君達の世界に有形力を行使することは出来ないんだ。それとも全力で逃げるかい?君のステータスなら可能だよ?』
「絶対に嫌です!」
こいつをここで逃がしたら、沼地にいるかもしれないピュアスライムが危険に晒されるかもしれない。何より、この地方の水源地であるこの場所にとって有害な存在を放置すれば、いずれ地方全域に被害が及ぶ可能性もある。…こういう考え方が、叔父さんの言っていた苦労を背負い込むところ、つまり父さんとソックリなところなんだろうな。
ベルトに差していた剣を引き抜き、大蛇に向けて正眼に構える。そして昔、父さんから習ったおまじないを唱える。
かなり仰々しいと思っていたその内容も、父さんの過去を知った今なら納得できる。勇気を奮い立たせ、大切な者達を守るために、父さんが唱えていたおまじない。
「我は剣…我は盾…汝を背に立つ守護者なり…」
次話、本格戦闘開始です。
大鹿をどこで見たか、覚えてますか?
忘れてる方は、過去の話を見直すと分かります。
連続投稿、これで弾切れです…




