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第十四話(190) 公子の機転

「ヴォルベ」


 頭の中は、僕の名前を呼ぶフィンスのことでいっぱいだった。大型貨物船の処女航海を記念した式典が催される八月一日に、従弟を狙った暗殺計画があると聞かされたからだ。それだけは絶対に阻止しなければならない。


 しかし、オーヒン国のコルピアス軍務官とシスター・アナジアは、僕がカグマン王国のスパイかどうか試すために暗殺計画を打ち明けたのだ。スパイであることがバレたら、この先、もう二度と有益な情報を得ることはできなくなるだろう。


 これからも敵国で諜報活動を続けるには怪しまれることなく、フィンスに危険が迫っていると伝えなければならない。監視の目が厳しいので外部との接触はなしだ。それでもトレーニングの自由は与えられているので、今回はそれに賭けるしかなかった。



 暗殺計画を知らされてから半年が経過した。いよいよ秘密の作戦を決行する時がきた。そのために走り込みを毎日続けたのだ。すべてはフィンスのためで、その気持ちだけで、僕は走り続けることができた。


 僕が考えた作戦はこうだ。通常オーヒン国からカグマン王国へ行くには、王宮の快速馬なら七日から八日は掛かり、徒歩ならばその倍の日数を要するので、そこで僕は走ることで所要日数を半分にしようと考えた。


 つまり馬を持っていない僕が七月二十日の時点でオーヒン国に留まっていれば、八月一日までにカグマン国に行こうとしているなんて、誰一人考えないというわけだ。七月十五日でもいいけど、完全に敵の目を欺くにはギリギリまで留まることが重要になると考えた。


 山籠もりのトレーニングを続けてきたので、僕が三週間ほど隠れ家を留守にしても不審に思われなくなった。それに加えて走力による時間差トリックを用いれば、完全に裏をかくことができるはずである。



 そしていよいよ作戦決行の七月二十日がやってきた。月初にはたくさんいた護衛という名の監視兵が、一週間で半数になり、次の一週間で元の数に戻っていた。やはり思っていた通り、僕は試されていたわけだ。


 その日の朝は、これまでのトレーニングと一緒で重装備のまま別荘を出た。そこで山の中にある秘密の隠れ家へ行って、荷を下ろして身軽にした。持ち物は丈夫な水筒と、大陸産の砂糖と、岩塩と、干し肉と、銀貨の詰まった袋だ。そして、ドラコの剣。


 栄養補給せずに走り続けることができないのはすでに経験済みである。しかし、速く走ろうと思えば邪魔になるわけで、そこで僕はルシアスから金をせびって、それを貯金していたというわけだ。彼は僕のことを甘党の浪費家だと思っているに違いない。


 たった半日でゴヤ町へと到着した時、自分がこれほど速く走れる人間だとは思わなかった。少し休んだだけで休養も充分で、夜中の内に出発して、明け方すぎには峠のオザン村に辿り着くことができた。


 そこで行商人から干し肉と砂糖と岩塩を多めに調達して、休むことなく峠を越えることにした。ただし、峠越えだけは急ぐのを控えることにした。上りはいいけど、下りは怪我をしやすいからだ。それも経験から学んだことだ。


 ハクタ側のダブン村に到着したところで、行商人の連れ合いとして宿を取った。ここからは生まれ故郷でもあるので素性を隠す必要があったからだ。ハクタに到着しても、貴族街や役場町には近づかないように心掛けることも忘れなかった。


 カグマン王国の王都に到着したのは、七月二十九日の早朝だった。出発から丁度九日間掛かったことになる。終盤に疲労から失速したけれど、それでも自分でも驚異的だと思った。ミクロスは馬より速いというけれど、それだけ速ければ自信家になるのも納得だ。


 しかし、ここからが重要だった。それは誰にも姿を見られずに王宮の中に潜入しなければならないからだ。僕がカグマン国にいることがバレてしまえば、これまでの苦労が水の泡になってしまう。


 僕はハクタ人なので、王宮に入る方法は一つしか知らない。それは師匠のドラコと一緒に潜り抜けた隠し通路だ。外側から入ることはできないけれど、音を立てて、それに気づいてくれる人がいれば、フィンスに会うことができると考えた。



