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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第四十三話 カレンとの再会

 カレンがクミン・フェニックス?

 現・国王コルバの愛娘だと?

 王女?

 そんなことありえない。

 王女が簡単に王宮を抜け出せてたまるか。

 何をバカなことを言っているのだろう。


「ボボ、それは本当なのか?」


 ケンタスも驚いていた。


「ああ、王宮で頭を下げる前にオイラちゃんと顔を見ているからな、間違いない。というより、お前たちは知らなかったのか? そっちの方が驚きだ」


 ケンタスが放心状態なので、俺が代わりに文句を言わなければいけないようだ。


「ボボ、お前な、知ってたら教えてくれよ」

「いや、だからオイラはお前たちがとっくに知ってるものとばかり思っていたからな」


 別に無口でいることは悪いことではない。しかし程度というものはあるはずだ。気軽に聞いてくれれば、そこで判明していたはずである。それをなんだってこんな差し迫った時に知らなければならないというのだろう。


「それでオイラはどうすればいいんだ? 頭を下げなくていいのか?」

「その必要はないよ」


 とケンタスがいつもの涼しい表情で答えた。


「もうすぐ来るぞ、どうするんだ?」


 どう振る舞うべきか分からないのは俺も同じだ。


「いつも通りにしよう」


 ケンよ、マジか?


「それって知らない振りをするってことか?」

「そうだ」


 ケンタスの口調は有無を言わさぬ感じだった。確かに黙っていたカレンが悪いのだが、王女ならば告白できるはずがない。しかしそれに対してこちらまで嘘をつく必要はないのだ。いや、こういうのは、もうどうでもいい。どうなろうと俺の知ったことではない。


「ん? 来ないぞ?」


 そう言って、ボボが不思議そうに見つめるのだった。

 なぜかカレンが遠くで立ち止まっていた。


「王女、……じゃなかった。カレンはどうしたというんだ?」

「ペガス、そういう言い間違いは本人の前でするんじゃないぞ」


 なんで俺が注意されないといけないというのだろうか。


「誰かが行った方がいいんじゃないのか?」


 とボボが促した。


「おい、ケンよ、お前が行った方がいいんじゃないのか?」

「いや、カレンはオレがいるから来られないんだ。ペガ、お前が行ってきてくれ」


 なんなんだ、この野郎は。いつも通りに振る舞えていないのはテメェの方だ。カレンに『もう来るな』と言った、そのひと月後に会いに行って、そのくせ自分で迎えに行けないなんて、身勝手にも程がある。


「どうした、カレン。みんな待ってるぞ」


 文句を腹に抱えつつ、ケンタスに言われた通りにするのが俺の優しいところである。


「だって、ケンが『もう来るな』って言ってたから」


 拗ねた顔はどこにでもいる十五の少女で、とても王女には見えなかった。


「ああ、そのことか、それなら気にすることないさ」

「でも……」

「いちいち気にしても仕方ないだろう? あんなバカの言ってることなんてさ」

「ケンのことを『バカ』って言わないで」


 いや、俺はカレンが来やすいように言っただけなのだが……。


「それは悪かった。もう言わないから、とりあえず来いよ。あっちに行ってみんなで話をしよう。そもそもケンが『カレンに会いに行こう』って言ったんだからさ、来てくれて良かったと思っているはずだ」


「本当に?」


 と言って、俺の目を真っ直ぐ見つめた。


「なんか、今日のペガ、様子がおかしいけど」

「まぁ、その、俺たちにも色々あったんだ。そういうのはケンに聞いてくれ」

「うん」


 と頷いたものの、カレンの目はまだ俺を疑っていた。そもそも俺は芝居が苦手なのだ。ベリウスの妹と一緒に芝居の稽古をして、そこで笑われてから、どうしても演じることに恐怖心を抱くようになってしまったのだ。


