第十二話(188) ジジの転属
ユリスから死亡確認や死体運搬に関する必要な書類を受け取ったデモン・マエレオスは、僕を旅に同行させる命令をあっさりと許諾した。それどころか、護衛が増えたことを喜ぶ余裕を見せるほどだった。
さらには、馬に乗ろうとした僕を呼び出して、護衛の代わりに馬車へ乗るように指示を出すのだった。他国の兵士、しかも下級貴族ではなく、姓を持たない僕を同じ馬車に同乗させるなど、常識では考えられないことだ。
結局、馬車から下ろされたベテランの護衛は僕の馬に乗って、彼の代わりにデモンの横に座らせてもらうこととなった。しかも短剣の携行まで認めてもらうという遇され方で、不意をつくどころか、完全にペースを握られる形となってしまった。
「わしはドラコ隊の隊士の腕、いや、その名声を高く評価しておるのだよ。南部を縦断する上で、ドラコ隊ほど頼りになる存在はおらぬからな。隊士らと護衛をそっくり入れ替えても良いくらいだ。それくらい、お主らには価値がある」
デモンの人たらしは有名だけど、いざ自分が持ちあげられると対応に困るものだ。
「しかし閣下はドラコの遺体を利用して手柄を我が物にしようとしているのですよ? 他者から見れば、いいえ、ドラコ隊の隊士である私の目には不審人物に見えています。それを閣下ほどのお方が分からないはずがありません。それでも信用してくださるというのですか? 特に私にとってドラコは血の繋がりはありませんが兄弟のようなものです。今ここで復讐を遂げるかもしれないではありませんか?」
デモンは小物のような醜い微笑を浮かべる男ではなかった。
「わしがドラコ隊を評価しておるのは、まさにお主のように自分の頭で考える力があるからなのだ。真相が見えぬまま、証拠もなしに復讐するような真似はしない。盗賊一人捕まえるにも、その判断力がなければ話にならんからな。無実であるならば、お主らほど公明にして正大な者らはおらぬということだ。むしろ身辺調査を徹底してもらい、疑惑を晴らしてほしいとさえ思っておる」
大胆にして豪胆なデモンらしい見事な立ち回りだ。
「ドラコを殺した犯人に心当たりはおありですか?」
ふと、デモンが水平線に目を凝らした。
「どうもこの島には、昔から白を黒に塗りつぶそうと企む輩がおってな、わしはその者らに目の敵にされているように感じているのだ。かといって、命を取られるようなことはないので、それが不気味でな。近くにいるようで、手が届くようなところにはおらず、それでいて、常に見張られているような状態じゃな」
人に恨まれるようなことをしてきたから疑心暗鬼に陥っているだけではなかろうか。
「神が芝居の台本を書き、それをわしら人間が知らずに演じさせられているような、そんな奇妙な感覚を持ってしまうのだ。此度の『ドラコの死』に関しても、そう、まるで、わしを罠に嵌めようと画策しているようではないか」
正直、この男がこのような抽象的で稚拙なことを言い出すとは思わなかった。いや、神を信じている人をバカにしているわけではなく、デモンは神など恐れていないと思っていたからだ。
「年のせいか、名前も顔も思い出すことができぬのだが、昔から大陸出身の修行者が現れる度に歴史が動くという奇妙な一致があってな。それがもし大陸に拠点を持つ何らかの組織による働きかけだとしたら、わしら島民はそやつらにまんまと踊らされているということになる。残りの半生をその組織の解明に努めたいのだ」
やはりデモン・マエレオスは現実的な男だった。つまり、神を利用する異教徒の宗教団体が存在していて、それがすでに活動を活発化させていると見ているわけだ。ただし、それもただの陰謀論にすぎないという見方もできるが。
「ドラコは君に何か言い残したことはなかったかな?」
デモンの問いに答える。
「残念ながら、彼の口から宗教家の名前が上がることはありませんでしたね。といっても、ドラコはモンクルスと同じく秘密主義者なので、何らかの情報を掴んでいた可能性は否定できませんが」
「うむ」
と頷く。
「わしがハクタに逃げるのも身の危険を感じたからでな。いや、オフィウ・フェニックスが『ハクタの魔女』と呼ばれているが、それはいわば畏怖からなる異名にすぎん。大陸からの修行者は、そんな可愛いものではないのだよ。あのご老体は傀儡のようなもので、その背後にいる者らの正体を突き止めねばならんのだ。そのためにはお主らにも手伝ってもらうことになるが、詳しい話はゴヤに着いてから話そう」
