01.一通のメッセージから始まった
「新堂くん。」
この一言が俺の人生を大きく変えたんだ。
あの時、何もかもが崩れた気がした。何をどうしていいか分からなくなった。
でも、過去を取り戻すことができないと頭では理解している。
それでも、どうしてもあの瞬間に戻りたくて、心が足を止めてしまう。
毎日のようにその想いが襲ってくるけれど、現実を見つめるたびに、ただひたすらに自分が小さく感じるだけだ。
俺の名は、新堂翔汰。
色麻工業高校に通う1年生だ。
クラスの連中からは「ガリ勉」だなんて陰で言われている。
この学校は、ほぼ男子校。全校生徒の中で女子はわずか五人しかいない。
翔汰は駅から一歩ずつ色麻工業高校が近づいてきたのを感じた。
静かな住宅街にぽつんと佇んでいるその学校は、周囲の家々とまるで別世界のようだった。
近くにはショッピングモールや映画館もあって、休日は人で賑わう。
その一角に小さなカフェ「Starlight」があり、女子高生やカップルに人気らしい。
けど、俺には関係のない世界だ。
ちなみに俺は現実の友達がひとりもいない。
唯一つながっているのは、Limeというメッセージアプリで知り合った「レン」という、同じ年の女子だけだ。
とは言え、会ったことも無いので本当に同期の女子なのかどうかは不明なのだが。
でも、インターネットというのは素晴らしい。こんな根暗な野郎でも友達が出来るのだから。
「おはよう、カケルくん。今日から高校生だね。お互いに高校生活頑張っていこうね。」
「そうだな。お互い頑張っていこう。でも、正直、俺には無理かもしれないけど。工業高校だから男子ばかりだし。」
「えーっ、良いじゃない。私は女子高だから女子だけだよ。」
カケルと言うのは、俺のLimeでのアカウント名だ。
翔の字の読みを変えただけというシンプルさだが、ネットの世界に生きる第二の俺だ。
相手のレンは何処の誰かも分からないので気兼ねなく話せる。
リアルな世界でも話せたら苦労することも無いのだろうが、どうしてもリアルは苦手だ。
時は過ぎて入学式から三日後、周りはグループが形成され始めているが、俺は相変わらずボッチだった。
休み時間は机に伏せて寝るか、スマホでゲームをして時間を潰す。
そんな状況だから、周りの生徒は俺に話しかけてこない。
そして学校が終わると一目散に帰宅する。それが俺の一日だった。
あの出来事が起こるまでは。
「カケルくん、お疲れさま。ねぇ、聞いて。今日は少し良い事あったの。」
レンは余程良い事があったらしい。
それを聞いてあげるのもカケルの大事な仕事だ。
「そっか、どんな事があったの?」
「好きな男子に会えた。」
翔汰はジュースを口に含んだまま、レンの言葉を聞いて一瞬、息を呑んだ。
そして、驚きのあまり、思わずジュースを吹き出してしまう。
その後、顔が赤くなるのを感じたが、恥ずかしさに顔を背けることすらできなかった。
恋バナの予感がした翔汰は興味津々にレンに聞く。
「そっ、そうなんだ。っで、どんな男なの?」
「いくらカケルくんのお願いでも、それは恥ずかしいし、答えたくない。」
「じゃぁ、何処の高校の男子かだけでも教えて。力になれるかも知れないから。」
「んーっ、どうしよう。カケルくんだから言っても良いんだけど、やっぱ恥ずかしい。」
「じゃぁ、俺も好きな子出来たら話すから。」
「正直、カケルくんに好きな子が出来るとは思えないけど。今は好きな子居るの?」
レンは翔汰の痛い所を突いてくる。
ご尤もなので何も反論できない。
「今は居ないけど、出来たら必ず話す。レンになら何でも話せる気がするから。」
「レンって言ってくれないんだね。その方がカケルくんらしくて良いけど。まぁ、レンの事が好きって言われても断るけどね。」
そう言って、レンはカケルに好きな男子の高校名も教えなかった。