「カレン」


 ケンタスが立ち上がって出迎えた。


「ケン」


 名前を口にしただけでカレンの頬が染まった。

 いや、それは焚き火の照り返しか。


「この前、『もう来るな』って言って、ごめん」

「ううん。私の方こそ、『来るな』って言われたのに来ちゃって、ごめんなさい」


 二人の間で茶番が始まった。


「いや、来てくれて嬉しいよ」

「そう言ってくれると、私も嬉しい」


 二人が嘘をついていることを知っているので、この場にいることが居た堪れなかった。


「今日はやけに素直だな」

「ケンの方こそ、妙に優しい」

「妙にって何だよ」

「心に疚しいことがあるのかなって」


 ほんと勘の鋭い女だ。


「ないよ、そういうのは一切ない」

「本当? ペガ」


 不意に話を振られたので口ごもってしまった。


「二人とも変だよ」

「いや、違うんだ。アキラのことなら心配ない。あれはケンの妹のようなもんだ」

「アキラって誰?」


 そこでケンタスが旅の出来事について語り始めた。俺のとっさの誤魔化しにケンが乗っかった形である。しかしこんなことを長く続けられるはずがない。いつかはバレるのだから、初めから嘘などつくべきではないのだ。しかし……。


 焚き火を囲んだ俺たち四人には明確な身分差が存在する。本来ならば口を利ける間柄ではないので、身分を告白してしまえば会って話すことなどできなくなるわけだ。ケンタスもそのことを承知しているから知らない振りをするようにお願いしたのだろう。


 つまりケンタスはカレンを思っているということだ。だとしたら、これほど残酷な恋愛はない。許すとか許されないとかではなく、生きている世界そのものが異なっているからだ。まだ馬や豚との恋愛の方が可能性としては高いくらいである。


 ケンタスの話を楽しそうに聞いているカレンも、そのことを充分理解しているはずだ。本来、国王の娘ならケンを人間だと思っていなくても不思議ではないからだ。でもカレンの瞳に映るケンは人間として映っているわけで、それだけでも特異なのだ。


 未だにカレンがクミン・フェニックスというのが信じられないでいた。あの王女は冷血で有名だ。王宮生活ではどんな顔をしているというのだろうか? カレンの無邪気な笑顔を見ると、どうしても王女と結びつけることができないのである。


「ペガったら、あなた結婚したのねっ!」


 どうやら他の三人は俺の結婚話で笑っていたようだ。


「道理で様子がおかしいと思ったわ」


 その勘違いはありがたかった。


「その割にちっとも嬉しそうじゃないわね」

「いや、まあ、まだ先のことだからさ」

「なによ、その、すまし顔。あなたって、ほんと可笑しいんだから」


 なぜ笑われているのか分からないが、とりあえず誤魔化せたことにホッとした。

 ケンタスが訊ねる。


「カレンの方はどうなんだ? 何か報告することはないのか?」

「そうね、父が死んだことくらいかな」


 あまりにさらっと答えたので一瞬理解できなかった。


「父上が?」


 それはコルバ国王が死んだという意味でもあった。


「そう。死んだのは一か月以上も前のことなんだけど、知らされたのは最近のことなの。王宮っておかしいでしょう? 実の娘が父の亡骸に会うのにも手続きが必要なのよ。おかげで感情なんてどこかへ行ってしまったわ」


 一か月以上前ということは、俺たちが旅に出る前の時期だ。あの頃やたらと異変を感じていたのは国王陛下が崩御したからだったわけだ。でも、まだ発表されていないということは、俺たちには分からない何らかの理由が存在するのだろう。


「私はね、あなたたちと出会っていなかったら、王宮がおかしな所だと思いもせずに生きていたと思うの。笑ったり泣いたり、それすらできたかどうか分からないのよね。一人きりになっちゃったけど、一人じゃないと思えたのは、あなたたちのおかげよ」


 確かクミン・フェニックスには腹違いの弟がいたはずだ。その存在を知らないはずがないのに、カレンは一人きりになったと言った。これはどういうことなのだろうか? 王宮の中に闇を感じてしまうのは、俺だけじゃないはずだ。


「そうだ、同じ時期に陛下も亡くなられたの。近々発表があると思う。新しい国王はまだ決まっていないわ。教えてあげられるのは、それくらいかな。誰がなっても、私は変わるつもりはないけどね。なりたい人がなればいいのよ」


 これはどういう意味だろう? おそらくカレンは他人事のように発言しつつ、フェニックス家で権力争いが起こっていることを示唆して、それを嘆いている感じだ。ハクタで出会ったフィンスやヴォルベも同じように捉えていたのを思い出した。


 でも、俺たちはフェニックス家そのものを根絶やしにする計画があることを知っている。つまりフェニックス家の人間は勝手に猜疑心を抱いて、互いを疑っているだけなのではないだろうか?


