第十五話(191) 公子の説得
僕が『唯一の方法』なんて言ったものだから、議事堂に集まった人たちを不安にさせてしまったようだ。これがいわゆる士気の低下というものだろうか? ここは無理にでも士気を高める必要がある。
「ランバ・キグスを説得することができれば、我が国の勝利は疑いようがありません。憶えたばかりですが、ドラコ隊にしか分からない暗号を使ってでも、私が必ずランバを説得してみせます」
勝利を想像させるのだ。
「それには私だけではなく、この場にいる全員でこの難局を乗り越える必要があるのです。どのように協力していただきたいかと申しますと、勝利するためにはデモン・マエレオスに奇襲が見破られていないと思わせる必要がありますので、ここにいる全員が八月一日まで、これまでの予定通りの行動を取っていただく必要があるのです」
想像しやすいように具体的に勝ち筋を見せてあげることだ。
「当然偵察隊を送り込んでいるでしょうから、陛下にもサグラ町の港に行っていただかなければなりません。警備体制もそのままで、暗殺計画があるからといって、決して警備兵を増員してはならないのです。少しでも予定を変更すると、奇襲作戦が見破られているのではないかと疑念を抱かせてしまいますので、くれぐれも臆することなきよう、切に願います」
タリアス老師が問う。
「ということは、誰がハクタ軍を迎え撃つというのかね? 貴君の父親は前日に陛下をお守りするために都を発つのだぞ?」
「ならば、老師様にお任せするしかありません」
「七十になろうとするわしに戦えと申すか?」
「老師様をおいて他に誰がおりましょう?」
「三十年以上も実戦から離れておるのだぞ?」
「それでも老師様しかいないのです」
僕にそれを決める権限がないことは承知だ。
「老師様の師匠である剣聖モンクルスは、一度退役してから再び現場復帰なさりました。師匠と同じ道を辿るのが弟子の務めではありませんか? 私が希望したことではありません。これは運命が、それを求めているのです」
そう言うと、タリアス老師が大笑いした。
「エムルよ、お前の息子はこのわしに命令しおったぞ!」
父上が恐縮する。
「面目次第もございません」
そのやり取りを見て、議事堂内が大きな笑いに包まれた。開戦が三日後に迫っているというのに、それでも人間というのは笑えるようだ。でも、それでいい。死んでしまってからでは、二度と笑うことができないからだ。
散会した後、父上の方から声を掛けてきた。
「ヴォルベ、ハクタへ行くなら私の馬を使いなさい。アレは闇夜でもよく走る」
ここは詳しく説明した方が良さそうだ。
「しかし父上、先に申しました通り、私はランバと再会したその足でオーヒン国へ戻らねばなりません。その場合は目立たぬように走って帰らねばならないのです。ですから父上の愛馬をお預かりするわけには参りません」
そこで父上が警護兵のジジを呼びつける。
「ならばハクタまでジジを同行させよう。いずれにせよ、ランバとの話し合いの結果を我が国へ持ち帰る伝令兵が必要だからな。その役目をこの男に任せたいのだ。お前は情報と馬をジジに預けてオーヒンへ戻るがいい」
父上の言葉に、なぜかジジが目に涙を溜めるのだった。
「それでは早速行って参ります」
「待ちなさい」
そこで父上に呼び止められた。
「ハクタへ経つ前に官邸へ寄って母親に挨拶してくるんだ」
母上は僕にとって、この世で一番苦手な人だ。
「いや、しかし時間がありませんし、戦争が終わればゆっくり会うこともできます。それに戦争前に会ってしまうと、それが今生の別れになってしまうような、そんな縁起の悪さを感じてしまうのです」
僕の言葉に、父上は今まで見せたことのない怖い顔を見せた。
「お前の母親に、そんな縁起の悪いジンクスはないから、会いに行きなさい」
「はい。分かりました」
親に対して絶対に逆らってはいけないことがあるとしたら、今がそれだ。
