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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第四十三話(175) 真

 翌日、ゲティス国王に王城へと招かれたのでミルヴァにお供した。その城は国防長官のコルピアスが自治領を守るために建てたものだけど、三十年前の建国を機に国防長官の職と交易権の一部独占を引き換えにゲミニに売り払っていたのだ。


 売れるものなら親でも売ってしまうアステア人らしく、コルピアスに未練のようなものはなかったらしい。ミルヴァによると、すでに三十年間で貯めた資産は他の何処かに隠しているとの話だ。


 商売に長けた人は頭が回るので、気候変動から食糧不足を感じ取ったり、戦争の機運が高まることで物資不足を読み取ったりと、とにかく先回りして行動を起こしていくので、コルピアスを見れば島の未来が見えるとも言っていた。


 その主を変えた王城にしても、元はといえば私たちがマークス・ブルドンを動かして築城させたものだ。しかも大陸から移民を連れてきたからこそ、当初の予定よりも早く完成させることができた。


 だからこそ、現在の所有者であるコルヴス家が滅亡したら、その時には私たちがオーヒン城の主となる権利があるわけだ。彼らが発展させたものを、今度は私たちがそっくり頂くというのがミルヴァの報復計画なのだ。そんなことを考えながら門扉を潜り抜けた。


「おお、ドクター・アナジア、ようこそお越しくださった」


 貴賓室に姿を見せるなり、ゲミニは両腕を広げて歓待の意を示すのだった。


「あれからもう何年になりますかな?」

「まだ二年も経っていないんじゃありませんか?」


 実際は二か月近く前に会ったばかりだ。


「年ですかな、遠い記憶を思い出したような感覚なのですよ」


 魔法によってそう感じるだけだ。


「まだ充分お若いではありませんか」

「ドクターにそう言われると、実際に気力がみなぎるので不思議なものでございますな」

「すべての病人が閣下のような方ばかりだと困りますわね」

「それはまたどうして?」

「だって薬が売れなくなるじゃありませんか」

「ハハッ、なるほど、確かにそいつは困り者だ」


 下品な会話だけれど、これもすべては強欲なゲミニに合わせるためのものだ。自らを強欲に見せ掛けることで親和性を深めるという狙いがあるわけだ。ミルヴァの芝居を見れば、相手の人間性が垣間見える仕組みになっている。


 それから二人は長椅子に腰掛けて、ゲミニが『是非とも診てもらいたい患者がいる』と言い、それに対してミルヴァが患者の病状を聞いて、治せると判断した場合のみ引き受けるのだった。報酬として市場に流通していない金貨をいただくことも忘れなかった。


 人間界ではすでに千年以上も前から外科治療が存在しているけど、それでもまだまだ極々一部にしか知られていないのが現実だ。だから魔法で治せる患者しか治療を引き受けないわけだ。


 それでも麻酔のように痛みを取り除いてあげるだけでも有り難がられるので、ミルヴァは神のような扱いを受けているのだ。彼女にとっては痛みを感じないように暗示魔法を掛けるだけなのだが、それこそが人間にとっては神業に映るわけだ。


 それからゲミニは仕事の話を終えると、初対面の私を捕まえて王城内にある宝物庫へと引っ張っていくのだった。そこで展示された武器や防具のコレクションを自慢しては、歴史について語るのが、彼の唯一の愉しみだそうだ。


 ミルヴァは往診の仕事をたくさん抱えてしまったということで、翌日の早朝にオーヒン城を後にした。そこで往診の仕事が手間取ると判断して、一度マエレオス領の隠れ家にいるビーナに説明しに行くこととなった。



 ところが木の上に建てた隠れ家に上がると、そこは鳥の巣へと変わっていたのだった。床一面にカラスが居座っており、椅子やテーブルも占領されている状態だった。そんな中、ビーナは床に横になって、膝を抱えて小さく丸まっているのだった。