「ヴォルベ兄さん!」


 隠し通路から議事堂に出ると、大勢の衛兵に取り囲まれていた。一瞬、殺されるかと思った。なにしろ僕が『三種の神器』を盗んだことは有名になっていたからだ。それでもフィンスが足を引きずりながらも駆け寄ってくれたので、すぐに安心することができた。


 それにしても気になるのは、議事堂内が立派な身なりをした人たちでいっぱいになっていたことだ。席が埋まっているということは、まさにそこに座ることが許される七政院や五長官職の高官らが全員勢揃いしているということを意味しているからだ。


「フィンス、じゃなかった。陛下、ご即位おめでとうございます」


 それを直接言えただけで僕は満足だった。


「そんな挨拶はどうでもいいよ。それより無事だったんだね」

「見ての通りでございます」

「ヴォルベ」


 そこで懐かしい父上の声がした。


「何があったというのだ?」

「父上」


 大勢の人たちに見られているというのに、そこで泣きそうになってしまった。


「大事なお報せがあったので、オーヒン国から抜け出してきました」

「それでは、やはり軟禁状態にあったということか?」


 その言い方、やっぱり父上は僕のことを信じてくれていたのだ。


「はい。お伝えしたらすぐに戻らねばなりません」

「その伝えたいこととは何だ?」

「八月一日、記念式典が催される、その日に陛下を狙った暗殺計画があるのです」


 そこで議事堂内が騒然となった。


「貴君らは持ち場に戻るように」


 父上が取り囲む護衛に命じて、その場を仕切り直した。


「陛下もお席の方へ戻られるようお願いいたします」


 そこで父上がドラコ隊のジジの代わりに、僕を壇上に上げるのだった。

 ジジが壇上に立たされていた理由が気になったけど、今はそれどころではなかった。

 議事堂内が静けさを取り戻してから、父上が僕に質疑を始める。


「それは確かな情報であろうな?」

「はい。オーヒン国のコルピアス軍務官から直接聞いた話でございますので、間違いはないかと存じます」

「どのように聞かされたのかね?」


 より丁寧に説明する必要がある。


「はい。私は現在オーヒン国の監視下にあり、と言いましても『金の王冠』を所有しておりますので、名目上は警護されているということになっております。それ故、オーヒン国側からカグマン王国のスパイではないかと疑惑を持たれている状態にあるのです。そこでコルピアス軍務官は、私を試すつもりで情報を流したのではないかと思われるのです。その席上、暗殺計画にクルナダ国のコルーナ特使が関与していると断言されたので、信憑性については疑う余地はないかと思っております」


 そこでまたしても議事堂内が騒然とした。


「エムル」


 挙手したのは神祇官席に座る、父上の兄弟子でもあるサッジ・タリアス老師だ。


「それは罠ではないかね? つまりだな、八月一日といえば、まさにその日はハクタ軍が我が領土に奇襲を仕掛けてくる日であろう? そこで我々に暗殺計画の情報を流すことで、サグラ町の港に注意を向けさせることができるわけだ。当然警備を強化せねばなぬので、その分だけ都は手薄となる。これは、いわば、ハクタ国とオーヒン国による連携のようなものじゃな」


 それを聞いた瞬間、今までバラバラだった点と点が一本の線で繋がったような感覚を得た。デモン・マエレオスが本性を現して、それに呼応するかのようにオーヒン国が動き出したということは、いよいよ本格的な覇権争いが始まるということだからだ。


「父上」


 まずは確かめる必要がある。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「訊ねるがよい」

「父上はハドラ神祇官の立てた計画、その真意をすでに把握されていると考えてよろしいでしょうか?」

「ああ、ここにいる我々も、この場でいま知らされたばかりだ」


 やっぱりだ。僕が追及を受けないということは、それ以外には考えられないからだ。ならば、もう何も隠す必要はない。覇権争いに出遅れないためにも、ここですべてを説明してカグマン王国を勝利に導くのだ。