 やはりそうなるように、けしかけている黒幕が存在しているのかもしれない。だとしたら、今回の暗殺計画はかなり用意周到に企てられているといえるだろう。そうなるとカレンの身の安全が心配だ。


「一緒に来ないか?」


 ん?

 考え事をしていたのでケンタスの言葉がよく聞こえなかった。


「いや、一緒に来てくれ」


 これはカレンに言っているのか?

 ケンタスが首を振る。


「ああ、それも違うな。気持ち、そう、一緒に来てほしい、心がそう願っているんだ。いま王宮に危機が迫っていることは話したろう? オレたちがカレンを守るには、このまま君を連れ去るしか方法がないんだ」


 ケンは正気だろうか?

 相手は王女だぞ?


「本気で言っているの?」


 カレンが問い返すのも無理はなかった。


「本気だ」


 二人が見つめ合う。


「あなたは」


 カレンが怯えている。


「あなたは、私を知らないじゃない」


 王女であることは知っているが、それで彼女のことを知っている、とはならないか。


「知っているさ」

「何を知っているというの?」


 真実を話すのか?


「それは」

「それは?」


「子どもの頃にオレたち三人は『たった一つの物でも分かち合う』と約束した友達だっていうことをね。今は四人だけど、カレンに対する気持ちは、その頃から変わっていないことに気がついたんだ」


 悪いが、俺はそんな約束をした憶えなどなかった。

 ケンタスが続ける。


「今までは王宮へ帰る君を見送るたびに別の世界の人だと思っていたが、これからは君を特別な目で見るのはもう止めるよ。大切な人は自分の手で守りたいって、そう思えたから」


 カレンが地面の一点を見つめて考えている。はっきり言って、俺はカレンが断ってくれることを願っている。なぜなら先が見えないからだ。いやいや、先は見えているのだ。これは誘拐と同じである。


 カレンが断ってくれないと、俺たちはオーヒン国での裁判に加え、カグマン国でも王女誘拐の罪で指名手配されてしまうのだ。そのことを、この恋愛の芝居でもしているかのように語らう二人はちゃんと理解しているのだろうか?


 どうしてこうなったのだろう? なにが『ケンの言葉に従え』だ。俺の方がよっぽどマトモだ。俺の心が命じるままに動いていれば、面倒に巻き込まれることもなければ、裁かれることもなかったのだ。


「カレン?」


 ケンタスが呼び掛けるが、反応はなかった。

 王女の顔は悲しげだ。


「ごめんなさい」


 これは断りの返事だろうか? だとしたら助かった。


「私ね、ふと思ったんだ。これまでの人生で一度だって自分で何かを決断したことがないって。それに気がついたら悲しくて落ち込んじゃったの。だって、どこにも私の残した跡がないんですもの。必要以上に変わらないことに執着していたのは、単に変わるのが怖かったからだけなのね。変わらないことが素晴らしいなら、変わることだって同じくらい素晴らしいことじゃない。どうしてそのことに今まで気づかなかったのかしら」


 なんだろう、このイヤな予感は……。


「今なら素直になれるかもしれない。ケンが私を守りたいと思うように、私の中にもケンを守りたいという気持ちがあるの。何ができるか分からないけれど、私もあなたたちのように足跡を残していきたい」


 ヤバいぞ、これは。

 ケンタスが力強く頷く。


「どこまで歩けるか分からない。どこまで行けるかも分からない。カレンのその一歩一歩はとても小さいけれど、遥か先の未来にとっては、そう、人類にとって、間違いなく、大きな一歩になるだろう」


