第四十四話(176) 魔王子ヴォルベ
ミルヴァがゲミニ・コルヴスに依頼された往診から戻ってきたのは、それから一か月近くも後のことだった。その間にビーナは情報収集を行って、私は彼女の身の回りのお世話をしてあげていた。
月がキレイということで、月下で会議を行うことにした。場所は『巨人の足跡』と呼ばれている湖畔の岸辺で、そこで地図を広げながらビーナが状況を報告するのだった。地図はミルヴァが描いたものだけど、人間が描いたものよりは正確だ。
ビーナが報告する。
「順番に話をすると、ミルヴァが仕事に出掛けた後、同じ時期にデモン・マエレオスがドラコの遺体を運ぶためにランバ・キグスをハクタ国へと同行させたのね。そこでオフィウ・フェニックスはデモンを神祇官に就かせて、ランバを首都長官にしてしまったの」
その報告を受けて、ミルヴァが溜息をついた。
「その情報を得た時には耳を疑ったけど、どうやら間違いないみたいなんだ。これには三者三様の思惑があって、特に事態を複雑にさせてしまったのは、王家に伝わる『三種の神器』の一つが、王宮を襲撃した際にドラコによって持ち去られたからなのよ」
確か『金の剣』と『金の王冠』と『金印』の三つだ。
「これまで気にもしなかったけど、ワタシたちにとっては何てことのない加工品でも、人間にとっては命以上の価値を持つことがあるのね。まぁ、ゲミニのオヤジが武器や防具のコレクターとして有名だから驚きはないんだけど、でも、そんなのくだらないし、ワタシたちに分かるわけないわよね」
それが技術の継承にも繋がるので、人間にとっては大事なのだ。
「それでその持ち去られた『金の王冠』だけど、このお宝を巡って駆け引きが始まったのね。オフィウにしてみれば、ランバはドラコの仲間だから作戦を委ねた手下の一味になるわけで、本来ならば味方のはずだけど、お宝を盗まれたことで不信を抱いているはずなの。そこでその盗まれたお宝を取り返すべく、手元で様子を見るために要職に就かせたんだと思う。パナス王子とパヴァン王妃は死んだと思ってるから、まだ完全に裏切られたとは思っていないはずなんだ」
デモンが二人の生存を報告していないということでもある。
「ただ、側近のムサカ法務官を殺されて、ダリス・ハドラが生き残っていることから、ハドラ神祇官に裏切られたことは確信しているはず。それでも作戦隊長のドラコが死んだわけだから、ドラコもハドラ神祇官に裏切られたと考えていてもおかしくないわね。だから副長のランバが拷問に掛けられることもなかったわけだし」
相手が何を考えて、次に何をするのか、それを知るためには分析が不可欠だ。
「一方でランバにしてみたら、今もドラコが誰に殺されたか分かっていない状態だから、作戦の黒幕であるオフィウに接近して探りを入れようと考えたと思うの。首謀者の他に共犯者がいると思っているわけね。ワタシたちと違って圧倒的に情報が足りていないから仕方ないわよね」
オフィウは息子を国王にしたいだけの母親だ。
「厄介なのはデモンのオヤジよね。この男は本当に鼻が利くというか、危険を察知する能力がズバ抜けて高いのよね。ハクタ国を勝たせようっていうワタシたちのシナリオを知っていたかのような転身ぶりを見せるんだもん。といっても、初めから野心的なゲミニのことを信用していなかっただけかもしれないけどね。それでも戦力で勝るオーヒン国を捨てて、戦力が分散したハクタ国に将来を託すというのは、凡人にはできない判断だと思う。腹が立つけど、絶対に侮ってはいけない相手よ」
デモンを悪役として描ける時代を作る、というのがビーナの願いの一つだった。
「忘れてならないのは、ゲミニ・コルヴスにとっても王家に伝わる『三種の神器』は他人に譲れないアイテムであるということなの。彼にとっては自分の息子を死んだコルバ王の娘と結婚させるのが願い、というより、それ以外には考えられない選択なんだもん。ガルディア人直系の血を途絶えさせないだけではなく、『三種の神器』を守り抜くことも王家に受け継がれた使命だと思っているわけ。ただ、そのお宝の保管をコルバ王に任せてしまったことを後悔しているみたいなんだ。息子との会話から『金の剣』を所有していることは分かったけど、十年以上前に紛失した『金印』の所在については今も分かっていないみたい。といっても紛失した時期と、死んだと思っていたオフィウが王宮に現れた時期が重なるから、ゲミニは双子の姉が隠し持っていると思っているんだけどね」
ゲミニは姉を暗殺しようとした過去があるけれど、『金印』が紛失してしまったことで、その所在を突き止めないことには不用意に手出しできなくなったというわけだ。オフィウにとっては何よりも強力なお守りを手に入れたことになる。
