第十三話(189) ジジの友だち
テレスコ長官のご子息であるヴォルベ・テレスコが、王家の家宝を盗んで、現在はオーヒン国に匿われているとの報せを受けたのは、それから一か月後のことだった。その伝令兵を長官室に入れたのが僕なので、その場に立ち会うことができたわけだ。
「第一報でございます故、詳細はまた後日となりますが、どうやらご子息は王太子殿下と王妃陛下の暗殺計画を阻止するためにハドラ神祇官の元へ赴いたものの、訳あって、その逃亡を手助けするはめになり、そのために姿を消したと見て間違いないかと思われます。ところが、その逃亡中の潜伏先でハドラ神祇官は実子に裏切られ、そこで命を落とされた模様です」
テレスコ長官が伝令兵に訊ねる。
「それでどうしてヴォルベがここではなく、オーヒン国へ身を預けることとなったのだ?」
伝令兵は言いにくそうに説明する。
「ご子息は、その、手中にした『三種の神器』に法外な値をつけたと聞いております。現物の在処を知る者はご子息以外にはおりませんので、いわばご子息はご自身に値札をつけたというわけにございます。それで現在のところ取引に応じる姿勢を見せているのがオーヒン国のコルヴス家しか存在しないため、それで留まっておられるのではないかと」
テレスコ長官が問う。
「では、やはり王太子殿下と王妃陛下は亡くなられたのだな」
伝令兵が即肯定する。
「はい。多くの者が疑念を抱いておりましたが、『三種の神器』が王家の者以外の手に渡ることは万に一つもありませんので、王宮で殺害されたご遺体は本物とみて、まず間違いないかと思われます。尚、『三種の神器』の真贋に関してでございますが、亡命者のゲミニ・コルヴスが本物であると認めておりますので、こちらも確かな情報かと」
ドラコの作戦を打ち明けるタイミングは今じゃない。
「そうか、陛下には私から伝えよう。他の者には他言無用だ」
「はっ」
息子の悪行を耳にしても、テレスコ長官の表情は一切変わらなかった。
ユリス・デルフィアス崩御の一報を受けたのは、翌々年の一月下旬のことだった。亡くなられたのは前年の十二月だったが、事実確認を慎重に行ったため時間を要したそうだ。北西部族による大規模な武装蜂起が原因らしい。
伝令兵が詳細について説明する。
「たまたま都に滞在していた行商人から話を聞くことができたのですが、それは突然の出来事だったようです。夜中に『火事だ』と叫ぶ声で目覚めて、宿の外に出たら、すでに空が赤く燃えていたといいます。慌てて荷物をまとめて避難したところ、部族に荷馬車を囲まれたというではありませんか。その時は火事場泥棒に殺されると思ったそうですが、積み荷を調べられ、行商人であることが証明されると、すぐに解放されたといいます。それが王政に対する反乱だと知ったのは、戦が終わってからだったと話してくれました。前日まではそんなことが起こるとは微塵も感じなかったとも言っていました」
テレスコ長官が伝令兵に訊ねる。
「しかしカイドルには五万の兵が駐留していたはずだが、どうして陛下を守れなかった?」
伝令兵が神妙な顔つきで説明する。
「最大の要因は大陸産の灯し火油を用いた火矢だったと分析することができます。その精製された貴重な油が大量に使用されたのです。加えて、隠し通路の出口が狙われたことから、官邸内部に精通した者がいたことも分かっております。負けるべくして負けたという状況ですので、戦が半日と経ずに終わり、民間人に犠牲が出なかっただけでも、せめてもの救いと考えた方がよろしいかと。なにしろ貴族街の方は全焼してしまいましたので」
勝手に口を開いてはいけないのに、僕は訊ねずにはいられなかった。
「ミクロス・リプスとぺガス・ピップルの安否を知りませんか?」
伝令兵が長官の方を見て、頷くのを確認してから答えてくれた。
「第一に大規模な火災現場ということもあり、加えて官邸や兵舎も焼かれてしまったので名簿も残っていないのですよ。死体確認できるほどの高官は生き残っていないので、残念ながらフィルゴ・アレス補佐官以外の者についての安否は不明です。追って分かることもあるでしょうが、ここはあえて期待せずに待ってもらいたい」
官邸が全焼して、出入り口が塞がれている時点で愚問だと気づくべきだったのかもしれない。それでも僕はミクロスが死んだとは思えなかった。それと同じくらい、ユリスが死んでミクロスだけが生き残るとも考えられなかった。
「アレス補佐官が敵陣に投降したわけか」