「ビーナ! 何してるの?」


 ミルヴァが声を掛けても、カラスの親分は何も反応を示さなかった。

 そうしている間も、カラスが窓辺に降り立ってくる。

 鳥たちもビーナの様子が気掛かりのようだ。


「ビーナ、起きなさい。寝た振りはダメよ」


 ミルヴァがしゃがんで身体を揺さぶるが、ボサボサ頭の少女は目を開けなかった。


「あんっ、鬱陶しいわね」


 と言いつつ、カラスを手で払う。


「マルン、小屋からカラスを追っ払ってちょうだい」


 私に与えられる仕事はそんなのばっかりだ。



「ビーナ、起きなさい」


 カラスを締め出してもビーナは床で丸まったままでいた。


「あなた何してるの?」


 まるで子どもを叱る母親のようだ。


「情報収集はどうしたの?」


 へそを曲げた子どものように反応しないのだった。


「ほら、ちゃんと起きて答えなさい」


 そう言うと、無理やりビーナを抱きかかえて床に座らせるのだった。

 カラスに突かれたのか、髪が跳ねている。

 目を開けたけれど、自分から口を開こうとはしなかった。


「ビーナ、どうしちゃったのよ?」


 ミルヴァが視線を合わせて優しく訊ねた。


「三日前に別れたときは『任せといて』って張り切っていたじゃない?」


 その言葉にビーナがコクリと頷く。


「その時は大丈夫だったんだけど……」


 そこで言葉が途切れた。

 待っても続きを話そうとしなかった。


「何があったの?」


 ミルヴァが促した。

 それに対して、ビーナが虚ろな目で答える。


「……なんかね、……誰もいなくなって、……独りきりになった途端、……急に寂しくなっちゃったの。……寂しさで胸が苦しくなって、……独りでいるのが怖くてたまらないの。……こんな気持ちは生まれて初めて」


 まるで人間にかぶれてしまったかのようだ。私には理解できない感情だった。ミルヴァも彼女が何を言っているのか理解できていない様子だった。だから彼女に掛けてあげる言葉が出てこないのだ。



「マルン、後はあなたにお願いするわね」


 ゲミニ・コルヴスから引き受けた仕事を最優先するため、脱力したビーナを小屋に残して、ミルヴァはすぐに旅支度を整えてしまった。往診の仕事に助手は必要ないということで、私は留守番を命じられた。


「なんとしてでもビーナに仕事をやらせるの。いいわね? これまでで今が一番大事な時なんだから、無理にでも仕事を続けさせるのよ。やる気になったからといって目を離したらダメよ。またすぐにサボってしまうかもしれないしね」


 木の上の小屋を見上げながら溜息をつく。


「まったく、よりによって、こんな大事な時期に何しているのかしらね? この二、三年の間で起こる出来事が千年先、二千年先の未来を変えてしまうかもしれないというのに、そのことを理解しているのかしら?」


 ビーナが集める情報が命だ。


「マルン、あなたもそのことが分かっているでしょうから、彼女のことは頼んだわね。わたしの方の仕事は片付けるのに一か月近くは掛かるでしょうから、その間にしっかりと状況を確認しておいて」


 それだけ言うと、さっさと仕事に向かってしまった。



「さてと」


 気分を変えるにはお掃除するのが一番ということで小屋の中を片付けることにした。部屋の掃除が終わったら、今度はビーナのボサボサの髪を洗ってあげれば気分もスッキリだ。ということで、秘湯に連れていってお風呂に入れてあげた。


 その間に溜まっていた洗濯物を洗って、火を熾して焚き火で洗濯物を乾かすことにした。ビーナは本を書くようになってからズボラな性格になってしまって、私がいないとだらしない生活を送ってしまうので、献身的なサポートが必要なのだ。


「ビーナ」


 月がキレイな夜だけど、河原で焚き火の炎を見つめる彼女の顔は儚げだ。


「新作の調子はどう?」


 湯上り用のローブを纏ったビーナが答える。


「ドラコのために、……ドラコに喜んでもらおうと思って、ドラコの物語を書こうと思ったんだけど、そのドラコがいなくなったんじゃ、もう書いても意味がないよ。観てもらいたい人がいなくなったんだもん」


 いつもなら聞いてもいないことを長々と説明してくれるところだけど、この日のビーナは、それ以上は語ってくれなかった。ドラコはファンであることを明言していたので、その彼が死んでしまったことが想像以上に堪えているのだろう。