「それとコルヴス家に出入りしている大陸から渡ってきたガルディア帝国の外交官の正体が分かったわ。その男は神牧者の格好をしているけど、ただの武器商人ね。オーヒン国は人口が増えたけど、丈夫な武器や防具がないから、それを金塊と交換するためにわざわざやって来たのよ。好青年のように振る舞っているけど、内心では島で内戦が起こることを喜んでいるの。その男にも注意が必要ね」
それを聞いたミルヴァは勝手に島の金を流出させたことに腹を立てている様子だ。それも無理のない話だ。金ほど価値が安定しているものはなく、見せびらかせば侵略を受ける可能性が高まるからだ。
「その帝国の外交官に張り付くようにクルナダ国の特使も来島しているんだけど、そのウーベ・コルーナの目的もビジネスなの。武器や防具の交易が成立しても、運ぶ手間が生じるでしょう? そこで輸送を申し出たのがクルナダ国だったというわけ。アステア人らしく、本当にちゃっかりしているのよね。そのコルーナを斡旋したのが同じアステア系カグマン人のコルピアスだから、本当に抜け目がないのよ。拾った会話によると、どうやらコルピアスの親戚筋の一族らしいし」
結局、個人で一番儲けているのはコルピアスという話だ。
「そのコルピアスのオヤジだけど、ワタシたちとしては彼が戦場で指揮をしてくれるのが理想かしらね。多勢でありながらパルクスに敗北を喫した戦歴があるし、商才には長けているけど、軍人としては無能そのものなんだもん。だからコルピアスがオーヒン軍を率いるようなら大敗が予想できるというわけ。他の三国よりも兵力で上回るといっても、三十年間戦ってこなかったわけでしょう? そうすると人間なんて基本的な兵法すら忘れてしまうし、そこに無能な指揮官がいれば、形勢通りの結果にはならなくなる。ただ、商売人のコルピアスがわざわざ軍を率いる可能性は低いというのが残念なところよね」
私たちが画策しなくても、人間は勝手に戦争を始めるものだ。その戦争が起こりそうな機運の高まりを感じ取りつつ、戦局を左右させて、望み通りの結果に持っていくというのがミルヴァの報復計画だ。
「最後に裏切りを得意とするアント・セトゥスだけど、今回も色々と裏で手を回しているみたいね。デモンと同じように、早い段階でゲミニ派からオフィウ派に寝返って、それで王宮襲撃計画でもダリス・ハドラに協力していたんだけど、それが一転してオフィウを欺く勢力だと知ると、今度はハドラの息子と手を組んで、父親を殺す計画に協力しちゃうんだもん。本当に節操がないというか、情けなくて呆れてしまうんだけど、勝馬を予想する力は凄いのよね。運だけはあるのよ」
政務手腕は一番だから、ゲミニも切るに切れないようだ。
「そのダリス・ハドラの息子たちだけど、リュークとルシアスの親不孝者の兄弟が父親を殺す目的は、やっぱり『金の王冠』を手に入れるためらしいわね。それが自分たちの利になることを知っているのよ。面白いのは、その話をセトゥス家だけではなく、コルヴス家にも話してしまったこと。おそらく『金の王冠』と引き換えにオーヒン国での地位を得るのが目的だと思うんだ。ゲミニに『金の王冠』が渡ったら、セトゥスは用済みでしょうし、案外と四悪人の中で最初に死んじゃうのはネズミオヤジかもしれないわね」
ビーナが報告を終えると、ミルヴァによる質疑が始まる。
「それでダリス・ハドラの息子たちの計画だけど、結果はどうだったの?」
「実はまだよく分からない状況なのよ」
「カラス部隊からの報告待ちっていうこと?」
「う~ん」
と唸って、ビーナが顔を顰める。
「そのはずなんだけど、そのカラスちゃんたちが帰ってこないのよね。ハドラ一家はセトゥス領の牧場で匿われていて、それでひと月近く前にパヴァン王妃とパナス王太子の様子を見に行くところまでは情報を掴むことができたんだけど、なぜか追尾させたカラスが行方不明なのよ。だから情報もそこでぷっつりと途絶えてしまったの」
ミルヴァがもどかしそうに訊ねる。
「考えられる可能性は?」
「事故ではないと思うから、弓矢で射落とされちゃったのかな?」
「カラスなんて食べないでしょうに」
「うん。そうなんだけど……」
「カラスを射抜ける腕があるなら他の野鳥を狙うんじゃないの?」
「うん、でも、あそこにはヴォルベがいるから」
「ヴォルベって?」
「テレスコ長官の次男坊よ」
「ああ、あの家出をしたっていう噂のあるバカ息子ね」
ヴォルベ・テレスコは王宮が襲撃される前に行方が分からなくなっており、ドラコに誘拐されて、逃走に利用されたのではないかと見られているが、目下のところは家出人として扱われているという話だ。