「それならば、オーヒン国が仕掛けた罠の可能性も含めて、これまでのすべてを説明する許可を、私にいただけないでしょうか?」


 そこで父上は議長席から立ち上がり、僕の元へ歩いてくるのだった。


「ヴォルベ」


 小さな声で呼び掛ける。


「打ち合わせのための休憩を取らなくても大丈夫か?」

「はい。父上と再会した時、何をどう話せばいいのか、二年近く考え続けてきたので問題ありません」


 そう言うと、父上は無言で議長席に戻った。


「それではヴォルベ、お前の好きなように話しなさい」


 大貴族を前にして演説のような真似をする日が来るとは思ってもみなかった。不思議と緊張感はなかった。これなら覚えたセリフを間違えることができない舞台役者の方が大変だ。つまり、そんなことを考えられるほど余裕があるということだ。


「最初にお伝えしておきたいことがございます。ハドラ神祇官の身内の裏切りによって殺されたとされているパナス王太子殿下とパヴァン王妃陛下は、現在もご存命中でおられます」


 そこで歓声が起こった。

 それがすぐに拍手へと変わった。

 最高の『掴み』だったようだ。

 これで僕の話を真剣に聞いてくれるはずだ。

 その証拠に、話の続きを聞くために全員が真っ直ぐに僕の方を見るのだった。


「この王宮でドラコ・キルギアスは命懸けでお二人を守ったのです。避難先においても、身内の裏切りに遭う中、ハドラ神祇官はご自分の命を犠牲にしてまでお二人を守られました。私がお助けしたわけではないのです。ですから、猊下と隊長の死を無駄にしないためにも、最後まで守り抜かねばなりません」


 そこで再び拍手が起こったが、これは僕に対してではなく、ハドラ神祇官とドラコに対してのものだ。その拍手がすぐに止んだのは、その二人がもうすでにこの世にいないからだろう。議事堂内が重たい空気へと変わっていた。


「私の手に『金の王冠』が渡った理由は、ハドラ神祇官の死を受けて、絶望的な状況に追い込まれたことで、王妃陛下自ら私奴に託されたからです。その思いを無にしないためにも、私はドラコが立てた作戦を継続しようと心に誓いました。であるが故、不敬と自覚しつつ、帰国の道を選ばなかったのです」


 自分弁護やアピールはいらない。


「そこで潜入捜査を始めた私は、父親を裏切ったルシアス・ハドラの後ろ盾となっていたゲミニ・コルヴスと接触することに成功しました。ルシアスは『金の王冠』の価値を知っており、それを利用して自分を高く売ろうとしていたのです。その作戦を転用したところ、現国王の父親であるゲミニ・コルヴス宰相閣下が『金の剣』を隠し持っていたことを知ることができたのです」


 そこで議事堂内がどよめいた。

 つまり誰も知らなかったということだ。


「その席で宰相閣下は、残りの一つである『金印』がハクタのオフィウ・フェニックス王妃陛下の手に落ちたということを話されたのですが、まさに『三種の神器』を一つにすることこそ、両国にとっての野望ともいえる願望なのです。ですから、オーヒン国とハクタ国が手を組むことなど絶対にあり得ません。あるとすれば、南部で争いが起きて、疲弊しきったところで、北部から大攻勢を仕掛けてくるという展開でしょう」


 議事堂内の方々から溜息に似た唸り声が上がった。


「ハクタ国には島の情勢に精通したデモン・マエレオス猊下がおりますので、オーヒン国の狙いはすでに計算済みだと思います。ハクタ国としては奇襲さえ上手くいけば、一両日中に王都を制圧し、その後、オーヒン国が後背に詰めるよりも早く反転して、迎撃態勢を取ることが可能だと考えているに違いません」


 考えながら話しているけど、見当外れでもないはずだ。


「一方、オーヒン国としては、単独で南部征伐を行うよりも、南部の二つの国を争わせてから攻勢を仕掛けた方がより確実で、しかも終戦後、南部が再統一されてからでは、広大な土地を制圧するのは難度が増してしまいますので、南部で戦争が起こるのを待つ必要があるのです。『金印』はハクタの新王宮にあるので、オーヒン国としてはハクタが手薄にさえなれば、それでいいという考えに違いません」