長官の言葉に伝令兵が頷く。
「はい。その判断が適切だったので戦禍が拡大せずに済んだのではないかと分析できます」
「到着してばかりですまないが、王宮にこのことを急いで伝えてくれ」
「はっ」
「私もすぐに参るとな」
伝令兵が退室すると、長官が僕の方に視線を向けた。
「ジジ、貴君をハクタ国に転属させようと思う。前々から打診し続けてはいたが、良い返事がいただけなくてな。しかし今度は陛下のお力を貸していただき、正式に申し込んでみようと思うのだ。どうも大陸産の油というのが気になるのだ」
しかし、フィンス国王陛下の口添えにも拘わらず、その転属願いは叶わなかった。
それからカイドル国へ調査団が派遣されたが、結果は、やはりユリスの生存は確認されなかったそうだ。首都官邸が全焼したということで、ミクロスやぺガスの生存も絶望的だとの報告を受けた。
ドラコが死んだ時のように悲しみを抱けない自分に戸惑ったけど、あのドラコですら殺されてしまったので、何が起こっても不思議ではないと覚悟していた部分がある。だから気持ちをすぐに弔い合戦の準備に切り替えることができたというわけだ。
ハクタ国のデモン・マエレオス神祇官から呼び出しを受けたのは、それから半年後のことだった。今回もハクタの貴族街にある高級宿を取ってもらって、そこで待ち合わせることとなった。会うのは実に一年振りのことである。
「どうだね? 変わりはないかね?」
デモンは意匠を凝らした高級椅子に腰掛ける姿が良く似合っていた。
「はい。カイドルからの引揚者の受け入れ手続きで今も大忙しです」
「うむ。名簿録が焼けてしまったと聞くからな」
「オーヒン国に亡命した人も多いと聞きますね」
「ふんっ、亡命などではなく、ただの密入国だ」
そこでデモンが話を変える。
「貴君の転属願いだが、オフィウ王妃陛下が首を縦に振らんのだ。いや、警戒しているのだろう。これは時期が悪かった。カイドル国が倒れた直後の転属では、スパイを疑わざるを得んでな。まぁ、しかし、焦ることもなかろう。もうすでにドラコを罠に掛けた者らの正体は割れておる。危険を察知してか、逃げられはしたが、次に姿を現すようなことがあれば、まず間違いなく捕えることはそう難しくはないはずだ。魔女はいたのだよ、それも本物の魔女がな」
そこで僕の顔を見て、デモンは大笑いするのだった。
「いや、それは冗談として、そういったわけだから、貴君を慌てて転属させることもないのだ。もちろん今も息子の力になってもらいたいと思っているが、こうも太平の世が続くと、貴君も育ての親の傍で働いていた方が互いにとって幸せではないかと思ってな、それで、わしも強くは進言できないというわけなのだ」
確かに当初の目的であるドラコ殺しの目星がついたなら、無理をする状況でもなさそうだ。とはいえ、僕の直属の上官であるテレスコ長官は今も四半期ごとに僕の転属願いを打診し続けているので、ここはハクタ国への転属を訴えるべきだろう。
「それでもマクス陛下がお望みならば力になりたいと考えております」
そこでデモンがニヤける。
「それは陛下の護衛が楽な仕事だからであろう。今日も呑気にザリガニを釣りにお出掛けになられたところだ。護衛にとってはバカンスのようなものだからな」
「いいえ、決してそのようなことでは」
「まぁ、よい。貴君が怠け者ではないことはよく心得ておる」
そこでデモンが真顔になる。
「そこで貴君に頼みがあるのだが、八月の一日にマクス国王陛下が長期の夏季休暇を取る予定なのだ。いや、これは兵士を休ませるためで、そちらが本来の目的なのだがな。そこで兵士の代わりに貴君に、その期間だけ陛下の護衛を務めてもらいたいのだ」
念のため確かめておこう。
「恐れ入りますが、日付をもう一度確認させてもらっても構わないでしょうか?」
「うむ、八月一日だ。念のため前日の七月末日にハクタ入りしてもらうがな」
残念ながら断るしかなかった。
「誠に恐縮ではありますが、その日は貨物船の処女航海を記念した式典がございますので、私もテレスコ長官の護衛で都を離れることになっているのです。前日に発ち、帰りは翌日以降となりますので、引き受けたとしても八月の三日からの合流になると思います。それでも構わないのであれば、謹んでお受けいたします」
デモンも残念そうな顔をした。
「いや、もうすでに旅程は決まっておってな、変えるわけにはいかんのだよ。事前に行き先を告げるわけにもいかんし、今回は断念して、また次の長期休暇の時にでも頼むとしよう」