なぜかデモンに協力する流れになってしまった。
その日の夕方、ゴヤ町の高級宿に到着すると、そこで思わぬ人物に出迎えられた。
「ジジ殿ではござらんか!」
「ランバじゃないか!」
ドラコ隊の副長であるランバ・キグスは、今から九十日以上も前にガサ村の演習地から部隊と共に失踪したとされていた。証拠がないので指名手配はされなかったけど、ドラコの作戦に協力していたのは明らかだ。
「閣下とご一緒とは驚きましたな」
「それはこっちのセリフだよ」
そこで隣に座るデモンが割って入る。
「これまでの経緯については、食事の後にゆっくり答え合わせをしようではないか」
ということで、先に宿泊手続きを済ませた。
僕が食事をいただいている間、デモンとランバは宿の警備状況や、旅の安全について話し合い、それが終わると僕を泊まり部屋へ招待して、用意された果物をつまみつつ、これまでの経緯を説明してくれるのだった。
そこで決して口外しないことを条件に、ドラコが立てた作戦の全容を教えてもらうことができた。それによってドラコがクーデターの実行犯ではなく、王太子様と王妃陛下を救った英雄だったことを知った。
ただし、救出された二人の行方はランバも知らないという。僕たちに内緒にしていたのも、ユリスの周りに首謀者の協力者がいることを懸念してのことだそうだ。だから、何度も口外しないようにと念を押された。
クーデターの首謀者に関しては、オフィウ派のムサカ法務官が関与していることから、オフィウ・フェニックスで間違いないと見ているけど、確たる証拠がないということで、ハクタに行っても追及せずに、相手の出方を窺うそうだ。
「わしは黒幕が他にいるのではないかと考えておるのだ」
ランバが一通りの説明を終えると、デモンがブドウ酒を飲みつつ、対面に座る僕とランバの顔を交互に見比べた。おそらく話し手のランバと聞き手の僕の反応を見ながら、そこに嘘がないか探っているのだろう。
「そこでお前たち二人に協力してもらいたいことがある。つまり三人で力を合わせてドラコの立てた作戦を継続しようということじゃな。それが亡きドラコの遺志であり、残された者が果たさねばならぬ遺言であり、お前たちなりの供養にはならぬか?」
どうしてこの男はこれほどまでに弁が立つのだろう? ドラコの名前を出されたら断れるはずがない。それを全部分かった上で僕たちに協力させようとしているのだ。こんな泣き所をついてくるやり方は卑怯だ。
第一、他に黒幕がいると強弁することで、自分は潔白であるかのように印象を操作している可能性もある。そこで僕たちに秘密を守らせた上、さらには協力させるのだから、デモンが黒幕なら悪魔としか言いようがなかった。
「協力というのは、具体的に何をすればいいんですか?」
とりあえず質問をして逃げることにした。
「うむ、今のハクタは、中身はないも同然、息の掛かった七政院の高官らがクーデターの失敗により自滅したからな。あ、いや、表向きは成功し、ダリス・ハドラに裏切られたことになっておるのか。それでも同じこと。今の王妃陛下は藁にも縋る思いであろう。そこが狙い目でもあるのだ。つまり建国に必要なノウハウを手解きしてやれば、新王宮に入り込む余地があるということだ。そこで、わしの経験が活きてくる」
デモンがオーヒン国を発展させたのは誰もが知るところだ。
「七政院のポストに就くことができれば、お前たちを要職に推挙することも可能だろう。そうなれば腰を据えて、ドラコの仇を見つけ出すこともできるはずだ。それにはまず安定した地位と安全な場所を確保する必要があるでな。いや、ここで約束しようではないか。まずは息子よ、お前には首都長官の椅子を約束する。それで不足はないな?」
ランバが息子?
「過分な評価、ありがたく存じます」
そう言って、ランバが僕の方を見て、決まりが悪い顔をするのだった。
「閣下のご息女と縁あって夫婦の契りを結ぶことと相成った」
「そうでしたか、それはおめでとうございます」
もうすでにランバはデモンに取り込まれてしまったのではなかろうか?