 これは僕の想像でもある。


「どちらの国も高い勝算があり、すでに勝利を手にするだけの軍備を整えていると思われますが、暗殺計画を陽動として、奇襲を仕掛けてくる日を見抜いたことで、我が国は両国よりも有利な条件を得たことになります。二つの敵国の間を行き来する者の存在が見え隠れするのは気になりますが、要は勝てばいいのです。奇襲を返り討ちにした後、ハクタを取り戻し、オーヒン国を南部の力で叩きのめしてやりましょう」


 期待に反して、そこで一気に議事堂内の空気が冷え込んだ。


「ヴォルベ、残りの日数では奇襲に対処できないと結論が出たところでお前が現れたのだ」


 そこで父上から軍備を整えることができない理由を説明された。

 説明されたけど、それでも僕には納得できなかった。

 いや、諦める理由がないからだ。


「父上、ハクタにはドラコ隊のランバ・キグスがいるではありませんか?」

「ランバは優秀な軍人だ。上官の命令に逆らう男ではない」

「ランバの上官はドラコですよ?」

「ドラコは死んだではないか」

「ドラコの作戦が生きている限り、ランバはそれを優先します」


 そこで父上が天井を見上げた。

 反論がない。

 モンクルス隊の隊士だから理解してくれたのかもしれない。


「エムルよ」


 そこでモンクルス隊の最長老であるタリアス老師が発言する。


「どちらにしても同じことではないのかね? 残り三日ではランバと連絡を取ることなどできぬのだからな。あの男の方からお前に会いに来ないということは、作戦自体から外されているか、オーヒン軍に対する防衛に回されているのじゃろうて、そちらの首都防御の方が重要じゃからな。役職も首都長官であったろう」


 老師の言葉で場が膠着した。

 議事堂内はすっかり諦めムードが漂っている。


『やってやれないことはない』


 なぜか僕は兄上の言葉を思い出した。

 そこで思い出した。


「あります」

「ヴォルベ、いま何か言ったか?」


 父上のところまで聞こえなかったようだ。


「あるのです。誰にも見つからずにランバと会う方法が」

「それは真か?」

「はい。兄上です」

「ガイルがどうしたというのだ?」

「兄上が道を作ってくれていたのです」

「分かりやすく説明してくれ」

「はい」


 議事堂内の僕に対する期待の高まりが半端じゃなかった。


「ランバ・キグスがハクタ国の首都長官になったということは、ハクタ州にあった州都官邸をそのまま利用していると思うのです。そこはかつて私たちが暮らしていた住居でもあります。そうであるならば、衛兵に見つからずに中にいるランバと会う方法が一つだけあるのです。それが兄上の作った道というわけです」


 さらに詳しく説明する必要がありそうだ。


「私たち兄弟は州都長官の息子ということもあり、誘拐されないように、ちょっとした騒ぎが起こっただけでも官邸に避難して、厳重に守られておりました。ところが私の兄上というのは変わり者として有名で、幼い頃から大人たちを困らせることばかりしていたのです。そんな兄上が考えたのは、子ども部屋から外へと脱出する秘密の抜け穴を掘ることでした」


 クスクスと笑う人もいる。


「兄上との約束で今の今まで内緒にしていたのですが、その秘密の抜け穴は今も存在しています。衛兵に見つからないための抜け穴なので、当然見つかるはずがありません。父上でも見抜けなかったのですから、兄上に出し抜かれた衛兵を責めることはできませんね」


 そこで堂内に笑いが起こった。


「これから私がハクタに行って、その秘密の抜け穴を使ってランバに会いに行きます」


 そこで発言したのはタリアス老師だった。


「会えたとして、何を話すのかね?」

「カグマン王国の勝利のために協力するよう説得したいと思います」

「ランバのような誠実な男が義理の父親を裏切ると思うか?」

「分かりません」

「そもそも、官邸への侵入が失敗に終わることもある」

「はい」

「いや、それどころかランバが官邸にいない場合もあるんじゃないのかね?」

「老師様の仰る通りです」

「それでも、我々にその策に乗れと申すか?」

「はい。我が国が勝利するには、それが唯一の方法だからです」


 反論がないようだ。

 何事も『やってやれないことはない』はずだ。

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