それから一緒に食事をして、かなりの額の心づけをいただいてから別れた。といっても、市場に流通していない純度の高い金貨だったので、僕が持っていても使用できるわけではなかった。それでも評価を形にしてもらえたことが嬉しかった。
夕方前になっていたので、今日中に帰国することは諦めて、それでも時間が余っていたので、マクス国王陛下に会いに行くことにした。デモンが『ザリガニ釣りに行った』と言っていたのを耳にしたので、場所に見当がついたというのも、その理由だ。
それでも禁漁区に指定されているため、誰にも見つからないようにしなければならなかった。こんなところでドラコ隊のスキルを使って良いのかと思ったけど、マクス陛下に『護衛につけない理由』を直接説明したかったので決行することにした。
目指すは穴場だ。そこに護衛の姿を発見することができたので、マクス陛下が近くにいることを確信することができた。次に二人にしか分からない暗号を送ることにした。といっても、彼が歩いてきそうなところに置き石を並べるだけだ。
それを離れたところから眺めていると、暗号に気がついた陛下の姿を確認することができた。それから陛下は護衛に何やら命令をして、それでも護衛はその場を離れようとしないので、今度は何か違うことを命じるのだった。
すると護衛らは血相を変えて、地面に身を屈めるのだった。そのままの姿勢で川に入る者もいれば、草を分け入る者もいた。やがて六人ほどいた護衛が方々に散って行くのだった。その隙をつく形で、僕たちは再会を果たした。
「やっぱりジジだよ」
「よく護衛を撒くことができましたね」
「へへっ、これだよ」
と言って、指輪を見せてくれた。どうやら指輪を失くしたことにして、それを見つけるように命令したようだ。それから嬉しそうな顔をしたマクス陛下の腕を掴んで、死角になる岩場に移動させた。
「ご無沙汰しております」
「やめろよな、そんなカタイ挨拶はよう」
「お元気そうですね」
「元気じゃねぇよ」
それを元気いっぱいに言うものだから、つい笑ってしまった。
「ジジの笑った顔を見ると、やっぱり元気が出るな」
感激屋さんだから、目がウルウルしていた。
それを見て、僕も泣きそうになってしまうのだった。
「毎日一緒にいられたら楽しいのによ」
「転属願いを出しているのですが、それが通らないものですから」
「デモンの野郎だろう?」
「え?」
「あいつがママに『ジジはスパイだから』って」
どういうことだ?
「おれ、聞いてんだよ、何も言わないようにしてるけどさ」
「デモン・マエレオスが僕の転属願いを止めているんですか?」
「あいつは、ほんとヤな野郎だよ」
そこで急に声を潜めるのだった。
「おい、ジジよ、ふるさとにはジジの大切な人がいるんだろう? だったらいいこと教えてやるよ。八月の一日にな、カグマン国の都で戦争が起こるからよ、その前に避難しろ。今日ジジに会えたってことは、教えてあげろっていうことなんだよ」
戦争?
「その日は、確か、夏季休暇でどこかに行かれるのでは?」
「だから、おれも避難するから、ジジも避難しろって」
この人は、その情報を敵国の兵士に教える意味が分かっているのだろうか?
「それは確かなのですか?」
「間違いねぇ。なんたって、この耳で聞いたからな。あいつはおれのことをバカだと思ってるからよ。いやぁ、確かにバカだよ。読み書きはできねぇし、算数もできないけど、だからって何も分からねぇはずがねぇんだ。それが頭の良い奴はよ、そんなことも分からねぇんだから、うぬぼれてるんだろうな」
僕はデモンに騙されて、カグマン国の情報をペラペラと喋っていたわけだ。
「陛下、僕はその情報を知ってしまうと、上官に報告せざるを得ないんです」
「おい、ジジよ」
そう言って、僕の両肩をガッシリと掴んだ。
「それをどうするかはジジの勝手なんだよ。おれはジジを助けたいから教えただけなんだからさ。あとは好きにすればいいんだよ。だって、おれたち友だちだろう? 友だちだったら命令しちゃいけねぇんだ。それが友だちってもんだ。こうしろとか、ああしろとか、そんなのは友だちじゃねぇ」
だからこそ、僕もマクスを助けてあげたいのに……。
「でも、僕が話したら、ハクタ国の計画は失敗に終わります」
そうなったら国王のマクスが処刑されてしまうということだ。
「国なんてどうだっていいよ。だっておれ、ママの子どもじゃないからよ」
やはり替え玉だったということだろうか?