「ジジ、お主には息子の手足となってもらうぞ? 覚悟は良いな?」
「ですが、私はカグマン国への転属を命じられたばかりですので、お役に立てるかどうか」
「うむ。ならば、わしの方で何とかしようではないか」
それからわずか十日後の九月一日に、デモンの神祇官就任が決定するのだった。前々から親交があったとはいえ、異例の早さだ。最初から決まっていたのではないかと勘繰ってしまうが、密室の中で決まったことなので、僕には真相を知ることができなかった。
僕はオフィウ王妃陛下とお会いする許可が出るまで、貴族街の高級宿で待機命令を受けていたのだが、そこへ神祇官となったデモン・マエレオスがわざわざ迎えにきてくれた。どうやら大事なアドバイスがあるらしいとのことだ。
「マクス陛下と親しい間柄にあるというのは真か?」
高級宿の客室でデモンと二人きりで話す日が来るとは考えもしなかった。
「夏の始めに知り合ったばかりなのですが、その時に親しくさせていただきました」
「うむ。陛下から大変気に入られたという話だ」
「身に余る光栄です」
「うむ。陛下はお主を護衛にとご所望されておる」
「ありがたいことに、以前にも同じ話をいただいたことがございます」
「うむ」
そこで珍しく長考するのだった。
「では、こうしよう。オフィウ王妃陛下から『国王の護衛を務めてはくれないか』と打診があるだろう。その時、お主は『フィンス国王陛下に仕える身であります故、自身の一存では決めかねます』と言って断るがよい」
大丈夫だろうか?
「面と向かって断っても構わないのですか?」
「うむ。あのご老体は筋を通さぬ者を一切信用せぬからな。それで良いのだ」
「では、私はどうしたら良いのでしょう?」
「そのままカグマン国へ行くが良い」
このままデモンの言いなりでいいのだろうか?
「ただし、ドラコの作戦は生きている上、今も秘密裏に活動を続ける者がおるでな。どこにドラコを裏切った者がいるか分からんので、決して作戦内容を他言してはならぬぞ。息子との接触も今後は控えた方がいいだろう。お主にはわしの方から連絡するので、不審な人物が王宮に出入りしていないか、注意深く監視するのだ。こちらもお主を引き抜けるよう、最善の努力を尽す」
その後、デモンの言った通り、オフィウ王妃陛下とお会いして護衛の話を断ると、『さすがはマクスが気に入っただけあるね』と言って、いたく褒められた。もしも引き受けていたら、もう二度と新王宮に上がらせてもらうことはできなかっただろう。
オフィウ王妃陛下から直接ドラコの遺体を移送する許可をもらえたので、ビクビクすることなくカグマン王国に帰ることができた。そのことを誰よりも喜んでいたのはハクタの首都長官に就任したランバだ。
それでもドラコは、こんな形で里帰りしてはいけない男なのだ。ドラコの凱旋を知った都の人が仕事の手を休めて沿道に詰めかけて万雷の拍手をするような、そんな出迎え方をされるに相応しい人生を送ってきた男だからである。
棺を載せた馬車が、誰もいない街道を通り過ぎて行く。丘の上にある王宮へ続く馬車道も天国へ続いているとは思えなかった。王宮の兵士たちも、棺には無関心だ。僕を知る者がヒソヒソと噂話をするくらいだろうか。
挙句の果てには、先に首都官邸に行ってくれと追い返される始末だ。それが国に尽くしてきた男に対する適切な扱いだろうか? それでも僕は事情を知らない振りをしなければいけなかったので、涙を堪えることにした。
首都官邸に到着すると、官長室に案内されて、エムル・テレスコが迎えてくれた。
「そうか、ドラコが死んだか。貴君が言うなら間違いはないのだろうな」
そう言うと、テレスコ長官は窓の外に広がる空を見つめるのだった。感傷に浸る上官の姿が、僕にはありがたかった。同じ気持ちを抱いてくれているような、そんな気にさせてくれる時間だった。
「それで殿下が、いや、デルフィアス陛下が貴君を転属させた訳を知りたい。もちろん書簡には目を通したが、それは第三者の目に触れても構わないもので、本当は別の目的があるのではないか?」
途中でデモンが絡んだせいで説明するのが難しい。
「はい。陛下は私がマクス国王陛下に気に入られていることを知っておりますので、それでハクタ国の内情を探るようにと命じられたのです。ですが、現在はカグマン王国に仕えている身ですので、そのこともあり、潜入することは叶いませんでした。それでもここは辛抱強く任務を継続していきたいと考えております」