「うん。確かに貴族の子なのに町のゴロツキと決闘をしちゃうような愚か者なんだけど、なぜかハドラ家のお父さんには気に入られているのよね。まぁ、そのせいで二人の息子の反発を招いてしまったんだけど。だから今回の暗殺計画で父親と一緒に殺されちゃうかもしれないわね」
そのビーナの予想は当たらなかった。
それから数日して、ヴォルベ少年が『金の王冠』のレプリカを持ってオーヒン城に現れたという情報が諜報部隊によってもたらされたからだ。これにはミルヴァも腹を立てて、意味もなく湖畔の岸辺を行ったり来たりするのだった。
「もうっ、どうしていつも計画の妨害ばかりされるの!」
芝生に座ってインコにエサを与えているビーナが宥める。
「みんな同じことを思っていることでしょうよ」
「でも大の大人が、新兵の年齢にも満たない子どもに出し抜かれるってどうなの?」
「どうって言われても、実力を見誤ったとしか言えないけど」
「実力ってなに? どさくさに紛れて盗みを働いただけじゃない」
「それでも大泥棒の素質は充分でしょう?」
ビーナは新しいキャストの登場を喜んでいるように見えた。
「ただの悪党よ。これだから奴隷上がりの貴族は信用できないの」
それに対してミルヴァはご立腹だ。
「まぁ、だからこそハドラ家のお坊ちゃんでは相手にならなかったんでしょうけどね」
「ハドラ家の父親と長男が死んだのは確かなの?」
「そのようだけど、現場を見たわけじゃないから」
「生きている可能性もあるっていうこと?」
「それはどうかな? もう少し様子を見る必要があると思う」
「パヴァン王妃とパナス王太子も殺されたっていうじゃない?」
「『金の王冠』を手に入れたっていうことは、そういうことね」
王妃が生きていたら、少年に『三種の神器』を託すはずがないからだ。
「ただ、ヴォルベ少年が王宮に持ってきたのは青銅器でできたレプリカだから、王妃と王太子は生きていて、本物は彼女が持っている可能性がゼロではないのも確かなの。それで青銅器を作るには工房が必要だから、そうなると準備に時間が必要でしょう? 今回はハドラの息子たちが立てた暗殺計画だから、前もって準備ができたとは思えないし、だからやっぱり王妃と王太子は殺されてしまって、ヴォルベが盗んだとする見方が強いというわけね。少なくとも王城にいるゲミニはそう見ているわね」
ゲミニ・コルヴスにとって、コルバの直系の子孫であるパナス王太子を殺してくれたのはありがたいけれど、三種の神器の一つである『金の王冠』が下級貴族の、しかも子どもの手に落ちたことには憤っているという話だ。
それでも老獪な男なので、ヴォルベ少年を国賓待遇で歓迎したそうだ。あの狡賢い男のことだから、まずは味方になってから、隙をついて『金の王冠』を取り返すつもりなのだろう。そういった行動パターンは三十年前から変わっていないからだ。
「それにしても、あのヴォルベっていう子の目的は何なの?」
ミルヴァの問いに、ビーナが首を傾げる。
「それに関してはね、ワタシもノーマークだったからよく分からないのよね。あの子が貴族連中の言うように稀代の悪党ならば、目の前に転がってきた『金の王冠』を盗んで権力を握ろうとしているのだろうし、というより、現にそういう行動を取っているんだけどね」
そこで首を捻る。
「ただ、ダリス・ハドラから信頼を得ていたようだから、ドラコの遺志を受け継いでいる可能性もあるの。父親はモンクルスの片腕とまで称された男で、その父親を慕っていたというしね。そうなると、正義の信念が少年を突き動かしているとも考えられる。その場合は味方にできる可能性もあるけど、こればっかりは直接会って話してみないことには分からないかな?」
人間を見極めることに自信のあるビーナでも判断が難しいようだ。
「だったら確かめてみるしかないわね」
ということで、ミルヴァに連れられてオーヒン市の大聖堂に行くこととなった。
オーヒン市へ行くと、市中警備の兵士に声を掛けられて、私たちが王城に出入りする修行者だと判明すると、そこから護衛してもらいながら大聖堂まで送ってもらった。もうすでにマザー・アナジアの名が浸透している感じだった。
大聖堂に到着すると、ゲティス国王自らが表門に姿を見せて、たった一か月しか会わなかっただけだというのに、大はしゃぎで出迎えてくれるのだった。彼は心の優しい神牧者でもあるので、そんな姿を見ると、他の職員や修行者も嬉しそうな顔をしていた。
ちなみにゲティス国王の実母は、父親によって物心がつく前に引き離されてしまったそうだ。ゲミニという男は双子の実姉に殺されそうになった過去があるので、その影響もあって、身内といえども女を信用しなくなったのだろう。