「ほら、前にジジが生い立ちを話してくれたことがあっただろう? その時にさ、貧民街なんて行ったことがないのに、なぜか見えるんだよ。記憶にあんの。おかしいだろう? 頭の中で景色が思い浮かべることができるんだもん。それで、おれも捨て子だったんじゃないかって思うようになったんだな。でも、ママは優しいし、好きだから、内緒にしてんだよ」
その時、遠くからマクスを捜す声が聞こえてきた。
「もう行かなきゃな。いいか? ジジ、絶対に逃げろよな。戦争なんて行かなきゃいいんだよ。生き残った奴が勝ちなんだからよ。戦争が終わって平和になったらさ、また一緒にゲームしようぜ」
そう言って、護衛の下へ走り去ってしまった。その後ろ姿を、彼を見た最後の光景にしてはいけない。マクスは友だちである僕を助けた。だったら僕も、友だちであるマクスを助けなければいけないからだ。
その日のうちに帰国して、夜中であろうと関係なく、テレスコ長官への面会を求めた。その場で事情を説明すると、長官はすぐに着替えを始め、翌朝一番に開かれる会議の準備を整えてしまうのだった。
翌朝、王宮内にある議事堂にフィンス国王陛下以下、七政院、五長官、及び大隊長ら高級士官らが勢揃いしていた。そこでテレスコ首都長官が議長を務めて、僕を壇上に上げて、衆目を集める中、質疑を始めるのだった。
「まずは証言を裏付けるためにカイドル王国から我が国へ転属された経緯を説明してもらおう」
話す内容自体はすでに打ち合わせ済だった。
「はい。手配中のドラコ・キルギアスはマエレオス領で遺体となって発見されたのですが、第一発見者であるデモン・マエレオスを尋問したところ、それはご自身が捕縛して拷問死に至らしめたと証言なさったのです。それを聞いたデルフィアス陛下は、自治領の法に則り、遺体の引き渡しを断念されました。しかし、その死に疑問を抱かれた陛下は、私をハクタ国へ向かうマエレオス猊下に同行させて、事件捜査をするように命じられたのです」
喉が異常に渇く。
「ところが旅の途中で、猊下は首謀者が他にいることを示唆されました。それだけではなく、ドラコはハドラ神祇官の命により、パナス王太子殿下とパヴァン王妃陛下をお救いするために、テロ組織に潜入捜査していたことが分かったのです。それを裏付けたのが王宮襲撃の現場にいたランバ・キグスだったため、私も信じるに至ったわけです」
そこで議事堂内がどよめいた。
「それを知った時点で上官に報告しようとは思わなかったのかね?」
これもテレスコ長官による予定通りの質問だ。
「ドラコが殺されたことによってテロ組織の生き残り、または首謀者がいることが確実となり、それにより王太子殿下と王妃陛下に危険が及ぶ可能性があると考えられたので慎重にならざるを得なくなったのです。さらに、そこでデモン・マエレオスから、ハドラ神祇官の作戦を継続しつつ、首謀者を見つけることに協力するように要請されたので、隠密作戦を継続するに至ったわけです」
処分を恐れてはいけない。
「それを引き受けたのが間違いでした。デモン・マエレオスは王政内にスパイがいると疑わせるように仕向けて、私から必要な情報を得ていたのです。問題は昨日のことになりますが、その時に私は処女航海の式典当日の、テレスコ首都長官のスケジュールを教えてしまいました。それだけではなく、式典に随行する兵士のおおよその数も漏らしてしまったのです」
怒号こそ浴びなかったものの、視線が痛いほど突き刺さった。
「戦争の用意があることを知った経緯を説明したまえ」
信じてはくれないだろうけど、正直に話すしかない。
「マクス国王陛下に教えていただきました」
そこで議事堂内がざわめいた。
中には笑っている者もいる。
テレスコ長官が木槌を叩く。
「陛下の御前であるので静粛に願います」
長官が仕切り直す。
「問題は期日まで一週間を切っているため、証言の真偽を追及することよりも、最悪の事態に備え、いかように対処すべきかを議論したいと考えております。開戦の是非を含め、まずはサッジ・タリアス神祇官にご意見を伺いたい」