 これは本格的にマズいことになった。


「よし、一度王宮に戻って荷物をまとめてくるんだ」


 ケンタスが促すが、カレンは首を振った。


「私には持って行きたいものなんて一つもないの」

「そうか、だったらすぐにこの場から離れよう」


 やっぱり俺以外にマトモな奴はいないみたいだ。せめて旅装の準備くらいはしてほしかった。どうせ後で文句を言うのが目に見えているからだ。ケンタスとカレンは雰囲気に流されて、二人だけで盛り上がっているようにしか見えなかった。


「なあ、ケンよ、ここを離れるのはいいが、これからどこへ行くというのだ?」

「もちろんオーヒン国だ。裁判を受ければアリバイも作れるしな」


 アリバイを意識するということは、王女を誘拐している自覚はあるようだ。これでこっそりオーヒン国へ戻れば、確かに王都へ行ったという証拠は残らないはずである。王都で会ったのはモンクルスとベリウスだけなので問題ないだろう。


 俺たちがカイドルの州都から直接オーヒン国の裁判所に出頭したことにすれば、この日、王宮から王女がいなくなった事件との関連を疑われることはないというわけだ。そのためには高速移動で、最低でも一週間で戻らなければ意味はないはずだ。



 ところがそう上手くはいかなかった。四人で三頭の馬に交代で乗るのは問題ないのだが、カレンはまだ夜型の生活に慣れていないので、多くの休憩を必要としたのだ。結局、夜明け前にテントを張って寝かせることにしたのだが、予定の倍は掛かりそうなペースだった。


「なあ、ケンよ、どうするんだよ? カレンを連れて山越えなんて出来っこないぞ」


 ボボは寝ているが、俺とケンは夜明け前だとまだ眠くならないのだった。


「なんとかリンリンさんの元に連れて行けたらと思っていたんだけどな」


 ケンタスも弱り顔だ。


「リンリンさんのところにはアキラがいるだろう? カレンのことも頼むのか?」


 ケンタスがため息をつく。


「そうだな。これ以上は迷惑を掛けられないよな」

「そりゃそうだろう。人の迷惑を考えろよ」

「ああ」


 相当参っているのか、珍しく素直だ。


「モモの村もダメだぞ。第一カレンは虫を食えないだろうからな。やわだから山暮らしなんて出来っこないんだ。ユリスのところもやめとけよ。ユリスにもドラコにも迷惑を掛けてしまうからさ。疑われたらボボの村だって捜しに来るだろうし、初めから八方塞がりだったんだよ」


 もう少し説教しておくか。


「これは『誘拐』でも『駆け落ち』でもなく、単なる子どもの家出だな。家を出たのはいいけれど、すぐに虚しくなってさ、何もできないで家に帰るんだ。それで家出をしたという思い出だけが胸に残るんだよ」


「そんなものと一緒にするな」


 ケンタスの目が怖かった。

 どうやら俺は見当はずれのことを言ったようだ。


「王宮に帰れば死の危険があるんだ。他の人ならともかく、ジジが情報源ならオレは信じるよ。一時的に姿を隠せるだけでも守れるんだ。だから後悔はしていない。少なくとも兄貴とコンタクトが取れるまでは、彼女の安全を考えて、このまま避難させるつもりだ」


 そこでケンタスが何かを閃いたようだ。


「そうか、一時的に姿を隠している人がいるじゃないか」


 ということで、日中は深い森で睡眠を取り、日が沈んでからハクタへ向かった。目指すはフィンス・フェニックスの元である。彼の母親が身を隠して生活を送っているので、それで思いついたわけだ。


 情報が確かならばフィンスとクミンは腹違いの姉弟だ。だから知らない者同士ではないはずだ。でも、俺たちがカレンをクミン王女だと知っているということは知られたくなかった。複雑な事情が重なっているので、交渉はケンタスと俺の二人で行うことになった。


 以前依頼を受けた協力要請をこちらが断っている相手なので、心証が悪くなっているのも確実だ。すべてはケンタスの交渉に懸かっている。俺は余計な口を挟まず、交渉の行方を黙って見守ることにした。

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