それから父上はジジに馬の準備を命じてから、他の官僚と別室で会議を行うために議事堂を後にした。ジジとは都の外で待ち合わせをしてから一旦別れた。今度はその様子を見ていたフィンスが声を掛けてきた。
「ヴォルベ、行くんだね?」
「はい。必ずや吉報をお届けいたします」
たくさんの護衛官がいる手前、馴れ馴れしい態度を見せるわけにはいかなかった。
「それでは頼んだよ」
以前ならそんな返答はしないが、彼も国王らしく振る舞っているということだろう。
「その前に、陛下にはお詫びせねばなりません。私の立てた作戦は、陛下のお命を危険な状態に置かれたままにするという、本来ならばあってはならない無謀な策にございます。これはひとえに私奴の未熟さからなる力量不足であるが故、どうかお許しくださいませ」
フィンスが毅然として言い放つ。
「これでよかった。三日後には戦争が始まろうとしていて、兵士に戦場へ行くように命令するというのに、国王が王宮に閉じこもっているようでは、その国に未来はないからね。暗殺が怖くて引きこもるような国王にはなりたくないんだ。それに私は護衛兵や警備兵のことを信じている。だからこれからも、私は外遊をやめたりしないんだ」
フィンスの言葉を聞いた警護兵らの顔が誇らしげだ。彼が国王になった時点で、僕たちのこれまでの関係は終わってしまった。これから一日中張り付いている警護兵の目や耳を気にしながら新たな関係を築いていかなければならないからだ。
でも、それは僕がフィンスの即位を望んだ時から覚悟していたことだ。予め何度も話し合ってきたことなので、彼の方も充分に心構えができているというわけだ。これからは主従の関係が死ぬまで続くけど、それこそが僕の本望なのだ。
組織の腐敗というのは、得てして身内の馴れ合いから始まるものなので、親族以外の者に身内贔屓を感じさせてはいけないわけだ。身内贔屓は有能な人材を流出させる原因になるわけで、だから僕は実力で国王の補佐官に昇りつめないといけない。
それよりも面倒なのは母上との再会だ。首都官邸は父上が信頼する部下がいるので話がついているので難なく入ることができたけれど、問題はそこじゃない。母上に何を言えばいいのかさっぱり分からないことだ。
「ヴォルベ……」
居室に入って顔を合わせた途端、母上が泣き出してしまった。
「ヴォルベや……」
それから僕にしがみついて、泣きじゃくるのだった。
「本当にヴォルベなんだね……」
そこでとうとう床にしゃがみ込んでしまった。
「母上、勝手に留守をしてごめんなさい」
僕は膝をついて、背中をさすってあげることくらいしかできなかった。こうなると分かっていたから会うのが嫌だったのだ。すぐに泣く女と対面するくらいなら、武器を持った賊と対峙する方がまだマシだ。
それからしばらく介抱していたが、少し落ち着いてきただろうか? 泣き止んだ母上を立たせて、ソファに座らせることができた。それでも母上は握った僕の手をいつまでも離そうとしないのだった。
「おまえが泥棒になったと聞いて、悲しくて、悲しくて……」
「母上、僕は泥棒になったわけじゃありませんから」
「本当かい?」
「本当ですとも」
「でも、その刃物はどこで手に入れたというんだい?」
刃物というのは帯刀しているドラコの剣のことだろう。
「これはお世話になった人の遺品です」
「母親はね、子どもが知らない物を持って帰ってくると、不安になるものなのですよ」
「誓って、盗んだものではありません」
ここは母上を安心させる必要がありそうだ。
「母上の子どもが盗賊なんかになるものですか。僕はこれから国を守るためにハクタへ行くんです。それから大切な人を救うためにオーヒンへ行きます。母上の子どもがカグマン国の未来をつくる英雄になるのですよ?」
そう言っても、母上の表情は晴れなかった。
「これはすごいことなんですよ? 母上のような貴族の娘が父上を見初めていなかったら、カグマン国は三日後には滅んでいたかもしれないんです。この不利な状況をひっくり返すことができるのは、母上が僕を産んでくれたからではありませんか。百年後の人間には理解できないでしょうけど、千年後、いや、二千年後の未来の人間には、きっと母上の功績が認められる時代がくると思うのです。なんたって、母上の愛がこの島の未来を救おうとしているのですからね」