タリアス神祇官は長年に渡って国防副長官を務めてきた退役軍人だ。
「二年前まで一つの国を共に守ってきた者同士が、なぜ戦わねばならぬのか。そんな日が来ようとは、露にも思わなんだ。果たして、ハクタの兵士らにその覚悟があるのか、問うてみたいものだ。エルム、ハクタ兵は貴官の教え子ではないか。我が国に剣先を向けるということは、上官だった貴官に向けるということになるのだぞ? それを兵士一人の証言で信じろと申すか?」
でも、マクスは嘘をつく男ではないのだ。
長官が確かめる。
「それでは、神祇官は開戦に反対されるのですね?」
無言は肯定を意味する。
「テレスコ長官」
そこで唯一自由な発言が許されるフィンス国王陛下が口を開いた。
「開戦を避ける方法があるのならば、それに越したことはないのではありませんか?」
現職で国防長官を兼務しているテレスコ長官が答える。
「根拠が薄弱なため、私見の域を出ないのですが、それでも述べさせていただきますと、デモン・マエレオスという男を侮ってはいけないと考えております。あの男に戦歴は唯の一つもないのですが、人を争わせることにかけては特別な才を持っており、味方同士で争わせ、結局どちらが勝ったのか分からぬ状態を作り出してしまうのです。それが三十年以上も前に、オーヒン国周辺の荘園地で実際に起こったことで、領有権を手にした領主がオーヒン国と癒着していることを後年になって知り、そこで初めてデモン・マエレオスに唆されたということが分かるのです」
僕はとんでもない男を信用してしまったようだ。
「先に申しました通り、証拠がないので、ただの妄想にすぎませぬが、デモン・マエレオスは、一度敵意を向けた相手には決して引き下がることはありませぬ。此度の開戦を回避できたとしても、また何度となく仕掛けてくることが考えられるのです。それならば国力に勝る今、尚且つ、奇襲が見破られたことを知らずに油断している、この時を好機と捉え、ハクタを取り返すのも一考かと存じます」
かつてモンクルスの片腕だった老兵は勝機があると考えているということだ。
議事堂内が静まり返った。
誰もハクタ国と戦うことなど考えていなかったからだ。
「エムル」
最長老のタリアス神祇官が優しく問い掛ける。
「貴官は教え子らと剣を交えるというのか?」
「攻めてくるというのならば致し方ありません」
「勝てるのか? 相手はドラコ隊のランバだぞ? 貴官の一番弟子ではないか」
「全軍を以って返り討ちにするまでです」
そこで発言を求めたのが初老の法務官だった。
「全軍の中には我が自治領の兵士も含まれていると思われるが、デモン・マエレオスで思い出したことがあってな、春に領内であの男を見たとの報告を受けたことがある。知っての通り、我が自治領は前任のムサカの勢力が未だ衰えておらんのだ。ひょっとすると、もうすでに買収されているかもしれんぞ? 他の自治領にしても、旧勢力が再度オフィウ王妃陛下の派閥へと寝返っているかもしれん。そこで兵を動かせば、たちまちデモン・マエレオスの知るところとなるだろう。それでも奇襲に備えて全軍で挑むというのかね?」
そこで若い軍務官が発言を求める。
「そもそも残り三日、いや、与えられた時間が三日を切った状態では、とてもではないが、自治領地から兵士を呼び寄せることなど不可能。誰もがテレスコ長官のように指揮できるというわけではないのですからね。今一度、ご再考願いたい」
ここで議事堂内が一気に膠着してしまった。
その時だった。
堂内に床を叩く音が鳴り響く。
「地震か?」
「いや、床だ」
「下に誰かいるぞ!」
「隠し通路だ」
「陛下、お下がりください」
「賊だ! 賊がいる」
同席していた衛兵が壇を取り囲む。
「どかすぞ」
「力を貸せ」
「気をつけろ」
衛兵が壇を横滑りさせると、床に隠し通路の入り口が見えた。
そこから姿を現したのは、一人の少年だった。
「ヴォルベ兄さん!」
そう言って、フィンス国王陛下が少年に駆け寄るのだった。