テレスコ長官が頷く。
「先日報せを受けたばかりだが、デモン・マエレオスがハクタの神祇官になったのは真か?」
「はい。間違いございません」
「その上、貴君の上官であるランバ・キグスが首都長官に任命されたというではないか」
「はい。それも間違いございません」
「話したのか?」
「はい。マエレオス猊下のご息女と結婚したとの報告を受けました」
「義理の親子というわけか……」
テレスコ長官はユリスが最も信頼している士官なので、すべてを話してしまいたかったけど、どこにスパイがいるか分からないので、そういうわけにもいかなかった。ここでデモンの考えを暴露するのも得策ではないと考えた。
「ランバは王宮襲撃の関与を認めてはいないというのだな?」
カグマン王国の高官でも何の情報を得られていないということか。
「はい。王家の荘園地が襲われていたので、そこで捜査と警備を行っていたそうです」
今はこう答えるしかなかった。
「息子のヴォルベがランバと一緒にいたところを目撃されているが、それについては?」
「ご子息の行方については掴めておりません」
初めて落胆した気持ちが表情に表れた。
「デモン・マエレオス猊下も何者かにドラコを殺害した罪をなすりつけられるところでしたし、ランバだけではなく、ドラコ隊に対して罪をなすりつける工作の跡が見えましたので、ご子息も偽装工作に利用されたのではないかと、マエレオス猊下は見立てておられました」
今はドラコの作戦を継続させなければならなかった。
「そうか、混乱が収まるまでは今しばらくの辛抱といった感じだな。デルフィアス陛下の勅命に従い、私が貴君を預かろう。初仕事はドラコの密葬を執り行ってもらうことになるが、任せても構わんな?」
ドラコを軍葬にしてあげられないことを心苦しく感じているようだ。
「はい」
「旅の疲れもあるだろうから、葬儀を終えたら一週間の暇を与えよう」
現場の指揮官だったので、休息が仕事の効率を上げる大事な要因だと心得ているところが流石だ。ひょっとしたら、ユリスは僕にしばらく休ませるために転属を命じたのではなかろうか? 他の貴族ならともかく、ユリスならあり得ることだ。
「下がってよろしい」
「はっ」
そこで退室しようとしたところで、長官に呼び止められた。
「デルフィアス陛下の様子はどうだ? 変わりはないか?」
王妃を失ったユリスのことが我が子のように心配なのだろう。
「陛下は、とても、気丈に振る舞っておられます」
「殿下らしいな」
そう呟いて、再び窓の外に広がる空を見つめるのだった。
それからドラコの実家に棺を届けに帰ると、長兄のオルグさんとノーマさん夫婦が優しく出迎えてくれた。死んだドラコのことよりも、拾われて育てられただけの僕を一番に気に掛けてくれるのだった。
それなのに、僕はドラコがどういった任務について、なぜ死んでしまったのか、それを正直に伝えてあげることができなかった。また、僕が詳しい事情を説明できないことも察することができる人なので、オルグさんも追及するようなことはしなかった。
その日の夜、ノーマさんが小さい子どもたち、つまりドラコにとっての甥っ子や姪っ子たちに、叔父さんがどういう人だったのかを話し聞かせているのを傍で耳にしながら、僕は涙を流した。
翌日のドラコの葬儀は身内だけで行われた。死後にユリスが指名手配を取り下げたが、容疑が掛かった状態で発見されたのは事実なので、参列することが禁止されていた。本来ならば葬儀も禁止されているけれど、そこは許可をもらえたので執り行うことができた。
ドラコが埋葬されたのは労働者墓地と呼ばれている足場の悪い山の上だ。見晴らしのいい丘の上にある墓地は貴族が占有していた。それでも埋葬されるだけマシではある。通常ならば棺を埋める土地すら与えてくれないからだ。
ドラコが救出した王太子様と王妃陛下が何者かに暗殺されてしまうと、歴史書にはドラコが首謀者として書き記されてしまうかもしれない。それは時の権力者がそうするだけではなく、後世の歴史家も所詮は権力者に逆らえないという弱い存在だからだ。
そうさせないためにも、僕には勇気が必要だ。決して『勇者』をバカにする人間になってはいけない。そっちの側に立ってはお終いなのだ。千人に一人でも、万人に一人でも、勇気を持つ者がいれば、時代を、世界を、変えることができるからだ。
名もなき墓標を見つめながら、僕はそんなことを考えた。