そう言っても、母上はちっとも嬉しそうな顔をしなかった。それどころか哀しい顔にすら見える。これだから母上と会話をするのが苦手なのだ。何を言えばよかったのか、やっぱり分からないのだ。
「ヴォルベや」
やがて静かに語るのだった。
「母親というのは、子どもが生きていてくれさえすれば、それだけでよいのですよ」
これから命懸けの戦いに臨むつもりだったけど、少しだけ気が抜けてしまった。だけどこれが母上だ。一瞬だけ、この世界の始まりは、目に見えない母の愛情から生まれたのではないかと、そんな風に感じた。
それから都の外れにある小さな湖でジジと合流した。彼と対面するのはこの日が初めてだけど、ドラコが死んだマエレオス邸で遭遇していたという事実がある。兄のように慕う人を亡くした悲しみは、床下からでも痛いほど感じた。
「公子、急ぎましょう」
ドラコ隊の隊士なので、時間が何よりも貴重だとよく理解しているようだ。ハクタに着くのは夜中になり、夜が明けてしまうと官邸に通じる隠し通路の入り口にさえ近づくことができなくなってしまうので、とにかく急ぐ必要があった。
馬も人間と同じように長距離が得意な馬と苦手な馬がいる。それを見極めて様々な仕事に振り分けるのが牧場長の腕の見せ所だ。幸いにしてカグマン国には腕のいい調教師もおり、休ませることなく走り続けさせることができた。
「ここで僕が戻るのを待っていてください」
待ち合わせ場所に選んだのは、都の兵士が寄りつかない貧民街の外れにある海辺の廃屋だ。馬の姿すら見せては怪しまれるので、距離があっても歩いて都に入るしかないわけだ。ここから単独行動になる。
「夜が明けるまでに戻ってこなかった場合は捕まったということになります。夜が明けてしまうとカグマン国まで見つからずに帰れるかどうかも分からないので躊躇は無用です。その時は別の作戦を立てるしかないでしょう」
父上のことだから既に代替案は考えているはずだ。
「公子、お気をつけて」
「行ってきます」
生まれ故郷なので明かりがなくても道に迷うことはなかった。それよりも注意しなければならないのは顔見知りに見つかってしまうことだ。それでも完全に寝静まっている時間ということもあり、何事もなく旧・州都官邸に近づくことができた。
兄貴が堀った隠し通路の入り口は、官邸の裏手にある廃品置き場と化した倉庫の床下にある。元々水害が出る場所ではないし、津波で冠水したという話もないので塞がっていることはないだろう。
廃品置き場ということもあり、倉庫にはあっさりと入ることができた。隠し通路の入り口も兄貴がいた時のままだ。地盤がしっかりとした地域なので、掘り進めた時は大変だったらしいけど、おかげで生き埋めになることを心配せずに入ることができるというわけだ。
問題は僕たち兄弟が使っていた子ども部屋にランバがいるかどうかだ。住居部分を別の者が使っていたら大騒ぎになってしまうので、そうなったら捕まらなくても、エムル・テレスコの息子が不法侵入したとバレてしまうに違いない。
「ふぅ」
それでも時間がないので決行するしかなかった。
四つん這いで進むことができる穴だ。
しかし以前よりも窮屈に感じる。
僕がそれだけ成長したということだ。
子ども部屋には賊が侵入した時のために隠し部屋がある。
そこの床下に兄貴は穴を掘ったわけだ。
その隠し部屋の真上にきた。
そこで一度だけ耳をすませる。
人の気配は感じられなかった。
頭上の踏み板を外す。
物置代わりにされているということはなかった。
穴から隠し部屋に這い上がる。
そこでもう一度だけ耳をすませる。
壁板の向こうの子ども部屋には誰もいないようだ。
スライド式の壁板をゆっくり開ける。
子ども部屋の懐かしい匂い。
「うっ」
隠し部屋から這い出ようとしたところで首を大蛇に咬まれた。
「んんぐっ」