「どんな物語になる予定だったの?」


 こういう時は、こちらから訊ねるしかなかった。


「『ドラコ伝』はね、『モンクルス伝』と違って家族の存在が大きいの。これはそもそも孤児だったモンクルスと生い立ちが違うから仕方がないんだけど、すべては家族の幸せに帰結するのね。キルギアス家には王宮に献上される野菜を作っているお兄さん夫婦がいるんだけど、その勉強家の二人が偉かったのよ。モンクルスが独学で読み書きを習得したという話を聞いて、それでドラコとケンタスに学ばせたんだもん。親代わりのお兄さん夫婦がいなかったら二人の天才は生まれなかったと思うんだ」


 少しだけ元気が出てきたようだ。


「また、モンクルスとは部下に対する接し方が違うのよね。剣聖は常に周りの者を緊張させていたけど、ドラコの方はリラックスさせるように努めていたんだもん。比較してどちらが優れているということではなく、異なるタイプでも英雄になることは可能であることを示しているの」


 そこでトーン・ダウンする。


「だけど、彼は死んじゃった。英雄になり損ねちゃったの。そんなはずがないよね? 誰がドラコを殺せるというの? デモンのオヤジにやられるはずがないじゃない。あのオヤジはパルクスを裏切って、今度は王妃と王太子の命を救ったドラコにまで勝利したというの? そんなはずがないよ。誰がそんな芝居に夢中になるもんか。『デモン伝』なんて、ワタシは絶対に書かないんだから」


 話を聞きつつ、私は迷っていた。真実を打ち明けるならこのタイミングしかないはずだ。ここで話さなければ、今後打ち明ける機会は訪れないような気もするし、正直に話せば分かってくれるような気がしたからだ。


 ミルヴァに口止めされたから黙っているけど、それはビーナに諜報活動を続けてもらうためで、こうして仕事が手につかない状態を招いたということは、やっぱり黙っているのは間違いだったということになる。だから、話すべきなのだ。


「あのね、ビーナ、実はまだ言ってないことがあって、それが、その」

「何? さっさと話して」


 そこでビーナが急かした。


「うん。ドラコのことだけど、殺したのはデモンじゃないんだ」

「ミルヴァが殺したの?」


 告げる前に言い当ててしまった。


「うん。殺されそうになったから、それで仕方なく」

「そんなはずない」


 今度は否定してしまった。


「そんなはずないよ。ドラゴが魔法で死ぬなんてありえないんだから」


 信じたくない気持ちは分かる。


「モンクルスに通じなかった魔法がドラコには通じたというの?」

「そういうことになるね」


 ビーナが真っ直ぐ見つめているけど、怒っているのが分かった。


「でも、ミルヴァがいなかったら殺されていたかもしれないんだから」

「ドラコがユリスの奥さんを殺すはずがないでしょう?」


 ちゃんと説明する必要がありそうだ。


「そんな保証はどこにもなかったの」


 納得していない顔だ。


「ドラコは、オフィウ・フェニックスと共謀している者がいるんじゃないかと疑惑を抱いていて、それどころかミルヴァが裏で操っていることを見抜いてしまったのよ。オーヒンの情報に精通している者の存在がいるはずだと考えていたらしく、誘拐事件が自作自演だと分かった瞬間、ミルヴァと黒幕の存在が点と線で繋がってしまったのね」


 ドラコの優秀さはビーナが誰よりも理解している。


「でも、ドラコは火傷で死んだんだよ? そんな単純な魔法に掛かったというの?」

「違う。最初は石化魔法とかも通じなかった」

「じゃあ、なんで死んじゃったのよ?」


 あれは確か、


「ドラコは私たちを殺せなかったの」

「どういうこと?」

「ミルヴァは殺傷魔法を使う前に暗示を掛けたんだと思う」

「どんな暗示?」


 ここは正確に思い出す必要がある。


「それは『貴方にはわたくしを斬れません』って、それから『わたくしはユリス・デルフィアスの妻なのですからね』って言って、そして『それはつまり貴方が属する国の王妃ということなのですよ?』って言ったら、ドラコの様子がおかしくなって、そこでミルヴァが剣を持っているドラコに火魔法を掛けたら、その場で火傷して死んじゃったの」