「マザー・アナジア、よくぞご無事で戻られました」
そう言って、ゲティスは貴賓室の椅子に腰掛けるミルヴァに跪いて、手を取って、その手を大事そうに握り締めるのだった。この前と同じように、私たちと会う時は護衛を外に退室させるのだった。
「あなたはいつも大袈裟なのですから」
年下のミルヴァが母親のように見えた。
「大袈裟なものですか、私は毎日神様に無事を祈っていたのですよ」
「でしたら、その祈りが通じたのでしょうね」
それを聞くと、国王は子どものように嬉しそうな顔をするのだった。
「時に陛下、わたくしが不在の間、こちらに変わりはありませんでしたか?」
ゲティスが素直な表情で答える。
「はい。マザー・アナジアの治療のおかげで苦痛が取り除かれたといって、患者の使いの者が貢物と一緒に父上の許を訪れて感謝の意を述べて参りました。中には『現代の奇跡』だと口にする者もいたそうですが、私も同じ思いを抱いております」
そう言って、ミルヴァの手の甲に唇を押し当てるのだった。
「それはわたくしの力などではなく、陛下の祈りが奇跡を起こしたのです」
それを聞いて、ゲティスは真に受けたように何度も頷くのだった。
「お父上の元を訪ねてきた者は他にもございませんか?」
「ああ、そういえば珍客を忘れていました」
「珍客?」
「はい」
そこでゲティスがクスクスと笑った。
「笑ってしまうほど可笑しな客なのですね」
「いえ、父上がその客を『魔王子』と呼ぶものですから」
「魔王子?」
「そうです。『悪魔の子』とも呼んでいました」
彼ら父子も『魔』という言葉の使い方を間違って使っているようた。
「いえ、私も城に滞在しているというものですから、先日会って話をしてきたのですが、とくに悪い印象はありませんでしたよ。彼なりに国のことを考えて行動しているようです。ただ、それがあまりに若く、頭脳が明敏ですから、父上には狡賢く見えたのでしょう。それも仕方ありません。なにしろ家宝を奪われてしまいましたからね。しかし、私はそれでも彼以外の者の手に渡らなかったのは、これ幸いと思えたのです。物の価値を理解できる者は多くありませんからね」
ミルヴァが訊ねる。
「それで、お父上はその魔王子とやらをどのように処すおつもりなのですか?」
ゲティスが首を捻る。
「どうやら父上も決めかねている様子なのです。その者はヴォルベ・テレスコといって、カグマン国の国王の従兄に当たる人物なのですね。さらにカイドル国の国王になられたユリス・デルフィアス陛下とも遠縁に当たります。本人は野心的で、父上に協力したいと願い出ておりますが、その言葉を素直に受け取るほど父上もお人よしではありませんし、常に何か裏があると疑っているので、彼らが差し向けたスパイなのではないかと見ているのです。果てには、ハクタの魔女が寄越した刺客ではないかと思い始め、それで『魔王子』などと呼ぶようになったというわけです」
ゲミニ本人が策士なので、周りの者も策を弄していると思い込んでしまうのだろう。
「ならば試してみればいいではありませんか?」
ミルヴァの誘惑が始まった。
「そんなことが可能なのですか?」
ミルヴァがゲティスを真っ直ぐに見つめる。
「旅の途中で、北西地域を支配する豪族が、ハクタ国の支援を受けて、カイドル国に対して戦争の準備をしているという話を聞きました。その情報をヴォルベに話して、その者がどのように身を振るのか見定めれば良いのです。カイドルに情報を流せば、それ即ち敵国のスパイであることの証明にもなりましょう」
豪族が戦争の準備をしている話など聞いたことがなかった。
「ただし陛下、あなたが直接伝えてやる必要はありませんよ。そうすればヴォルベに、あなたが疑っているということを悟られてしまいますからね。ここはお父上にも控えていただき、別の者に伝えさせるのが得策でしょうね」
そこでゲティスが閃く。
「大陸から外交官が来ているので、その者に話してもらうというのはいかがでしょう?」
ミルヴァが採用する。
「そうですね。疑惑は多ければ多いほど惑わせるものです。それではあなたからお父上に提案し、お父上から外交官に頼んでいただくと致しましょう。注意しなければいけないのは、間違っても陛下御自身の存在を匂わせてはいけないということです。お父上にも陛下の盾になってもらわないといけませんからね。わたくしにとっても陛下のお命が一番でございますので、くれぐれも功を焦るような真似は致しませぬように」
身を案じるミルヴァの優しさに、ゲティスは目に涙を浮かべるのだった。
第四章 魔法少女の資格編 完
原典
『魔書』
著述者:マルン