いや、違う。
「公子?」
僕の首を絞めているのはランバ・キグスだった。
「んん」
「公子ではございませんか」
「く、くびを、はやく」
「いや、これは失礼した」
そこでやっと息ができた。
「しかし、どうして公子がここに?」
「驚いているのは僕の方です。なにしろ気配が一切ありませんでしたからね」
「いや、眠っていたのですが、物音がしたもので」
流石はドラコ隊の副長だ。
「それより公子、ここへ来た理由をお聞かせくださいますかな?」
「廊下に人は?」
「おりませぬ」
そこで懐かしのベッドに腰掛けて説明することにした。ランバは兄貴が使っていた勉強机の椅子に腰掛けた。といっても兄貴は勉強よりも工作に夢中になる人だったので作業台と呼んでいた、と、そんなことはどうでもよかった。
「実は、その、明けて二日後、カグマン国に脅威が迫っているのです。その脅威の正体というのが、ハクタ軍による侵攻作戦なのです」
月明かりに照らされたランバが首を捻る。
「それはオーヒン軍による侵攻の間違いではございませぬか?」
「いや、その前にハクタ軍による出兵計画があるのですが」
どうやらランバも聞かされていないようだ。
「デモン・マエレオス神祇官から聞かされていないのですか?」
そこでランバが唸る。
「小官は都の兵の半分を率いてガサ村へ行き、そこで第一陣の指揮を任されておりましてな。夜明けを待って官邸を出るところだったのです。しかし、まさか、カグマン国への出兵など、何かの間違いではござらんか?」
ランバがカグマン国への出兵計画から外されているとなると厳しい状況だ。しかしランバが指揮しないハクタ軍が相手ならば、そこまで悲観することはないような気もする。むしろ好都合ではないだろうか?
「これはジジがマクス国王陛下から直接聞いた情報なので、確実に戦争は起こります。すべてはデモン・マエレオスの策謀なのです。しかし、ランバがいないハクタ軍なら、それも半数の兵力ならばカグマン国にも勝機はあるかもしれませんね」
「いや」
ランバが即座に否定した。
「カグマン国の兵力はどれくらいですかな?」
「今のところ首都の駐留軍だけで迎え撃つ予定です」
「七政院は力を貸さぬと?」
「いえ、今朝方知ったばかりなので領地から軍隊を呼び寄せることができないのです」
「ならばカグマン国に勝ち目はないでしょうな」
ランバも父上と同じ考えのようだ。
「三日、いや、二日で都は落ちるでしょう。ハクタ軍というのは都の兵士の他に精鋭部隊を揃えた王宮軍と呼ばれる本隊がありましてな。訓練された騎馬隊や、精度の高い弓隊などを多数抱えておるのですよ。カグマン国の兵士にとっては、かつての教官や上官たちと戦うようなもの。数で圧倒できなければ敗北は免れんでしょうな」
そのことは僕もハクタ人だからよく分かっている。
「そこをランバの力で逆転できないかと、こうして忍んできたんです」
ランバが首を振る。
「ハクタ国の首都長官になって早二年、己の限界を痛感しておりまして、小官のような奴隷上がりの成り上がり貴族では、王宮軍に命令するどころか、頼み事一つできない有様でございましてな、力になれんのです」
確か父上も同じような悩みを抱えていたのを憶えている。
「こんなことをハクタ国の首都長官であるランバに聞くのは間違っていると分かっています。でも教えてください。カグマン軍がハクタ軍に勝つにはどうしたらいいでしょう?」
ランバに苦悩の表情は見られなかった。
「本日の正午、小官が都を離れた後、新王宮を急襲することができれば早期に降伏させることができたかもしれませんな。カグマン兵の中には新王宮の建設に携わった者も多く、見晴らしはいいけれど、防御戦には不十分であると知っておりますからな。お父上ならば兵の配置をすべて理解されておるでしょうし、攻め落とすのはそれほど難しくないと考えてもおかしくはないのです。しかし、戦争というのは結局のところ数なのです。矢を放てばいっぺんに百人もの兵士を殺せるわけではありませんからな。小官が都を離れると事前に知っておれば、迷わず挙兵されたでしょうな」