 話を聞いていたビーナは顔を手で覆ってしまった。


「黙っていたのは謝るけど、ミルヴァのことは責めないであげて。私たちも必死だったし、ドラコも私たちのことを逃がすまいと必死だった。生きるか死ぬかの状況だったわけだから、あれ以外の選択はなかったの」


 顔を上げたビーナが首を振った。


「違う」


 こんなにも哀しそうな彼女の顔は初めてだ。


「違うの。ドラコを死なせてしまったのはワタシのせい」


 意味が分からない。


「ワタシが殺したようなものだよ。だってドラコはワタシが書いた芝居のせいで死んじゃったんだもん。ワタシが書いた『モンクルス伝』のモンクルスは本当のモンクルスじゃない。本物のモンクルスは国王に忠誠を誓うような人じゃなかった。己の剣だけを信じて生き抜いた人なの。他人を一切信用していないから、だからミルヴァの暗示魔法は通じなかったんだ」


 ビーナのお芝居に影響を受けたというのはドラコ本人が語っていた事実だ。


「それなのに、ワタシは検閲逃れのためにデタラメな台本を書いてしまった。それがまた観客に受けたものだから、世の中にどんな影響を与えるかも想像せずに浮かれたんだよ。ドラコがワタシの芝居を観ていなかったら、ミルヴァの魔法に掛かるようなことはなかったかもしれない。忠誠を誓った主君の妻だからといって躊躇することはなかったでしょうよ。モンクルスを間違った人物像として描いたことで、ミルヴァの命は救ったかもしれないけれど、ドラコの命を奪ってしまったんだ。それは全部、ワタシのせい」


 正直、大袈裟だと思った。


「そこまで責任を背負い込むことはないと思うけど」

「なに言ってるの?」


 ビーナが怒る。


「人間社会というのは、たった一冊の本によって世界が変わるの。実感している人はまだまだ少ないけれど、そのことに気づいている人は確実にいる。この先の人類は本によって動かされていくのよ? それくらい影響を与えてしまうものなの。それがたとえ世間がバカにしている芝居だとしても、そんな人たちに構うことなく、本は世界を変えていくのよ」


 ビーナが変わったのも本と出会ったからだ。


「ごめんなさい。お芝居をバカにするつもりはないの」


 ここで謝らないと、ミルヴァとしていたような言い争いになると思った。


「謝らないでよ。泣いて謝りたいのはワタシの方なんだから」


 涙を流せる人間が羨ましいのは私だけではなかったようだ。


「でも、マルンが生きてて良かった」


 感謝されたのは生まれて初めてだ。


「ドラコの死の真相を内緒にされたことは腹が立つけど、こうしてちゃんと話してくれたんだもん。後から知ったら、あなたたちのことを嫌いになっていたと思う。きっと黙っていなくなっていたでしょうね。そして二度と会えないような場所に旅立つの。だから、あなたがいてくれて本当に良かった」


 やっぱりビーナの場合は正直に話すのが正解だったようだ。


「でも、ミルヴァに関しては今回が最後ね。ワタシ、もうこれ以上は我慢できないから。だって、ドラコが暗示魔法に掛かったということは、眠らせるとか記憶を消すとかできたわけでしょう? 結局そうしなかったということは、ミルヴァは人間を信じてあげることができないということなの。過去に騙されたから仕方がないというのもあるんだけど、ワタシは『ドラコの力が必要だ』って何度も言ってきた。それでも殺したということは、ワタシのことも信じていないのよ。だから次に」


 そこで一旦考える。


「そうね、夫であるユリス・デルフィアスを殺すか、見殺しにするようなら、ワタシはその時点で彼女に協力するのを止める。流石に殺すことはないでしょうけど、利用するだけ利用して、用が済んだら始末するんじゃ、やってることはデモン・マエレオスと変わらないものね。あんな奴と同類になるのは嫌でしょう? だからあなたに警告しておく。伝えるか伝えないかは任せるけどね。それまでは頑張るから安心して。どうせあなたのことだから、ワタシに仕事を続けるようにミルヴァに頼まれてきたんでしょうからね」


 面倒な宿題を押し付けられたような気分だった。

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