数、数、数……。
そこで突然、閃いた。
カグマン軍の兵士の数を増やす方法を思いついたのだ。
「ドラコが以前用いた作戦を応用するというのはどうでしょう?」
そこで僕はランバに思いついたアイデアを説明することにした。
「――実に単純ですが、それならばカグマン軍の勝利は確実でしょうな」
それが僕のアイデアに対するランバの評価だ。
「それにはランバの決断にすべてが懸かっています」
「そのようですな」
「奥様の父上を裏切るということにもなります」
「うむ」
「それだけではありません」
心苦しいけれど、ランバの意志を確認しておく必要がある。
「キグス閣下はハクタ国に属しているので、カグマン国に協力して勝たせたとしても、終戦後に謀叛人として裁かれてしまいます。国家への裏切りを、国家が認めてはいけませんからね。それを承知で引き受けてくれるご覚悟はおありですか?」
ランバが窓の外を見た。
今にも夜が明けてしまいそうな空だ。
説得する時間は残されていない。
「お引き受けいたしましょう」
くどいようだが、最後にもう一度だけ確かめておく必要がある。
「失礼を承知の上でお訊ねしますが、私は何を根拠に閣下を信じればよいのでしょう?」
「妻が子を授かったので、生まれてくる我が子に誓いを立てましょう」
それはデモン・マエレオスの初孫でもあった。
「それだけでは分かりません。子に誓う意味を教えてください」
そこでランバが『静かに』というジェスチャーを見せる。
それから耳をそばだてた。
小声になる。
「足音がこちらへ向かっています」
そこでランバと別れた。
それからジジと合流して、急いでハクタ国から脱出した。僕にとっては逆走だが、ハクタ兵に見つからないためには致し方なかった。それから街道から外れた森の中でジジに伝令を託した。
「ただ、僕は今でも心に迷いがあって」
正直に話さなければならない。
「ジジにとってランバは信頼できる上官かもしれないけど、僕にとってはまだよく分からない人なんです。だからランバが今回の作戦を逆手にとって、デモン・マエレオスに情報を流してしまうんじゃないかって疑ってしまうんですね」
ジジが穏やかに語る。
「でも、副長は子どもに誓うと言ったんですよね?」
「子どもはデモンの孫でもあります」
「副長は子どもに嘘をつくような人ではありませんよ?」
「でも、ランバは地位や名誉だけではなく財産も失ってしまいます」
「ドラコ隊の隊士はそれを恐れないのです」
互助会が成立しているというのは知っている。
「僕はオーヒン国に長くいすぎたせいか、自分でも嫌になるほど他人を信用できなくなってしまいました。こんなことを訊ねると気を悪くするかもしれませんが、このままジジに伝令を託していいのかどうかも迷っているのです。ジジにも、僕を信じさせるだけの証明を聞かせてくれませんか?」
失礼なことを言っているのに、ジジは優しそうな顔のままでいる。
「ならば、ぼくは公子のお父上にお誓いしましょう」
「父上ですか?」
「はい。ぼくは国を窮地に追いやるだけの失敗をしました。しかし今回、国の命運を左右する任務を任せてくれたのです。ドラコもそうでしたが、部下に手柄を立てさせる上官は、この身を捧げてもいいと思えるほどの出会いです。副長と最後まで話せなかったと言いましたが、きっと納得できるだけの理由があったと思いますよ」
そこで僕はジジと別れることにした。つまり彼に国の未来を託したということだ。これまでも伝令兵によって戦争の勝敗が左右されたことがあっただろう。それでもジジのような兵士が歴史書で語られることはないのだ。それが本当の歴史書といえるだろうか?
主人公のような国王の武勇伝しか語られない歴史書に何の意味があるのだろうか? 捨て子として生を受け、奴隷としての扱いを受けて尚、国に尽くす聖人のような男こそ語られるべきではないだろうか? 遠ざかるジジの背中を見つめながら、そんなことを思った。




